プロローグ…埃かぶった女の子
最初、猫の鳴き声かと思った。
「おねえさま、おねえさま、どこなの?」
由緒正しき城。どういうわけか反響しやすい造りになっている。
か細い声。談笑にかき消される足音。
兄たちはさっさとお目当てのご令嬢のところに行ってしまい、手持ち無沙汰になっていた俺は、無意識に声の主の方を見た。
思わずぎょっとする。
使い古した雑巾の方が綺麗に見えるくらい、その女の子はひどく汚れていた。
髪はくしゃくしゃで埃かぶっている。元は可愛らしいピンクだろうドレスは、黒い大きさの違う点々がついてある。
そして不吉と言われる黒猫を抱いている。
5,6歳くらいだろうか。泣いて泣いて、目元が真っ赤になった女の子が1人、きょろきょろしながら歩いていた。
周りのご令嬢やご令息、貴婦人や紳士は、みな、関わりたくないのか、気にせず談笑を続けている。
女の子が助けを求めようと手を伸ばせば、ドレスを翻し、背を向ける。
明確な拒否に、女の子は伸ばした手を引っ込めて、助けてくれる人を求めてまた周りを見ながら歩いていた。
1人の幼い女の子が困っているのに、助けようとしない大人たち。
でも、当然だ。社交場だ。縁を探す場だ。多くは結婚の相手を。もしくは仕事の相手を。情報の交換をすることだってあるそうだ。
しかも今回は、王族の次に偉いとされている公爵家の婚姻パーティーだ。花嫁の考えで、あらゆる貴族階級が集まっているそうだ。
1つの優しさで、人生が変わるチャンスを手放す人は誰1人いないだろう。
じゃあ、このまま無視をするのか?
そんなわけないだろう!
「一緒に来て!お姉さん探そう!」
俺は困っていた女の子の手を掴み、その子のお姉さんを探すために城中を歩き回った。
「この子のお姉さん知りませんか?」
おかしい。
「あの、この子のお姉さん知りませんか?迷子になっちゃったみたいなんです」
おかしい。
何で。
「あの、この子のお姉さん知りませんか?はぐれちゃったみたいなんです」
聞く人みんなみんな、「知らない」「分からない」なんだ!
「……おねえさま。わたしがねこさんおいかけちゃったから、しらないってしちゃったのかな……?」
じわぁっと滲む女の子の涙に、フツフツと怒りが湧いてきてしまった。
どうしてこんなに探し回ってるのに、姉側もこの子を探さないのか!
普通、女の子を探してるご令嬢がいた、見かけた、なんてあってもいいはずなのに!
この子のお姉さんがいくつか分からないけど、ご令嬢だったら手助けをすれば、そこから生まれるご縁があってもおかしくないのに!
どうして!
俺たちだけがこんなにも歩き回らないといけないんだ!
この子がお姉さんに会えなくて、どれだけ寂しがってると想像もつかないのか!
婚姻パーティーがお開きの時間になって、ようやくお姉さんを見つけることができた。
「おねえさま!」
「リリナ!?どうして……!まぁ、猫さん?」
「うん、あのね、リリナね」
「お話のところ申し訳ないが、一言申したい!」
探していたお姉さんにようやく会えたところ申し訳ないが、俺はどうしても一言言ってやりたかった。
「あんた、その子のお姉さんじゃないのか!だったら、こんなに小さな子をどうして迷子にさせたんだ!」
「そ、それには事情が……」
「事情!?言い訳するな!迷子になるのはしょうがない。でも、なんですぐに探してあげなかったんだ!この子がどれだけ心細かったのか、想像もしなかったのか!」
はっと気づいたように、その子のお姉さんが次第に顔を青ざめていった。
ようやく、自分の罪を分かったように。
「そう……、そうよね。……ごめんなさい。リリナも、怖い思いさせてしまってごめんなさいね」
「おねえさま……」
「あなたも。妹と一緒に探してくれてありがとう」
……改めてお礼を言われるなんて気まずい。
お礼を言われるためにやったわけじゃないのだから。
ただ女の子が、あの状態のままだと可哀想に見えてしまったから、助けただけなんだ。
なんとなく、気まずくなってしまい、俺は一緒に来た兄の元へ駆けて戻ろうとした。
「あっ、まって!」
女の子が俺を呼び止めたような気がしたけど、気まずい気持ちの方が勝ってしまって振り返れなかった。




