フランシーヌ・ドゥ・メイ・ジョルジュの慟哭・後
誰もがやると思ったであろうことを積極的にやっていくスタイル。
家宰からアントワーヌの最期を伝えられた時、泣きだす者はいなかった。覚悟はできていたのだろう。幼いアドリアンでさえ唇を噛みしめて泣くのを堪えていた。ジョルジュ家の者として、夫と父の死を汚さないよう懸命なのだ。
「……無念でございます」
「相手が王妃ではどうしようもありません。あの人は最後まで王家への忠義を貫いたのです。アルベールと、王妃がその気持ちを利用した……」
血を吐くように言った家宰に伯爵夫人は首を振った。アントワーヌはアルベールをよく知っていただけに情があった。ここで思いとどまってくれという一抹の希望に縋り、王妃を案内した。まさか王妃を――母の心を利用して邪魔なアントワーヌを殺させるなど、誰が想像しただろう。
「アドリアン」
「はい、母様」
「出仕の支度をしなさい。あなたがジョルジュ家を継ぐことを王に承認してもらわなければなりません」
凛とした表情は母ではなく、ジョルジュ伯爵夫人のそれであった。アドリアンは目尻に溜まった涙を手の甲で乱雑に拭うと立ち上がった。
「はい」
「待って。母様、せめて父様の喪が明けるまで出仕は控えるべきです」
フランシーヌがさすがに止めに入った。服喪期間は出仕しないのが通例である。これほど早く出仕してはジョルジュ家は不義の家と謗られかねなかった。
「いいえ。国の大事に服喪にこだわっていてはジョルジュ家の名折れです。それにアントワーヌの遺体はまだ王宮。いくら守られているとはいえ放置していては傷み、日が経つにつれ酷くなるばかりです。正式に返還を要求しなくてはなりません」
伯爵夫人はきっぱりと言った。青白いその顔にある決意を見て取り、フランシーヌは自分のことしか考えていなかったと恥ずかしくなる。将軍家が当主を殺されて萎縮しているようでは、他の貴族がどう思うか。頼りない、情けないと思うのではないだろうか。
この国だけではなく、大陸に主として信仰されている教会の倫理的問題もあった。教会は死後、人は神のしもべとなると教えている。そのため遺体はなるべく綺麗な状態で埋葬することが神の意に従うと定義されているのだ(自殺を認めないのは遺体の損傷が激しい場合が多く、神のしもべとなることを拒否したことになるからである)。アントワーヌの返還が遅れ、遺体が傷めば教会は葬儀を出し渋るかもしれない。教会で葬儀が執り行えなければ死者は神の元へと逝けず、その魂は永遠に彷徨うことになる。真偽はともかくそう考えられている以上、教会には一定の敬意を払うべきであった。
「申し訳ありません。浅はかでしたわ」
「いいのよ。それに、フランシーヌ、あなたのこともあります」
「わたくしの?」
母は先程よりも難しい顔をしてフランシーヌを見つめた。
「あのアルベールがもし王位を簒奪したら、真っ先に標的になるのはあなたです。アルベールは怨んでいるでしょうからね。ジョルジュ家に当主が不在では、あなたを守れなくなります」
フランシーヌの顔がさっと強張る。アルベールが怨むのはお門違いというものだが、そんなことがわかっていたらそもそも反乱など起こさなかっただろう。フランシーヌは明確な殺意を感じ取り震えだした。他家の貴族から向けられる悪意には慣れていても、命の危機を感じたことはなかった。アルベールにしてもせいぜい脅すくらいだと思っていた。
胸を押さえたフランシーヌはひやりとしたものが突き刺すのを感じて息を止めた。
「……っ」
今の状態こそクラーラの予言した大事ではないか。もしもそうなら、クラーラはアントワーヌが死ぬことをあらかじめ知っていたことになる。では、間に合わなかったのだろうか。こうなる前に備えろと、フランシーヌに警告してくれていたのか。いやそれは違う。クラーラはあくまで大事が起きたらと前置きしている。では知っていて教えなかったのか。いいえ、いいえ、いいえ。クラーラとの友情は本物だ。
「フランシーヌ?」
フランシーヌはふらりと立ち上がると部屋へ向かった。迷子の子供のようにクラーラから贈られた箱に手を伸ばす。リボンを解き、丁寧に包装紙を剥いだ。ゆっくりと箱を開ける。
「……ああ!」
そこから現れたものを見た瞬間、フランシーヌは両手で顔を覆った。様子のおかしいフランシーヌを追って来た母がフランシーヌと、箱を交互に見る。そして中身に手を伸ばし、息を飲んだ。
「こ、れは……」
箱に入っていたのはドレスではなく軍服だった。白を基調としたそれの襟にはジョルジュ家の紋章である鷹と薔薇、袖についているのは近衛の紋ではなく一角獣と乙女であった。
乙女の騎行は伝説の聖乙女グリムビルデのことである。森で一角獣と暮らしていた乙女グリムビルデはある日勇者ローデンスヴェルに恋をする。凛々しい彼が魔竜に戦いを挑むその出陣を目撃してしまったのだ。グリムビルデは一角獣に頼み、鎧兜に身を包み剣を手に取ると彼を手助けすべく追いかけた。『乙女の騎行』はそのワンシーンを描いたもので、乙女の勇敢さと健気さ、無垢な乙女が恋に落ちた時の激しさの象徴として絵画に描かれる。その結末のせつなさもあいまって人気の物語であった。
ローデンスヴェルと魔竜の戦いは圧倒的であった。悪魔の使いに人間が敵うはずがなかったのだ。ローデンスヴェルの不利を見たグリムビルデは剣を捧げて神に祈った。神は彼女の祈りを聞き届け、剣に雷を落とす。神の一撃で弱った魔竜にローデンスヴェルがとどめをさしたが、グリムビルデは代償として命を落とした。
勇者ローデンスヴェルはグリムビルデが秘かに助けたことを知らずに凱旋する。祖国には愛しい恋人が彼を待っていたのだ。グリムビルデの亡骸に一角獣が寄り添い涙を流した。やがてその涙はあらゆる傷を癒す泉になったという。
一角獣と乙女のモチーフであれば誰もがこの伝説を思い浮かべる。これを着ろとは、果たしてどのような意図を持ってクラーラはいっているのか。フランシーヌは息を止めた。そうなのね、クラーラ様。あなたはいつだってわたくしに勇気を出せと言ってきた。そうなのだわ。
そこにメイドがやってきた。
「お嬢様、お手紙が届いております」
メイドはジョルジュ家に起きた不幸に目を赤くしていた。フランシーヌが潤んだ新緑の瞳をあげる。
「手紙? どなたから?」
「いつものご友人ですわ。ご本人たちが自ら持ってまいりました。大変な時でしょうからお会いするのは遠慮するが、せめて、と」
「あの子たちが……」
仲の良い令嬢3人の名に、フランシーヌはホッとした顔になった。お姉様と慕ってくれる彼女たちの気づかいが嬉しかった。手紙を開ける。
――宝の守りはお任せください。
――お姉様の思うままに。
――わたくしたちの友情は永遠ですわ。
そこにあったのは、フランシーヌを慕う少女の真心だった。
***
様変わりしたクラーラの店には、下町の女衆が詰めかけていた。
ドアを開けてすぐ目に飛び込んできた見本品のドレスや布や糸などは撤去され、宝石の入っていた机は中身が空になっている。いつもお嬢様たちとお茶を楽しんでいたテーブルセットは片付けられて布がかけられていた。
チェルシー・スコットは久しぶりのクラーラの店に入り、がらんとした空間に愕然とした。すぐに気を取り直して一緒に来た母に店を案内したが、クラーラのいない店がこんなに寂しいとは思わなかった。ここを守らなくてはならない。チェルシーは決意を新たにした。
「チェルシー、スープ持ってきたよ!」
「ジェシカさん、助かるよ」
大鍋を抱えてやってきたのはジェシカ・ターニングだった。下町生まれ下町育ちのジェシカは、同じく下町の家具屋ターニング家に嫁いでいる。この結婚に一役買ったのがクラーラだ。ジェシカはチェルシーがクラーラから店の鍵を預かり、臨時の病院を開いたと聞いて婚家と実家の尻を叩いてくれたのである。
「アリシアさんの具合はどうだい? 食欲はありそう?」
「元気だけど、乳の出が良くないらしいの。このところの値上がりであんまり食べてなかったみたい」
マルクの嫁アリシアはクラーラの店で出産した。ろくに薪もなく満足に産湯の用意もできない自宅よりは、ガスも暖炉もついていて衣料品やリネンが揃っている店の方が安心できるからだ。高級店街なだけあって、比較的安全も確保されている。
「クラーラも数日分のパンと、クルミや干し肉なんかは用意してくれたけど、この寒さじゃあったかいもんが食べたいよ」
「そりゃそうさ。うちのもんに木材のきれっぱし運ばせてるから薪の心配はいらないよ。お義母さんも産褥をおろそかにすると後々辛いって言ってた」
ジェシカは持ってきた鍋をキッチンに置いた。ふわりと湯気の立つスープにチェルシーが鼻を鳴らす。ほとんど芋だけの中身だが、この状況では大鍋いっぱいあるだけでありがたい。さっそくアリシアに持って行くべくスープ皿を取り出したチェルシーの耳に、母親のけたたましい怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんだいあんたらは! ここはあんたみたいなのが来るところじゃないよ!!」
チェルシーとジェシカが顔を見合わせ、急いで引き返す。まさかここまで賊が来たのかとチェルシーは麺棒を、ジェシカは鍋の蓋を構えて店に戻ると、そこにいたのはドアを閉めようとしているチェルシーの母と、こじ開けようとしている身なりの良い男たちがいた。
「母さん、どうしたの!?」
「下がってなチェルシー! こいつら店を壊しに来やがったんだ」
母がチェルシーを振り返った隙をついて男が力づくでドアを開けた。急に引っ張られた母が前につんのめり、腕を掴まれ放り投げられる。悲鳴をあげてもんどりうった母を男が連れてきた賊が下品な笑い声をあげた。
「チェルシー、こいつら貴族じゃ……」
ジェシカが鍋の蓋を男に向けながら囁いた。「そうみたいだね」と答えながらもチェルシーはなぜクラーラの店が狙われたのかわからなかった。ひとまず声をかけてみる。ここで刺激しては、母が危険だ。チェルシーは店の前に出ると、なるべく丁寧な口調を心掛けて話しかけた。
「ここに何の用ですか? 店主は不在で、店も今は休業中です。ここにいるのは下町の女ばかりですが」
「お前は?」
「アタシは留守番を任された者です」
一番身分が高いのだろう、中心にいた男が前に出た。腰に剣を下げている。背後の男たちの手には棍棒や金づちがあった。チェルシーやジェシカ、悲鳴を聞きつけてやってきた女衆を見てにやにや笑っている。ごくりと喉が鳴り、額に冷や汗が伝う。
「ここは畏れ多くも新たな国王となられるアルベール様に以前逆らった不届きな店だ。この王都に王への不忠を働く者は置いておけぬとアルベール様の仰せだ、お前たちに恨みはないが抵抗するなら容赦はしない」
「クラーラは誰が来たって平等に接客する! おおかたアルベールが無理難題を言い出したんでしょう!? 店を壊したらアタシらがただじゃおかないよっ!」
チェルシーが精一杯の虚勢を張った。不愉快そうに眉を上げた男は、わざとらしいゆっくりとした動作で周囲の男たちに合図した。
「減らず口を……。まあいい、アルベール様が王になられたらお前たちもクラーラと共に全員処刑してやる。おい、やれ!」
男が剣を抜いた。母が慌ててチェルシーに駆け寄るが、遮られてしまう。そんな緊迫した空気をぶち壊すように、間延びした声が届いた。
「チェルシーさん、お久しぶりですわ」
「お元気そうで良かったですわ」
「チェルシーさんがクラーラの店を開けたと聞いて来ましたのよ」
男たちをものともせずに割り込んできたのは、いつものお嬢様3人組だった。
「み、みんな……?」
ぽかんとするチェルシーを取り囲み、お嬢様は嬉しげに笑う。その変わらない笑顔にチェルシーは一瞬安堵したが、すぐに我に返った。
「みんな、なんでここに!? 王都は危険なんだよ!?」
「いやですわ水臭い。わたくしたちはお友達でしょう?」
「そうですわ、ずっとお友達でいようと誓った仲ではありませんか」
「友の危険を見捨てるほどわたくしたち落ちぶれていませんわ」
彼女たちの手にはバスケットと日傘があり、ピクニックにでも行くかのような気軽さだ。チェルシーは言葉を失い口をぱくぱくさせた。チェルシーを背に庇った母も呆然としている。
さあこれから見せ場というところを邪魔された男の顔が激怒に真っ赤になった。一番近くにいたお嬢様の肩を掴もうと手を伸ばし、すかさず日傘で振り払われた。
「おい、貴様ら……っ」
「触らないでくださる?」
「まあ、なんて無礼な方かしら」
「いきなりレディの肩に触れようとするなんて、紳士のなさることではありませんわ」
お嬢様の冷たい眼差しに男がぐっと喉を詰まらせる。今でこそ賊に身を投じているが、彼も貴族だったのである。礼儀作法を無視した者がどれほど冷遇されるか身に染みて知っていた。そんな男にお嬢様がせせら笑った。
「あら、もしかしてクラウヌ子爵、いえ、元子爵ではありませんこと?」
「まあ、子爵位を剥奪され平民に落とされた、あのフェルナンド・トーマ・クラウヌ?」
「馬にお尻を叩かれても改心なさらなかったのね?」
嘲笑まじりに暴露され、男の顔が別の意味で赤くなる。フェルナンド・トーマ・クラウヌ元子爵は以前、彼女たちの一人が乗った馬に悪ふざけと称して鞭を入れ暴走させた張本人だった。あれほど叱責され新聞沙汰にまでなったというのにまったく成長しなかったらしい。話を聞いた賊がどっと笑い声をあげた。お高くとまっていた貴族様の正体に腹を抱える者さえいる。
「なんでえ、あん時の悪餓鬼だったのかよ!」
「偉そうにしてたわりに馬に泣かされてた坊ちゃんだったとはな!」
「馬に尻叩きされて、今度はこんなお嬢ちゃんの尻に敷かれてんのかい!」
お嬢様たちは容赦なく続けた。
「クラウヌ伯爵もお気の毒に。元とはいえ家を継ぐはずだった長男がこれでは」
「婚約者にも失望され、婚約破棄を申し渡されたそうですわ」
「無理もありませんわ。自力で再起を図るほどの器量もないんですもの」
アルベールが王子でなければ何もできない男。今もアルベールが賊とはいえ軍勢を引き連れてこなければずっと王都で怨嗟を吐きつつ屋敷に引きこもっていただろう。そう言われ、フェルナンドはわなわなと体を震わせた。無論、怒りでだ。
「何も知らぬくせに減らず口だけは一人前だな……っ。アルベール王子がどれほどご立派なお方か貴様たちにはわかるまい」
「知りたくありませんわ」
「以前の評判だけはよろしかったですわね」
「現実をご覧になったらいかがかしら」
呆気に取られていたチェルシーだが、男の顔色が憤怒の赤から憎悪に黒くなっていくのを見て3人の手を引いた。
「みんな、早く店に! ジェシカさん、ドア閉めて」
「大丈夫ですわチェルシーさん。わたくしたちが守ってご覧にいれます」
「クラーラの店に手出しはさせません。ここはわたくしたちの秘密の花園ですもの」
「宝物を奪おうとする無法者などわたくしたちがやっつけてさしあげます」
お嬢様たちは日傘を閉じると、おもむろに切っ先をフェルナンドに向けた。
「お下がりなさい! クラーラの店を汚すのはわたくしたちが許しません!」
「どうしてもと言うのであればわたくしたちがお相手致します!」
「わたくしたちを女と見て侮ると火傷では済みませんわ!」
チェルシーは悲鳴をあげそうになった。いくらなんでも男の集団にお嬢様3人では相手をするどころではない。フェルナンドも彼の取り巻きも後ろの賊共も、この女をどう痛めつけて泣かせるかという妄想に薄笑いを浮かべた。
「はっ! 威勢だけは一人前だな。おい、こいつらを好きにしていいぞ!」
フェルナンドが抜いたままあまり役に立っていなかった剣を振り上げた。対するお嬢様の武器は武器とはいえぬ日傘である。それでも彼女たちは怯まなかった。下品な笑いを浮かべた男たちがじりじりと近づく。
パン!
一発の銃声が鳴り響き、フェルナンドの剣が落ちた。
「ぐ……っ? ああああああ!?」
衝撃で弾かれたフェルナンドが倒れ、肩を押さえてのたうちまわる。彼が転がったところが血で濡れていた。
「きゃあああっ!!」
今度こそチェルシーが悲鳴をあげた。お嬢様たちも突然のことに蒼ざめ、しかしすぐに我に返るとチェルシーと彼女の母を抱きかかえるように店に入る。すかさずジェシカが鍵をかけた。
「な、何が起きたのでしょう?」
「とにかく、助かり、ましたわ」
「銃声のようでしたわね」
3人は恐々と振り返り窓から外を窺った。パン、パン、と銃声が続きその度に男たちの悲鳴が聞こえてくる。互いを抱き合うように身を寄せていた3人は、助かったことを実感して張り詰めていた気が抜けたのかその場にへたり込んだ。
「みんなっ、大丈夫? どっか怪我したの?」
チェルシーが慌てて背を支えると、彼女たちは首を振った。がちがちと歯を震わせながらチェルシーを抱きしめる。
「だ、だ、だいじょう、ぶ、ですわ……」
「わ、わた、わたくし、貴族、ですもの。と、当然のこと」
「ご無事で、なに、よりですわ……」
ひっく、と1人がしゃくりあげたのを皮切りに、お嬢様たちが泣きだした。
本当は、怖かったのだ。男たちの集団、それもあきらかな賊と対峙するなど貴族令嬢の彼女たちには当然のことながら経験がない。そうでなくともまだ10代の少女がたったの3人である。どれほど虚勢を張っても恐ろしかった。ここへ来るまでの道のりだって、おっかなびっくり互いに励まし合って来たのだ。それでも助けに立ち上がったのは、チェルシーがいると聞いたからである。
「……っ、みんな……っ」
チェルシーが抱きしめ返した。震える華奢な体からはほんのりと香水の良い匂いがする。貴族なのだ。戦いとは縁のない、箱入りのお嬢様なのだ。
ついに耐え切れなくなったチェルシーがわっと泣きだした。
「助けに来てくれてありがとう……っ」
「とう、ぜん、ですわっ」
「お友達、ですものっ」
「わたくし、たちはっ、ずっと、ずっと……っ」
わんわんと泣く少女たちに母とジェシカが顔を見合わせて、小さく息を吐いた。
クラーラが残してくれたお茶を飲み、ようやく人心地ついたお嬢様たちが話し出した。
「フランシーヌお姉様のお父上であられるジョルジュ将軍が、アルベールの策略により殺されたそうです」
「アルベールはユージェニーと引き裂かれたのはお姉様のせいだと怨んでいます」
「お姉様を支援したクラーラ様にも怨みが向くのは必然。ですがお姉様のお手を煩わせるわけにはいきませんわ」
彼女たちの行動理念があいかわらずフランシーヌであることに、チェルシーは呆れればいいのか褒めればいいのかわからなくなった。ここまでくると一周回って恐ろしい気もする。
母をはじめとする下町のカミさんたちは、貴族同士の争いに詳しくない。詳しくはないが、なんだかやばいことはわかった。
「でも、だからといって、お屋敷を出てきていいのかい?」
「かまいませんわ。少なくともわたくしたちがいる間は店が攻撃されることはないでしょう」
「これでも貴族ですもの。わたくしたちに万が一のことがあればただではすみませんわ」
「身分や権力はいざという時に使うものだとクラーラ様もおっしゃっていましたわ」
ついでとばかりにお嬢様たちが持ってきたバスケットの中には、それぞれ卵とバターと牛乳、果物、ワインと蜂蜜が入っていた。ワインはどうかと思ったが、ハーブと蜂蜜でホットワインにすると言われて納得した。体の温まるホットワインは寒い冬の定番だ。
「しかし本当に助かったよ。これでアリシアさんにまともなもん食わせてやれる」
ジェシカがほっと笑った。アリシアは試着と仮縫いをする部屋に置かれたベッドで赤子に乳を飲ませている。安心しきって母に抱かれる赤子にお嬢様たちの顔が綻んだ。
「お役に立てて良かったですわ」
「お母様になられたのですね、おめでとうございます」
「このような時でも元気に生まれてきて、本当にようございました」
アリシアの肩と赤子を温めているのはお嬢様たちが羽織っていたカシミアのショールだ。恐縮して遠慮していたアリシアも、お母様が風邪をひいたら大変ですわとおっとり言われ、チェルシーへの気さくな態度を見て恐る恐る受け取った。カシミアのショールは軽いのに温かいと評判の輸入品である。それだけに高価で、とても庶民が手にできるものではなかった。愛おしそうに赤子を見守るお嬢様たちにチェルシーは誇らしくなる。
「チェルシー、あんたいい友達を持ったねえ」
しみじみと母が言った。チェルシーは涙ぐんで、胸を張った。
「そうでしょ! 自慢の友達だもん!」
日暮れが近づいてきていた。銃声が終わると誰かが何かを叫び、賊は蜘蛛の子を散らすようにどこかへ逃げていった。それでも喧騒はまだ聞こえてくる。チェルシーはキッチンへ行くと夕飯を作るジェシカを手伝った。夜の間に怖い事が終わっていますようにと祈りながら。
***
軍服を着たフランシーヌは姿見の前に立った。白を基調にした軍服はフランシーヌの体形を隠すため太股のあたりまで裾があり、腰をベルトで留めるようになっている。青のレースが肩の中央から下まで伸び、清廉潔白な印象を与えた。下はぴったりとフィットするズボン。これも脇に青いレースが着いている。袖周りにも一回り大きな同じ意匠のレースがぐるりと着いており、一角獣と乙女は二の腕にあった。
「お嬢様、なんと凛々しく、可愛らしいのでしょう」
「姫騎士、いいえ、まさに聖乙女ですわ」
長い銀髪を赤と白のストライプのリボンで頭上に結び、すっくと立つフランシーヌは女性ながらも立派な騎士であった。腰に下げたレイピアは銘をシエルといい、本来なら伯爵夫人に代々受け継がれるものなのだが、母からフランシーヌに譲られたのだ。
鏡に映る女を見つめながら、フランシーヌは自分に不思議な力が漲ってくるのを感じた。クラーラのドレスを着た時のような高揚感とはまったく別の感動である。第二の自分、二人目の自分に会えたようなときめきであった。
もしかしたらクラーラ様もこのような感動を抱いたのかもしれない。フランシーヌはふとそう思った。男が女になったように、わたくしも女から男になる。不完全で、未知数であり、まったくの自由だった。女だからと言われて束縛されていたことから解き放たれ、思うがままに行動できる。レイピアの重みが頼もしかった。わたくしはフランシーヌ。女でありながら男のように行動できる。誰にも文句は言わせない。
「クラーラ、あなたとあなたの友を苦しめる魔物をわたくしが倒しに参ります」
鏡の中の少女は微笑むと、一粒だけ涙を零した。
情報通で耳年増なお嬢様たちは貴族です。髪一筋でも傷を付けたら罰せられるような身分であり、それを自分でもわかっているからこそ無茶をしました。




