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秘密の仕立て屋さん  作者: 江葉


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アルベールの進軍

TOブックス様より書籍化決定しました!タイトルは「秘密の仕立て屋さん~恋と野望とオネエの魔法~」です。4月10日発売です。よろしくお願いします!



 アルベール第一王子は、後先考えずに感情で行動し周囲を混乱に陥らせることもあるはた迷惑な性格ではあるが、馬鹿ではなかった。いずれ国を継ぐ者として教育されていただけにそれなりに知識があり、行動力もある。


 彼が元側近達に呼応するよう手紙を出したのは理由がある。まず第一に国を憂いての挙兵であることを示し貴族に正統性を認めさせるため、第二には軍行動に欠かせない人物を集めるためであった。アルベールは集まった盗賊くずれの男たちが『軍隊』ではないことを理解していた。


 盗賊や匪賊たちは、しょせんは素人の集まりだ。徒党を組んで村を襲うことはできても、部隊を組んだ軍隊を相手にして勝てるはずがない。統率の執れた行動には指揮官が必要となる。この場合アルベールのような将ではなく、小隊長クラスの指揮官だ。上意下達を徹底できる人材がどうしても必要だった。そうでなければ王都に着いたところで軍事行動がとれず、ただ略奪で終わってしまうだろう。


 現在の自分たちが食料や武器をどこから得ているのかはアルベールも知っている。それは仕方のないことだと割り切った。兵糧も後詰も無い以上、奪ってくるしかないのも事実なのだ。


 だがいよいよ王都が近づいた今、部隊長がいないのは軍として致命的になる。元側近に命令されて来たはいいが、反乱に加担したと知るや兵たちはひとりまたひとりと去って行った。貴族の私兵とはすなわち子飼いの兵である。部隊長たちは小なりとも家を背負って所属しているのだ、反乱に加わって取り潰しにされてはたまらないと思ったのだろう。


「おそらく辺境軍が裏にいると思われます。元帥は王都におりますが、情報収集は怠りなく行っておりましょう」

「小隊ごと抜け出すには周到に計画していたのでしょうな、辺境軍がいるのが妥当かと」

「装備まで持って行かれたのは痛手でしたな。盗賊どもの武器では心もとありません」


 元側近――いや、側近に復帰した者たちが沈痛な表情で言った。


 彼らは未来の国王の側近としていずれ国政を担うはずだった者たちだ。アルベールの醜聞を止めるどころかむしろ扇動したとして、貴族籍こそ残っているが後継からは完全に外された。再起を夢見てアルベールに従ったが、ここにきて後継から外されたことが重く圧し掛かってきた。後継ではない彼らを守る義務は、連れてきた私兵たちにはなかったのである。


「アルベール様、どうしますか?」


 アルベールの侍従におさまっているリョート・メイフィールドが訊ねた。


「……正攻法では無理だな。となれば奇襲するしかない」


 王都を円形に囲む城壁は国と王家を守る要だ。そうたやすく壊れるように設計されているはずがない。石造りの塀がぐるりと王都を囲み、物見用の窓があり守備兵が駐屯している。


「城の抜け道を使いますか?」

「しかしあそこは抜けるためのもので、入るためのものではありません」

「それに、アントワーヌが気づかないはずがないと思いますが」


 王宮には万が一のために王家が逃亡できるよう、抜け道が存在する。それを教えたのがアントワーヌ・ドゥ・オットー・ジョルジュ将軍だ。普段は王宮の倉庫としてカモフラージュされているし、当然アントワーヌも監視を固めているだろう。アルベールもうなずいた。


「賊どもを使って守備兵をおびき寄せ、その間に侵入する。王都市街には食料も美姫も溢れているといえば欲に駆られて突撃するだろう」

「なるほど、餌にするのですね」

「ここまで略奪を好きにさせてやったのです、役に立ってもらいましょう」

「手始めに門前に集まっている商人を襲わせますか」


 アルベールにとって、自分の元に集まってきた賊は賊でしかなかった。自分の食事も彼らが強奪してきたものと知ってはいるが、彼はこの国の王子なのである。アルベールが言わなくとも村の住人は食料を差し出すべきであり、奪い取らなければならないのは彼のプライドに触れた。


「突撃の際には国王への不満を叫ばせろ。国民の訴えを無視し続けているからこうなったのだと」


 アルベールの大義名分はそれしかない。反乱ではなく、あくまでも訴えだとするのだ。武力行使で阻止されたからこちらも武力で抵抗した。その訴えを聞き届けたのが第一王子のアルベールであり、彼は遠い異国で謹慎しながらも国を憂いてついに立ち上がったという筋書きだ。


「王都まではあと3日。それぞれに通達し、食料だけではなく酒も配ってやる気を出しておけ」

「はっ」


 リョートが膝をつく。他の側近たちも短く返事をして持ち場に戻って行った。


 アルベールたちがいるのは王都に一番近い村だ。大きな町では正規軍が討伐に来てしまう可能性が高いため、あえて小規模な集落にしたのだった。アルベールが賊を率いて略奪を行っている噂が広まっていたせいか、住人はすでに逃げた後だった。村長のものと思われる比較的大きな家にアルベールの陣を置き、他の賊どもは村人の家屋で寝泊まりをしている。彼らはすでに百人を超えており、家に入りきらない者もでてきた。


 百人を超える無法者の集団。考えるだけでアルベールはぞっとした。彼らがアルベールに従っているのは自分たちの訴えを聞いてくれたからではなく、ただ食料と酒と女を奪えるからである。もしもアルベールが王子の軍にそれはふさわしくない行為だと、やめることを強要すれば、彼らはたちまち牙を剝いてアルベールに襲い掛かってくるだろう。


 飢えた獣と同じだ。欲を満たしてやるしか彼らを動かすことはできない。アルベールはみじめさに呻いた。物置小屋のような家で夜を過ごさなくてはならないことも屈辱だった。村人は食料だけではなく武器になりそうな農具も持ち去っており、ここで大盤振る舞いしてしまうとあとは王都で得るしかなくなる。背水の陣で王都に駐屯している守備兵や近衛と戦わなければならないと知られれば、元は庶民の彼らは脱兎のごとく逃げ出すだろう。彼らをあてにすることはできなかった。アルベールには彼らを餌にすることへの罪悪感はなかった。


 外からは連行されてきた女たちの悲鳴が聞こえてくる。たまらなくなったアルベールは粗末な布団に潜り込んだ。


***


 王家一家の住まう居城には秘密の部屋がある。エドゥアールが王位に就き、改修された時に新たに造らせた一室だ。そこに一日に一度は赴くのがエドゥアールの日課となっている。


エドゥアールの部屋の隣、国王夫妻の寝室とは秘密の通路でつながれたそこは、王の親友にして宰相マクラウド・アストライア・クラストロのための部屋であった。


 一度も部屋の主が訪れたことのない部屋はメイドの手によって毎日手入れがされている。絨毯は西方にある砂漠の国からわざわざ取り寄せ、机も最高の職人によって作らせた逸品だ。ソファも箪笥もエドゥアールが自ら選別し整えた。インクは古くなる前に入れ替えられペンはエドゥアールも同じものを使っている。書き心地はお墨付きだ。マクラウドの食器も衣類も揃えてあった。


 この部屋で物思いにふけるのがエドゥアールにとって唯一気を抜くことができる時間だった。部屋を出れば国王として立たねばならず、気楽さを求めることはできなかった。


「マクラウド、今の君は私を見たらどう思うのだろうな」


 ソファに力なく座ったエドゥアールがぽつりと零した。


 フローラとの結婚はエドゥアールからたったひとり気の置けない親友を奪い去ってしまった。フローラさえいれば愛に包まれた家庭が持てると思い、そしてそれは現実になった。かつて夢見たとおりに。


 しかし夢の中ではマクラウドも笑って隣にいたはずだった。目覚めた現実に彼はおらず、容赦なくエドゥアールに後悔を突きつけてきた。フローラとの結婚に後悔はない。だが親友との絶縁は後悔しかなかった。エドゥアールは相反する感情に20年苛まれている。


 前の国王夫妻は王太子と他国の王女という完全なる政略結婚の末にエドゥアールを儲けた。彼らの間に愛が皆無であったことは子がエドゥアールしかいないことをみれば明らかであろう。冷めた夫婦であった。


 母は王女という身分を鼻にかけ、何かにつけ文句を言う女であった。常に他と比べては見下し、夫に対しても冷たい態度を崩さなかった。国王は夫としてというより王の義務としてそんな妻にも誠実であったが、何年たっても変わらない王妃にやがて諦めた。エドゥアールが生まれたのは、このままでは王の弟たちの子供が王太子になるのではと貴族たちが画策し始めたからである。


 王妃でありながら子が成せないのは両国間の友好にもほころびを生む。実家から叱責されようやく危機感を覚えた王妃は積極的に求めるようになった。その頃にはとっくに見切りをつけていた王もやはり正当な子がいたほうがいいと求めに応じた。徹頭徹尾義務であった。冷めきったふれあいに夫婦は互いに絶望しただろう。


 両者にとって幸いなことに生まれたのは男子であった。エドゥアールと名付けられた子供は厳重な管理の元育てられ、乳母や守役のジョルジュ将軍からは溺愛された。しかし、家族全員が揃うことは稀で、せいぜい画家が『幸福な国王一家』を描く時くらいの有り様だった。母は夜会で遅くまで起きているせいで朝食には間に合わないし、父は自分ひとりで食べて早々に政務に行ってしまう。広々とした食堂の大きなテーブルに並べられた豪華な食事をエドゥアールはいつもひとりで食べた。給仕はいるが、彼らとは言葉を交わすこともなかった。


 そんな日々が変わったのはエドゥアールの遊び相手としてマクラウド・アストライア・クラストロを紹介されたからだった。マクラウドは自分の身分もエドゥアールの身分もまったく気にせず、王宮すら大きな遊び場の感覚であちこちを探検しはじめたのだ。


 乳母が危険だからと禁止したこともこっそりエドゥアールを連れだしてやらかし、捕まって説教となればエドゥアールを放り出して逃げてしまう。そうかと思えば堅苦しい決まりに真っ向から反論し、エドゥアールの自由を勝ち取ってみせた。白旗をあげたジョルジュ将軍がそれならと息子のアントワーヌを紹介し悪餓鬼の兄貴分になれと命じる始末であった。


 マクラウドの弟は虚弱な体質で、彼が熱を出して寝込んでいる時は王宮に遊びに来なかった。そんな時、エドゥアールはアントワーヌに願ってクラストロ公爵邸に行き、弟を見舞った。マクラウドの弟はエドゥアールにとっても大切な弟だった。


 マクラウドも彼の両親も喜んでエドゥアールを迎え入れてくれた。心優しい王太子の話はたちまち民間に伝わり、次期国王はさぞや素晴らしい治世になると期待される一助となる。あるいはそれを狙っていたのか、普段うるさい乳母もジョルジュ将軍も反対してこなかった。


 しかしエドゥアールの幸福な時間は瞬く間に終わってしまう。マクラウドが成人し、グランドツアーを終えて帰国した彼はエドゥアールの臣下になってしまったのだ。


 親友の変わり身にエドゥアールは傷ついた。マクラウドは寂しげに笑うとエドゥアールに仕方のないことであると告げた。クラストロ公爵は宰相になる運命が定められているのだ、未来の王と親友になれても臣下としての立場はわきまえなければならなかった。


『いつから仕組まれているのだろうね』


 と、マクラウドが言った。


『父と陛下も親友だったそうだ……歴代のクラストロ公爵は王のもっとも親しい友人として育つ。僕と君の関係も、もしかしたら、生まれる時期さえも仕組まれていたのかもしれない』


 だが、とマクラウドが首を横に振る。


『王は友人と手を取り合うものではないと僕は思う。エドゥアール殿下、あなたはどうか、民と手を取り合ってください』


 そうしてマクラウドは恭しくこうべを垂れた。


『そのためにわたしは力を尽くしましょう。我が君』


 エドゥアールの妃が他国の王女に決定した時、彼は冷たい家庭になると予感した。マクラウドの婚約者となったフローラのやさしさに触れ、彼と彼女の家庭の中に入ることを夢想するようになった。愛情をもって育てられる幸福な子供。家族そろって囲む温かい食卓。エドゥアールはそれを我が子に与えてやりたかった。


 マクラウドがいれば間違えない。エドゥアールはそう信じ、20年前実行した。結婚式に花嫁を奪い取るという形で夢を現実のものとした。間違えていたのは自分であったと認めるには、彼はフローラを愛しすぎていた。


「マクラウド、それでも私は君を信じているし、フローラを愛しているよ」


 自分に言い聞かせるように呟いてエドゥアールは部屋を出た。百合紋の入った絨毯を踏みしめて歩いていると、慌ただしい気配が近づいてきた。


「何事だ」

「陛下!」


 現れたのはジョルジュ将軍配下の近衛騎士であった。いやな予感にエドゥアールの眉根が寄る。騎士は王の前で膝をつくと、焦りの籠った声で告げた。


「アルベール王子が王宮に侵入! リョート・メイフィールド他側近を含めた貴族数名と共にジョルジュ将軍により捕縛されました!」


 痛烈なものが胸を突き刺した。


 アルベール。愛するフローラとの間にできたはじめての子。誕生した日に誰よりも何よりも幸福にすると誓った。あの日の喜びは遠く消え去り、エドゥアールの胸に虚しさの苦みだけが残っていた。


「アルベールは?」

「ひとまず牢に幽閉しております」

「そうか。議会を招集しろ、私もすぐに行く」

「はっ!」


 アルベールの沙汰はほぼ決まっている。捕らえた後は留学先の国へと護送し、そこで裁きを受けるのだ。しかし彼が殺したのは自国民であり、弁明によっては刑期は短く済むだろう。それで済まないのはこちらのほうだ。殺人は大罪であり、身分によって裁きは違うがアルベールはこともあろうに国に戻って反乱を起こした。国家反逆罪は問答無用で死罪である。民衆の前に引っ立てられてギロチンにかけられるのだ。


 留学先の国に護送するよりはこちらで裁きに受けさせ、それで終わらせるか。それともあちらでの刑期が済んでから改めての執行となるのか。それを決めなくてはならなかった。エドゥアールは長い廊下を歩く足がひどく重く感じていた。一歩、一歩、進むたびにまるで体が沈んでいくようだ。底のない泥沼に全身が浸かりもがけばもがくほど捕らわれていく。幸福と歓喜は後悔と絶望に入れ替わり、エドゥアールの息の根を止めるべく襲い掛かってきた。


 どうかあなたは友ではなく民と手を取り合ってください。いつか聞いた親友の言葉がエドゥアールの背を打った。


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