第9話 人類最強、最後まで何もしない。
午前零時二十分。
東京第七防衛都市の命運は、残り十分を切っていた。
敵母艦の主砲。
その威力は、七年前の大侵攻で複数の都市を消滅させた兵器と同等と推定された。
地下シェルターに逃げても意味はない。
都市そのものが消える。
「……こんなの、どうすればいいのよ」
リツは震える声で呟いた。
通信塔の屋上。
レオは銃を構えたまま、空を睨みつけていた。
「まだ終わってない」
「でも……!」
「諦めるな!」
レオは叫んだ。
「俺たちは、ここまで来たんだぞ!」
その時。
防衛軍から通信が入った。
『第三区画、避難完了!』
『第四区画、避難完了!』
『地下シェルターへの収容、完了しました!』
戦闘に巻き込まれていた四万人以上の住民が、ついに避難を終えた。
しかし、地上で行動している防衛部隊はまだ残っている。
そして何より、地下にいる市民たちも主砲が直撃すれば助からない。
「……全員、地下に入ったのか」
アウラが尋ねた。
リツは頷く。
「うん。でも、これじゃ……」
「そうか」
アウラは静かに答えた。
そして、黒い鞄を開けた。
「……アウラ?」
取り出したのは、あの古い拳銃。
弾の入っていなかった黒い銃だ。
「ちょっと、何してるの?」
「……そろそろ、かな」
「そろそろって?」
アウラは答えず、銃を眺めた。
その時。
空から、奇妙な声が響いた。
『――アウラ・ソーロン』
人間の声ではなかった。
母艦から発せられる、無機質な機械音声。
『対象の存在を確認』
『最終警告』
『抵抗を停止し、投降せよ』
リツは息を呑んだ。
「また、アウラの名前……」
アウラは空を見上げた。
「……ずいぶん遠くから来たんだな」
『回答を要求する』
「何のために?」
『対象を回収する』
「……それで、みんなは助かるのか?」
『回答不能』
「だろうな」
アウラは小さくため息をついた。
そして、少しだけ笑った。
「……七年か」
「アウラ?」
「思ったより長かったな」
その言葉の意味は、リツにはわからなかった。
母艦の主砲が、さらに輝きを増す。
『発射まで、百八十秒』
都市全域に最終警報が響いた。
「もう無理だ……」
通信越しに、誰かの声が聞こえた。
「迎撃システムも間に合わない……」
「残り三分じゃ、何も……」
絶望が広がっていく。
レオは拳を握りしめた。
「……くそっ!」
その時。
「リツ」
アウラが声をかけた。
「……何?」
「ちょっと、これ持っててくれる?」
彼が差し出したのは、黒い鞄だった。
そこには、あの星形のシールが貼られていた。
「……何するつもり?」
「少し、用事がある」
「こんな時に!?」
「うん」
「どこ行くのよ!」
「屋上の、一番高いところ」
アウラは静かに歩き出した。
レオがその背中を呼び止める。
「アウラ!」
「何?」
「……お前、何をするつもりだ?」
アウラは振り返った。
「……ちょっと撃ってくる」
レオとリツは固まった。
「…………は?」
「……え?」
そして、二人は同時に叫んだ。
「今さらああああああ!?」
◇
通信塔の最上部。
アウラは、一人で空を見上げていた。
雲を覆い尽くす、巨大なヴェイル母艦。
その周囲には二百隻以上の艦船が展開している。
空は赤い。
都市全体が、終わりを迎えようとしていた。
アウラは拳銃を手に取った。
弾倉は空だった。
しかし、彼は制服の内ポケットから、小さな金属の弾丸を一発だけ取り出した。
古びた、銀色の弾丸。
それを銃に込める。
カチリ。
小さな金属音が響いた。
「……七年前も、こうだったっけ」
彼はゆっくりと銃口を上げた。
照準の先に、敵母艦がある。
距離は遥か上空。
拳銃で届くはずがない。
ましてや、たった一発の弾丸で何ができるというのか。
普通なら、誰もがそう思うだろう。
『発射まで、六十秒』
母艦から声が響く。
『対象、武装を確認』
『対象、射撃姿勢へ移行』
『脅威判定を再実行』
わずかな沈黙。
『……エラー』
『予測不能』
『予測不能』
『予測不能』
無数の観測眼が、一斉にアウラへ向けられた。
しかし、どれも同じ結果を返した。
『着弾予測、不能』
『対象の攻撃意図、観測不能』
アウラは静かに呟く。
「……相変わらずだな、お前ら」
そして。
彼の指が、引き金にかかった。
「……さて」
灰色の瞳が、空を見据える。
「今度は、ちゃんと終わらせようか」




