第5話 地下鉄の怪物と、最強の役立たず。
地下鉄から見つかった異常通信。
それを調査するため、防衛学園に緊急任務が下された。
「今回の目的は、地下に侵入したヴェイルの偵察個体を排除し、通信装置を回収することだ」
青砥先生が説明する。
「敵の数は不明。危険度は高い。参加するのは実技成績上位の生徒に限定する」
呼ばれたのは、神崎レオ。
銃器整備と電子戦を得意とする綾瀬リツ。
そして。
「アウラ・ソーロン」
「……俺も?」
「当然だ」
「できれば留守番がいいんですけど」
「そういうわけにはいかん」
先生は真剣な顔で言った。
「お前がいるだけで、部隊の生存率が上がると判断した」
「何を根拠に!?」
リツは思わず叫んだ。
だが先生は答えなかった。
……答えられなかったのかもしれない。
◇
旧地下鉄、第九トンネル。
三人は暗闇の中を進んでいた。
「いいか、アウラ」
先頭を歩くレオが言う。
「今回は俺の実力を見ていてもらうぞ」
「うん」
「お前に認められる男になってみせる!」
「頑張れ」
アウラは相変わらずだった。
「ねえ、レオ」
リツが小声で尋ねる。
「そもそも、なんでアウラが最強だと思ってるの?」
「……直感だ」
「根拠ゼロじゃん!」
「強者には、強者だけが感じるものがある」
「じゃあ最強じゃなかったらどうするの?」
「その時は……」
「その時は?」
「俺が守る!」
「普通にいい奴なのが腹立つ!」
その時。
トンネルの奥から、金属を引っかく音が聞こえた。
ギギギギ……。
「敵だ!」
レオが銃を構える。
暗闇から現れたのは、四体の殻兵。
その後方には、巨大な眼球のような浮遊物体が存在していた。
「《観測眼》……!」
リツが息を呑む。
観測眼。
ヴェイルが使用する特殊な指揮個体である。
周囲の情報を解析し、人間の行動を先読みして仲間へ伝達する。
この個体がいる限り、普通に撃ち合っても勝ち目が薄い。
「くそっ!」
レオが発砲する。
しかし、敵は弾道を予測したように動き、次々と銃弾を避けた。
「速い……!」
『予測完了』
観測眼から奇妙な音声が響く。
『脅威判定、低』
殻兵たちが一斉に迫る。
「リツ! 下がれ!」
「わかってる!」
リツは壁際の制御端末へ飛びつき、周囲の古い設備を調べた。
地下鉄の非常用照明。
残存している電力。
そして天井にある大型の点検用シャッター。
「レオ! 三秒だけ時間を稼いで!」
「任せろ!」
レオは二丁の拳銃で敵を牽制した。
その動きは見事だった。
射線を細かく変え、敵の接近を阻む。
しかし四体すべてを抑えるには限界がある。
「アウラ!」
レオが叫んだ。
「一体だけでもいい! 頼む!」
アウラは、すぐには答えなかった。
暗闇の向こうを見ている。
「……アウラ?」
リツが振り返る。
アウラは困ったように眉を寄せていた。
「……いや、あれは……」
そう言った時だった。
一体の殻兵が、彼に飛びかかった。
「危ない!」
リツが叫ぶ。
アウラは反射的に身を低くした。
怪物の爪が頭上を通り過ぎる。
直後。
ガシャァァン!!
天井から巨大なシャッターが落下した。
リツが操作したのだ。
シャッターは殻兵を巻き込み、床へ叩きつける。
「よっしゃあ!」
リツは拳を握った。
レオも最後の一体を撃ち抜く。
観測眼は後退しようとしたが、地下の通路はすでに閉鎖されていた。
「逃がさない!」
レオの一撃が、観測眼を貫いた。
戦闘終了。
◇
「……はあああ。死ぬかと思った」
リツはその場に座り込んだ。
レオも銃を下ろす。
「見事だったぞ、リツ」
「あんたもね。さすが学年首位」
そして二人は、アウラを見る。
「…………」
「…………」
アウラは何もしていなかった。
少なくとも、そう見えた。
「ねえ、アウラ」
「何?」
「さっき、怪物に襲われた時……」
「ああ。怖かったな」
「……怖かったんだ」
「そりゃ、あんなのが飛びかかってきたら怖いだろ」
リツは頭を抱えた。
これ、本当に最強なのだろうか。
レオは腕を組んでいた。
「……なるほど」
「何がなるほどよ」
「俺たちに戦わせたのか」
「は?」
「敵を倒せる力があるにもかかわらず、あえて手を出さなかった。俺たちを成長させるために……!」
「その発想はなかったわ!」
アウラは無言で二人を見ていた。
「……帰っていい?」
◇
しかし、今回の任務には一つだけ奇妙な点があった。
回収した観測眼の記録である。
リツが解析すると、戦闘中のログが表示された。
『脅威一:神崎レオ』
『脅威二:綾瀬リツ』
『脅威三:アウラ・ソーロン』
そこまでは普通だった。
しかし、その下。
『脅威三の戦闘能力:計測不能』
『発砲記録:ゼロ』
『敵意信号:検出されず』
『観測失敗』
リツは首を傾げた。
「……何これ」
レオが覗き込む。
「どうした?」
「アウラだけ、戦闘能力が計測不能になってる」
「やはり!」
「いや、単に何もしてなかったからでしょ!」
「……そうなのか?」
「絶対そう!」
そう言いながら、リツはもう一度画面を見た。
『観測失敗』
何もしていない人間を観測できない。
それ自体は、別に不思議なことではない。
けれど。
観測眼の記録には、最後にもう一行だけ残されていた。
『対象を上位指揮個体へ報告』
『判定保留――優先度、最大』
「……なんで?」
リツの呟きに答える者はいなかった。




