第3話 人類最強、迷子の子供に負ける。
アウラ・ソーロンが転校して三日。
彼の噂は、すでに学園の外へ広がり始めていた。
『銃を使わず敵を撃破』
『学年首位を三秒で圧倒』
『戦闘を始める前に勝敗を決める男』
もはや、何を言っているのかわからない。
「これ、全部アウラのことなんだって」
リツが携帯端末の画面を見せる。
「へえ」
「へえ、じゃないわよ!」
「俺、三秒で勝ったのか」
「勝ったことすら知らなかったの!?」
アウラは首を傾げた。
「よくわからないうちに終わったから」
「でしょうね!」
そんな二人に、青砥先生が声をかけた。
「ちょうどいい。二人とも、今日の校外実習に参加してもらう」
「校外実習?」
「ああ。第三区画の避難所への物資輸送だ」
ヴェイルの襲撃によって、都市の一部では今でも住民の避難が続いている。
防衛学園の生徒も、銃を使った戦闘だけでなく、物資輸送や住民誘導を学ぶ必要があった。
「アウラも行くの?」
「もちろんだ。もっとも、今回は戦闘が目的じゃない」
先生はそう言うと、妙に真剣な表情でアウラを見た。
「できれば、お前が戦う状況にならないことを祈っている」
「……そうですね」
リツは眉をひそめた。
また始まった。
大人まで何かを勘違いしている。
◇
午後二時。
物資輸送車が第三区画に到着した。
道路沿いには銃を持った警備員。
空には低空警戒用の小型ドローン。
戦争が始まってから、どこにでもある景色だ。
「ここ、思ったより静かね」
「そうだな」
リツが周囲を見回していると、小さな女の子が近づいてきた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「強い人?」
女の子はアウラを指さしていた。
「……普通の学生だよ」
「うそ。みんな言ってるよ。世界で一番強いって」
「そうなのか」
「そうなのか、じゃないわよ」
リツが小声で呟く。
女の子はアウラの袖を引っ張った。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「何を?」
「お母さん、見つけて」
その言葉に、アウラの表情が少し変わった。
「……迷子か」
彼はしゃがみ込み、女の子と目線を合わせる。
「名前は?」
「ミナ」
「そうか。ミナ、最後にお母さんを見た場所は覚えてる?」
「うん!」
ミナは元気よく頷いた。
◇
十分後。
「なんで私まで迷子探ししてるんだろ……」
リツはため息をついた。
アウラとミナの後ろを歩きながら、避難所の通路を進んでいる。
「お兄ちゃん、こっち!」
「わかった」
ミナは迷いなく右の通路を指さす。
しかし、アウラは足を止めた。
「……こっちはやめよう」
「え?」
「左から行こう」
リツは壁を見る。
右の通路には『工事中・通行禁止』という表示があった。
「まあ、そりゃそうよね」
アウラたちが左へ曲がった、その数秒後。
ドォォォン!!
凄まじい衝撃音が響いた。
「きゃあっ!?」
右の通路が崩落した。
天井を突き破って、ヴェイルの殻兵が侵入してきたのだ。
『緊急警報! 避難所内に敵性個体!』
「嘘でしょ!?」
リツは慌てて肩にかけていたライフルを構えた。
殻兵がこちらを見る。
だが、三人の前には厚い防火隔壁が降りてきた。
ガシャン!
怪物は隔壁の向こう側に閉じ込められる。
直後、駆けつけた警備隊が敵を排除した。
「……助かった」
リツは胸を撫で下ろした。
しかし周囲の人々は違った。
「今の少年……」
「崩落する前に、進路を変えたぞ」
「まさか侵入経路を予測して……?」
「人類最強って噂、本当だったのか!」
「いや、通行禁止の看板があったでしょ!?」
誰もリツの声を聞いていなかった。
アウラはミナを抱き上げる。
「大丈夫か?」
「うん!」
「怖かったな」
「全然!」
ミナは満面の笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんがいるから!」
その言葉に、アウラは少しだけ困った顔をした。
「……そうか」
◇
結局、ミナの母親は別の避難室で見つかった。
「ミナ!」
「お母さん!」
母娘は泣きながら抱き合った。
「本当にありがとうございました!」
何度も頭を下げる母親に、アウラは小さく手を振った。
「気にしないでください」
去り際。
ミナがアウラの手に何かを押しつけた。
小さな星形のシールだった。
「これ、あげる!」
「いいのか?」
「うん。お守り!」
アウラはそのシールを受け取った。
「ありがとう。大事にする」
帰りの輸送車。
リツは隣に座るアウラを見た。
「ねえ」
「何?」
「あんた、もしかして……本当に強いの?」
「またそれ?」
「だって、なんか変なのよ。偶然にしては出来すぎてるっていうか……」
アウラは窓の外を見た。
「……強いかどうかは、あんまり関係ないと思うけど」
「え?」
「今日、ミナがお母さんに会えた。それで十分だろ」
リツは言葉を失った。
少しの沈黙。
「……そういうところは、ちょっと格好いいかもね」
「何か言った?」
「なんでもない!」
その夜。
アウラは寮の部屋で、小さな星形のシールを黒い鞄に貼った。
そして、机の引き出しを開けた。
中には一丁の古びた拳銃が入っていた。
見たこともない型式の、黒い銃。
彼はしばらくそれを見つめる。
「……まだ、いいか」
呟いて、引き出しを閉めた。




