1/56
プロローグ
川のせせらぎに混じって、鳥のさえずりが聴こえてきた。
朝風が木々の間をすり抜けて、枝葉がガサガサと音を立てていた。その自然の音で目を覚ましたわけではなく、男が意識を取り戻したのは、慌てふためく男女の声と、犬の吠える音が耳に届いたからだ。
昨夜、滝から落ちたはずの男は、もがくこともなく、スウェット姿で発泡ウレタン樹脂のスニーカーを履いたまま仰向けで川に浮かんでいた。そのまま流れに身を任せ、川辺へと流れ着いた。
「ああ、よかった……。意識がある……」
「よし、皆で運ぼう!」
「先生、こっちです!」
「はいはい、今行くよ」
男は意識が朦朧とする中、男女数人の声が交互に聞こえた。
瞼を必死に開けると、長い黒髪の女性が男を覗き込んでいた。太陽の光のせいか、彼女の右頬に赤い模様が宝石のようにキラキラと輝いて浮かんで見えた。
「きれいだ……」
男は呟き、左手を伸ばして彼女の頬に触れようとしたが、冷たい川水に体温を奪われ身体が硬直していたため、すぐに左手はガクンと落ちた。
「安心して、もう大丈夫だから……」
女性は男の側頭部を撫でながら、優しく囁いた。
男は小さな安らぎを感じながら、力尽きるように瞼を閉じた。




