第8話 若殿、旗を揚げる
「飯富兵部少輔を捕らえるというなら、この義信も一緒に捕らえてみよ!」
甲府の夕暮れに、武田義信の大声が響き渡った。
飯富虎昌の屋敷を囲んでいた武士たちが、一斉に振り向く。門前には槍を構えた兵が二十人余り、その向こうでは飯富家の郎党が屋敷の入口を守り、互いに睨み合っていた。
屋敷からは犬の吠える声が聞こえ、騒ぎを恐れた町人たちが戸を閉め始めている。
「若殿! なぜこちらへ!」
捕縛の指揮を執っていた武士が、驚きの声を上げた。
義信は平然と歩み寄った。
「兵部を迎えに来た。それより、お前たちは父上から何を命じられた」
「兵部少輔殿の身柄を押さえ、御館様の御前へ連行せよとの仰せにございます」
「罪状は」
「若殿を擁して家中を乱そうとした疑いにございます」
「疑い、か。まだ罪人と決まったわけではないのだな」
武士は返答に詰まった。
義信は門の向こうへ目を向けた。屋敷の入口に立つ郎党たちは、武具を手にしながらも攻めかかろうとはしていない。
しかし、その表情には覚悟が見えた。
虎昌が捕らえられれば、主君を守れなかった責任を問われるかもしれない。まして謀反の罪を着せられれば、飯富家そのものが取り潰される恐れもある。
「兵部! 聞こえるか!」
義信が声を張ると、門の奥から虎昌が姿を現した。
「若殿! なぜお越しになられた!」
「お前が捕らえられると聞いた。放っておけるものか!」
「なりませぬ! 御館様より謹慎を命じられたお方が、このようなところへ出てこられては!」
「はっはっは! お前も父上も、俺を随分と大切に閉じ込めてくださる!」
義信は豪快に笑った。
だが、その眼差しは鋭かった。
「兵部。屋敷の者に武器を下ろさせろ。俺が話をつける」
「されど若殿、この者たちは御館様の御命令で……」
「だからこそ、まずは話をするのだ。武田の兵同士で槍を突き合わせてどうする」
虎昌は一瞬ためらったが、やがて郎党へ声をかけた。
槍の穂先がゆっくりと下がる。
それを見届けた義信は、捕縛隊の指揮官へ向き直った。
「お前たちも槍を下ろせ。兵部は逃げぬ。俺もここにおる」
「若殿、それはできませぬ」
「なぜだ」
「御館様から、若殿を屋敷の外へ出すなとの御命令もございます。すでに謹慎の命を破られておりますゆえ、若殿にもお戻りいただかねばなりませぬ」
「なるほど。お前の言うことは正しい」
義信は素直に頷いた。
指揮官の顔に、わずかな安堵が浮かぶ。
だが、続いた言葉は予想外だった。
「しかし、俺は戻らん。兵部を連れていくなら、俺も一緒に父上の前へ出る。それを認めてもらいたい」
「御命令にございませぬ!」
「ならば父上に確かめてくれ。俺の身柄も預かればよい。逃げも隠れもせん」
指揮官は唇を噛んだ。
信玄の命令は明確だった。虎昌を捕らえ、義信を屋敷へ戻す。どちらも勝手に変更できるものではない。
「若殿。申し訳ございませぬが、従っていただきます」
男が手を上げると、背後の兵が左右へ広がった。
義信はそれを見て、小さく息を吐いた。
「そうか。お前も退けぬか」
「御免!」
左右から二人の武士が進み出た。
一人が義信の腕を取ろうとした瞬間、義信は半歩身を引いた。掴みに来た手をかわし、相手の肩を押さえながら身体を入れ替える。
武士は勢い余って前につんのめり、もう一人とぶつかった。
「若殿!」
指揮官が叫ぶ。
「捕らえよ! ただし傷つけるな!」
その命令を聞いた義信は、思わず笑った。
「無茶を申すな。相手が大人しく捕まるとは限らんぞ!」
次に踏み込んできた武士は、長柄の槍を持っていた。
穂先を向けず、柄を横にして押さえ込もうとしてくる。義信は後退しながら間合いを測り、相手が力を込めた瞬間、槍の柄を下から跳ね上げた。
武士の両手が浮く。
義信はその懐へ入り、肩をぶつけた。
相手がよろめいたところで足を払うと、武士は土埃を上げて倒れた。
義信はその槍を拾い上げた。
「悪いな。少々借りるぞ」
槍を構えた義信の姿を見て、周囲の武士たちが足を止めた。
その動きには迷いがない。
木刀や稽古槍を持つときとは違う、実際の武器を扱う者の迫力があった。
「お前たち、まだやるか」
義信が尋ねると、指揮官は歯を食いしばった。
「御館様の御命令に逆らうわけには参りませぬ!」
「そうであろうな。だから俺も、お前たちを殺す気はない」
義信は槍の穂先を地面へ向けた。
「だが、俺も引けぬ。兵部を罪人として連れていくというなら、その前に俺を倒してみせよ」
指揮官は義信の顔を見つめた。
若殿は笑っている。
しかし、そこにふざけた様子はなかった。
槍を握る腕は安定し、足の置き方にも隙がない。
武田家の嫡男が、これほどの武芸を身につけていたとは思いもしなかった。
そのとき、屋敷の奥から虎昌が飛び出してきた。
「若殿! これ以上はなりませぬ!」
義信は虎昌へ顔を向けた。
「兵部。お前はそこで見ておれ」
「しかし!」
「俺が始めたことだ。お前に責任を押しつけるつもりはない」
義信の声が変わった。
それまでの豪快な調子とは違う、静かで重い声だった。
「父上が俺を廃嫡なさるというなら、俺も覚悟を決めるしかない。ここでお前を見捨てれば、俺は一生、家臣たちに顔向けできん」
虎昌は言葉を失った。
目の前の若殿は、かつて自分が武芸を教え、戦の心得を説いてきた少年ではなかった。
父を相手に一歩も退かず、家臣のために自ら槍を取る。
その姿に、虎昌の胸が熱くなった。
「若殿……」
「兵部。俺についてくるか」
義信は槍を持ったまま、問いかけた。
「ここから先は、本当に謀反になるかもしれん。俺が勝つ保証もない。それでもついてくると言うなら、命を預けてもらいたい」
虎昌はしばらく義信を見つめていた。
そして、深く頭を下げた。
「この虎昌、若殿にお仕えして四半世紀。今さら何を迷うことがございましょう」
その声には、老将らしい力があった。
「若殿が武田の家を継がれるというなら、この命、最後までお預けいたします!」
義信は破顔した。
「よし! ならば、まずはここを抜けるぞ!」
◇
虎昌が味方すると決めた瞬間、屋敷を守っていた郎党たちの動きが変わった。
それまで門内で守りを固めていた者たちが、主君のもとへ集まってくる。
だが、義信はすぐに制した。
「待て! 勝手に斬りかかるな!」
郎党たちは足を止めた。
「ここにいるのは武田の兵だ。父上の命令に従っているだけの者を殺してどうする。俺たちが戦う相手は、父上その人だぞ」
指揮官の表情が強張った。
「若殿、それは御館様への謀反を認めるお言葉にございますぞ!」
「そう受け取ってもらって構わん」
義信は正面から答えた。
「ただし、父上を殺す気はない。家督を譲っていただくために戦うのだ」
指揮官は槍を構え直した。
その背後では、兵たちが互いの顔を見合わせている。
彼らにとって義信は敵ではない。
武田家の嫡男であり、いずれ主君になるはずだった男だ。
しかし今、その義信が当主である信玄に逆らおうとしている。
どちらに従うべきなのか、即座に判断できるはずもなかった。
「若殿。どうしてもお退きになりませぬか」
「退かん」
「ならば、我らも務めを果たすまで!」
指揮官が踏み込んだ。
今度は本気だった。
槍の穂先が義信の胸元へ伸びる。
義信はそれを外したが、相手の槍はすぐに引かれた。続けて足元を狙う低い突きが放たれる。
この男も、武田家で戦場を経験してきた武士だった。
簡単に崩せる相手ではない。
「よい槍だ!」
義信は思わず笑った。
相手が槍を引いた瞬間、義信は一歩踏み込んだ。
互いの槍が激しくぶつかる。
義信は正面から力比べをせず、相手の柄を押し流した。指揮官の穂先が外れたところで、自分の槍を短く持ち替える。
石突きが相手の胸元へ迫った。
指揮官は身体を捻って避けたが、義信はそのまま槍を引き、柄の中ほどで相手の手元を打った。
乾いた音が響く。
指揮官の槍が地面へ落ちた。
義信は続けて踏み込み、相手の肩を押さえて膝をつかせた。
「そこまでだ」
指揮官は歯を食いしばった。
腰の刀へ手を伸ばしかけたが、義信の槍先がその動きを止めた。
「抜くな。俺はお前を殺したくない」
男は動きを止めた。
義信は槍を下ろし、指揮官から一歩離れた。
「お前は立派に務めを果たした。父上へ報告するときも、そう伝えてくれ」
「……若殿」
「俺が力ずくで通ったのだ。お前たちの落ち度ではない」
指揮官は何も答えられなかった。
武田の嫡男が槍を手に、自分たちを圧倒した。
それなのに、一人も斬り殺そうとはしない。
武勇に優れるだけの男なら、これまで幾人も見てきた。
だが、これほどの余裕を見せる若武者は初めてだった。
◇
「兵部。動ける者は何人おる」
義信が尋ねると、虎昌は屋敷の郎党を見渡した。
「この場にいるのは二十余人にございます。ほかの者たちは、それぞれの持ち場や所領におります」
「ならば、ここに長居はできんな」
義信はすぐに判断した。
躑躅ヶ崎館から本格的な討手が差し向けられれば、二十数人では持ちこたえられない。まして、屋敷には女や子どももいる。
家臣を守ると言いながら、家族を戦に巻き込むわけにはいかなかった。
「兵部。屋敷の者には必要なものだけ持たせろ。戦えぬ者は別の場所へ逃がす。兵を率いる者は俺についてこい」
「若殿、どちらへ向かわれますか」
「お前の郎党が集まれる場所はあるか」
「甲府の西に、我が家の者が馬を預ける詰所がございます。そこならば、幾人かはすぐに集められましょう」
「よし。そこへ向かう」
義信は虎昌の肩を叩いた。
「まずは足場を作る。父上の軍勢と正面からぶつかるのは、それからだ」
「若殿。御館様には、武田家の精鋭がついておりますぞ」
「知っておる。あれほどの軍勢を相手に、二十人ばかりで戦おうというほど無鉄砲ではない」
義信は笑みを浮かべた。
「だが、父上にも弱みはある」
「弱み、でございますか」
「父上は武田家を壊せん。俺も同じだ。だから、この争いを大きな内乱へ広げることだけは、互いに避けたいはずなのだ」
虎昌は頷いた。
信玄は甲斐から信濃、上野へと勢力を伸ばしてきた。その支配を保つには、各地の城将や国衆を動かさねばならない。
甲府の内輪揉めに全軍を集めれば、周辺諸国が動く恐れもある。
「ならば、御館様は早いうちに若殿を捕らえようとなさるでしょう」
「当然だ。父上なら、俺が兵を集める前に動く」
「では、なおさら急がねばなりませぬ」
「そのとおり。だが、焦ってはならんぞ。相手は父上だ。こちらが考えなしに動けば、あっという間に囲まれる」
義信は空を見上げた。
夕闇が深まり、遠くの山々は黒い影になっている。
「兵部。今夜中に動ける者を集める。ただし、無理に従わせるな。父上への忠義を捨てられぬ者は、そのまま残してやれ」
「それでは兵が集まらぬやもしれませぬ」
「構わん。嫌々ついてきた者を戦場へ出しても、いざというときに頼りにならん。俺が欲しいのは、自分の意思でついてくる者だ」
虎昌は深く頭を下げた。
「承知いたしました」
義信は郎党たちへ向き直った。
「聞いてくれ! 俺はこれより、父・信玄から家督を奪うために兵を挙げる!」
庭にいた者たちの顔が引き締まった。
「父上を憎んでいるわけではない。あの方の武勇も知略も、天下に並ぶ者の少ないほど優れたものだ。だが、俺は父上を超え、武田を天下へ導くつもりだ!」
義信の声が屋敷に響き渡った。
「そのためには、お前たちの力がいる。ついてきてくれる者は、俺とともに戦ってほしい。ただし、命を粗末にするな。俺もお前たちを無駄死にさせるつもりはない!」
郎党たちは互いの顔を見合わせた。
やがて、一人の古参武士が進み出た。
「若殿。我らは兵部少輔様に仕える者。兵部様が若殿に従われるなら、我らも命を預けます!」
続いて別の者が声を上げる。
「若殿のためなら、どこまでもお供いたします!」
義信は大きく頷いた。
「よし! ならば行くぞ!」
屋敷の門が開かれ、義信を先頭に一団が動き始めた。
捕縛隊の武士たちは、その姿を見送るしかなかった。
彼らにはすでに、義信を止めるだけの余力が残っていなかったのである。
◇
躑躅ヶ崎館へ報せが届いたのは、それからほどなくしてのことだった。
「申し上げます! 義信様が飯富兵部少輔を連れ、捕縛の兵を退けて屋敷を出られました!」
信玄は机に向かっていた手を止めた。
「……何じゃと」
「若殿は槍を取って抗われました。捕縛隊の指揮官も敗れ、兵部少輔の郎党とともに甲府の西へ向かわれた模様にございます!」
信玄はゆっくりと扇を置いた。
室内には馬場信房と飯富三郎兵衛が控えていた。
「怪我人は」
「数名おりますが、いずれも命に別状はないとのこと」
「義信が手加減したか」
信玄は低く呟いた。
嫡男が自ら槍を取り、捕縛隊を突破した。
しかも虎昌を救い出し、郎党を率いて甲府を離れたという。
これ以上、単なる親子の意見違いとして扱うことはできなかった。
「民部」
「はっ」
「兵を集めよ。ただし、義信を討ち取ることは許さぬ。あやつにはまだ聞かねばならぬことがある」
「承知いたしました」
信玄は三郎兵衛へ向き直った。
「三郎兵衛。そなたの兄が義信についておる。どうする」
三郎兵衛は深く頭を下げた。
「某は御館様にお仕えする身。兄がいかなる道を選ぼうとも、忠義を曲げるつもりはございませぬ」
「それでよい」
信玄は頷いた。
「ただし、兵部も長年武田に尽くした男じゃ。捕らえられるなら、生きて連れて参れ」
「はっ」
三郎兵衛の表情には、複雑な思いが浮かんでいた。
兄を討ちたくはない。
だが、主君の命令にも背けない。
その狭間で、若い武将は自らの忠義を貫こうとしていた。
信玄は地図を広げた。
義信が向かったという甲府の西側には、飯富家と縁のある者たちがいる。
兵を集めるなら、まずそこを頼るだろう。
「民部。義信は、これより先へ進もうとするはずじゃ。道を押さえ、逃げ場を狭めよ。ただし町や村を焼くな。あやつのために甲斐を荒らすわけにはいかん」
信房は頷いた。
「御館様。若殿は本気で家督を奪うおつもりのようにございます」
「分かっておる」
信玄は地図から顔を上げた。
「だから、こちらも本気で相手をする」
その声には怒りだけでなく、どこか寂しげな響きもあった。
信玄自身、かつて父を追放して家督を継いだ男である。
その息子が、今度は自分へ挑んできた。
「義信め。わしと同じ道を歩むつもりか」
信玄は扇を握り直した。
「ならば、父を超えるということがどういうことか、思い知らせてやろう」
◇
夜半、義信たちは甲府の西にある飯富家の詰所へ到着した。
すでに郎党の一部が集まり、馬や武具の準備を進めている。
義信は詰所へ入ると、まず人数を確かめさせた。
この場にいるのは三十余人。
虎昌のもとで働いてきた者たちを合わせても、信玄の軍勢と戦うにはあまりにも少ない。
「若殿。これでは御館様の兵を相手にするのは難しゅうございます」
虎昌が厳しい顔で告げた。
義信は頷いた。
「分かっておる。だが、兵部。お前の郎党はまだほかにもおるのだろう」
「はい。近隣の所領にもおります。ただ、集まるには少々時が必要にございます」
「ならば集めよう。俺も、ただ待っているつもりはない」
義信は地図を広げた。
躑躅ヶ崎館から西へ伸びる道、甲府の町を通る道、周辺の村々。
信玄が兵を動かせば、義信たちを包囲するのは難しくない。
だからこそ、同じ場所に留まっていてはならなかった。
「兵部。父上は必ずこちらの道を押さえる。俺たちが逃げると思っているだろう」
「ならば、別の道を進まれますか」
「いいや」
義信は地図の上に指を置いた。
「逆に、こちらから父上の懐へ飛び込む」
虎昌は目を見開いた。
「御館様の本陣へ向かわれると?」
「そうだ。父上が兵を集めて俺を捕らえようとするなら、その前にこちらから勝負を仕掛ける」
「若殿、それは危険が過ぎますぞ!」
「危険でない戦などあるものか。だが、ただ正面からぶつかるつもりではないぞ」
義信は笑った。
「父上は俺が兵を集めると思っておられる。だから、その兵をどこから集めるか、誰が味方するかを調べているはずだ」
「それは間違いございますまい」
「ならば、その考えを利用する」
義信は地図を見つめた。
前世で読み込んだ兵法書の言葉が、頭の中をよぎる。
敵がこちらの動きを読むなら、その読みを逆手に取る。
ただし、策を弄するだけでは信玄に勝てない。
相手は武田信玄なのだ。
「兵部。父上を倒すには、父上が予想していないことをせねばならん」
「それは、どのような……」
義信は顔を上げた。
「父上が最も守りたいものを、俺も守る。そのうえで、父上に家督を譲っていただく」
虎昌はしばらく黙っていた。
義信の考えを、完全には理解できていない。
しかし若殿の眼には、すでに次の勝負を見据えた光が宿っていた。
「兵部。俺は父上を殺さん。お前も死なせん。そして、武田の兵もできるだけ死なせん」
義信は腰に差した刀を軽く叩いた。
「だが、そのために必要なら、俺が先頭に立つ。父上が本気で来られるなら、俺も全力で迎え撃とう」
虎昌は深く頭を下げた。
「承知いたしました。若殿の御命令に従います」
義信は立ち上がり、庭へ出た。
冷たい夜風が頬を撫でる。
詰所の外では、郎党たちが松明を掲げ、馬の準備を進めていた。
義信はその光景を見渡し、腹の底から笑った。
「はっはっは! よいぞ、兵部! ようやく戦国らしくなってきたではないか!」
虎昌は呆れたように首を振った。
「若殿。これから御館様と戦になるというのに、よく笑っておられますな」
「笑わずにおれるか。相手はあの武田信玄だぞ。これほど腕の鳴る勝負が、ほかにあるものか!」
義信は夜空へ目を向けた。
甲府の山々の向こうには、まだ見ぬ天下が広がっている。
そして、その天下へ進む道を塞いでいるのは、誰よりも尊敬する父だった。
「父上。家督は必ずいただきますぞ」
義信は笑みを浮かべた。
「その代わり、父上には天下取りの仕事を山ほど用意しておきますからな!」
若き武田義信が、ついに父・信玄へ反旗を翻した。
甲斐の国を揺るがす父子の争いは、もう誰にも止められなかった。
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