↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『武田信玄の嫡男に転生した歴史教師、謀反を成功させて父を家臣にする ~武田義信、最強の父子で天下を取る~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/35

第34話 稲葉山城、武田の手に

 長井道利が差し出した書付には、城を渡すという一文はなかった。


 斎藤の家名を残すこと。龍興と家中の者の命を損なわぬこと。城下へ残した妻子や、戦で捕らえられた兵を害さぬこと。幾つもの願いを読み終え、義信は最後の余白へ指を置いた。


「守ってほしい者のことは分かった。次は、龍興殿が何を差し出すかを聞こう。城も兵も手放さぬままでは、こちらも約束を結べぬ」


「主も、それは承知しております。ただ、先に城を渡し、あとから家中の処遇を決めるのでは、拙者は山へ戻れませぬ」


 道利は膝に置いた手を動かさずに答えた。


 義信は良通と半兵衛へ目を向けた。どちらも、口先で城を開かせれば済むとは考えていない。ここで破った約束は、明日、別の国衆へ差し出す書状の値打ちまで失わせる。


「稲葉山は武田が預かる。龍興殿は武田に従い、兵を動かすには俺の許しを得る。その代わり、斎藤の家は残す。養う地も、すでに押さえた旧斎藤の直轄領から割こう」


 義信は書付を手元へ寄せた。


「ただし、良通殿や守就殿、直元殿に安堵した地を、そのために削ることはせぬ。先に従った者ほど損をする取り決めにはできぬからな」


「龍興様へ付き従う家臣もおります。その者たちを、主から引き剝がすおつもりか」


「身の回りを支える者まで奪わぬ。だが、国中の兵を斎藤の名で集める権は手放してもらう。武田へ直に仕える者、龍興殿へ残る者、家へ帰る者を分け、知行と扶持を定める」


 道利は返答を急がなかった。斎藤が美濃の主であり続ける道は、そこで断たれる。その代わりに、城を失っても家を養い、家臣を抱えて生きる道が示されていた。


 良通が静かに口を開いた。


「所領の重なりは、私も確かめます。こちらへ従った者の土地だけでなく、斎藤に残った者の土地も調べねばなりませぬ。戦ったというだけで全てを召し上げては、村ごと敵を残しましょう」


 道利の目が良通へ移った。


「そのお言葉、書付へ加えていただきたい。拙者が聞いたというだけでは、山の者を説けませぬ」


「加えよう。代わりに、明け渡す門と、残す武具、兵を下ろす順も決める。誓紙だけ受け取り、城の中では別の支度をされては困る」


 義信が言うと、道利は懐からもう一枚、折った紙を取り出した。


 城に残る主だった者の名が並んでいた。降ると決めた者の名簿ではない。龍興が、最後まで処遇を確かめようとしている家臣たちだった。


     ◇


 道利が山へ戻ったのは、夜になってからだった。


 龍興は火を近づけ、持ち帰った条件を読んだ。そばには、南へ出していた使いも控えている。


 織田からも、命を助けるという返答は届いていた。ただし、無事に城を出るには、通る道と連れていく人数を定めねばならない。家臣の所領まで一度に保証する話にはなっていなかった。


 信長にしてみれば、城下を武田に押さえられた龍興一人の降伏で、山まで得られるとは限らない。抱え込む人数と、それによって増える敵を量っているのだろう。


 龍興は二つの書付を並べた。


「武田へ渡せば、稲葉も安藤も、今得ておる地を保つ。俺が城を降りたあとで、その者たちを討てとは命じられぬな」


「義信殿も、そのために兵を引かぬと申されました。我らだけに都合のよい和睦は、受けられぬと」


 道利は答え、昼に捕らえられた兵のことも伝えた。


 柵を守っていた組頭は生きている。降った者をその場で武田の兵へ加えず、決着まで戦へ出さぬと、義信自身が約束したという。


 龍興はしばらく黙り、脇に控える侍たちを見た。傷を負いながら立っている者もいた。


「まだ、城は守れる。米も矢も、明日尽きるわけではない。だが、守っている間に、どこから兵が来る」


 誰も、来ると約束した援軍の名を挙げられなかった。


「武田が諦めれば織田が来る。織田へ城を渡そうとしても、下には武田がおる。このまま両方を相手にして、お前たちの戻る村まで失えば、俺は何を守ったことになる」


 龍興は書付を畳んだ。


「斎藤の家を残す。だが、俺だけ助けてもらうために、お前たちを差し出すのではない。所領を願う者も、俺と行く者も、明け渡す前に名を出せ。条件が違えば、その場で止められるようにする」


 道利が一礼すると、龍興は筆を取った。


 命令を書き終えたあとも、すぐには渡さなかった。長く握っていた筆を置き、ようやく顔を上げる。


「武田に従う。城を明ける支度を始めよ。番の者へも、俺の命だと確かに伝えさせる」


     ◇


 翌朝、山裾へ下りてきた道利は、龍興の誓紙と、明け渡しに加わる者の名を持っていた。


 半兵衛は受け取り、昨夜の取り決めと一つずつ照らした。三郎兵衛は柵へ残り、勝手に兵を登らせぬよう見張っている。


 義信は、源五郎を呼んだ。


「南の織田へ使いを出す。龍興殿が従ったことを、約定どおり知らせよ。ただし、向こうがすでに取った所へ、これを口実に兵を入れるな」


「城の受け取りを見届けてからでは、知らせる刻が遅れます。まず誓紙が届いた旨を伝え、受け取りを終えたら、続けて知らせます」


「それでよい。相手の返答を待つために、山の引き渡しを止める必要もない」


 源五郎が走ると、義信は道利へ向き直った。


 先に登る武田の兵を少数に限り、斎藤側の案内とともに門と曲輪を受け取る。双方の番を一度に引き揚げさせず、替わった所から順に知らせを送る手はずだった。


 半兵衛が、その先手へ加わろうとした。


 道利は彼を見て、わずかに口を結んだ。


「城内には、重治殿への遺恨を持つ者もおります。貴殿が先に立てば、主の命に従おうとしている者まで、意地を張るやもしれませぬ」


 半兵衛は足を止めた。


 自ら奪い、手放した城である。その名を知る者が、皆、才を褒めてくれるはずもなかった。


「では、私は下に残り、兵の交代を取り仕切ります。城内を確かめる者には、道利殿からも案内を付けてください」


 義信は、その判断に頷いた。


「城を得る働きは、最初に門をくぐることだけではない。下りる兵を町で暴れさせず、登る兵にも勝手をさせぬよう頼む」


 半兵衛は道利と立ち位置を替え、組頭たちを集めた。義信も、最初の受け取りが済むまでは柵の中で待った。


     ◇


 最初の門が替わり、次の番所からも使いが下りてきた。


 ところが、その先の曲輪で、知らせが途切れた。


 道利の供が戻ってくると、槍を離さぬ組があり、武田の兵を通さないと告げた。主の命を疑っているのではない。降れば、家へ残した妻子を追い出されると恐れているらしかった。


 三郎兵衛は兵を止めたまま、義信を見た。


「御館様、まだ門の奥を全て受け取ったわけではございませぬ。まずは使いを通し、槍を伏せさせます」


「その組の頭を、ここへ呼べるか。道利殿と話せるなら、俺も同じ所で聞く」


 義信は柵の外へ出ずに待った。


 やがて下りてきた侍は、道利の前へ膝をついた。具足は泥で汚れ、頬に新しい傷があった。


「主の命に背くつもりはございませぬ。しかし、拙者の村には、稲葉殿と地境を争う所があります。武田へ渡れば、そのまま取り上げられると、組の者が申しております」


 良通が一歩前へ出た。


「争いのある地はある。だが、槍を伏せた褒美に、そなたの家まで焼く話ではない。村の者も呼び、境を確かめる。決まるまで、こちらから田畑へ手を出させぬ」


 義信は道利を見た。


「この扱いは、ほかの者にも同じだ。争いがあるからと、今、良通殿の言い分だけで決めぬ。そちらにも、戦を止めるために争いそのものを隠すことはさせぬ」


 侍の肩が、少し下がった。


「そのお言葉を、組の者へ伝えてよろしゅうございますか」


「俺の名で伝えよ。槍を持ったままここまで下りたことも、それだけを罪には問わぬ。ただし、戻ったら武田の兵と争わせるな。双方の番が替わるまでは、お前も持ち場を離れるなよ」


 侍は深く頭を下げ、道利の供と山へ戻った。


 しばらくして、止まっていた道から使いが来た。番の交代を終えたという。


 義信はそこで初めて、登る兵へ加わった。


     ◇


 龍興は、具足を着たまま義信を待っていた。


 刀は帯びているが、抜くつもりで手を添えてはいない。傍らへ集まった家臣も、義信が入ると左右へ退いた。


 義信は畳へ座り、龍興と向き合った。


「取り決めたとおり、城を受け取る。番の交代を命じてもらえたこと、礼を申す」


「兵を下ろしたあとの扱いまで見届けねば、こちらの役目は終わらぬ。城内の蔵と武具は渡す。家臣の私物と、連れていく者の荷は、混ぜずに改めさせる」


「こちらからも確かめる者を付けよう。分からぬ物を、その場の兵の取り分にはさせぬ」


 龍興は頷き、しばらく義信を見ていた。


「町でそなたの旗を見つけたとき、押し切れば取り戻せると思うた。稲葉が来る前に、山の兵と挟めるとな」


「俺も、良通殿が間に合わねば、囲いまで退くつもりだった。こちらに都合のよい形のまま、最後まで戦えたわけではない」


「それでも、そなたたちは合わさった。俺が西へ出した兵を戻している間に、だ」


 龍興は膝の上で手を開いた。


「斎藤龍興、武田殿に従う。家中を守るために決めたことゆえ、従った者の命と暮らしについては、これからも申し上げる」


「遠慮なく申されよ。俺へ従ったからと、家臣を守る役まで捨てることはない」


 龍興が頭を下げた。


 道利も、それに続いた。義信は二人が顔を上げるのを待ち、城下へ下りる道の警固について話し始めた。


     ◇


 南の陣で知らせを受けた信長は、武田の使いが去ったあと、丹羽長秀を呼んだ。


「龍興が降った。武田は、城だけ取って首を外へ逃がす気もないようだ」


「山へ手を伸ばすのは、約定のある間は難しゅうございます。こちらが押さえた道と番所を固め、兵を入れ替えます」


 信長は、山へ続く道を見た。


 武田が城へ登る間に、こちらは南からの出入りを押さえた。山を取った軍も、そこだけで飯を食い続けられるわけではない。


「運んだ米を戻すな。兵が居続けられるだけ置け。武田へ売る商人を、約定に背いて襲わせるなよ。こちらへも運ばせ、船と荷を増やす」


 長秀が頷くと、信長は番所へ置く兵の割り振りを命じた。


 稲葉山が渡ったからと、南へ進めた軍を引くつもりはなかった。


     ◇


 山では、斎藤の兵が順に持ち場を離れていた。


 武田の兵は槍を寝かせ、その列を通した。昨日まで矢を射合った者同士が、狭い道で肩を擦る。小さな言い争いが起きると、両方の組頭が出て止めていた。


 義信は、龍興とともにその様子を見届けた。


 やがて、道利が最後の蔵の引き渡しを告げに来た。受け取りを記した者の名を確かめ、義信はようやく立ち上がった。


 旗を持った兵が待っている。


「待たせたな。皆にも見える所へ掲げてくれ。ここまで登らず、町や渡しを守っておる者にも、城を受け取ったと知らせよう」


 武田菱が山風を受けた。


 城内で声が上がり、下の番所からも応じる声が続いた。義信は旗を見上げ、土に汚れた顔を大きく綻ばせた。


「よう働いてくれた! 下りた者から飯にせよ。今夜の番へ就く者の分は、先に残しておけよ!」


 笑い声が混じり、兵が互いの肩を叩いた。


 義信はその中を歩き、門へ戻る兵の一人から旗竿の重い根元を引き取った。二人で持ち上げて据えると、空いた手で兵の背を叩く。


 甲斐から運んできた武田の旗が、美濃の山上で、もう一度大きく開いた。




──────────────────

YouTubeでショート動画作ってみました


https://youtube.com/shorts/LjVQgpFxZ2E?si=X6VKhxz29nXoLekJ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。