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『武田信玄の嫡男に転生した歴史教師、謀反を成功させて父を家臣にする ~武田義信、最強の父子で天下を取る~』  作者: あちゅ和尚


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第15話 竹中半兵衛、武田を試す

「真田殿。竹中半兵衛様が、こちらへ参られるそうです」


 その知らせを受けた真田源五郎は、思わず手にしていた筆を止めた。


 岩村城下の旅籠である。開け放した障子から冷たい風が入り、庭先では竹を束ねた箒が落ち葉を集めていた。


 目の前に座っているのは、美濃で紙を商う宗助だった。


「半兵衛殿ご自身が、岩村へ?」


「はい。ただし、城下へお入りになるわけではございませぬ。東へ向かう途中の山寺で、お会いしたいとのことにございます」


「随分と危険を冒されるものですね」


 源五郎は書状を受け取り、慎重に目を通した。


 半兵衛の名が記されている。だが、これまで直接会ったことのない相手だ。書状が本物かどうかを確かめる術は限られていた。


 宗助の身元については、岩村城主の遠山景任を通じて確認している。竹中家と取引のある商人であることは確かだった。


 それでも、半兵衛本人の意向を正しく伝えているかまでは別の話である。


「宗助殿。この書状、どなたから直接受け取られましたか」


「竹中家の御用を務める方からにございます。その方のお名前は、こちらでは申し上げられませぬ」


「なるほど。では、半兵衛殿がお見えになることを知っているのは、限られた方々だけなのですね」


「はい。半兵衛様も、武田の使者と会っているところを斎藤方に知られたくはないのでしょう」


 源五郎は頷いた。


 永禄七年、美濃では竹中半兵衛が斎藤龍興の居城である稲葉山城を奪う事件が起きていた。


 半兵衛が城を手放した後も、斎藤家中の混乱は収まっていない。


 そんな中で、武田家の新当主が半兵衛を欲しがっている。


 噂が広まれば、斎藤家だけでなく、尾張の織田信長も関心を示すだろう。


「宗助殿。お申し出はありがたい。ただ、半兵衛殿のお命を危険にさらすわけにはまいりませぬ。まずは会う場所について、遠山様へ相談させてください」


「それがよろしいかと存じます」


 宗助が退出すると、源五郎は控えていた甚六へ顔を向けた。


「甚六殿。どう思われますか」


「竹中殿ご本人がお越しになるなら、よほど武田のことが気になるのでしょうな」


「ですが、こちらを試している可能性もあります」


「それもございましょう。稲葉山城を奪った男です。若いからといって、容易に信用できる相手ではありませぬ」


 甚六は窓の外へ目を向けた。


「それから、宗助を追っていた二人についてですが、まだ誰の手の者か分かっておりませぬ。一人は美濃の西へ戻ったようですが、もう一人の行方は掴めておりません」


「ならば、無理に探さなくて結構です」


「よろしいので?」


「こちらが騒ぎを起こせば、武田の使者が半兵衛殿と会おうとしていることを、自ら知らせるようなものですから」


 甚六は感心したように頷いた。


 源五郎はまだ若い。


 それでも相手を疑うべきところでは疑い、危険を避けられるところでは無理をしない。信玄の近習として育てられた経験が、確かに身についている。


「では、会う場所を確かめて参ります」


「お願いします。私は遠山様へ事情をお伝えしてきます」


 源五郎は書状を懐へ収めた。


 甲府を発つとき、義信は言っていた。


『相手が何を望んでいるのか、それを知らずに仕官を求めても始まらん』


 ならば、まず話を聞こう。


 竹中半兵衛という男が、何を望んでいるのかを。


     ◇


 半兵衛との面会が実現したのは、それから四日後だった。


 美濃の山道を進んだ先にある小さな寺で、源五郎はその男と向き合った。


 竹中半兵衛重治。


 二十歳ほどの若武者だった。


 細身で、顔立ちは整っている。身につけた衣服に華美なところはなく、腰の刀も実用を重んじたものに見えた。


 源五郎が意外に思ったのは、その眼差しである。


 相手の顔をじっと見つめるわけではない。何気なく庭や障子へ目を向けながら、こちらの動きや周囲の様子を確かめている。


 この男は、座っている間も考えることをやめていない。


 そんな印象を受けた。


「竹中半兵衛にございます。遠路、お運びいただき恐れ入ります」


「真田源五郎にございます。武田義信様の使者として参りました」


 二人は静かに頭を下げた。


 寺の住職が茶を運び、退出する。


 障子の外では、木の葉が風に擦れる音が聞こえていた。


「真田殿。お若いですな」


 半兵衛が口を開いた。


「竹中殿こそ、お若いではございませぬか」


「私はすでに妻もおりますので、若いと言われることも少なくなりました」


 半兵衛の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「それにしても、武田家の新しき御屋形は、随分と大胆なお方のようですな」


「そう見られますか」


「父君を倒して家督を継ぎ、その父君を家臣として使う。美濃でも噂になっております」


 源五郎は苦笑した。


 噂が伝わるのは早いものだ。


 しかも義信の行動は、実際にそのとおりだった。


「御館様は、御隠居様の才を誰よりも認めておられます。だからこそ、家督を継いだ後も軍を率いていただくことにしたのでしょう」


「なるほど。では、信玄公は本当に家臣として従っておられるのですか」


「はい。すでに新しい御館様のもとで軍務を担っておられます」


 半兵衛は茶碗を置いた。


「それは実に興味深い」


「何がでしょう」


「父を倒すことより、倒した父を従わせることの方が、はるかに難しいからです」


 半兵衛は穏やかな声で続けた。


「信玄公には長年従ってきた家臣がおり、甲斐と信濃には多くの城がございます。たとえ家督を譲ったとしても、信玄公の言葉に従う者は少なくありますまい」


「そのとおりです」


「ならば、新しい御屋形と御隠居様の命令が食い違ったとき、家臣たちはどちらに従うのでしょう」


 源五郎は半兵衛を見た。


 この男は、義信の武勇について聞きたいのではない。


 武田家の家督交代が、本当に成立しているのかを確かめようとしている。


「当主の命令にございます」


 源五郎は答えた。


「御隠居様も、そのことを明らかになさいました。軍を任せる際には役目と権限を定め、最終的な決定は義信様が下されます」


「信玄公が、そこまでお認めになったと」


「はい」


 半兵衛はしばらく黙っていた。


 そして、小さく頷いた。


「それならば、武田家の当主交代は、私が思っていた以上に大きな出来事だったようです」


     ◇


「真田殿。今度はこちらから、美濃についてお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「義信様は、美濃を欲しがっておられるそうですね」


 源五郎の表情が引き締まった。


 半兵衛はそれを見て、静かに笑った。


「隠す必要はございませぬ。東美濃の遠山家へ使者を送り、私の所在まで探しておられる。美濃に関心がない大名のなさることではありますまい」


「御館様が美濃に関心を持っておられることは確かです」


「では、斎藤家を滅ぼし、美濃を武田のものとなさるおつもりでしょうか」


「それについては、御館様ご自身のお考えを聞いていただきたいと存じます」


 源五郎は慎重に答えた。


 義信が美濃を取りたいと考えていることは知っている。


 しかし、斎藤龍興をどのように扱うのか、どの国衆を味方にするのか、詳しい方針をすべて聞かされているわけではない。


 知らないことまで勝手に約束すれば、かえって主君の足を引っ張る。


「なるほど。真田殿は軽々しく御主君のお考えを代弁なさらぬのですね」


「申し訳ございませぬ」


「いいえ。むしろ安心しました」


 半兵衛は庭へ目を向けた。


「私が稲葉山城を奪ったことは、ご存じでしょう」


「はい」


「城を取ること自体は、条件さえ整えば不可能ではありません。ですが、城を取った者が、そのまま国を治められるとは限らないのです」


 源五郎は黙って聞いていた。


「城を奪えば、城に仕える者は従うかもしれません。しかし、城下の者、周辺の国衆、遠くの領主まで同じように従うとは限らない。まして美濃には、それぞれの家の事情がございます」


 半兵衛は源五郎へ顔を向けた。


「武田が稲葉山を落としたとしても、それだけでは美濃を手に入れたことにはならぬでしょう」


「……ごもっともにございます」


「だから、お聞きしたいのです。義信様は美濃の城が欲しいのか。それとも、美濃の国が欲しいのか」


 源五郎は少し考えた。


 そして、義信が甲府で語った言葉を思い出した。


「御館様は、美濃の城も町も田畑も、そこに暮らす者たちも含めて欲しいと仰せでした」


 半兵衛の眼が動いた。


「それは、どのような意味でしょう」


「焼け野原になった美濃を手に入れても仕方がない、と。御館様は、できるだけ国衆を味方につけ、戦を少なくして国を得たいとお考えです」


「戦を少なくして、ですか」


「はい。もちろん、武田に従わぬ相手とは戦うことになるでしょう。しかし、無理に戦わずに済むなら、それに越したことはないと」


 半兵衛はしばらく源五郎を見つめた。


 その眼差しは、先ほどよりも鋭くなっていた。


「真田殿。美濃の国衆を味方につけたいとお考えなら、まず一つ、お伝え願いたいことがございます」


「何でしょう」


「美濃の者は、斎藤家に従っているからといって、皆が斎藤龍興様だけを見ているわけではありません」


 半兵衛は静かに続けた。


「家を守りたい者、領地を守りたい者、家臣を食わせたい者。それぞれに事情があります。武田に従う方がよいと思えば、考えを変える者もおりましょう」


「はい」


「ですが、武田がただ大軍を率いて押し寄せ、従わぬ者を片端から討つのであれば、私はお力を貸す気にはなれませぬ」


 源五郎は深く頷いた。


「そのお言葉、必ず御館様へお伝えいたします」


 半兵衛は茶碗へ手を伸ばした。


「それから、もう一つ」


「何でございましょう」


「織田信長という男を、義信様はどう見ておられますか」


 源五郎は半兵衛の顔を見た。


 ここへ来て、織田の名が出た。


 義信が特に警戒し、そして何よりも欲しがっている男である。


「御館様は、織田信長を優れた武将とお考えです」


「それは私も同じです」


「ですが、御館様は織田をこのまま放置するおつもりはありません」


 半兵衛は茶碗を置いた。


「……と申されますと」


「信長殿が美濃を手に入れる前に、武田が動く。そのうえで、いずれは織田家そのものを従わせたいと仰せになっております」


 半兵衛は、しばらく黙っていた。


 やがて、思わずというように笑みを漏らした。


「それはまた、随分と大きなお考えですな」


「私も最初は驚きました」


「信長殿は、簡単に他家へ従うようなお方ではありますまい」


「御館様も、そのことはご承知です」


「それでも欲しいと」


「はい。信長殿ほどの人物を討ち取ってしまうのは惜しい、と」


 半兵衛は声を立てて笑った。


 それまでの控えめな笑みとは違う、心から愉快そうな笑い方だった。


「なるほど。信玄公を家臣にしたお方なら、信長殿まで欲しがるのも不思議ではありませぬな」


 源五郎も、つられて笑った。


 半兵衛はやがて真顔へ戻り、静かに告げた。


「真田殿。私は義信様に、ぜひ一度お会いしてみたくなりました」


     ◇


「竹中殿。その前に、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 源五郎が口を開いた。


 半兵衛は頷いた。


「どうぞ」


「竹中殿は、なぜ岩村までお越しになられたのですか」


「それは、武田の使者からお話を聞きたかったからですが」


「それだけではないと存じます」


 源五郎は相手の眼を見た。


「竹中殿ほどのお方なら、わざわざ危険を冒してこちらへ出向かずとも、宗助殿を通じて話を聞くことはできたでしょう。斎藤家や織田家の者に知られる恐れまであるのに、なぜご自身で?」


 半兵衛はすぐには答えなかった。


 庭の向こうから、鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「……真田殿は、なかなか面白いところを見ておられますな」


「恐れ入ります」


「実は、確かめてみたかったのです」


「何をでしょう」


「武田が、本当に変わったのかどうかを」


 半兵衛は静かに続けた。


「信玄公が家督を譲ったという話は、初めは信じられませんでした。しかも、その相手はご嫡男。父子で争った末に、父君が息子の家臣になるなど、聞いたこともありません」


 源五郎は頷いた。


「ですが、御館様は本気で天下を望んでおられるようですね。そして、そのために人を使うことを、少しもためらわない」


「はい」


「ならば、斎藤と織田が争っている美濃にも、別の道が開けるかもしれません」


 半兵衛はゆっくりと立ち上がった。


「真田殿。義信様にお伝えください。竹中半兵衛、一度お目にかかりたく存じる、と」


 源五郎も立ち上がり、深く頭を下げた。


「必ずお伝えいたします」


「ただし、まだ武田に仕えると決めたわけではございませぬ」


「承知しております」


「お会いしたうえで、何をなさろうとしているのか、私自身の耳で確かめたいのです」


 半兵衛は少し笑った。


「それから、義信様には一つ、聞いてみたいことがございます」


「何でございましょう」


「なぜ、そこまで人を欲しがられるのか」


 源五郎は首を傾げた。


「天下を取るためではございませぬか」


「それは分かります。ですが、普通の大名ならば、優れた敵将を恐れるものです。自分より才のある家臣が現れれば、いずれ主家を脅かすのではないかと考えるでしょう」


 半兵衛は源五郎を見た。


「義信様は、信玄公を従え、今度は織田信長まで欲しいと仰せになる。そのようなお方ならば、私のような者にも、思うところがあるのではないかと」


 源五郎は、甲府で豪快に笑っていた義信の姿を思い出した。


「御館様なら、こう仰るでしょう」


「何と?」


「優れた家臣が増えれば、それだけ天下へ近づける。使いこなせるかどうかは、自分の腕次第だと」


 半兵衛は一瞬目を見開き、やがて楽しそうに笑った。


「……なるほど。ますますお会いしたくなりました」


     ◇


 半兵衛が寺を去った後、源五郎は甚六を呼んだ。


 寺の裏手には細い山道があり、その先は幾つもの尾根へ分かれている。


 甚六は半兵衛の一行が見えなくなるまで、周囲の様子を確かめていた。


「源五郎様。どうやら無事にお帰りになられたようです」


「それはよかった」


「ただ、あの方は大した度胸をお持ちですな。美濃の西から、わざわざここまでお越しになるとは」


「私も驚きました」


 源五郎は半兵衛が座っていた場所へ目を向けた。


 そこには、飲み終えた茶碗が一つ残っている。


「甚六殿。竹中半兵衛という男、御館様が欲しがる理由が少し分かった気がします」


「それほどでしたか」


「はい。こちらが何を望んでいるかだけでなく、武田に従った後まで考えておられました。城を取ることと国を治めることは違う、と」


 甚六は頷いた。


「確かに、よく考えられるお方のようですな」


「それに、信長殿のことも気にしておられました。美濃を巡る争いが、斎藤と織田だけでは済まなくなることを見越しているのでしょう」


 源五郎は懐から書状を取り出した。


 半兵衛が義信へ宛てて渡したものだった。


 そこには、面会を望む旨が簡潔に記されている。


「これを甲府へ届けます。甚六殿、お願いできますか」


「承知いたしました」


「ただし、道中にはお気をつけください。半兵衛殿が武田へ近づいていると知られれば、斎藤方も織田方も動くでしょう」


 甚六は小さく笑った。


「そのあたりは、我らの務めにございます。御館様からも、危険を冒してまで急ぐなと仰せつかっておりますので」


 源五郎は頷いた。


「お願いします。私はもう少し岩村へ残り、遠山様とお話をしておきます」


 甚六が退出すると、源五郎は机へ向かった。


 半兵衛とのやり取りを思い返しながら、義信へ報告する書状をしたためる。


 武田への仕官は、まだ決まっていない。


 だが、半兵衛自身が義信との面会を望んでいる。


 その一歩は、決して小さなものではなかった。


     ◇


「父上! 半兵衛から返事が来ましたぞ!」


 十日ほど後、甲府の躑躅ヶ崎館では、義信の大きな声が響いていた。


 信玄は書状へ目を通していたが、息子の声に顔を上げた。


「随分と嬉しそうじゃな。竹中が仕えるとでも申してきたか」


「まだそこまでは。ただ、俺に会いたいそうです!」


「……それだけで、その騒ぎか」


「父上、何を仰る。稲葉山城を奪った男が、わざわざ会いたいと言ってきたのですぞ。喜ばずにおれますか!」


 義信は半兵衛の書状を父へ差し出した。


 信玄は目を通し、しばらく考え込んだ。


「なるほど。竹中は、そなたが美濃をどう治めるつもりなのか聞きたいらしいな」


「はい。なかなか筋の通った男でしょう」


「悪くない。だが、義信。あやつが何を考えておるか、まだ分からぬぞ。武田へ仕える気があるとは限らん」


「無論です。だから、会って話したいのです」


 義信は嬉しそうに笑った。


 信玄は息子の顔を見つめた。


「……まさか、そなた自身が美濃へ行くつもりか」


「そのつもりです」


「また甲府を空けるのか!」


「父上、今回は金山とは違いますぞ。天下取りに欠かせぬ人材が待っておるのです」


「それを申すなら、甲府の政も天下取りには欠かせぬわ!」


 信玄の声が大きくなった。


 義信は笑いながらも、父の言葉を真面目に受け止めた。


「おっしゃるとおりです。ですから、留守の間の役目を決めてから出立します」


「……ほう」


「甲府の政は民部殿らに任せ、重要なことは父上にも相談していただく。俺の判断が必要なものは、使者を送らせましょう。北信濃の守りについても、すでに父上が軍務を担っておられます」


 信玄は腕を組んだ。


「義信。そなた、わしに留守居までさせるつもりか」


「父上ほど頼りになるお方が、ほかにおりますか」


「その手には乗らぬぞ」


「父上、今回は本気で褒めております」


「いつも本気で申しておるように聞こえるのが、厄介なのじゃ」


 義信は声を上げて笑った。


 信玄も呆れたように笑ったが、すぐに表情を改めた。


「義信。美濃へ向かうなら、遠山の者たちへの配慮を忘れるな。岩村と苗木は、武田との関係を保ってきた家々じゃ。そなたが勝手に動けば、あの者たちの立場まで危うくなる」


「心得ております。景任殿と直廉殿には、先に話を通します」


「それから、竹中を得ることばかり考えるなよ。斎藤龍興も、織田信長も、美濃を簡単には渡すまい」


 義信は頷いた。


「それも承知しております。だからこそ、今のうちに半兵衛を迎えたいのです」


 義信は地図を広げた。


 岩村から西へ進めば、斎藤家の支配する美濃の中心部がある。


 その先には、織田信長の勢力が迫っていた。


「父上。俺は美濃を取ります。そのために、半兵衛の力が欲しい」


「半兵衛が断ったらどうする」


「別の道を探します。ですが、会う前から断られることを考えていても仕方ありますまい」


 義信はにやりと笑った。


「父上を家臣にしたときも、最初から上手くいくとは思っておりませんでしたぞ」


「……まだその話を持ち出すか」


「はっはっは! 俺にとっては、生涯忘れられぬ大勝利ですからな!」


 信玄はとうとう苦笑した。


 だが、その眼には息子への信頼も宿っていた。


「よかろう。ただし、兵を大勢連れていくな。武田が美濃へ攻め込むと誤解される」


「承知いたしました」


「それから、必ず無事に戻れ。そなたが甲府へ帰らねば、わしが家督を譲った意味がなくなる」


 義信は父を見つめ、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、父上」


 信玄は頷いた。


「行ってこい。そして竹中という男が、本当に使える男かどうか、そなた自身の眼で確かめてこい」


「はい!」


 義信は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「父上。半兵衛を連れて戻ったら、今度は明智光秀という男も探したいと思っております」


 信玄の眉が動いた。


「……明智?」


「はい。美濃に縁のある武将ですが、今は越前にいるかもしれませぬ。なかなか面白い男なのです」


「竹中もまだ手に入れておらぬというのに、もう別の男を欲しがっておるのか!」


「天下は広いのですぞ、父上!」


 義信が豪快に笑うと、信玄は天井を仰いだ。


「まったく……わしは、とんでもない息子に家督を譲ってしまったようじゃな」


 その言葉には、もはや後悔よりも諦めに近い親しみがあった。


 義信は地図へ視線を戻した。


 竹中半兵衛。


 明智光秀。


 そして織田信長。


 前世で歴史教師だった頃、幾度となく生徒たちへ語った名将たちが、この世界ではまだ若く、それぞれの道を歩んでいる。


 彼らが史実どおりに生きるとは限らない。


 まして、自分がその道へ割って入る以上、歴史はさらに大きく変わるだろう。


 義信は地図の美濃に指を置いた。


「待っておれよ、半兵衛。今度はこちらから会いに行くぞ」


 その指が、さらに西へ動く。


「そして信長。お前が美濃を取るつもりなら、こちらは先にいただくまでだ」


 義信は口元を緩めた。


「美濃も尾張も、そこで働く名将たちも、まとめて武田のものにしてみせようではないか!」


 信玄はその言葉を聞き、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……面白い。そこまで申すなら、わしも見てみたいものじゃな」


 義信は父へ顔を向けた。


「父上も美濃へ参られますか?」


「馬鹿を申せ。わしは甲府を守れと命じられたばかりであろうが!」


 親子の笑い声が、評定の間へ響いた。


 こうして武田義信は、自ら美濃へ向かうことを決めた。


 目的は、竹中半兵衛を家臣に迎えること。


 だが、その先には美濃の国衆、斎藤龍興、そして織田信長が待っている。


 父・信玄から家督を奪った男が、今度は信長の天下取りへ先回りしようとしていた。




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YouTubeでショート動画作ってみました


https://youtube.com/shorts/LjVQgpFxZ2E?si=X6VKhxz29nXoLekJ

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