第12話 金山衆を味方にせよ
「御館様! 掘り場が崩れました! まだ一人、中に取り残されております!」
山肌を震わせるような叫び声が上がったのは、武田義信が湯之奥金山へ到着して間もなくのことだった。
甲府を発って四日。富士川沿いの道から山へ入り、険しい斜面を登ってきた一行の前には、幾つもの掘り場が点在していた。
石を砕く音、木槌を振るう男たちの掛け声、焚き火の煙に混じる湿った土の匂い。山の斜面には人の手で削られた岩肌が露出し、掘り出された石が作業場へ運ばれている。
その一角で、坑口を支えていた木組みが崩れていた。
「中に何人いる!」
義信が駆け寄ると、土埃にまみれた男が答えた。
「又吉が一人、取り残されております! 脚を挟まれたらしく、声は聞こえるのですが……」
「ほかに怪我人は」
「外へ出た者に二人おります。ですが、又吉が……」
義信は腰の刀を真田源五郎へ預けた。
「源五郎、外の二人を見てくれ。意識があるか、出血しておらんか確かめるのだ」
「御館様は?」
「中の男を助ける」
源五郎の表情が変わった。
「お待ちくだされ! また崩れるやもしれませぬ!」
「分かっておる。だから、この山のことを知る者に力を借りる」
義信は周囲の男たちを見渡した。
「この掘り場の責任者は誰だ!」
「……わしにございます」
人垣を割って進み出たのは、五十を過ぎたと思われる男だった。
顔にも腕にも古い傷があり、太い指には長年の仕事でできた胼胝が重なっている。名を秋山与平といい、この一帯で掘り場を持つ金山衆の一人だった。
「与平。中の様子を教えてくれ」
「入口から三間ほどのところで、天井の石が落ちました。手前の支えも傷んでおります。むやみに入れば、また崩れましょう」
「どこなら身体を入れられる」
与平は義信の顔を見た。
「御館様がお入りになるおつもりで?」
「又吉を助けるつもりだ。だが、俺はこの山のことを知らん。お前が危険だと言うなら入らんし、支えが必要ならお前の指図に従う」
与平の目がわずかに動いた。
若い当主が自分の経験を認め、判断を求めている。
「……ならば、坑口の右側を支え直します。そこが動かねば、奥まで身体を入れる道は残せましょう」
「よし。人手は足りるか」
「五人ほどあれば」
「俺も入れて六人だな」
「御館様!」
「案ずるな、源五郎。危ない場所へ闇雲に飛び込むほど、命を安く見てはおらん」
義信は笑ったが、手を止めることはなかった。
与平の指示で材木が運ばれ、傷んだ支えの外側へ新しい木が当てられる。男たちは息を合わせて材を押し込み、岩の動きを確かめながら通り道を作った。
義信も肩を貸した。
若い身体の力と、前世で長年鍛えた身体の使い方が役に立つ。だが、力任せに押せばよいわけではない。与平が危険を告げれば、すぐに手を止めた。
やがて狭い隙間から、かすかな声が聞こえた。
「……親方、助けてくれ……」
「又吉! 動くな! 今、助けるぞ!」
与平が声を張った。
義信は明かりを受け取り、与平とともに坑口へ身体を入れた。
奥では若い男が倒れ、片脚を落石に挟まれていた。額から血が流れ、苦痛に顔を歪めている。
「又吉、聞こえるか。俺は武田義信だ」
「……お、御館様……?」
「そうだ。お前を助けに来た。余計なことは考えず、俺の声を聞いておれ」
義信は男の顔色と呼吸を確かめた。
意識はある。上半身にも大きな傷は見当たらないが、挟まれた脚の状態は悪い。
無理に引き抜けば、傷を広げる恐れがあった。
「与平。この石を少しでも浮かせられるか」
「支えを入れられれば。ただし、奥の岩まで動けば危のうございます」
「ならば、石を持ち上げることだけ考えるな。安全に動かせるか、お前が見極めてくれ」
与平は周囲を確かめ、外から細い材を運び込ませた。
二人の男が支えを当て、少しずつ石の重みを移す。
岩の隙間から砂が落ちた。
与平がすぐに手を上げる。
「止めろ! そこは動かすな!」
義信も動きを止めた。
数息の間、誰も口を開かなかった。
やがて砂の落ちる音が収まると、与平は別の位置へ支えを移し、慎重に石を浮かせた。
「御館様、今なら!」
義信は又吉の身体を抱え、脚を傷つけぬよう少しずつ引いた。
与平が支えを保ち、外の男たちが腕を伸ばす。
又吉の身体が坑口から出された瞬間、周囲に安堵の声が広がった。
「よく持ちこたえたな、又吉」
義信は男を地面へ寝かせ、脚の様子を確かめた。
腫れはひどく、骨を痛めている可能性が高い。
「無理に立たせるな。添え木を当てて脚を動かさぬようにする。湯を用意してくれ。薬師も呼ぼう」
「御館様……わしのような者のために……」
「黙って休んでおれ。礼なら元気になってから聞く」
又吉が涙を浮かべると、義信はその肩を軽く叩いた。
「ただし、治るまでは仕事を休め。山の石は逃げん。焦ってまた怪我をされては困るからな」
その言葉に、周囲の男たちから笑いが漏れた。
与平だけは、義信を見つめたまま動かなかった。
◇
「御館様。先ほどは、まことにありがとうございました」
日が傾き始めた頃、与平は義信を作業場へ案内した。
山肌に築かれた小屋には、石を砕く道具や臼が並んでいた。床には細かな石の粉が積もり、外では水を使って鉱石から金を選り分ける作業が続いている。
「礼なら又吉に言ってやってくれ。よく耐えてくれた」
「されど、御館様自ら坑へ入られるとは……」
「俺が入りたかっただけではないぞ。お前が道を作ってくれたから助けられたのだ。山のことでは、お前たちの方がよほど頼りになる」
義信は作業場を見渡した。
「それより与平、俺はお前に聞きたいことがある。なぜ、あの掘り場で仕事を続けておった」
与平の表情が曇った。
「……金が必要だったからにございます」
「それは分かる。金山で金を掘らねば商売にならん。だが、支えが傷んでいると知りながら、人を入れたのには理由があるのだろう」
与平はしばらく黙り込み、やがて苦々しく口を開いた。
「御館様がお代わりになってから、山へ運ぶ荷の負担が増えました」
「負担?」
「麓の関で、馬を通すたびに銭を取られるようになったのでございます」
義信の眉が動いた。
「金山衆には、通行について以前から特別の扱いがあったはずだが」
「左様にございます。御隠居様の御代には、金山の仕事に使う馬の通行について、役を免じていただいておりました。ところが近頃、当主が代わった以上、取り決めを確かめ直す必要があると」
「誰が申した」
「関を預かる役人にございます。新たな御書が届くまでは、従来の扱いを認められぬと」
源五郎が顔を上げた。
「御館様。家督継承の知らせは各地へ出しましたが、金山衆の通行について改める命令は出しておりませぬ」
「そうだな。俺もそのような命令を出した覚えはない」
義信は与平へ向き直った。
「その役人は、新しい取り決めがないため従来の免除を止めたということか」
「はい。わしらも勝手に通してもらうわけにはいかず……」
与平は太い拳を握りしめた。
金山は人が石を掘るだけでは動かない。食料も木材も炭も道具も、山の外から運ばねばならない。
運ぶたびに余計な銭を取られれば、その負担は山で働く者たちへ回ってくる。
「支えに使う木を増やしたくとも、運び賃がかさみます。掘れるうちに掘らねば、金山を閉じるほかなくなると考えまして……」
「それで傷んだ坑へ人を入れたのか」
「……申し開きもございませぬ」
義信は与平の顔を見つめた。
叱りつけるのは簡単だった。
だが、与平が危険を知らなかったわけではない。
金山の経営を続けるために、無理を重ねていたのだ。
「与平。俺は金が欲しい」
「はっ……」
「それも、少々の金では足りん。鉄砲を買い、兵を育て、道を整え、天下を取るには、山ほど金が要る」
義信は口元を緩めた。
「だからといって、金を掘る男を死なせてどうする。金を生む山より、その山を働かせる人間の方が大切ではないか」
与平の目が大きく開かれた。
「御館様……」
「勘違いするなよ。働かずに銭だけもらえると思われては困る。だが、お前たちが働けるようにするのは、俺の仕事でもある」
義信は源五郎へ顔を向けた。
「源五郎、紙と筆を」
「はっ」
「関を預かる役人へ書状を出す。金山衆に認められていた通行の扱いは、当面これまでどおりとする。勝手に新しい負担を課してはならん」
源五郎は筆を走らせた。
「それから、各地の金山衆へも同じ知らせを送ろう。家督が代わったからといって、先代からの取り決めがすべて消えるわけではない」
与平は深く頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます」
「まだ礼は早いぞ。お前たちにも働いてもらわねばならんからな」
義信は作業場の奥に置かれた鉱石へ目を向けた。
「さて、今度は金の話をしようか」
◇
与平が持ってきたのは、白い筋の入った石だった。
「このような石を掘り出し、砕いて金を取り出します」
義信は石を手に取った。
ずしりと重い。
前世で鉱山史の資料を読んだことはあったが、実際に掘り出された鉱石を手にするのは初めてだった。
金といえば川砂から砂金を拾う光景を思い浮かべる者も多い。しかし、こうした山金を採るには岩を掘り、砕き、細かくして選り分ける必要がある。
「与平。仕事を見せてくれ」
与平は作業場の男たちへ声をかけた。
鉱石が砕かれ、臼ですりつぶされる。細かくなった石の粉は水を使って選り分けられ、重い金を集めていく。
義信はしばらく黙って眺めていた。
作業は思っていた以上に手間がかかる。
しかも、すべての石から同じだけ金が取れるわけではない。
「与平。掘り出した石のうち、金が少ないものはどうする」
「見込みのないものは捨てます。手間をかけるだけ損になりますゆえ」
「なるほど。では、一度砕いて選り分けた後の砂は?」
「それも、金が残っていないと思えば捨てます」
義信は床に積まれていた砂へ目を向けた。
「その砂に、本当に金は残っておらんのか」
与平は少し考えた。
「……まったく残っておらぬとは申せませぬ。細かな金は、水とともに流れることもございます」
「ならば、確かめてみよう」
「御館様?」
「同じ鉱石を十分に混ぜてから二つに分ける。一方はこれまでどおりに、もう一方は少し細かく砕いてから選り分ける。どちらが多く金を取れるか、比べてみたい」
与平は眉を寄せた。
「細かく砕けば、それだけ手間がかかりますぞ」
「そのとおり。だから金が増えたとしても、働く手間に見合わねば意味がない」
義信は笑った。
「俺は金山の素人だ。お前たちに教えられることの方が多い。だが、確かめることなら一緒にできるだろう」
与平はしばらく義信を見つめていたが、やがて頷いた。
「……面白いお考えにございます。試してみましょう」
男たちが鉱石を運び、臼を使い始めた。
源五郎はその様子を見ながら、作業にかかった人数と時間を書き留める。
「御館様。これほど細かく記録する必要がございますか」
「あるぞ。金が少し増えても、そのために三倍も人手を使っていては損だからな」
「なるほど。採れた量だけでは足りぬわけですな」
「よく分かったな。源五郎、お前もだんだん商人の顔になってきたではないか」
義信が笑うと、源五郎も口元を緩めた。
試しに使った鉱石は少量だった。
そのため、すぐに大きな違いが分かるほどの金は取れなかったものの、細かく砕いた側からも小さな金粒が見つかった。
与平は金を乗せた器を見つめ、顎に手を当てた。
「……確かに、これまで捨てていたものにも金はございますな」
「だが、まだどちらが得かは分からん。石の質によっても違うだろう。何度か試してみてくれ」
義信は器の中の金粒を眺めた。
ほんのわずかな黄金の輝きだった。
だが、この小さな粒を得るために、多くの人間が山を掘り、石を砕き、水を使って働いている。
金山を豊かにするには、新しい道具を一つ持ち込めばよいというものではなかった。
働く者の技術と経験を生かし、その成果がきちんと利益になるようにする必要がある。
「与平。お前たちが仕事をしやすいよう、国からも力を貸そう。まずは道と木材のことだ」
「道、でございますか」
「ああ。山へ物を運ぶのに苦労しているのだろう。ならば、危ない箇所を直す。金山だけでなく、周りの村にも役立つ」
義信は源五郎へ向き直った。
「甲府へ戻ったら、土木に詳しい者を呼ぼう。山の道は金山衆にも見てもらう。俺たちが勝手に手を入れて、かえって使いにくくしては笑い話だからな」
与平が初めて声を立てて笑った。
「御館様は、ずいぶんと変わったお方にございますな」
「よく言われるぞ」
◇
夕刻、与平は金山衆の主だった者たちを集めた。
義信が到着したときには、若い当主が何を言い出すのかと警戒していた男たちも、今は真剣な表情で座っている。
又吉を助け出したことは、すでに山中へ広まっていた。
「皆に一つ、約束しておきたい」
義信は居並ぶ男たちを見渡した。
「俺は金山を強くしたい。だからといって、お前たちの掘り場を勝手に奪い、金だけ取り上げようとは思わん」
年配の金山衆が顔を上げた。
「それは、御隠居様の御代からの取り決めを守っていただけるということで?」
「そうだ。ただし、金山ごとに事情が違うだろうから、従来の権利を一つずつ確かめたい。正当なものは守る。不都合があれば、お前たちと話し合って改めよう」
「御館様。では、我らにも申したいことがございます」
「遠慮せず申せ」
「山へ運ぶ米の値が高うございます。働く者は増えましたが、食わせるのに苦労しております」
「そうか。では、山へ運ぶ食料の道も調べさせよう。甲府の商人を呼ぶことも考えたい」
別の男が口を開いた。
「金を売る際にも、買い手によって値が違います。わしらは掘ることなら分かりますが、商いは不得手にございます」
「ならば、金の目方と品位を確かめる者を置き、取引の条件を明らかにしよう。商人が利益を得ることまで否定せんが、お前たちが一方的に損をするようでは長続きせん」
義信は膝を進めた。
「その代わり、俺からも頼みがある」
男たちの背筋が伸びた。
「採れる金の量と、山の様子を隠さず知らせてほしい。新しい掘り場が見つかったなら相談してくれ。危険な場所で無理をしているなら、それも知らせるのだ」
与平が頷いた。
「承知いたしました」
「そしてもう一つ。お前たちの掘る技を、武田のためにも使わせてほしい」
「掘る技を、でございますか」
「そうだ。金山衆は山を掘るだけではあるまい。石の扱いにも、地面の下を進むことにも長けている。城攻めにも、川の工事にも、その腕は役立つはずだ」
男たちは互いの顔を見合わせた。
義信は笑った。
「もちろん、無償で働けとは言わん。必要なときには相応の褒美を出す。金山の仕事を止めてまで働いてもらうのだからな」
与平が深く頭を下げた。
「そこまでお考えでございましたか。ならば、我らも武田のために力を尽くしましょう」
「ありがたい。金山衆の働き、期待しておるぞ」
義信は立ち上がり、豪快に笑った。
「これで武田には、金を生む者と、城を崩せる者が増えたわけだ。父上も喜ばれるだろう!」
源五郎が小さく咳払いをした。
「御館様。御隠居様は、金山衆の働きについて、すでによくご存じかと」
「……そうであったな。父上に教えるつもりで話したら、逆に教えられそうだ」
金山衆の間に笑い声が広がった。
与平も肩の力を抜き、義信へ頭を下げた。
「御館様。我らはこれまでどおり金を掘ります。そのうえで、武田の御用にも力を尽くしましょう」
「頼んだぞ。ただし、又吉のような怪我人は、もう出さぬようにな」
与平は力強く頷いた。
◇
翌朝、義信が山を下りる支度をしていると、甲府からの飛脚が到着した。
源五郎が書状を受け取り、目を通す。
「御館様。曽根周防守殿からの知らせにございます」
「駿河からか。何とある」
「今川家への挨拶は進んでおりますが、塩の取引について、一部の商人が様子を見ているとのことです」
義信は馬の手綱を持つ手を止めた。
「様子を見ている?」
「はい。武田の当主が代わったことで、従来の取り決めがどうなるか分からぬと。新たな荷を出すのを控えている商人もおるようです」
義信は書状を受け取り、読み進めた。
今川家が正式に塩の輸送を禁じたわけではない。
だが、武田家の家督交代に不安を覚えた商人たちが、取引を控え始めている。
それだけでも塩の値は上がりかねなかった。
「源五郎。甲斐には金がある。だが、塩は他国に頼らねばならん。これが武田の弱みだ」
「はい」
「ならば、その弱みを今のうちに小さくしておこう」
源五郎は義信の顔を見た。
「御館様、駿河へ兵をお出しになるおつもりですか」
「馬鹿を申せ。塩を買うのに兵を出してどうする。商人が逃げてしまうではないか」
義信は笑った。
「まずは商人を安心させる。今川との盟約を守り、取り決めを明らかにする。そのうえで、甲斐へ塩を運べば利益があると思わせるのだ」
「なるほど」
「それから、北へ通じる道も調べよう。塩の入る道は、一つでも多い方がよい。越後との交易については父上にも相談したいところだな」
源五郎は頷き、書状を懐へ収めた。
「御隠居様なら、上杉方の国衆にも顔が利く者をご存じでしょう」
「そうだろうな。何しろ長年戦ってこられたからな。敵のことなら、俺よりよほど詳しい」
義信は馬へ乗った。
秋の山風が吹き抜け、背後では金山衆の男たちが仕事を始めている。
槌の音が響き、石を運ぶ声が山肌に反射した。
義信は一度振り向き、その光景を眺めた。
山に眠る金は、掘り出さなければ何の役にも立たない。
だが、掘る者を大切にし、その腕を生かせば、金だけでなく武田家を支える力にもなる。
「源五郎。甲府へ戻ったら、父上を呼んでくれ」
「御隠居様を、でございますか」
「ああ。金山の話もしたいが、それ以上に塩のことを相談したい」
義信はにやりと笑った。
「それから、できれば駿河へも足を運びたい。氏真殿とは、義兄弟らしく腹を割って話してみたいものだ」
「御館様が自ら駿府へ?」
「そうだ。今川との盟約を立て直すには、当主同士で会うのが一番早い場合もある。もちろん、向こうの都合も聞かねばならんがな」
源五郎は少し考え込み、真面目な顔で答えた。
「御館様。駿府へ行かれるなら、まず甲府の留守を誰に任せるか、お決めになる必要がございます」
「ほう。よいところに気がついたな」
「当主が代わったばかりでございます。御館様まで甲府を離れれば、家臣たちも不安に思いましょう」
「まったく、そのとおりだ」
義信は満足そうに頷いた。
「やはり、お前を近くに置いて正解だったな。俺が突っ走ろうとしたら、遠慮なく止めてくれ」
「……御館様のお考えを止められるかどうかは分かりませぬが」
「はっはっは! 父上にも同じことを言われそうだ!」
二人は馬を並べ、山道を下り始めた。
義信の胸には、すでに新しい構想が浮かんでいた。
金山で財を増やし、その金で塩を買い、商いを育て、鉄砲を揃える。
そして、信玄の軍略と武田の精鋭を使い、天下へ打って出る。
やるべきことは山ほどある。
だが、それを面倒だと思う気持ちは少しもなかった。
「待っておれよ、織田信長。そちらが美濃で苦労しておる間に、こちらも武田を鍛え上げておくぞ」
義信は手綱を握り直した。
甲斐の山々を越えた先には、まだ見ぬ天下が広がっている。
「さあ、源五郎。次は塩だ。金山衆には金を掘ってもらう。俺たちは、その金で天下を買う準備を始めようではないか!」
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