34 恋バナは突然に
「ホント、空也には隠し事出来ないなぁ。すぐに見抜かれちゃうんだもの。」
「海斗!目を覚ましたのか!?」
俺は慌てて明かりを付けるとベッドに駆け寄る。
そこには横たわったままで笑う海斗がいた。
いつものように飄々とした表情を浮かべてはいるのだが、やはりどこか力無く感じられる。
「少し前にね。そしたら表に気配がしたから……盗み聞きしちゃった。」
そう言って海斗はまた笑った。その悪戯っぽい表情が却って俺を辛くする。
「そんなことより、具合はどうなんだ?苦しくはないか?」
「大丈夫。心配かけてゴメンよ。」
その後、2人の間にしばらくの沈黙が流れる。お互い何から話を切り出せばいいのか迷っていたのだ。
「何で隠してた?……なんて聞いても仕方ないか。」
「そうだね。どうせ全部お見通しなんだろ?」
そして再びの沈黙。
「海斗、俺は……。」
「僕のために犠牲になる、なんてマネだけはやめてくれよ。」
言いかけた俺の言葉を海斗が遮る。顔は相変わらず笑っていたが、その目だけはひどく真剣な光をたたえていた。
「そんなことしたら絶対許さないからね。あの世まで追いかけてって、おもいっきりぶん殴ってやる。」
その言葉に俺は息が詰まりそうになる。何でそんな風に明るく話せるんだ?もっと弱音を吐いてくれてもいいんだぞ?
「空也は僕を死なせたくないと思ってくれてるんだろうけど、僕だって空也に死んでほしくないんだ。」
「けどな……。」
「今回はたまたま僕が勇者に選ばれてしまったってだけで、場合によったら空也の方がこうなっていたかもしれないんだよ?
そこで僕が空也のために死ぬなんて言い出したら空也はどうする?」
「……バカヤローって怒鳴る。」
「だろ?」
そこでやっと海斗は本心からの笑顔を浮かべた。
「だから気にしなくていいんだよ。その気持ちだけで十分さ。
それに……空也を死なせたりなんかしたらソフィアに申し訳ないからね。」
「だから、何でソフィアの話になるんだ?」
全くコイツは……シリアスな話をしてる時に限ってヘンに茶化すクセがある。困ったものだ。
「第一、ソフィアはお前に惚れてるんだぞ?
それを言ったら、お前を救えない俺の方こそ申し訳が立たないって話になるだろうが?」
俺がそう言い返すと、海斗は大きく深いため息をついた。しかも、何かザンネンなものでも見るような目を俺に向けてくる。
ん?どっかでこれと同じようなことがあった気がするぞ?
「空也って悪巧みする時は驚くほど頭が回るけど、こういうことにはホント鈍いよね。」
誰が悪の軍師だ。っていうか、お前にだけは言われたくない。
「ソフィアはね、空也のことが好きなんだよ。」
「はぁ?何言ってんだ、そんなわけないだろ?」
またコイツは何を言い出すのやら。
「俺なんか勇者でもなんでも無いただのいち庶民でしかないんだぞ?どこに惚れる要素があるって言うんだよ?」
「身分だとか肩書だとか、そんなもの気にするような娘じゃないだろ、ソフィアは?」
「それは分かってるけど……。」
「旅の間、空也はみんなのためにいろいろ頑張ってくれただろ?
情報集めや王国との調整、それに食事作りまで、目立たないながらもしっかりパーティーを支えてくれていたんだ。」
「けどそれは、裏方の他に出来ることが無かったからだぞ。俺の場合、皆みたいに戦えるわけでもないからな。」
「パーティーにとって必要なのは戦力だけじゃないよ。裏で支えてくれる人間がいるからこそ成立するんだ。
それに、裏方ばかりだからと言って不満を漏らしたり手を抜いたりはしなかっただろ?
ソフィアはね、空也のそういうとこを好きになったんだよ。」
まあ、言われて悪い気はしないが少々買いかぶり過ぎだな。俺はそこまで出来た人間ではない。他の皆を羨む気持ちは当然あった。しかし、それを口したり態度に表したりしても仕方ないだろう。余計、自己嫌悪に陥るだけだ。
「どうにも過大評価されてる気がするけどな……。
そもそも、本当にソフィアがそう思ってるかどうか分かんないだろ?」
「思ってるよ。だって本人に聞いたんだから。」
「はあ?」
「空也と一緒にいる時の彼女を見てれば誰だってそのくらい気付くよ。何せソフィアって分かりやすい性格してるからね。多分、気付いてないのは海斗くらいじゃないかな。
それである時、直接本人にみいて見たんだ。海斗のことが好きなんだろ?って。」
まさかそんなことがあったなんて……。と言うか、修行の旅の最中に何やってんだ、お前?修学旅行気分かよ?
「勿論、答えは「イエス」だったのさ。尤も、最初は照れてばかりで中々白状してくれなかったけどね。
ただ、状況が状況だから空也には言わないでくれって言われていたんだ。
まあ魔物との戦いを目の前にして、そんな浮付いた姿を見せるわけにもいかなかったんだろう。真面目だからね、ソフィアは。」
「でも今、思いっ切りバラしちまってるじゃないか。」
「空也達だけじゃいつまで経っても進展しそうにないからね。信じられないくらい奥手なんだもの、2人共。」
「うるせー、余計なお世話だ。」
「ソフィアは良い娘だ。彼女が空也の側にいてくれるなら僕としても安心だしね。
彼女ならこの先この世界で生きていく空也をきっと支えてくれるよ。」
”この世界で生きていく”か……。それってやっぱり、そう言うことなんだろうな。
「やっぱり、俺達は元の世界には帰れないんだな?」
「セルア族に聞かなかったの?」
「聞かなかった。……まあ、薄々そんな気はしてたしな。」
本当は聞かなかったのではない、聞けなかったのだ。
皇国が召喚術式の改変までして勇者を排除しようとした時点で、帰る方法など無いのだと予想はしていた。
何故なら、もしそんな方法があるのなら術式を変えたり殺すために実力行使したりせず、強制的に元の世界へ送り返してしまえばいいだけなのだから。
なのにそれをしないという事は、つまり送り返すための手段が無いからということになる。
だが、既に海斗の”死”という残酷な現実を抱えてしまっていた俺には、それを確認するだけの心の余裕を失っていた。
だから、敢えて聞こうとしなかったのだ。要するに、現実から逃げて先送りしたわけだな。
「そうか……。」
そう呟いた海斗の表情は、今にも消えてしまうのではないかと思わせるほど弱々しく見えた。
俺は何かに強く胸を締めあげられるような感覚を覚え、思わず叫び声を上げたくなる。
だが、海斗の前でそんな姿を見せるわけにはいかない。
コイツは俺のことを思い、無理に元気なふりをしているのだ。ならば俺も海斗を不安にさせないよういつも通りでいなければ。
「腹減っただろ?軽く何か作るよ。」
「んー、あんまり食欲無いな。」
「ワガママ言うな。お前は病人なんだぞ。ちゃんとメシ喰って体力付けなきゃダメだろうが。」
そう言って俺は、逃げるようにして部屋を出る。そしてキッチンで海斗に飲ませるスープを作りながら……少しだけ泣いた。
それからの海斗は眠ったり目を覚ましたりの日々を繰り返した。だが、起きている時間が段々短くなっていく。顔もかなりやつれてしまった。
その頃になるとソフィアも小屋で寝起きするようになった。海斗のことが心配なのだ。
それはヴィーも同じようで、ほとんど洞窟には戻らず小屋の側に一日中うずくまっていた。
ちなみに、俺とソフィアとの仲については何の進展も無い。言っておくが、それは俺が奥手だからというわけではないぞ。今は愛だの恋だの、そんなことを考えている場合じゃない。ただ、それだけの理由だ。
そしてそんなある日、海斗を看病している俺に小屋の外のヴィーから思念が送られてきたのだった。
『何者かが近付いて来るぞ、クウヤ。どうやら”神の加護”を持つ者達のようだ。』




