35 厄介な再会
『もしかすると、カイトの命を狙って来たのやも知れん。気を付けろ。』
そんなヴィーの言葉を聞いた俺だったが、特に驚きはしなかった。ああ、やっぱり来たか。そんな感じだった。
ただ、海斗を狙って来たのだとは思っていない。それには少し早すぎるのだ。
皇国はまだ海斗が病に倒れたことを知らないはずだ。
となれば、今の時点で実力行使に出るとも思えない。そんなことをしても軽く返り討ちにされるのがオチだからだ。
おそらく、勝手に国を出た俺達を連れ戻しに来たのだろう。そう考えるのが自然だな。
しかし……用心するに越したことはない。
「大丈夫、連中は海斗の命を狙ってるわけじゃないと思う。多分、連れ戻しに来ただけだ。
とは言え、いちおう用心はしておいたほうがいいかもしれないな。
俺が相手をするから、ソフィアはここにいてくれ。」
ソフィアが側にいれば、いざと言う時に”転移”で逃げることも出来る。
俺は心配そうな顔をするソフィアの肩をポンと叩くと、そのままドアに向かって歩きながら言った。
「海斗を頼む。」
外に出るとヴィーが起き上がって来訪者達と向き合っていた。その魔力はかなり荒々しい。ほとんど臨戦態勢に近いと言ってもよかった。
「大丈夫だよ、ヴィー。彼等に戦う意思などないはずだ。」
但し今のところは、だが。
俺の言葉にヴィーは少しだけ魔力を抑え込んだ。
うん、それが正解だ。さすがのヴィーでも”神の加護”持ち3人を相手にして勝つのは難しいだろう。ヘタに挑発しないほうがいい。
「やあ、久しぶりだな。」
俺はそう言いながら見知った顔の彼等に近付いて行く。
クローデイア・セラルス、ロドニー・ザクソン、そしてハロルド・ヘイズ。それが来訪者3人の名前だ。
「久しぶり、ではありませんよ、クウヤ。何を勝手に皇国領から出ているのですか。」
真っ先に口を開いたのはクローデイアだった。金色の髪を短く切り揃えた長身の女性で、『剣聖』の加護を持つ。
「と言うか、何だこのドラゴンは?いつの間にこんなのをペットにしやがった?」
などと失礼な口をきく赤毛の巨漢が『闘皇』ロドニー。
「ペットなんかじゃない。ヴィーは友達だよ。」
「……。」
そして『聖者』ハロルドはと言えば、相変わらず無口で何を考えているか分からない。
尚、本来勇者パーティーにはもうひとり加護持ちがいるのだが、まああの男はこんなところまで来たりしないだろう。何せ”特別”な存在なのだから。
「それで?もしかすると、俺達を連れ戻しに来たのか?」
「当然です、勇者様は皇国の宝なのですから。このようなところにいらして、万が一のことでもあればどうするつもりです?」
相変わらずクローデイアは堅物だな。勇者にとって”万が一のこと”とはどういうことなのか、詳しく聞いてみたいところではあるがそれは止めておこう。
「なるほどね。で、もし嫌だと言ったら?力ずくでも連れて帰るのかい?」
「バカなこと言ってんじゃねえよ。」
俺の言葉にロドニーは渋い顔をする。
「勇者相手に俺達が敵うわけねえだろ。フザけてねえで、いいから勇者さまに取り次げよ。」
やはり海斗が病に倒れた事は知らないようだ。
このまま隠し通せればそれに越したことはないのだが……それは無理だろう。彼等だって子供の使いじゃないんだ。海斗の顔も見ず何もなしに帰ってくれるはずがない。
さて、どうする?
少々危険だが、ここは賭けに出るしかないか。
「んー、そうかな?実を言うと海斗はちょっと体調を崩していてね、もしかすると今なら何とかなるかもしれないぞ?
何なら……命を取ることだって。」
「いい加減にしなさい、クウヤ!そのような戯れ言、さすがに私も怒りますよ!」
「何言ってんだ、お前?何かヘンな物でも食ったのか?」
「!」
うん、どうやら現時点では海斗に対する害意は無さそうだ。後は、どれくらい時間稼ぎ出来るかだな。
「悪い、今のは冗談だ。忘れてくれ。」
俺は笑いながら大袈裟に両手を振ってみせる。
「でも、海斗が体調を崩してると言うのは本当なんだ。原因は不明なんだが、急に倒れてしまってね。今は小屋の中で休んでる。」
俺の言葉に3人は心底驚いた様子だった。
まあ、そうだよな。無敵のはずの勇者が体調を崩して寝込んでるなんて、にわかには信じられないだろう。
「それで、お加減のほうはどうなのですか?」
「一日の半分は寝込んでる状態かな。」
「治療はしてねえのか?」
「何分、原因がわからないからな。”治癒”の魔法も効いてるのか効いてないのか……。」
勇者の”治癒”魔法は『聖者』ハロルドすら上回っている。それが効かないと聞いて3人は蒼くなった。
「まあ多分一時的なもので、何日か休めば元に戻るだろうさ。何せアイツは勇者だからな。病気程度でどうにかなるはずがない。」
俺が極めて楽観的な様子を演じながらそう言うと、3人の不安は少し和らいだようだった。
「勇者様にお目にかかることは出来ますか?」
クローデイアがそう申し入れてくる。まあ、当然の要求だろうな。彼女も海斗のことが心配なのだろう。それは有難い、だが……。
「それは出来ない。悪いが、今日のところは大人しく帰ってもらえないか。」
「何故です?」
「今は眠ってるってのもあるが、それより海斗のプライドのためかな。
いちおうアイツにだって勇者としての面子ってものがあるだろう。弱って寝込んでる姿をお前達に見せたくは無いと思うんだ。
だから少しの間、そっとしておいてやってくれないか?」
俺がそう言うと3人は沈黙した。海斗のことは心配だが俺の言い分も分かる、そんな感じで迷っているのだろう。
「分かりました。今日はこのまま帰る事にしましょう。」
やがて結論が出たらしく、クローデイアが口を開いた。
「我々はしばらくハウテルンの町で待機することにします。
勇者様のご様子に変化があれば必ず連絡してくださいね、クウヤ。」
「分かった。約束するよ。」
俺の言葉に頷いた3人は最後にもう一度小屋へと目をやると、略式ではあるが礼を取ってその後ハウテルンへと戻って行った。
彼等も本気で海斗のことを心配してくれているのだ。
そんな彼等を騙すのは少々気が引けるが、そんなことを言っている場合ではない。
「何もカイトさんの状態を正直に話すことはなかったんじゃない?」
小屋へと戻った俺に、ソフィアが心配そうな顔で声を掛けてきた。
『ソフィアの言う通りだ。カイトが弱っていると知れば、これを好機と襲ってくるやもしれぬぞ?』
ソフィアやヴィーのいう事は正しい。わざわざ皇国にとって有利な情報を与えてしまうなど、あまり上手い手とは言えないだろう。
「それは分かってる。でも、彼等に大人しく帰ってもらうためにはある程度本当のことを言う必要があったんだ。
それに、今のところは海斗をどうこうするつもりは無いようだったしな。おそらく彼等はまだ皇国の企みを知らされてないんだろう。
だが、このことはすぐ皇国に伝わるはずだ。」
”神の加護”持ちの中には”念話”の魔法で互いに連絡を取り合うことが出来る者がいる。それは先ほどの3人の中にもいたし、おそらく皇都にいると思われる最後のひとりも”念話”習得者だ。
彼等の魔法によって、海斗の状態が今日中に皇国へと伝えられるのは間違いない。
「だから、今の内に姿を隠そうと思うんだ。……アイツ等には悪いけどな。」
『ならば洞窟へ来るが良い。我が身を持ってお前達を護ろう。』
窓から俺達を覗き込みながらヴィーが言う。
「ありがとう、ヴィー。でも、あそこには”転移”阻害の結界も張ってあるからな。いざと言う時に逃げられなくなってしまう。」
「じゃあ、どこへ?」
「セルア族に匿ってもらおうかと考えてる。」
俺達の問題に彼等を巻き込んでしまうことになるが、今はそれ以外に手が無い。今後の身の振り方を考える間、しばらく厄介になるしかないだろう。
そんな風に俺達が逃げる準備を始めようとした時、どこからかか細い声が聞こえて来た。
海斗だ。海斗が目を覚ましたのだ。
「……大丈夫……心配しなくていいよ。」




