31 長い話になりそうです
「カイト殿は先々代勇者が遺した文献を調べている内、忌まわしき事実に気が付かれたのだ。”最初の勇者”を除く歴代全ての勇者がみな同じ病に苦しんでいたとういう事実にな。
そこでカイト殿は考えたそうだ。全ての勇者が同じ病になるということは、勇者召喚の術そのものに欠陥があるのではないか?と。
その後さらに調べを進めてみると勇者召喚は元々我等セルア族の秘術であることが分かり、それで儂のもとを尋ねてきたのだよ。術の秘密を聞き出すために。」
「歴代の勇者全てが同じ病に……。」
ヴィーの言う通りだった。勇者の力はその持ち主の命を焼いてしまう。そのため、勇者として召喚された者は全て同じ病を背負ってしまっていたのだ。
だが、同時にヴィーはこうも言っていた。命を焼かれずに済む手段が講じられているはずだと。
「やはり勇者の力に命が焼かれてしまうとういう話は本当だったのですね。
ですが、本来召喚の術にはそうならないための手段が講じられているはずなのではありませんか?」
俺の言葉にその場がざわつく。皆、少し意外そうな顔をしていた。
「何故それを?カイト殿から聞いたのかね?」
「いえ、ヴィー……”最初の勇者”と共に戦ったというドラゴンから聞きました。勇者召喚が元々セルア族の秘術だったということもそのドラゴンが教えてくれたのです。」
「なんと、”最初の勇者”と共にとな。まさか、その頃の生き残りがまだおったとは……成程、その者ならいろいろ知っておっても不思議はないか。」
どうやら海斗はヴィーのことをテヒリオ達に話していなかったとみえる。さすがの彼等も6000年前から生き続けているヴィーという存在には驚きを隠せない様子だった。
「それで、命を焼かれずに済む方法は本当にあるのですか?
もしあるのなら、それで海斗を救うことは可能ですか?」
「……先ずは最初から順を追ってお話ししましょう。」
矢継ぎ早に質問を投げ掛ける俺をまるでたしなめるかのように最長老がそう言った。
俺は己の非礼を恥じながらも、少しだけ嫌な気分を味わう。質問を遮られたことが不満だったわけではない。それについては焦り過ぎた俺が悪い。
ただTVドラマや小説だと、こういう感じで話が展開する場合は決まって最後にオチが付くことが多い。しかも、ほとんどはバッドエンドで……。などと、そんな考えがふと頭をかすめたのだ。
「元々、我等セルアの民は神より世界の観察者としての使命を与えられた一族なのです。そのため、人間界への過度な干渉は極力避けるようにしていました。
しかし今から6000年ほど前、この世界に危機が訪れました。邪神が降臨したのです。
邪神はあまりにも強く、世界は滅亡の渕へと追いやられてしまいます。
そうなっては我々もただ黙って見ているわけにもいかなくまりました。いくら観察者として見守ることが役目だとしてもです。
これがもし人族自らの手により滅びを招いてしまったのであれば話は別ですが、邪神による滅亡だけは何としても避けねばなりません。
そのために我等は神より与えられた秘術を使い邪神に対抗し得るだけの力を持てし者、神の使徒”勇者”をこの世界に召喚することにしたのです。」
なるほど、”最初の勇者”を召喚したのはセルア族だったのか。
観察者とか神の秘術とか、その辺りにはもう驚きはない。そんな気力は無いというのもあるが、状況からいろいろ考えてみればむしろ納得である。
「”最初の勇者”と邪神との戦いについては、詳しく話をする必要はないようですね。そのドラゴンから聞いた通りです。
ところで、その際に邪神の核についてもお聞きになりましたか?」
「はい、聞きました。」
「そうですか。」
最長老は満足そうに頷いた。話が早くてよろしい、と言った感じかな。
「邪神が倒れてから200年以上過ぎた頃、その核から生み出された魔王が始めて姿を現し人族へ戦いを挑んできました。
魔王に恐怖した人族は再び勇者を召喚するよう申し入れてきましたが、我々はそれを受け入れませんでした。
何故なら、その必要など無かったからです。
魔王は確かに強かったのですが、その脅威は邪神とは比べるまでもないものでした。わざわざ勇者を召喚せずとも、人族だけで対処出来る程度でしかなかったのです。」
この辺もヴィーの言う通りだな。セルア族は魔王など勇者の力を借りなくても何とか出来る相手だと判断したのだろう。それで召喚を拒否した。
だが、結果として勇者は召喚されたわけだ。何故だ?
「我々は観察者としての立場から、人族の命運を彼等自身の手に委ねることにしました。邪神の時と異なり、自らだけでも未来を切り開くことが十分可能だったからです。
しかし、それに背く者がいたのです。その者は一族の決定に従わず、勇者召喚の秘術を人族に与えてしまいました。」
「セルア族を裏切ったわけですか?」
「結果からすればそういうことになりますが、ただその者とて私欲でそのような行いをしたわけでもないのです。
幼いころに邪神の恐怖を目の当たりにし、その時のことが忘れられずにいたようですね。
それが理由で人族に過度な同情を抱いてしまい、ついには秘術の流出という禁を犯してしまいました。」
確かに善意だったのかもしれない。人族を救うことが崇高な行為とでも考えたのだろう。
だが、ソイツはひとつ大事なことを忘れている。勇者となる者は無理やりこの世界に呼び出されてしまうことにより、その人生を狂わされてしまうんだぞ?それは正しい行為なのか?
「なるほど……それ以降、人族は自分達の都合で勝手に勇者を呼び出すようになってしまったのですね。セリオス教だけの秘術と偽り、本当はその必要も無いのに。」
「そういうことになりますね。」
最長老は沈痛な面持ちでそう言って黙り込んだ。
すると、それに代わって今度はテヒリオが口を開く。
「人族を擁護するつもりは毛頭無いが、勇者の召喚が全く必要の無い行為というわけでもないのだよ。
確かに人族には”神の加護”を持つ者がおり、その者達ならば魔王を倒すことも可能だ。だが、それでも長い時と多くの犠牲を出してしまうことになるであろう。何故なら、”神の加護”を完全に使いこなすことが出来ないからだ。
”加護”とは神や精霊が人に与え給うた力ではあるが、それはあくまで資質を授けられたにすぎない。それをどれだけ引き出せるかにより加護持ちの力が決まるのだ。
簡単に言えば便利な道具の詰まった箱を与えられたようなもので、そこから取り出して初めて使えるようになる。逆に、取り出せなければ宝の持ち腐れに過ぎんということだな。
だが、残念なことに人族ではそれを十分に引き出すことが出来ないのだよ。」
それを聞いた俺は海斗の言葉を思い出した。「勇者には他人の能力を向上させる力がある」……なるほど、そういうことか。
「けれど勇者ならそれが出来る、その力で仲間達の加護をより強く引き出することが出来る、というわけですか。
勇者がパーティーと共に旅をするのはそのためなんですね。」
「そういうことだ。
”神の加護”を持つ者達がいれば魔王は倒せる。だが、その力を十全に引き出せなければ多くの犠牲が出てしまう。ならば、それを回避するため勇者を召喚し加護の力を上げれば良い。為政者とはそう考えてしまうものなのだよ。
勿論、召喚をセリオス教独自の秘術と偽る辺り、人族の中で頂点に居続けようとする目論見もあるのだろう。だが、決してそれだけのために勇者が召喚されているわけではない。いつの時代にあっても勇者とはこの世界の救世主たる存在なのだということ、それだけは知っておいてもらえるだろうか。」
一見、人族の弁護をしているようにも聞こえるが、テヒリオの表情を見る限りそれだけでもないようだ。
もしかすると、勇者は今の時代においても決して無意味な存在などではないのだと、そう俺を慰めているのかもしれない。
だが、仮にそうだとしても感謝している余裕など俺には無かった。何せ、ここからがいよいよ本題だったからだ。
「こうして人族は秘術を手に入れ今に至るまで勇者を召喚し続けているわけですが……実は現在使われている召喚の術式には重大な欠陥があるのです。」