32 下げて上げて突き落とす
「勇者召喚の術式は大きく3つの魔法式で構成されています。
ひとつ目は勇者となる者を異世界より呼び寄せるための魔法式。
当然、それについては疑問を抱かれるかと思います。何故、異世界人なのか?この世界の者ではいけないのか?と。
しかし、それには理由があるのです。
勇者となるためには”界”を渡らねばなりません。”界”というのは世界と世界の狭間のことです。
その”界”を渡る際、生命は一度神の領域へと足を踏み入れることになります。そして、そこで勇者としての資質を授かるのです。
つまり、そもそもが異なる世界の住人でなければ勇者となることは出来ないのですよ。」
そう話す最長老の顔は、どこか辛そうもに見えた。テヒリオもそうだったが、おそらくこの世界とは無関係の人間を無理やり呼び寄せてしまうことに対して罪の意識を感じているのだろう。
だからこそ魔王が現れた時、人族からの召喚要請を受けたにもかかわらずこれを拒否したんだと思う。
「二つ目は呼び出した勇者に”力”を授けるための魔法式です。
これは勇者となる者が”界”へと至った際に授けられる資質のひとつで、この世界において再び得た肉体へと宿ることになります。
ですが、既にご存じの通りこの”力”は非常に危険なものでもあります。あまりにも強大過ぎる”力”に、持ち主はその命を焼かれてしまうのです。」
勇者の力は強大だ。何せ邪”神”とすら互角に戦えるほどなのだから。
そんなものを授かったところで、普通の人間ならまず耐えられないだろう。”命を焼かれる”というのは決して大袈裟な表現ではない。何せ、煮えたぎるマグマを身体の中に宿しているようなものなのだから。
「そこで勇者の命を護るため、召喚の術式に三つ目の魔法式を付け加えます。この魔法式は勇者に”器”を授けるためのものなのです。」
”器”?確かどこかでその言葉を聞いたような……。
「”器”とはその名の通り”力”を納めるための入れ物のことです。その”器”に納めることで”力”が暴走し命を焼いてしまうのを防ぐというわけです。
簡単に言うと”力”に耐えられるだけの強固な身体を与えるようなものですね。」
「もしかすると、今使われている術式の欠陥というのは……。」
「そうです、この三つ目の”器”を授ける魔法式が欠落しているのです。」
なるほど、そう言うことか。
本来の召喚術式には勇者の命を護るための対策がちゃんと講じられていた。
しかし、人族が使っている術式にはそれが無い。だから呼び出された勇者全員が命を焼かれる病に侵されてしまうのだ。
幸いにも俺は勇者として召喚されたわけではなく、海斗のオマケで呼び出されてしまったに過ぎない。だから”力”は授からず、おかげでこんな風にピンピンしていられるのだ。
「つまり、欠陥術式を人族に与えてしまったのですね。」
それにしても間抜けな話だ。せっかく勇者を召喚しておきながら、術式に欠陥があるせいでその命を縮めてしまっていたとは。しかも何千年もその術式を使い続けているところを見ると、どうやら皇国はそのことに気付いていないようだ。
……いや、待てよ。本当に気付いていなのだろうか?
何やら嫌な予感が俺の中で湧き上がって来る。
ジルベールの件からして、もしかすると皇国は勇者を使い捨ての道具としか見ていないのかもしれない。だとすれば、欠陥を承知の上で召喚を続けている可能性だってある。
そんな俺の不安は最長老の言葉で現実のものになった。
「いえ、術式は正しく伝わっています。
人族に召喚の術式を与えたのは一族の中でも特に魔法に長けた者でした。間違っても不完全な術式を伝えるようなことはありません。」
「では、どうして欠陥のある術式が使われているのですか?」
「……人族は敢えて”器”を授けない様に術式を改変してしまったのです。」
その言葉に俺は絶句する。それは単純な驚きというより、最悪の予想が的中してしまったことによるものだった。
「いざ召喚の術式を目の前にして、それを使おうとした者達の脳裏にひとつの不安が過ぎったのです。
それは勇者として呼び出した者が第二の邪神となり得はしないか?という恐れでした。
勇者が言う通りに動いてくれるなら何の問題もありません。しかし、もし叛意を抱き向かって来たとしたら人族にはどうする事も出来ないでしょう。どうあがいても勇者に勝てるはずがないからです。
一度そんな不安を抱いてしまえばもう元に戻ることは出来ません。彼等にとって勇者は救世主でありながら、同時に潜在的な”敵”ともなってしまったのです。」
「それで、わざと勇者の寿命を縮めるように術式を変えてしまったのですか?
万一勇者が敵になったとしても早死にしてくれれば何の問題もない、そういうことですか?」
例えようも無い怒りと、そして虚無感が同時に俺を襲った。
勇者の能力は利用したい、でも用が済んだらさっさと退場して欲しいってか?何だよ、それは?あまりにも勝手過ぎるだろう?そのせいで海斗の命は尽きようとしているんだぞ?
「……それで、今から改めてその”器”を授けることは可能でしょうか?」
胃の辺りがひどく思い。まるで鉛でも飲み込んだかのようだ。それでも俺はなけなしの力をふり絞って最長老に問い掛ける。
だが、その声は暗かった。勇者の資質は”界”を渡る際に授かるのだと、最長老はそう言っていた。となると、既に召喚されてしまった後では難しいと考えるべきだろう。
それは分かっている。分かってはいるが、そう簡単に諦めるわけにもいかなかった。
しかし……現実とは残酷なものだ。
「残念ながら、それは出来ません。
”力”も”器”も勇者が”界”を渡る際に対として神より与えられるものであり、それのみを単独で創り出すことは不可能なのです。」
ああ……やっぱり、こういうオチが待っていたのか。どこか遠くから聞こえてくるかような最長老の声に、俺はぼんやりとそんなことを考えた。
海斗はこのまま寿命を終えてしまうことになるのだろうか?
まだ魔王との戦いは終えていない。だが、おそらくそれは皇国にとって大した問題ではないに違いない。何しろ、”神の加護”については既に底上げ済なのだ。仮に勇者を欠いたとしても十分魔王を倒せるだろう。
結局、皇国が描いた筋書き通りになってしまうのがどうにも悔しかった。
「やはりカイト殿は貴方に何も話していないかったのですね。」
「多分、私に心配掛けたくなかったのでしょう。何しろ病のことすら教えてくれませんでしたから。」
「確かにそれもあるのでしょう。しかし、おそらくそれだけが理由ではないと思います。」
そう語り掛ける最長老の声は優しかった。まるで、俺を気遣うかのように。
「先ほど私は”器”のみを改めて創り出し与えることは出来ないと申し上げました。それは間違いありません。
ですが、もう既に”器”がこの世界に存在しているのであれば、その場合に限り与え直すことは可能なのです。」
「……どういうことですか?」
最長老の言葉は俺を混乱させた。欠陥術式のせいで”器”は創り出されなかったんじゃないのか?
「術式の改編と言っても”器”の魔法式そのものを削除してしまったわけではないはずです。そんなことをすれば全体のバランスが崩れ術式自体が機能しなくなってしまいますから。
ですので、おそらくは勇者と”器”とをつなぎ合わせる部分のみを削り取ったのだと思われます。
そのため”器”自体は創られたものの勇者には授けられないといった状態になっているのでしょう。
その場合、本来なら残された”器”はそのまま”界”に留まることになるのですが、どうやら今回だけはそうならなかったようです。
単なる偶然かあるいは神のご意思なのか、それは分かりませんがとにかく”器”は間違いなくこの世界に存在しているのです。」
最初、俺はその言葉にただ戸惑うだけだったが、徐々にその意味が分かって来た。それにより顔が、体が明らかに熱を取り戻して来る。
何だよ、それならそうと早く言ってくれればいいのに!
「それで、その”器”はどこにあるのですか?」
だが……次に発せられた最長老の言葉は、今までとは別の意味で俺をどん底へと突き落とすことになるのだった。
「勇者の”器”は貴方の中に存在しているのです、クウヤ殿。」




