30 天空の神殿にて
「いろいろ聞きたいことはおありだろうが、先ずは場所を変えさせてもらえますかな。」
どうやらテヒリオは俺が来ることを事前に知っていた様である。何故だ?
今すぐにでもいろいろと問い正したいところではあるが、さすがに俺もそこまで礼儀知らずではない。無理やり押しかけたのは俺の方なのだ。とりあえず。テヒリオの言葉に従うことにした。
「こちらへ。」
テヒリオは俺をとある扉へと招き入れた。そこは以前招かれたテヒリオの家とは別だ。
……何だ、ここは?
中はかなり広めなのだが、奥に別の扉があるだけで他には何も無い殺風景な部屋だった。しかも、奥にある扉の脇には武器を持ったセルア族が2人、まるで見張りでもするかのように立っている。宝物庫か何かなのだろうか?
テヒリオが無言で合図すると、見張り役(?)のひとりがうやうやしい動作で扉を開く。
その扉の向こうには……何も無かった!
いや、何もないわけではないか。そこには所々に瞬く星のようなものが浮かび上がった黒い”壁”がある。
俺にはその”壁”に見覚えがあった。それは、”転移”魔法が作り出すゲートとそっくりだったのだ。
「これはまさか……。」
「儂に付いて来られよ。」
テヒリオは驚く俺にそう言うと自ら扉の中へと入ってゆく。そして、その体は”壁”の中へと消えていった。
やはりそうだ、これは”転移”の魔法と同じ働きをする魔道具なんだ。
”転移”の魔法は極めて高難易の魔法である。例え”神の加護”持ちでもおいそれと使えるものではない。勇者パーティーのメンバーですら習得出来たのはほぼ半数だけだった。
それを魔道具にしてしまうとは……セルア族の技術は俺の想像を遥かに上回っているようだ。
その先は一体どこに続いているのか。一抹の不安はあるものの、ここで引き返すとういう選択肢は俺には無い。なので、俺もテヒリオに続く。
「ここは……一体?」
”壁”の向こう側は、入って来たところよりも若干広めの別の部屋だった。だが、その部屋は大理石のような光沢のある石で出来ており、しかも恐ろしく天井が高い。改めて例の里とは別の場所なのだと実感させられる。
部屋にはテヒリオの姿は無い。その代わりに神官のような衣服に身を包んだ男性がひとり、俺を待ち構えていた。
「テヒリオ殿は?」
「テヒリオ様は”長老の間”へと転移なさっております。あなた様のご案内は私がさせていただくことになります。」
俺の問い掛けに男性はそう答えた。
何でもこの転移扉は対象者を識別することが可能で、その者が持つ資格により転移先を変えることが出来るのだそうだ。何ともまあ凄い魔道具じゃないか。俺は驚きを通り越し、むしろ呆れ返ってしまった。
で、よそ者である俺は一番離れた場所に転移させられたらしく男性はそれについて謝罪してきたが、まあ当然の処置なので怒るつもりなどない。
男性に連れられて俺は華美ではないが美しく造られた長い廊下を歩いた。ここも石造りで天井が高い。どうやら城か神殿と言った場所のようだ。
廊下の窓からはそれ程大きなものではないものの、これまた美しく整備された街並みが見える。
「ここは一体どこなんですか?」
「セルア族の国です。」
男性の言葉はまたしても俺を驚かせる。セルア族の”国”だって?
「セルア族にも国があったんですか?
各地の森に集落を作り、分かれて暮らしているものだとばかり思ってました。」
「あれは人族との交流を絶やさないようにするため用意された場所なのです。この国こそが本来我々セルア族の住む場所なのですよ。」
驚きの連続で、俺はもうお腹一杯だった。なのに、男性はさらに追い打ちの言葉を俺に投げかけてくる。
「まあ、ご存じないのも当然でしょう。何しろこの国は天空に浮かぶ島の上に造られているのですから。人族が知る由もありません。」
この世界に来てからと言うもの、魔法とか魔物とかそれだけで十分俺の中の常識というヤツをぶっ壊してくれたが、今度は”天空の島”ときたよ……。もう、笑うしかない。当然、引きつり笑いだが。
そんな感じで思わずここへ来た目的を忘れそうになりかけたが、とある扉の前に辿り着くと一気に緊張感が戻って来た。
それはひときわ立派で荘厳な雰囲気を醸し出している扉だった。おそらく、先ほど男性が口にした”長老の間”とやらがこの先にあると思われる。
「どうぞ、お入りください。」
そう言って男性が開いた扉の向こうには広々とした部屋があった。白を基調とし嫌味に感じない程度の装飾がさりげなく、しかし美しく部屋を飾っている。中は十分に明るいのだが壁に窓は無かった。天窓から光を取り入れるようになっているのだ。
その理由は部屋の中央に置かれた大きな円卓から推測出来る。おそらく会議室なのだろう。そのため、外からは覗き見られないようになっているに違いない。
円卓の上座には3人の男女が座っていた。そして向かって右側、やや上座側にテヒリオの姿がある。そこが彼の定位置なのかな?
「直接ここへ転移させられなかったことには詫びを言う。おかげで余計な手間を掛けさせてしまった。申し訳ない。」
どうやら神殿(城?)の一番端へと転移させたことについて謝罪しているようだが、別に俺は気になどしていない。
「いえ、保安上当然のことだと思いますので、どうぞお気になさらず。」
俺の言葉に頷いたテヒリオは、続いて円卓に着く他の3人を紹介してくれた。
真ん中に座る老齢の女性が最長老らしい。長命族であるセルアの最長老ともなればその年齢は一体どれくらいになるのだろう?という疑問も正直浮かんだのだが、それを口にするほど俺も不躾な人間ではない。何せ、女性に対して年齢の質問をするのは殴られて当然の行為……らしいからな。
まあ大方の場合”最長老”とはあくまでも役職の名で、必ずしも最年長であるとは限らないのだが。
そして、両側の男女は最長老の補佐役とのこと。
そう言えばテヒリオにも2人の補佐役が付いていたな。トロイカ体制を取るのがセルア族の政治のやりかたなのかもしれない。
「クウヤ・ヒユガと申します。クウヤとお呼びください。」
次いで俺も名乗った。仮にも向こうは最長老だ。それなりの敬意を払うべき相手であることぐらい俺にでも分かる。
「それで、クウヤ殿。我等に尋ねたいことがおありとのことですが……。」
先ずは最長老が話を切り出してきた。それは穏やかで優し気な声だった……のだが、口にした言葉は十分に俺を驚かせた。
「それは勇者召喚の秘術についてでしょうか?」
「そうですが……何故ご存じなのですか?」
俺はまだテヒリオにも用件は伝えていない。何しろその前にここへ連れてこられたのだから。
にもかかわらず、最長老はそれを知っていた。そう言えば、テヒリオは俺が来ることも分かっていたようだった。
「それに、まるでテヒリオ殿は私が訪ねてくることを知っていたかのようでした。
何故ですか?どうして私が勇者召喚について尋ねてくると分かったのですか?」
そんな俺の問い掛けに応えたのはテヒリオだった。
「数日ほど前、カイト殿が同じことを聞きに来られたのだ。」
「海斗が!?」
今日の俺は一体何回驚きの声を発したことか。しかし、中でもこれは最大級の驚きだった。
思わず言葉を失った俺に向かい、テヒリオは静かな声で語りかけてきた。それは、どうしてかは知らないがどこか苦渋に満ちたような声にも聞こえたのだった。
「カイト殿は自身が病に侵されていることを自覚しておられた。
そして、それは勇者召喚に原因があるのではないかと考えられたのだよ。」




