29 またまたセルアの里
『あれはジルベールと同じ症状だ。強すぎる勇者の力に命が焼かれている。
今まで”強化”の魔法により無理やり体を支えていたのだろうな。だが、それもそろそろ限界に近い。
我も迂闊だった。もっと早くに気付くべきだったのだ。』
ヴィーは悔しそうにそう言った。
洞窟で倒れた海斗をどうにか小屋まで連れ帰ってきたが、まだ意識は戻っていない。
とりあえずソフィアに海斗の看病を任せ、俺は小屋の外でヴィーから話を聞いていた。
「別にヴィーのせいじゃないさ。俺がもっと気を付けておくべきだったんだ。
……それで、勇者の力に命が焼かれるってのはどういうことなんだ?」
そう問い掛ける俺の口調はこんな事態にもかかわらず冷静だった。尤も、それは表面だけだ。頭の中はパニックになりかけている。
だが、ここで俺が取り乱したところで何の解決にもならない。先ずは冷静に状況を把握し対処方法を考えなければならないのだ。
……と思いつつも、どんどん早くなっていく心臓の鼓動を鎮めることが出来ずにいたのも確かだった。
『勇者の力はあまりにも強大だ。それは到底、人の肉体などに収めてはおけぬほどにな。
もし普通の人間が勇者の力を手に入れたとしても身体はそれに耐えきれず、そのあまりの強さに命を焼かれてしまうのだ。』
「という事は何か!?勇者は召喚された時点で、既に病で命を縮める運命にあるってことか!?」
冗談ではない。
ただでさえ無理やりこの世界に呼びつけてられているというのに、その上寿命まで縮められてしまうだと?
そんな理不尽な話、あっていいわけがないだろう。
『いや、いくら勇者を召喚したところでその力を借りる前に倒れられたのでは意味があるまい。
故に、召喚を行う際には力に耐え命を焼かれず済むような手段が講じられてあるはずなのだが……。』
「その手段とは?どうすれば耐えられるようになる?」
一筋の光明を見出した思いで俺はヴィーに尋ねる。しかし、残念ながらそれは叶わなかった。
『すまぬが我には分からんのだ。召喚の術法に関してはそれほど詳しいわけでもないのでな。』
それもそうだ。勇者召喚はセリオス教だけの秘術だと聞いた。となれば、いくらヴィーが物知りでもその詳細まで知っているはずがない。
となると、やはりセリオス教会に乗り込んで聞き出すしかないだろう。しかし、魔法も使えない非力な俺にどれだけのことが出来るだろうか?
そんな風に思い悩む俺にヴィーは意外なことを教えてくれた。
『それについてはセルア族に尋ねてみるがよかろう。何せ勇者召喚は元々セルア族の秘術で、人はそれを真似ているだけなのだからな。』
まさか、勇者召喚がセルア族の作り出した術だったなんて!
考えてみればセルア族は、未だ勇者が召喚され続けていることをかなり気に病んでいる様子だった。しかも、彼等自身は召喚の当事者でないにもかかわらず俺達に頭まで下げたのだ。
だがそれもこれも、最初に召喚の術をあみ出した彼らなりの贖罪だったのだと考えれば納得がいく。
そうと分かればこうしちゃいられない。
「ありがとう、ヴィー!」
ヴィーへの礼もそこそこに、俺は小屋の中へと駆け込んだ。
「ソフィア!俺をセルア族の森まで転移させてくれ!海斗を治す方法が分かるかもしれない!」
いきなり大声を出したのでソフィアは一瞬驚きに固まってしまったようだが、俺の言葉の意味を理解してその顔はすぐさま表情を取り戻す。
「そうなの?カイトさんは助かるのね?よかった!」
未だ意識を取り戻さない海斗の様子に不安をつのらせていたソフィアだったが、少しだけ笑顔が戻ってきた。
「どうやら海斗が弱っている理由は召喚のやり方にあるようなんだ。だから、何か打つ手がないかセルア族に確認してくる。」
「どうしてセルア族に?勇者召喚はセリオス教の秘術よ?教会に聞かないと分からないんじゃないの?」
「元々勇者召喚はセルア族が人族に伝えたものだったんだよ。」
「……そうだったのね。」
これもまたセリオス教がついていた嘘ということになるのだが、既にソフィアも彼等の欺瞞には薄々気が付き始めている。なので、今さら驚きはしなかった。
「分かったわ。すぐ行きましょう。」
そう言ってソフィアは小屋の外へ出ると、すぐさま”転移”の魔法でゲートを開く。そして俺達はそのゲートをくぐりセルア族の森の手前へと転移した。
前に訪れてからそれほど時間は経ってなはずなのだが、妙に懐かしく感じる。
見張り役である梟の姿は見えないものの、どこかでこちらを監視しているに違いない。
「俺はクウヤ・ヒユガだ!里の長に聞きたいことがあってやって来た!どうか通してほしい!」
森の手前で俺はそう声を上げる。幻術によるカモフラージュと認識阻害の結界を解いてもらうためだ。
すると森の樹々が徐々に光り始め、やがてそれが収まった後には森の奥へと続く道が姿を現す。どうやら里へ入る許可が出たらしい。
「セルア族とは俺が話をしてくる。ソフィアは小屋へ戻って海斗のことを看ていてくれ。」
そう言ってから俺は空を見上げる。まだ陽は十分に高い。これなら日暮れまでに用を済ませそうだ。
「それと、日が暮れた頃に迎えに来てくれるか?
ここで待ってる。」
「わかったわ。」
ソフィアの返事を聞いた俺は早々に森へと足を踏み入れようとした。
と、その時。
「クウヤ!」
名前を呼ばれ振り向いた俺の腕の中に、いきなりソフィアが飛び込んで来た。彼女はそのか細い腕で強く俺に抱きついてくる。
えっ!?何?どーゆーこと?何してらっしゃるんですか、ソフィアさん?
「気を付けてね、クウヤ。決して無茶はしないで。」
俺の胸に顔をうずめながらソフィアが不安気な声を出す。
「だ、大丈夫だって。無茶も何も、ただ話を聞きに行くだけなんだぞ。」
俺はと言えば、突然の状況に軽くパニクってしまい何とかそう返すのが精一杯だった。
「でも、あなたはカイトさんのことに責任を感じているわ。そして、カイトさんを助けるためなら自分を犠牲にしてもいいと思っている。」
あー、ホント鋭いな、この娘は。
勿論、どうすれば海斗を救うことが出来るのか、その方法はまだ分からない。だが、もし何らかの代償が必要となるのなら俺は喜んで代わりにそれを支払うだろう。
とは言えそれは漠然とした覚悟に過ぎず、はっきり自覚していたわけでもない。なのでソフィアの言葉に、むしろ俺の方が気付かされてしまった。ああ、俺はそう考えていたのか、と。
「……分かった、約束する。絶対に無茶なことはしないって。」
「クウヤ……。」
やや安心したような声で俺の名を呼んだ後、ソフィアは急に我に返ったのだろう。慌てて俺から離れると同時に、後ろへ飛び退って距離を取り……何故か身構えた。
やめてくれ。それだとまるで、俺が何か良からぬことをしようとしてるみたいじゃないか。
「はぁ……。」
その後、どこか挙動不審になってしまったソフィアが転移で戻ってゆくのを見送った俺は、大きくひとつ溜息をついた。いろいろ想定外なことがあり過ぎて、そろそろ脳ミソの許容範囲を超えそうだった。
だが、休んでいるヒマは無い。俺はセルア族の里へと向かって森の中の道を急ぐ。
「お待ちしておりました。クウヤ様。」
道を抜け里に着くと、そこにはひとりの女性が俺を待っていた。
「長の元へご案内いたします。どうぞこちらへ。」
あいさつもそこそこに、女性は俺を例の居住区へと案内する。一度来たことがあるので、俺も迷わず彼女について行った。
そして居住区の最下層へと着くと、何と長テヒリオ自ら俺を出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さった、クウヤ殿。」
「突然押しかけて申し訳ありません。実は急ぎお聞きしたいことがあるのですが、よろしければ少々お時間を頂けませんか?」
約束も無しに里の長と面会しようというのだ。普通に考えれば失礼極まりない話だが、テヒリオには気を悪くした様子は無かった。
それどころか穏やかな笑みを浮かべ、そして予想外の言葉を口にしたのだった。
「そろそろ参られるであろうと、お待ちしておったところです。」




