26 魔王のヒミツ
「ソフィアも皇国やセリオス教の言ってることが何となくおかしいと思い始めたようだけど、まだ完全に受け入れられる状態じゃないだろう。
先ずは僕達で彼女に伝えるべき情報を選別する必要があると思うんだ。」
小屋へと引っ越す前に海斗は俺にそう言った。勿論、俺も同意見だ。
「あの小屋だと内緒話はしづらそうだから一緒に住むわけにはいかない。悪いけどソフィアには引き続き宿屋を使ってもらうしかないかな。
まあ、空也としては残念だろうけど。」
言ってることは全くもって正しい。だが、最後の一言は余計だ。
どうも最近やたらとソフィアの件でからんでくるな、コイツは。何か恨みでもあるのか?
とまあそんな感じで小屋での暮らしが始まったわけだが、その生活はと言うと正直ヒマで仕方ない。
洞窟の小部屋には海斗しか入らない。俺達はそう決めた。となると海斗が資料を調べている間、俺とソフィアは何もすることが無くなってしまうのだ。
なのでヴィーの元を訪ね、昔話を聞くことにする。最初は正直ヒマ潰し程度に考えていたものの、これがまた話の内容が凄い。
学者連中が間違いなく飛びついてくるような話すらポンポン出てくる。ヒマ潰しなんて考えてごめんよ、ヴィー。
『勇者は強かったが邪神もまた同じくらい強かった。何せ邪なれど”神”の呼び名を持つのだからな、それも当然のこと。
結局、最後は勇者がその身を呈して邪神の息の根を止めるしかなかったのだ。』
ヴィーはどこか遠くを見る目でそう語った。
「その勇者とも友達だったのか?」
『いや、その頃は我もまだ若く一族の中では軽輩にすぎなかったのでな。到底、勇者と懇意に出来る立場ではなかった。』
まあ、6000年前のことだからな。その頃ベテランなら今いくつだよ?って話だし。
『勇者の犠牲により邪神は滅んだ。だが魂は滅んでもその肉体までは消滅することなく、いくつもの破片となって地上に降り注いだのだ。
そして、降り注いだ邪神の破片は悪しき魔力を放ち大地を汚してしまった。その場所こそが、今現在”魔大陸”と呼ばれる場所なのだよ。』
「”魔大陸”はその時に出来たってこと?」
『そうだ。まだまだ未開の地ではあったものの、そこには普通に人や獣が暮らしていたのだ。
多くの者はその悪しき魔力によって命を奪われたが、その一方で邪神の欠片に取り込まれ異形と化した者もいた。それが”魔物”だ。』
なんてこった、魔物は邪神が作り出したようなものなのか。6000年経った今でもこの世界に被害を与え続けてるなんて、ホント迷惑なヤツだな。
「もしかすると、魔王が生まれるのもその邪神の欠片と関係あるんじゃないのかい?」
いきなり海斗が話に割り込んできたせいで、俺はちょっとだけびっくりした。あくまでもちょっとだけ。「ひっ」と声を上げたように聞こえたかもしれないが、それはたぶん気のせいだ。
「なんだよ、いきなり。お前、資料の確認はどうした?」
「いや、ちょっと休憩しようと思ったら何か面白そうな話をしてたので。」
まあ、仕方ないか。これ程の話、中々聞けるものじゃない。なにせ実体験なのだからその臨場感には思わず引き込まれてしまう。
『邪神の肉体はいくつもの欠片に分かれたが、その中でも特に大きな核と思われるものがあった。その核は他の欠片に比べてより強くより禍々しい魔力を放ち、周囲の魔物をさらに強大にする。
数百年の間その禍々しい魔力を吸収し最強となった者が魔物の王、魔王となるわけだ。』
「という事は、その邪神の核を消滅させてしまえば魔王はもう現れなくなるんだね?」
『そうだ。だが、それは言うほど易しいことではない。
広大な大陸の中、凶暴な魔物と闘いながら核を探しこれを滅するのは極めて困難なこと。
不可能だとは言わぬが、もしそれを成そうとすれば大き過ぎるほどの犠牲を払うことになるだろう。』
「でも、どこかで断ち切る必要はあるんじゃないか?延々と魔王の被害を受け続けていたら、それこそ犠牲者が増えるばかりだろ?」
『お前のいう事は決して間違いではない。』
俺の言ったことにヴィーは否定の言葉こそ発しなかったが、それでも静かに首を振ってみせる。
『だがそれは歴史学者の見方でしかなく、為政者のものではない。』
「歴史学者の見方……。」
『およそ300百年に一度出る数千の犠牲を避けるため今の十数万を犠牲にする、それが為政者にとって正しい判断と言えるだろうか?
仮に英断を下した者がいたとしても、その者に対する支持は長くは続くまい。戦いに疲れた者達により玉座から追放されることになるのは目に見えておる。
何しろ犠牲者は十数万を超えることこそあれ、決して下回ることはないのだからな。』
確かに自分の子や孫のためならともかく、数世代先の見知らぬ人間のために今の自分を犠牲に出来るかと言われれば難しいかもしれない。
最初こそ正義感に駆られて闘うことも出来るだろうが、それが何年も続き多大な犠牲を出し始めれば次第に厭戦気分が蔓延してくるはずだ。
もしそんな決断を下した王がいたとして、彼は讃えられし名君ではなく打ち倒された暴君として歴史に名を刻むことになるかもしれない。
『それ故、人族はその事実を闇に葬り続けてきた。今ではそのことを知る者など既におらぬかもしれんな。』
こればかりは当時の権力者だけを責めるわけにもいかないだろう。彼等は現実的な対応を取ったに過ぎない。人間、皆が皆己を犠牲にして戦う”勇者”になれるわけではないのだから。
正直、結末にはちょっとモヤモヤした気分になったが、まあ話自体は興味深いもので結構楽しかった。
まだまだいろんな話を聞いてみたい気持ちもあったが、とりあえずその日はそれくらいにして俺達は小屋へと戻ることにする。晩飯の準備をするためだ。何せ俺は賄い担当という名誉ある役目を無理やり押し付けられているのだから。
海斗ももその日は手仕舞いにしたようで、俺達と一緒に戻って来た。なので皆で晩飯を作り、まだ外も明るかったので外にテーブルを出し食事を楽しんだ。
まあなんだ、海斗の言葉を認めるのはしゃくだが、自然に囲まれて暮らすのも案外悪く無い。アウトドア気分を満喫し放題だ。
いるいろ思うところはあるのだろうが、今ではソフィアもすっかり明るさを取り戻し俺への突っ込みも復活した。いい傾向だ。とは言え俺にそっち趣味はないので、別にイジメられるのが楽しいと言ってるわけじゃないぞ。そこは間違えないように。
そんな風に俺達は小屋での生活を楽しんでいた。
だが、俺にはひとつだけ不満がある。不満というより、むしろ不安と言ったほうがいいかもしれない。
それは、海斗がジルベールの資料について何も教えてくれないことだった。
海斗の言葉を信じる限りではかなりの数の資料があるようなので、その取りまとめに時間が掛かっているのだろうと最初はそう好意的に受け止めていた。
しかし、途中経過くらい報告してくれてもバチは当たらないだろう。なのにそれすらないのだ。
そんなある日の夜、俺はとうとう業を煮やして海斗に詰め寄った。
「取りまとめに時間が掛かるのは分かるが、少しずつ俺に内容を教えることくらい出来るだろ?
まさかお前、また何かひとりでコソコソやってるわけじゃないだろうな?」
かなり語気を強めにしたもりだったが、海斗は相変わらずどこ吹く風だ。
「そうかい?バラバラに断片だけ聞かされるより、ちゃんと取りまとめてからのほうが解り易いだろうと思ったんだけどね。違う?」
「それはそうなんだけど……やっぱり気になるだろうが。」
海斗の平然とした態度を見ていると、何か俺の方が駄々をこねているような気になって来る。おかしい、俺の言ってることのほうが正しいはずだ。
「まあ、その気持ちも解かるけどね。
そうだなぁ、じゃあジルベールの手記の話をしようか。
これなら他の資料に関係なく話が完結してるから聞きやすいかもしれないよ。」




