21 無茶しやがって
「お前がジルベールに関する資料を見つけたのは第2書庫じゃない。ソフィアの知らない場所、あるいは入れない場所で見つけたんだ。
それじゃあジルベールが来てたことなんて分かるはずないよな。何せ彼女はそんな資料があることすら知らないんだから。
……言っとくが、うっかり見落としてたんだろうなんて下手な胡麻化しは聞くつもりないからな。」
俺の言葉に対し海斗はしばらくの間無言だったが、やがてあきらめたように苦笑いを浮かべる。
「まいったな、さすがは名探偵・空也だね。」
「何言ってんだ、これくらい誰でも分かることだろうが。」
おだてたって無駄だぞ。追及の手を緩めるつもりはないからな。
「それで、本当はどこでその資料を見つけたんだ。」
「第3書庫だよ。」
「!」
海斗の答えに俺は言葉を失った。第3書庫だって?
自由閲覧可能な第1書庫や一部制限はあるが非公開ではない第2書庫とは異なり、第3書庫は皇国の重要機密資料が納められている場所だ。
そこには勇者である海斗ですら立ち入ることは許されていない……はずなのだが、どうやらコイツはそこに入ったらしい。
例え勇者であっても許可されるはずはないのでおそらく、いや間違いなく不法に侵入したのだろう。
実を言うと何となくそんな予感はしていた。いざとなった時のコイツは想像の斜め上を行く大胆さを見せるのだ。
だが実際にそれを聞かされると、やはり驚かずにはいられなかった。
「どうやって入ったんだ?
あそこは何重にも結界が張られていて、例えお前の”転移”魔法でもバレずに入るのは無理なはずだぞ。」
国家機密がてんこ盛りの第3書庫は、当然ながら警備も厳しい。おそらく勇者の力を持ってしてもそう簡単に破ることは出来ない程に。ましてや気付かれずにこっそり侵入するなど不可能に近いだろう。
「普通に入り口から入ったよ。」
「は?」
「警備の兵士に開けてもらったんだ。」
ちょっと何言ってるか分からない。普通、許しのない者を兵士が通すはずないだろ?
「お前……何やった?」
「んー、ちょっと”暗示”の魔法をね。」
何でも人の意識を支配できる魔法があるとのこと。”幻術”なども精神に干渉する魔法なので、その上級版みたいな扱いらしい。
で、その”暗示”魔法を警備の兵全員に掛けて、あたかも許可を取っているかのように思わせたのだそうだ。勿論、後で問題にならないよう用事が済んだら記憶の消去も怠らない。
名前こそ”暗示”などとソフトな感じだが、要は精神コントロールだ。
「そんな魔法があるのか……。」
「実は禁術なんだよね。魔法書には簡単な解説しか載ってなかったんだけど、いろいろ試してみたら使えるようになったんだ。」
その”いろいろ”については詳しく聞かないほうがよさそうだ。想像するだけで頭が痛くなる。
それにしても、いくら魔法書とは言え禁術魔法を堂々と載せるとは一体何を考えているのやら。例え詳細までは書いていなかったとしても、コイツみたいにそこからいろいろ想像して最終的に習得してしまうヤツもいるんだ。
「まさかそれ、俺で試したりはしてないだろうな?」
「そんなことするわけないだろ。」
本当かどうかは分からないが、そういうことにしておこう。今はそれよりも重要なことがある。
「まあそれは置くとしてだ、もし第3書庫に入ったのならジルベールの件以外にも何かめぼしい情報があったんじゃないのか?
何せあそこには皇国の機密資料が山のように保管されてるはずだからな。」
国家機密の眠る第3書庫にこそ俺達が求めている勇者に関する情報があるはず。そう考えていた。
だが、その問いに海斗は表情を曇らせる。
「それがね、僕達が欲しがっているような資料は無かったんだよ。
勇者の従軍履歴とか日常生活の記録とかはあるんだけど、肝心の戦いを終えた後どうなったかに関してはさっぱり見当たらなかったんだ。
時間に制約があったせいで全ての資料に目を通すことは出来なかったけど……おそらく、あそこには無いよ。そう思う。」
海斗の言葉に俺は呆然とするしかなかった。
第3書庫になら必ず求めている情報があるはず。そう信じていたのに、無残にもその希望は打ち砕かれてしまったのだ。
「……だとしたら一体どこにあるんだ?もしかすると資料なんて、そんなもの最初から無かったってことか?」
「多分、僕達は思い違いをしてたんだと思う。」
すっかり意気消沈してしまった俺に海斗が語りかける。
「思い出してみてよ、皇国の資料には勇者が呼び出されたその後からしか記録されてなかっただろ?
どういった経緯によりどんな手順で誰が勇者召喚を行ったのか。それについてはどこにも書かれていなかった。」
「まあ、その辺りはセリオス教会の仕切りだしな。皇国側に記録が無くてもおかしな話じゃ……まさか!?セリオス教会か?」
なるほど、魔物との戦いに関しては皇国が管理すべき事案だとしても、勇者という存在そのものはあくまでもセリオス教会の支配下にあるのだ。
それを考えれば教会に保管されていたとしてもおかしくはない。勇者がこの世界に現れ、そして”去って”ゆくまでについてを記録した資料が……。
「うん、皇国に資料が無い以上、それは教会が保管していると考えるのが正しいだろうね。」
「大聖堂にある図書庫か?……いや、あそこは許可を受ければ一般信者でも入れるから違うだろうな。そんなところに置いておくはずがない。」
「”裏”の図書庫だと思うよ。皇国にも機密資料専用の書庫があるんだ。同じようなものが教会にあっても不思議はないさ。」
「そこには入らなかったのか?」
「残念ながらどこにあるのかも分からなかったからね。それじゃさすがに手の出しようが無いよ。」
この件は結局、振り出しに戻っただけだった。だが今までとはひとつ違いがあるとすれば、それは皇国や教会への不信がもはや疑惑の域を越えて確信になりつつあることだ。
皇国の機密資料にすら記載されないなんて、どうやら勇者の行く末に関しては是が非でも隠し通したいらしいな。
……ん?ちょっと待てよ?この話、何かおかしくないか?
「おい、もし第3書庫に資料が無かったっていうなら、ジルベールの件はどうやって知ったんだ?」
ジルベールがファンデール王国に渡ったのは魔物との戦いの後だ。となるとその管理は既に皇国から教会に移ってるはずだから第3書庫に資料があるとは思えない。
一体、海斗はどこでその情報を手に入れたんだ?
「……メッセージが残ってたんだよ、ジルベールの残したメッセージが。」
こいつはまた予想外の展開になって来た。
「ジルベールからのメッセージ?
よくそんなものが残ってたな。」
皇国も教会も勇者のその後に関する情報は隠したいはずだ。なのに、資料どころかメッセージがそのまま残っていたとは随分間の抜けた話である。
この世界にもお役所仕事的な感覚で作業するヤツがいるようだ。と、そう思ったのだが実際はちょっと違うようだった。
「ジルベールには魔法研究者としても才能があったてことはソフィアから聞いただろ?
第3書庫にはその研究内容を書き記した本があったんだ。彼の自筆による本がね。」
「そこにメッセージが書いてあったのか?」
「いや、さすがにそんな真似はしてないよ。直接メッセージなんか残したらすぐ検閲されてしまうだろ。
彼は本に魔法を仕込んでいたんだ。勇者の波動を持つ者が触れたら隠された文字が浮かび上がる、そんな魔法をね。」
どうも勇者の魔力には独特の波動というものがあるようだ。”勇者の森”で海斗が亡霊の正体に薄々気が付いていたのも、その同じ波動を感じたからだった。
勇者の”力”とは後付けのものでしかない。元いた世界では単なる一般人でしかない海斗がこの世界で勇者となったのも、召喚時にその”力”が付与されたからなのだ。
召喚は同じ魔法により行われる。なので付与される”力”もほぼ同一。結果として魔力の波動も同じになる。まあ、そういうことらしい。
その魔力波動がトリガーとなる魔法をジルベールは本に仕掛けていたのだ。
『私の名前はジルベール・マルロー。君と同じく、この世界に勇者として召喚された者だ。』