20 白状してもらおうか
「私がこの町に留まっている限り、奴等はまた襲って来るでしょう。それでは皆さんに迷惑をお掛けすることになってしまう。」
だから町を出て行く。ジルベールは人々にそう語った。
まさかと誰もが思ったが、中にはその言葉にはっとする者もいた。
一部の兵役経験者やハンターは、過日町を襲った盗賊の動きが妙に秩序だっていたことを思い出す。
盗賊などという連中は所詮戦闘の素人だ。個としてはそれなりに腕の立つ者もいるだろうが、集団としては規律など持たぬ烏合の衆でしかない。
だが奴等は違った。命令系統がしっかりと保たれているような感じだったのだ。それを考えると、略奪を目的とした唯の盗賊とも思えなかった。
勇者を害さんとする者達がいる。それは人々にとって衝撃的な事実ではあるものの、しかしそう簡単に勇者をどうこう出来るはずもない。その点を疑う者はいなかった。
となれば、やはり憂慮すべきは巻き添えになる町への被害ということになるのだろう。
だが、だからと言って勇者を追い出そうなどと考える者はいなかった。人々はジルベールに思い留まってくれるよう懇願した。
ジルベールにとってこれほど嬉しい事はなかっただろう。とは言え、その言葉に甘える訳にもいかない。住民に被害が出てからでは遅いのだ。
そこで彼は町から離れた場所にひとり暮らすことにした。次に襲われても余計な被害を出さずに済むように。
そうして移り住んだのが今現在”守護者の谷”と呼ばれている場所だ。当時の呼び名は”ドラゴンの谷”。
何とそこはドラゴンの棲む谷だった。
勿論、ジルベールもそのことは知っていた。と言うか、だからこそ選んだ場所なのだ。
勇者であるジルベールにしてみればドラゴンの存在など大した問題ではなかった。むしろ、他の魔物よりもずっと楽な相手だ。
ドラゴンは正確に言うと魔物ではない。位置付けとしては魔物より精霊に近い存在である。
彼等は知性を持っていた。まあ人間と会話が出来るほどではないが、ある程度意思の疎通が可能なのだ。場合によっては人に従うこともあった。
尤も、それは強者に限ってのことではある。彼等はプライドの高い生き物なので弱者など歯牙にもかけないのだ。
その点、ジルベールは勇者だ。世界最強と言っても過言ではない存在なのだ。こちらから手を出さない限り、自分には決して敵対してくるような真似はしないだろう。
そう考えてジルベールは”ドラゴンの谷”に住むことにした。要はドラゴンを番犬代わりにしたのである。
その後ジルベールへの襲撃があったのかどうか、それは定かではない。町の人々にそれを知る術は無かったからだ。
ただ彼は普段と変わらぬ様子のまま時折町へ顔を出し、買い物をしたり子供たちに勉強を教えたりして穏やかな日々を過ごしていた。
だがある頃から彼はぱたりと姿を見せなくなってしまった。
最初はさほど気に留めていなかった町の人々も、それが数日から十数日、やがてひと月を越えていくにつれて徐々に不安を感じ始める。
何かあったのではないか?そんな嫌な予感が頭をかすめる。
襲撃者に倒されるなど有り得ないとは思う。しかし、このところ顔色が優れない様子だったのも確かだ。もしかすると、病に苦しんでいるのかもしれない。
人々は有志を募り、ジルベールの住まいを訪れることにした。
ドラゴンの存在は脅威だったが、以前ジルベールから「こちらから手を出さなければ何もしない」と聞かされていたのでそれを信じて谷へと向かった。
そして彼等は無事に目的地へと辿り着く。そこはジルベールが自分で立てた小さな小屋だった。
小屋に入った彼等は呆然とする。そこにジルベールの姿は無かった。それどころか人が住んでいる気配すら感じられなかったのだ。
荒らされた様子は無いので襲撃されたわけではないだろう。だが食器はすっかり乾き、部屋には蜘蛛の巣が張っていた。かなり前から誰も出入りしてはいないようである。
一体どこへ行ってしまったのか?
その答えは誰にも分からない。
結局、それ以降ジルベールが姿を見せることはなかった。やがて人々は彼を偲び、小屋のあるその場所を”守護者の谷”と呼ぶようになったのだった。
「とまあ、聞いた話をまとめるとそういうことみたいだな。」
宿に戻ってから俺達は3人でそれぞれ聞いた話を取りまとめてみた。
相手はほとんどが酔っぱらいであったものの話の内容はおおよそ筋が通っており、それほど破綻してはいなかった。子供の頃から語り聞かされたきた話のようなので、しっかり頭に刻み込まれているのだろう。
「それにしても、勇者様を害そうとする者がいるなんて……許せませんね、絶対に。」
勇者マニアのソフィアとしてはそこに一番ショックを受けたようで、溢れ出る怒りを隠そうともしない。どうでもいいけど、目が怖いぞ。
尤も、愕然としたのは俺も同じだった。但し、ソフィアとはちょっと違う意味でだが。
ソフィアは勇者を害そうとする行為自体に驚いているのだが俺は違う。勇者を狙う者がいることへの驚きはない。何しろ既に”害されてしまった”勇者を他に知っているのだから。
オルダニオ王国”勇者の森”で出会った亡霊。”彼”は1000年前、人によって殺害された勇者の成れの果てだった。
”彼”は己の勝手な都合で救世主であるはずの勇者すら敵とみなす人間もいるということを俺に教えてくれたのである。
だがそれはあくまでも特異なケース、そう考えていた。いや、そう信じたかった。しかし、ジルベールもまた何者かによって抹殺されようとしていたのだ。
こうなると他の勇者も同じように狙われたのではないかと、そう疑わずにはいられない。そして、海斗もいずれは……。
これはちょっと真面目にその可能性を考えておく必要があるだろう。
と、そんな風に考え込む俺の傍らでは、ひとりヒートアップするソフィアの迷推理が止まらない。
「一体何者なのでしょう?勇者様の名声を妬んだ者の仕業でしょうか?それとも勇者様と闘って自分の名を上げようとしたとか?
もしかすると、邪教を信ずる者がセリオス神の使徒である勇者様を邪魔に思った可能性もありますね。
もしそうなら、その者達には相応の罰を与えてやらねばなりません。」
いやいやソフィアさん、腕まくりまでして何するつもりなんですか?殴り込み?止めてくれませんかね?500年前の話ですよ、コレ?
結局、その後は暴走気味のソフィアをなだめるのに時間を取られてしまい、今後のことはまた明日話し合うということでお開きとなった。
「全くアイツにも困ったもんだ。勇者の話となるとすっかり人が変わっちまうんだもんな……。」
ソフィアを送り出した後、俺は深くため息をついた。それを見た海斗は「あはは」と笑う。
いや、呑気に笑っている場合ではないのだよ、海斗クン。今日こそはいろいろと聞き出してやるからな。
「お前、ジルベール・マルローの資料は城の第2書庫で見つけたって言ったよな?……それって、嘘だろ?」
急に真顔になった俺の言葉に海斗は驚いたような顔をした。しかしそれも一瞬で、すぐさま普段の表情に戻る。
問い掛けに対する答えは無かった。こちらの出方を伺っているのだ。コイツにはそういう用心深い一面がある。
だが、その反応こそが既に答えになっているんだぞ?
それに気付かないわけないだろ。何年お前の兄弟やってると思ってるんだ?
「ソフィアもお前と同じように第2書庫へ入る資格を持っている。
もしお前の言う通り資料が第2書庫にあったのなら、当然彼女もそれを見ているはずだ。何せあれだけの勇者マニアなんだからな。
なのに彼女はジルベールがファンデール王国に来ていたことを知らなかった。何故か?
それは、第2書庫にはそんな資料など無かったからだ。違うか?」




