19 酔っぱらいはかく語りき
「はぁ?明日この街を発つだって?」
それが海斗の言葉を聞いた俺の第一声だった。
それはそうだろう。
2,3日ここでゆっくり観光しながら休養するとか言っていたにもかかわらず、いきなり明日”守護者の谷”へ向かって出発しようと言い出したのだから。
市中見物を終えて来たばかりの俺とソフィアが思わず唖然としてしまったのも無理ないことである。
「うん。今日1日いろいろ考えてたら、何か急にそうしたくなった。」
相変わらずマイペースなヤツだ。ぐうたらする話はどうなった?
元気になったのは良いことだが、少しはお前に振り回されるこっちの身にもなってくれないものだろうか。
「ファルネタス観光はまた後ですればいいじゃないか。街は逃げたりしないよ。ね?どうかな?」
これがまた、キラキラと目を輝かせながらそう言ってくる。
まあなんだ、これは元の世界に戻るための情報集めと言うよりは、単に”守護者の谷”への興味が溢れ出ているという感じだ。こうなったらもう止められない。
「でも、まだ”守護者の谷”についての情報を集めてないんだぞ?」
「大丈夫、”守護者の谷”の近くにハウテルンという町があるそうなんだ。詳しい情報はそこで集めればいいよ。」
「誰から聞いたんだ?」
「宿の人が教えてくれた。その町はここから2日ほど移動した場所にあるらしいよ。」
途中には村があるのでそこで一泊すれば良い。だから食料も手持ちの分で足りるので改めて買い出しする必要も無い、と海斗は言う。
既にしっかりプラン済というわけだ。そうなると、俺には溜息をつく他に出来ることは無かった。
「……分かったよ。それじゃ明日、そのハウテルンとかいう町へ向けて出発するとしよう。ソフィアもそれでいいか?」
ソフィアが海斗の言葉に異を唱えるとは思っていないものの、いちおう確認する。
何なら文句のひとつでも言ってやってもらいたいところではあるのだが、彼女は予想通りと言うかむしろ「楽しみですね」などど逆に煽る始末だった。
どうやら俺には味方がいないらしい……まあ、いいけどね。
そんな訳で、翌朝俺達はファルネタスの街と早々に別れを告げることになった。せっかくの王都にもかかわらず、あまり出番が無くて申し訳ない。
その日は途中の村で宿を取った。小さな村だったが街道沿いにあるため、ちゃんと宿屋もある。お世辞にも上等な宿とは言えなかったが、野宿に比べれば何倍もマシであることは言うまでも無い。
そしてその次の日、俺達がハウテルンの町に到着したのは夜になってからだった。途中に一面綺麗な花で埋め尽くされた場所があって、そこでのんびりし過ぎたせいでちょっと遅くなってしまったのだ。
勿論、俺や海斗にそんな趣味は無い。綺麗だとは思うが長居するほど興味があるわけでも無かった。
なのに何故そこで時間を取ったかと言えば、それはソフィアのためだ。
例え彼女が『魔導王』という肩書を持っていたとしても、その中身は単なるひとりの女性でしかない。美しいものを見て心躍らせるところは普通の娘と変わりないのだ。
この旅はあくまでも俺と海斗の身勝手から始まったものである。それに彼女を巻き込んでしまった。
同行は彼女自身が望んだものとは言え、俺達はその本当の目的を隠し続けている。その罪悪感はハンパない。
なので……まあ、ある意味罪滅ぼしのつもりで、花畑に目を輝かせるソフィアのために時間を取ったわけだ。
着いた頃には既に辺りは暗くなっており、そのせいで町の全貌は良く分からない。だが、ミューレンやファルネタスと比べれば、かなりこじんまりした町であることは分かった。
とりあえず俺達は宿を取る。そしてそれから夕食を取るために町の酒場へと向かった。
宿には食堂が無かったこともあるが、例えそうでなくとも最初からそのつもりでいた。何故なら酒場の方がより”守護者の谷”の情報を集めやすいからだ。
”守護者の谷”のことは別に秘密でも何でもない。となればアルコールで口が滑らかになっている連中のほうがより多くの情報を提供してくれるはずだ。尤も、酔っぱらいの言う事なので話半分に聞いておく必要はあるかもしれないが。
案の定、隣り合ったテーブルの客に話題を向けてみると、これがまた気軽に相手をしてくれる。
俺達がよそ者で”守護者の谷”目当てにこの町を訪れたのだと分かると、他のテーブルからも集まって来てイヤというほど話を聞かせてくれた。
ここの住人にとって”守護者の谷”は町の誇りのようで、皆その言い伝えを良く知っていた。500年ほど前であるにもかかわらず、まるでつい最近の出来事のように詳しく話してくれる。
そうやって集めた内容を整理してみると、予想とはちょっと違う内容だった。
先ず、先々代勇者ジルベール・マルローは最初から勇者を名乗ってこの町を訪れたわけではないこと。
まあ、それは当然かもしれない。
ジルベールが素性を隠した理由までは分からないけれど、そもそもいきなりやって来て「俺は勇者だ」などど言ったところで白い目で見られるのがオチだからな。賢明な判断だと思う。
で、知識を求め旅する魔法研究者を装ったジルベールは、偶然事故で大怪我を負った子供に遭遇して治癒魔法によりこれを治した。
その事件をきっかけに町の人々はジルベールを暖かく受け入れ、彼もこの町に居付くことになったのだそうだ。
周りにもすっかり馴染んでしばらく経ったある日、不運にも魔物の群れがこの町を襲った。
当時のハウテルンにもいちおうハンター組合はあったのだが、小さな町のためそれほど人員が揃っているわけでもない。それでは到底戦力が足りず、町は王国に救援要請を出したものの軍の来援には時間がかかる。
それでは間に合わない。万事休すと誰もが思ったその時、ひとりの男が立ち上がった。ジルベールだ。
彼はその超人的な力であっと言う間に魔物の群れを殲滅してしまう。魔物の群れ程度など彼にとって敵ではないのだ。
だがジルベールにとって悔やむべきは、こんな小さな町にも魔法に詳しい者はいるのだという点を失念していたことだった。その者はジルベールが使った魔法を見て、それが”神の加護”を持つ者のみが使える魔法だと見抜いた。
ジルベールは勇者なので”神の加護”は持っていない。しかし、どの道ただの魔法研究者でないことはそれで明らかになってしまった。
結局彼は自分が勇者であることを皆に明かした。そして、自分は静かに暮らしたいのでこのことは内密にしてくれるようにと頼んだのだった。
町の住民は快くその申し出を受け入れた。町の恩人、いや世界をも救ったジルベールなのだ。その願いを無下にすることなど出来るはずもない。
こしてジルベールは望み通りの穏やかな生活を手に入れた……はずだった。
だがそのささやかな幸せの日々は突然終わりを告げることになる。
魔物騒ぎから数か月後、今度は盗賊団が町を襲った。勿論、それもジルベールにあっさりと退治されてしまう。
それで騒動は終わりかと思ったのだが、それ以来ジルベールの様子がおかしくなる。妙にふさぎ込んでしまうようになったのだ。そして、町を出ると言い出した。
突然のことに戸惑いながら理由を尋ねる町の人々に対し、ジルベールはさらに驚くべき言葉を発したのだった。
「あれはただの盗賊団ではありません。奴等の狙いは私です。私を殺そうと襲って来たのです。」




