18 お疲れのようです
「それにしても立派な街だね、ファルネタスは。ミューレンも栄えていたけど、ここはまた別格の感じだ。」
ファンデール王国の王都ファルネタス。そこはミューレンの町よりもさらに何倍も栄えた街だった。
その賑わいぶりはおそらくセリオニアの皇都グラトリアをすら超えているだろう。
そして、とにかく明るい。街並みやその色合いだけでなく、そこに暮らす人々の雰囲気が明るいのだ。
セリオニアは宗教と一体化している国であるためか、その皇都であるグラトリアはどこか厳格で堅苦しさを感じさせる街だった。
だが、ファルネタスにはそんな息苦しい雰囲気など全く無い。
ファンデールも他に漏れずセリオス教徒が圧倒的に多い国ではあるが国教として指定されているわけではないので、もしかするとその違いなのかもしれない。
俺達は街の中心部から少し離れた場所に宿を取った。そこそこの宿である割に宿代は思ったより安かった。経済には詳しくないが物価が安定している証拠なのかな?
部屋割りはいつものように俺と海斗で1部屋、ソフィアがひとりで1部屋だ。何だか仲間外れにしているようで申し訳ないのだが、うら若い年頃の女性と同室という訳にもいかないだろう。
「何なら僕がソフィアと替わってもいいんだよ?」
海斗がそんなふざけたことをぬかしやがる。俺の場合ヤツの戯言には慣れっこなので華麗にスルーしたが、真面目なソフィアはいきなりの台詞に慌てたのか真っ赤な顔で意味不明なことを口走っていた。
それにしても、まだ彼女の気持ちに気が付かないとは……我が兄弟ながら、本当にザンネンな奴だ。
だが、勿論それを口にしたりはしない。この件には口出ししないと決めたのだ。また地雷を踏んではたまらないからな。
そんなこともあったせいか、部屋に着くとどっと疲れが俺を襲う。とは言え、俺にはまだやることがあった。ゆっくりするのはその後だ。
「これからちょっとハンター組合に行って”守護者の谷”の情報を仕入れてくるよ。お前達はここで待っててくれ。」
そう言って部屋を出ようとした俺を海斗が引き留める。
「別に急ぐ必要はないよ。とりあえずゆっくり観光でもして、そのついでに調べればいいさ。」
その言葉に俺はちょっと驚いた。確かに焦る必要は無いのだが……ゆっくり観光?何を呑気なこと言ってるんだ?
と、そこで俺は思い出した。この旅の目的はあくまでいろいろな国を見て回る事であって、”守護者の谷”はついででしかないのだ。少なくともソフィアの前では。
それを考えてのことなのだろう。そう納得した俺だったが、海斗の次の言葉でさらに驚くこととなる。
「さすがに僕も疲れたからね。”守護者の谷”の件は少しのんびりしてからにしようよ。」
「疲れた?お前が?」
勇者の体力はほぼ無尽蔵である。連日休み無しに行動したとしても、ほとんど疲れなど感じないくらいにタフなのだ。ひょっとすると、数日睡眠すら取らなくても平気かもしれない。
実際この世界に来て以来、海斗の口から”疲れた”などという言葉を聞いたのはこれが初めてだし、そんな様子すら見たことは無かった。
「そりゃ僕だって疲れることはあるさ。」
驚きで思わず固まってしまった俺を見て海斗は苦笑を浮かべる。
「まあ、体力的にと言うよりは精神的なものかな。勇者の手掛かりが見つかって気が緩んだみたいだね。」
そう言って少しだけ肩をすくめて見せた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
俺なんかが勇者の心配をするなどおこがましい話ではあるが、それでも気になるものは気になるのだ。たった2人きりの兄弟なのだから。
「大袈裟だなぁ、空也は。大丈夫、ちょっとぐうたらしてみたくなっただけだよ。」
「なら良いけど……無理はするなよ。」
「了解。」
海斗はそう言って笑う。
考えてみればこの世界に来てからというもの、勇者として祭り上げられたコイツもいろいろ大変だったに違いない。人々が思い描く勇者というやつを演じなければならないのだから。
確かに勇者は強靭な身体や並み外れた能力を持ってはいるが、しかしその心まで超人と化したわけでもなく中身は普通の人間なのだ。人並みにストレスも感じていたのだろう。
セリオニアを遠く離れその呪縛から解放されたことで、今までの疲れが一気に出てきたのかもしれない。まあ休養がてら2,3日ゆっくり観光するのも悪くはないかな。
そう考えていたので、翌日「今日は部屋でのんびりしたい」と海斗が言い出した時も俺は特に何も言わなかった。存分に休んでくれ。
ただ困ったことに、そのせいで俺はソフィアとふたりきりで街の観光をすることになってしまったのだ。
「何も今日行かなくてもいいんじゃないか?
今日は全員休みにして、明日みんなで街を見て回ればいいだろう。」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ。」
俺は必死で抵抗したのだが、海斗にあっさりと却下される。
「僕達には観光なんて二の次でしかないけど、ソフィアにとっては違うはずだよ。だって、セリオニアを出るのは初めてなんだもの。
本当はここに来る途中でもゆっくり観光する時間が取れれば良かったんだけど、そうもいかなかったしね。彼女には悪いことをしたと思ってる。
だから、せめてこの街くらいは好きなだけ見て回って欲しいんだ。
何しろ彼女は異文化について大いに興味を持っているみたいだからね。」
いや、それはお前がそそのかしたからじゃないか。元々興味はあったのかもしれないが、「他の国の文化を見るのは楽しいよ」みたいなこと言って焚きつけたのはお前だろう。
とは言え、知らん顔を決め込むことも出来ない。彼女がひとりで街へ出て行くのを黙って見ていられるほど俺も冷たい人間ではないのだ。
ボディーガードの必要は無いだろう。彼女の実力を持ってすれば身に危険が及ぶ事態などそうそう有り得ることではない。と言うか、俺の方が弱いのだからそもそも役には立たないのだが。
しかし、せっかくの観光にひとりきりは寂しすぎる。賑やかな街の中に彼女がひとりで佇む姿を想像すると胸が痛む。
で、結局俺は海斗に言われるまま、ソフィアと出かけることになった。
「ゆっくりデートを楽しんでおいでよ。」
まったく、コイツは……。頼むからソフィアの前でそんな鈍感な台詞を吐かないでくれ。とばっちりを受けるのは俺なんだからな。
そう考えながら恐る恐る彼女の顔を見ると、どうやらその言葉はスルーされたようだ。おかしな反応も無く、むしろ不気味なほど静かだった。
俺には何となくだがその理由が分かっていた。
「海斗のことは心配する必要無いって。別に体の調子が悪いわけじゃないんだから。」
街を歩きながら俺がそう言うと、ソフィアはハッとした表情を浮かべて見つめ返してきた。
「それは分かっているのだけれど……それでもやっぱり気になってしまうのよ。」
やはり海斗のことを心配していたようだ。
まあ、それも仕方ないか。彼女にとって、と言うかこの世界の人々にとって勇者とは完全無比にして唯一無二の存在なのだ。
その勇者が疲れのせいで休養を必要としているなどと聞けば不安に駆られるのも当然のことだろう。
「元々俺も海斗もただの庶民でしかないからな。
それが勇者として祭り上げられ、貴族や国のお偉方と付き合いを持たなきゃならなくなってしまったんだ。そりゃ疲れもするよ。俺だったら3日で逃げ出す自信はある。
アイツは根が真面目だからずっと我慢してたんだろうけど、やっぱりどこか無理してたんだと思う。その反動でちょっとのんびりしたくなったんだろうさ。」
俺はソフィアを安心させようと、少しおどけた素振りでそう言った。
だがそれは彼女に対してと言うよりも、自分自身にそう信じ込ませようとしているかのようでもあった。
「大丈夫、ゆっくり休めばすぐ元のアイツに戻るよ。それまでは好きなだけぐうたらさせておくさ。」




