17 バレちゃいました
「”守護者の谷”の守護者とは魔物の脅威から世界を護りし者のこと。
まあ、セリオス教公認と言うわけではないのでその名を付けることは許されていませんが、つまりは勇者のことなのです。」
テヒリオは苦笑交じりにそう語った。
勇者という呼び名を使用するにはセリオス教の許可が必要なのだ。この世界に商標権というものがあるのかどうか知らないが、いずれにしろ無断で使うと厳しく罰せられることになる。
おそらくテヒリオはそのことを嘲笑ったのだろう。
勇者とはこの世界に住む者全てにとっての守護者である。それをあたかも己の所有物がごとく振舞うセリオス教に少なからず呆れているのだと思う。
「今から500年ほど前、魔物との戦いを終えた勇者がファンデール王国を訪れたと言われております。
”守護者の谷”とはその勇者が住まわれた場所なのです。」
「500年前と言うことは、先々代勇者のジルベール・マルロー様ですね。」
ビンゴだ。俺と海斗はその勇者を追って来たのだ。
ジルベール・マルロー。その名前からするとフランス人って感じかな?
彼は海斗から2代前の勇者としておよそ500年ほど前に召喚されて来た人物だ。
魔物との戦いの後に勇者がどうなったのか、その資料は全く残っていなかった。いや、残っていないわけではないのだろう。おそらく秘密にされているのだ。
その中で唯一見つけられたのがジルベールについてだった。戦いの後ファンデール王国へ渡ったという資料を海斗が見つけたのだ。
秘密にされている以上、セリオニア皇国にいても勇者の情報は得られない。なので過去の勇者の足跡を辿り、そこから元の世界へ戻るための手掛かりを得る。それが旅の目的なのである。
……それにしても、歴代勇者の名前を全て記憶してるのか、ソフィアは?何気に凄いぞ。
「マルロー様は勇者としてだけでなく魔法研究者としても名を残されている方で、いろいろ新しい魔法の使い方を編み出されたりもしたのよ。
特に結界術に造詣の深い方だったようで、そう言えばセルア族の結界術にもかなり興味を持たれていたらしいわ。」
そんなことまで知ってるのか。もはやここまでくるとただの勇者マニアだな。
「彼はこの里に?」
セルア族の結界術に興味があったのなら、もしかすると接触があったかもしれない。それどころかこの里を訪れた可能性だってある。
その期待を込めての質問だったのだが、海斗の言葉にテヒリオは首を振った。
「いいえ、残念ながらこの里にはおいでになっておりません。他の里を訪れたという話も聞き及んでおりませんな。」
セルア族は勇者召喚の行為をあまり快く思っていない。別に勇者そのものに対して含むところがあるわけではないのだが、こればかりは実際に会って話をしなければ分からないことだ。
それを知らないジルベールが余計なトラブルを避けるためセルア族との接触を避けたのだとしても不思議は無い。
俺達みたいに素性を偽って潜入しようなんて、そんなセコイことを考える人間ではなかったのだろう。
まあその点は残念だが、十分に有益な情報は手に入れた。その”守護者の谷”が次の目的地になるわけだ。
と、俺はそれで満足してしまったのだが、海斗はもう一歩踏み込んだ質問をする。
「それで移り住んだその後、勇者はどうなったかご存じですか?その”守護者の谷”で生涯を終えたのでしょうか?」
確かにそれは重要だ。もしその勇者がこの国で死んだのだとすれば、元の世界には戻っていないということになる。戻らなかったのか、それとも戻れなかったのか。どちらにしろ、あまり好ましい結末ではない。
「それが分からんのです。」
「分からない?」
「はい。勇者はある日忽然と姿を消し、その後二度と皆の前に姿を現すことはなかったと言われております。」
これは中々に朗報なんじゃないか?
”死んだ”のではなく”姿を消した”ということは、元の世界へと帰っていったのだとも考えられる。その可能性は十分にあるだろう。
ジルベールは魔法研究者でもあったようなので、ひょっとすると帰還するための魔法を新たに作り出したのかもしれない。
とにかく、その”守護者の谷”には俺達が求める何かがあるに違いない。情報か手段のいずれか、あるいはその両方が……。
そこから先のことは良く覚えていない。酒に酔ったせいかそれとも気分が昂揚し過ぎたせいか、どうも上の空になってしまったらしい。ただその晩は、気持ちよく眠れたことだけは確かだった。
翌朝、俺達はテヒリオやスーハ達に見送られながら里を発った。「またいつでもお越しください」と言う言葉をもらいながら。
帰り道はこれもまた魔物避け結界が張られているため実に気楽な道中である……はずなのだが、やけに空気が重い。またしてもソフィアが無言なのだ。
どうにも良くない予感がした。そして、それは的中する。
「もしかすると、カイトさんもクウヤもマルロー様のことはご存じだったのではありませんか?」
もう少しで森を抜けようかという辺りでソフィアは不意に立ち止まり、そう言いながら海斗と俺を見つめた。俺に向けた目の方が海斗の時より怖そうに見えたのは、たぶん気のせいではない。
「マルロー様の事を調べる。最初からそれが目的でファンデールへ来たのではないですか?」
バレたか。
セリオニア皇国からこのファンデール王国までは大陸の3分の2近くを横断して来ることになる。単なる観光にしてはいささか遠すぎる距離だ。
そしてその旅の先には過去の勇者の痕跡があったとなれば、まあ単なる偶然で片付けるわけにもいかないだろう。多少頭が回る者ならばソフィアと同じことを考えるはずだ。
それにしても、まいったな。認めるのは簡単だ。しかし、では何故今まで秘密にしていたか、それを説明するのが難しい。
そもそも今回こうして旅をすることになったのも、きっかけは皇国に対する不信感からなのだ。それをソフィアに告げるわけにはいかなかった。
さて、どうやって納得させるか。俺は頭を悩ませる。
だが、海斗のヤツはあっさりと認めやがった。
「勿論、勇者のことは知ってたよ。」
おいおい、その後の言い訳をちゃんと考えて答えてるんだろうな?
「それって言ってなかったかな?」
はあ?
「ゴメンゴメン、そう言えば空也にも言うの忘れてた。」
そう言って海斗は笑う。
コイツ、何をとぼけたこと言ってるんだ?そんな見え見えの嘘が通用すると思っているのか?
「そうなんですか。てっきりクウヤが私にだけ教えてくれなかったのかと思ってしまいました。」
……通用してしまった。
まあ日頃から海斗は細かい事にこだわらず、良く言えばおおらか、悪く言えば多少抜けたところがあるのも確かだ。
とは言え、今の台詞を真に受けるのもどうかと思うぞ。それでいいのか、ソフィア?
あとそれから、さらっと俺を悪者に仕立て上げようとするのはやめてくれ。
「でも、この世界を見て回りたいと思ったのは本当だよ。
勇者の件もあったからファンデールを先にしたけど、その後は北方や南方の国々にも行ってみたいな。
どんな処にどんな人々が住んでいてどんな暮らしをしているのか、それを知ることはきっと楽しいことだと思うよ。
君はそう思わないかい、ソフィア?」
よくもまあ、ぬけぬけと。
しかし海斗が言うと、それが出まかせだと分かっている俺でさえ何か楽しい旅になりそうな気がしてくる。これではソフィアなんかイチコロだろう。
まさかコイツに詐欺師の才能があるとは思ってもみなかった。
「わかりました。誤解してすみません。私もカイトさんの気持ちは良く解ります。」
ソフィア……君、ヘンな壺とか買わされないように気を付けなさいね。
「それじゃあ、とりあえずこの荷物を届けに行こうか。それから次の目的地、王都ファルネタスへ向かうとしよう。」




