22 お宅訪問
『もし君に、勇者にまつわる真実を知る勇気があるのならば、私がそれを教えよう。
大陸の東、ファンデールと呼ばれている王国へ来たまえ。そこに答えを用意して待っている。』
「それだけ?」
海斗からジルベールのメッセージを聞いた俺の、それが正直な感想だった。何かこう思わせぶりなだけで、意図のはっきりしないモヤモヤ感がある。
「それだけだよ。」
「随分と短いし、どうも曖昧だな。もう少しヒントくらい残してくれてもいいのに……。」
「まあ、それも仕方ないさ。」
不満そうな俺の表情を見て海斗は苦笑する。
「メッセージが長ければ長いほど魔法は大掛かりになるからね。その分、探知されるリスクも大きくなるし。」
本には米粒ほどの魔力結晶石が埋め込まれていて、それに魔法が仕込んであったのだと海斗は言う。
魔力結晶石とは名前からもわかるように魔力を濃縮し結晶化させたもので、魔道具などにも使われる要は”魔力電池”といったところだろうか。
もし大量のメッセージを残す場合にはその魔力結晶石もそれなりに大きな物を使う必要があり、そうなると魔力探知で発見される危険も高くなる。
だから最低限の長さに抑えざるを得なかった、そういうことのようだ。
まあそれは分かるが、それにしても簡単すぎやしないか?
これだけじゃ分かる人間にしか分からない。ほとんどの者にしてみれば「何言ってんの?」って感じだろう。
しかし、それこそがジルベールの意図するところではないかと海斗は言う。
「みんながみんな、僕達のように皇国への不信感を持っているとは限らないからね。これを見た勇者の誰かが皇国に漏らしてしまう可能性だってゼロじゃない。
その危険を回避するために、敢えて曖昧な表現にしてあるんだと思う。」
なるほど、ジルベールはかなり慎重な人間のようだ。あるいは、彼をそこまで用心深くさせてしまう何らかの出来事があったのか……。
「それにしても『知る勇気があれば』か。どうやら、あんまり楽しい話じゃなさそうだな。」
勿論、ジルベールが用意している”答え”が真実であるとは限らない。皇国に対する逆恨みから動いている可能性だって無いとは言えないのだ。
だが、今の俺達にとって皇国とジルベール、どちらを信用するかと言われれば迷うことなく後者を選ぶ。意図的に情報を隠蔽するような相手を信じることなど出来るはずもない。
「でも、それはある程度予想してたことだしね。”良い話”だけなら皇国だって最初から隠したりしないだろうし。」
「確かに。だからこそ余計に知りたくなったわけだしな。」
辿りついた先にあるものがバラ色の未来を示すとは限らないだろう。むしろ不都合な真実とやらに直面する可能性のほうが高いかもしれない。
それでも俺達は知らなければいけない。このまま他人任せに流されて生きるのはゴメンだ。
「”守護者の谷”か……何が出てくるのか楽しみだが、反面怖くもあるな。」
「そうだね……僕も少し怖いかな。」
俺の言葉に対する海斗の反応は、正直ちょっと意外だった。コイツなら「なるようになるさ」とか言って軽く笑い飛ばすかと思っていたのだが、妙に深刻な表情を返してくる。
何処か影が差したように感じたのは決して部屋の灯りが薄暗いせいだけではないだろう。俺はちょっと不安になった。
「おい、大丈夫か?なんか顔色が悪いぞ?」
「そうかい?
もしかすると、緊張しているせいかもね。ほら、僕ってデリケートな人間だから。」
んー、やっぱり心配する必要はないかもしれない。そんな台詞が吐けるようなら大丈夫だろう。
その時の俺は迂闊にもそんな風に思ってしまったのだった。
翌日、俺達はさっそく”守護者の谷”へと向かった。
ソフィアのテンションが気になるところではあったが、どうやら一晩おいたことで冷静になったようだ。カチコミをかけるような勢いは無い。
尤も、例え乗り込むにしてもその相手がどこの誰なのかすら定かではないのだが……。
最初、”守護者の谷”と聞いた時は何となく乾いた土地に断崖絶壁が連なる土地を想像していた。グランドキャニオンのような場所だ。
だが実際に訪れてみるとそこは山間の峡谷といった感じで、川も流れていれば山へと続く森もある。
まあ、考えてみればジルベールが暮らすために選んだ場所だ。水や食糧が調達出来るような環境なのは当然と言えば当然である。
谷へと入り少し川を上ってゆくとそこに目的の小屋はあった。ジルベールが住んだ小屋だ。
500年間風雨に晒されていたにも関わらず、小屋は嘘のように綺麗なまま残っていた。
勿論、手入れがされていないせいで汚れもあるし蜘蛛の巣も張り放題だ。だが小屋そのものは全く老朽化した様子も無く、掃除すれば新築同様になるのではないかと思わせるほどだ。
「”保存”の魔法が掛かっていますね。おそらく小屋のどこかに魔道具が仕込まれているのだと思います。」
ソフィアがそう分析した。
今更ながらだが魔法とは実に便利なもので、こうして500年前の代物を当時に近い姿で残すことも出来る。この世界の重要な建物や書物などは大体この”保存”魔法で護られていた。
とは言えこんなちっぽけな小屋にまでその魔法を使うなんて、それは持ち主が優れた魔法使いであったからこそだろう。普通はそんな無駄な使い方はしない。
「それにしても、意外と大きいね。もっとこじんまりした小屋かと思ってたよ。」
確かに海斗の言う通り、ひとり暮らしにしては小屋は大きめに造られていた。リビングとダイニング、そしてベッドルーム。部屋数自体はそれほどでもないが、それぞれがかなり広めに造ってある。
まあ、狭苦しい部屋にひとりで暮らしていては正直息が詰まるからな。それを考えてのことなのだろう。
部屋の中は500年積もりに積もったほこりと無数の蜘蛛の巣で覆われていた。いくら”保存”の魔法が掛かっていたとしても、これだけはどうしようもない。
”保存”の魔法の効果はあくまでも対象の老朽化を防ぐだけであり、自動的に汚れやほこりを落としてくれるわけではないのだから。
「この状態を見ると、町の住人が出入りしてる様子はなさそうだな。」
「そうだね、ジルベールのことは町の誇りに感じているのだろうけれど、何しろここは”ドラゴンの谷”でもあるからね。近付きたくないと思うのも仕方ないさ。」
ここ”守護者の谷”は別名”ドラゴンの谷”と呼ばれていた。その名の通りドラゴンが棲む谷である。
と言っても、実際にここでドラゴンと遭遇した者がいるわけではないらしい。空を飛ぶドラゴンの姿を見た者がいるという程度の話のようだ。
尤も、一般人にとってはそれだけで十分畏怖の対処となる。ドラゴンと聞いて平気でいられるのは”神の加護”持ち連中くらいなものだろう。
その後、俺達はほこりや蜘蛛の巣と格闘しながら小屋の中を調べて回った。しかし、何の手掛かりも無い。と言うか、ほとんど物が無かったのだ。
食器や小物などはいくつかあるが、それ以外には本も道具も見当たらない。
ハウテルンの住民が勝手に持ち出したということは無いはずだ。まあ、記念として何か持ち帰った可能性も無いわけでは無いが、ここまですっからかんになるようなマネはしないと思う。
最初から、と言うか少なくともジルベールが去った時、既にここには無くなっていたのだと考えるのが妥当だろう。手掛かりも含めて何もかも。
とは言え、そんなことは想定内である。俺達が探しているものがものだけに、そう易々と見つけられるなどとは思っていない。
「んー、何か遺ってるんじゃないかと期待してたんだけど、残念ながら何も無さそうだね。」
そう言いながら海斗は少し肩をすくめる。打ち合わせ通りの台詞だ。俺達が最初から何かを探していることをソフィアに悟られないための小芝居である。
そしてこれも予め用意されていた言葉だった。
「せっかくだからもう少し辺りを探索してみないかい?
他にもジルベールが作ったものが何かあるかもしれないし。」




