14 森の民の里へようこそ
「長命族は魔物の多く棲む森を選んで集落を作るって話は本当だったんだな。」
それはかなり大きな森で、うっそうと茂った樹々は容易に中の様子を窺わせてはくれなかった。
魔法の使えない俺にでも分かるほど魔力が充満しており、いかにも魔物が好みそうな森である。
実際、森へ近付くにつれて魔物との遭遇頻度も多くなった。大部分は海斗の威圧で逃げ去りはしたが、中には無謀にも襲い掛かってくるものもいた。
森に入る前からこうである。中にはどれほどの魔物が棲み付いているのやら。
「それにしても、どうやって森に入れば良いのでしょう?
道は手前で途切れてしまっているようですが……。」
ソフィアの言う通り俺達が辿って来た道は森の手前で終わっていた。その先は森の樹々によって完全に遮られている。
歩いて入ることは出来るだろうが、それだと馬車や荷馬は通れない。それではまともな交易など出来ないだろうに、一体どうなってるんだ?
「あれは幻だよ。”幻術”魔法で創り出した樹々で隠しているのさ。」
不思議がる俺達に向かって海斗は事も無げに言う。
「大丈夫、道ならその先もちゃんと続いている。」
「そうなのか?」
俺はソフィアにも確認してみる。すると、驚いたことに彼女は首を横に振って見せた。
「分からないわ。私には幻術を感知出来ないの。」
勇者である海斗が反則的な能力を持っているのはともかくとして、ソフィアも『魔導王』の加護を持つ最高レベルの魔法使いだ。
その彼女が見破れないとは一体どれだけ高度な魔法なのか?
「人間の感覚を惑わせる結界も同時に張られているようだから、見破るのには手間がかかるだろうね。
おそらく、このまま森に入っても方向を見失って奥まで辿り着けないようにしてあるんじゃないかな。」
「なるほど、それじゃあソフィアでも気付かないか。何せ人間だものな。」
「その言い方だと、僕は違うみたいに聞こえるけど?」
「うん、お前の耳は正常だ。」
海斗はほぼ全ての状態異常や精神攻撃に耐性がある。まあ、そもそもそんなことしないとは思うが、仮に毒薬や幻覚剤をガブ飲みしたとしても全く平気なのだ。もはや人間のレベルではない。
「ヒドイなぁ、空也は。」
不満げな声を上げる海斗を放っておいて、俺は森の手前まで歩を進めた。今はコイツの相手をするより、どうやって中に入るか考えるのが先だ。
「”迷いの森”じゃあこのまま入って行っても仕方ないしな……。目印を付けながら歩いたところで、迷っている事には気付くだろうけど解決策にはならないし。」
『お前達は何者だ。』
無い知恵を絞って俺が考え込んでいると、不意に樹上から声が聞こえてくる。
驚いて見上げるとそこにはフクロウに似た鳥が1羽、高い枝にとまっていた。
『ここは森の民が住まう場所。許し無き者は早々に立ち去るがよい。』
「鳥が喋った!?これも幻術なのか?」
「いや、あれは幻じゃない。おそらく召喚幻獣で、感覚共有してるんだと思う。」
幻獣?あれが?ユニコーンとかフェニックスとかでなく、ただのフクロウが?
別の意味で俺は驚いたが、かろうじて口に出すのは堪えた。あの見た目でも幻獣は幻獣だ。もし怒らせたら何をされるか分らん。
「私共はミューレンの商人の使いとして参りました。先日受け取れなかった薬草を改めて頂きに伺った次第です。」
戸惑う俺を尻目に海斗はフクロウへ向けてそう語り掛けると、ハンター組合で受けた取った一枚の紙を広げて見せた。長命族との交易許可書証だ。
そんな高い樹の上からでは細かい文字など見えないだろう、というのは凡人の考えである。魔法を使えば何でもありなのだ。
事実フクロウは、いやそれを操る者は許可証の内容を確認したようだった。
『了解した。では、そのまま進むがよい。』
そう言い残しフクロウはフッと姿を消す。と同時に目の前の樹々が光ったかと思うと、その後に森は開け奥へ向かう道が真っすぐに延びているのが見えた。
「幻覚が解けたのか……。」
「感覚を惑わす結界も道の周囲には感じられなくなったね。」
まずは一安心だ。
俺達は鎧馬を連れながら森の奥深くへと入ってゆく。
「すごいですね、この道の周りには魔物避けの結界が張り巡らされています。」
周囲を探知しながらソフィアは感心の声を上げた。
この道は決して短くはない。その全てを魔物避けの結界で保護しているのだからソフィアがそう思うのも分かる気はする。
尤も、集落を丸ごと結界で包んでしまえる程の技術を持っている彼等からすればこのくらい造作もないことなのかもしれないけれど。
まあ、いずれにしろ魔物と遭遇せずに済むのは大歓迎である。ありがとう、長名族。
どれくらい歩いただろう?
既に陽はすっかり傾き、空はオレンジから漆黒へと変わりつつある。俺達はやっと森の中の道を抜け、広く開かれた場所へと足を踏み入れた。
「……これが長名族の集落?」
樹齢がどれくらなのかも分からない程の大樹の枝の上、あるいは幹をくりぬいた場所に造られた家。そして大樹と大樹の間には行き来するためのつり橋が掛けられた自然の中の樹上都市。
ありきたりではあるが、そんな風に想像していた。
しかし、そこで俺が見たのは全く違う風景だった。
直径200メートルはあろうかというすり鉢状の大きな穴。その斜面はいくつかの階層に分けられており周回する通路が設けられている。
通路に沿って入り口や窓のようなものが見られるので、おそらくそれが住居なのだろう。
それだけ聞くと原始的な横穴住居のように思うかもしれないが決してそうではない。
そもそもその穴はほぼ完全な真円に近く、それだけでも驚くべきことなのに更にコンクリートのようなもので固められている。
正確にはコンクリートなのかどうかわかないが、少なくとも石やレンガのような継ぎ目も無ければでこぼこしてもいない。見た目は実に滑らかだ。
しかも、階層をつなぐいくつかの階段には金属製らしき手すりが使われていた。
人間の町とは大違いだ。それと比較すると、いきなり未来都市に来てしまったような感覚に襲われる。
「これは……凄いわね。」
元の世界の知識を持つ俺達ですら圧倒されてしまう景観なのだ。ソフィアが呆然としてしまうのも無理はない。
そんな風に目の前の景観に気を取られていた俺達は近付いて来る人影に気付くのが遅れ、声を掛けられた際にちょっとだけびっくりしてしまうことになった。
「ようこそ、セルアの里へ。」
セルアとは長命族が自分達を呼ぶ際に使う名前だ。ちなみに人間のことは人族、あるいはミレルアと呼ぶらしい。
「遠いところよくおいで下さいました。心より歓迎いたします。」
驚きながら振り向くと、ひとりの青年が俺達に笑い掛けてきた。
但し、青年とは言ってもそれは外見だけの話だ。
長命族セルアは20歳前後でいったん外見的な成長は止まり、200年以上その姿を保つと言われている。つまり、目の前の”青年”も実は俺の曾祖父より歳が上かもしれないのだ。
「ありがとうございます。里への立ち入りをお許しいただいたこと、深く感謝いたします。」
幸いなことに面倒な挨拶の儀式や言葉などは不要だった。まあ、正式な場でならそれも必要なのだろうが、使い走り程度の相手にそれを求めるほど堅苦しい連中ではないのだろう。
「ご用向きは薬草の受け取りという事でしたね。そちらはすぐにでも運び出せるよう準備してあります。」
青年はあくまでもにこやかに対応してくる。社交辞令的な笑顔ではなく、実に親しみやすい笑顔でだ。
正直、それは少し意外だった。
セルア族は意識的に人間と距離を置いている、そう聞いていた。なので会話も事務的なものにしかならないだろうと思っていたのだが、予想に反して随分とフレンドリーだ。
しかも、俺達への気配りもばっちりだった。
「ですがもう遅いので今晩は里にお泊まりになり、明朝出発されてはいかがですか?」




