13 はじめてのおつかい
「実はさっき依頼書を見てて面白いのを見つけたんだ。」
魔物ハンターとしての登録が完了してすぐさま、海斗は依頼を受けようと言い出した。
別に今のところ金には困っていないのでそんなに焦る必要もないのだが、海斗はお構いなしだ。
まあハンターでの収入を当てにしているのは俺だけで、そんなことコイツは一切気にしていない。はなから魔物討伐そのもが目的なのだ。
となればこうなることもある程度予想はしいていたが、それにしても気が早すぎだろう。もう受ける依頼まで決めていやがる。
「別に急いで決める必要も無いんじゃないか?」
一応そう言ってはみたが、海斗の耳に届いた様子はない。逆に子供みたいなキラキラした目で見返されしまい、それ以上の反論は出来なかった。
「……分かったよ。で、どんな依頼なんだ?」
「長命族の集落まで薬草を受け取りに行ってくる依頼だよ。」
「へえ、この辺りには長命族の森があるのか。」
長命族とは姿形こそ人間と変わりないが、その寿命は遥かに長い種族のことだ。
この世界の人間の平均寿命はおよそ50歳くらいとされていた。と言っても、それはほぼ平民の寿命だ。
王族や貴族などはそれよりずっと長生きするわけだが、何せその数はほんの一握りでしかないので平均寿命にはあまり影響が出ないのである。
で、そのおよそ50歳とされる人間の寿命に比べて長命族のそれは300歳を超えると言われていた。
彼等はその長い寿命によって生み出された独自の文化を築き上げており、自分達だけの集落を作って人間とは距離を置いた生活をしている。
それは大きな森の中に造られることが多く、別名”森の民”とも呼ばれていた。
元の世界の”常識”で言えばエルフってことになるのかな。まあ、耳は尖っていないらしいが。
長命族は人間と距離を置いているが、かと言って全く交流が無いわけでもない。細々とではあるが貿易も行われている。
海斗が見つけた依頼は、その貿易品の中のひとつである薬草を受け取りに行くといったものだった。
そんなお使い程度の仕事を何故ハンター組合に依頼するのかと言えば、それは長命族が住む森には魔物がうろついているからだ。
彼等は人間からの過度な干渉を嫌い、認められた一部の者にしか立ち入りを許さなかった。そして、それ以外の人間が入ってこれないように敢えて魔物の棲む森に集落を作るのだ。
そんなところに住んでいては自分達の身も危ないだろうと思うかもしれないが、そこは大丈夫。彼等には魔物を寄せ付けないよう結界を張る秘術があるらしいのだ。……俺も使えるようになりたいな、ソレ。
「という事は、商隊の護衛ということですか?」
「いや、どうやらハンターだけで行くみたいだよ。それに、品物も薬草だけだね。」
ソフィアの問い掛けにそう答えた海斗だったが、自分で言った言葉に少し首を傾げる。
「どういうことなのかな?」
長命族は人間と距離を置いているため、そうそう頻繁に接触出来るわけではない。なので月に一度、あるいは数か月に一度しか取引は行われなかった。
そんな貴重な機会にもかかわらず僅かに薬草のみ、しかも商売の素人でしかないハンターを送り出して取引するなどおかしな話である。
が、これは受付で詳細を聞くことで解決した。
何でも前回の取引の際、薬草の準備が間に合わず十分な仕入れが出来なかったのだそうだ。そのため後日再び取りに行くことで話が付いているらしい。
既に代金も支払い済なので、後は受け取って帰って来るだけの簡単なお仕事というわけだ。魔物さえいなければ、だが。
「これ、受注しますか?」
「はい、します。」
海斗は即答する。どうやら俺の意思を確認するつもりなどさらさら無いようだ。
まあ、海斗の気持ちも解からないではない。と言うか、実のところ俺もこの依頼には興味をそそられていた。
何しろ俺達はまだエルフ、もとい長命族とは会ったことが無かった。彼等がどんな連中でどのような文化を持っているのか、それを考えると正直ワクワクが止まらない。
「分かりました。この依頼の完了期限は4日間です。今日はもう遅いので、明日から起算して4日の内に依頼を完了させてください。
それで問題無ければこちらにサインをお願いします。」
完了期限とは受注してから完了するまでの期間制限である。受注したはいいが、ずるずると引き延ばしにされてしまうのを防ぐための制度だ。
長命族の森は町から徒歩で1日ほどのところにあるらしいので、まあ4日もあれば十分だろう。
海斗が依頼書にサインして受注は完了する。
それから俺達は宿へと戻ったのだが、ひとつ気になることがあった。何故かソフィアが途中から無言のままだったのだ。
「依頼を受注すると決めてからどうも様子がおかしかったけど、何か引っかかる事でもあるのかい?」
宿に着いてから海斗がそう問い掛けると、ソフィアはちょっと驚いたような顔をした。
「お気付きでしたか、さすがはカイトさんですね。」
言っとくけど、俺も気が付いていたからな。と言うか、あれで気付かれないと思う方がおかしいぞ。
「実は、長命族が勇者という存在に対して否定的な考えを持っていると聞いたことがあるのです。」
少し言いづらそうにソフィアは口を開く。
「それって、長命族が勇者を敵視してるってことか?」
その言葉に俺は慌てた。だとすれば、少々厄介なことになりそうだからだ。
「いえ、勇者様に対してどうこうというわけではなく、勇者召喚の行為そのものを非難しているの。
この世界の問題はこの世界に住む者達の力で解決すべきであって異世界の人間を巻き込むべきではない、そう考えているらしいのよ。」
なるほど、そう言うことか。中々良いことを言うじゃないか、長命族。その意見には俺も全面的に賛成する。
だが、だからと言って彼等が異世界から呼び出された俺達に対して同情的であるとは限らない。
この世界にとっての異分子は排除すべき。そう考えているかもしれないのだ。
「こいつは少しばかり面倒な話になってきたかな。」
そう心配する俺とは違い、海斗は相変わらずの大物ぶりを示す。
「別に堂々と身分を明かしながら乗り込むわけでもないし、大丈夫なんじゃないかな。要は勇者だってバレなければいいんだからね。心配無いって。」
まあ確かにその通りではあるのだが、それでも一抹の不安はある。
「でも、長命族は不思議な力を持っているらしいぞ。もしかしたら、お前が勇者であることを見抜いてしまうかもしれない。」
「まあ、その時はその時だよ。僕達なら何とかなるって。」
ひょっとしてコイツは大人物とかではなく、単に何も考えていないだけじゃないのか?
「それもそうですね。」
しかもソフィアまでそれに同調する。全くコイツ等には凡人の気持ちなど分かりはしないのだろう。頭が痛い。
結局、その話はそれで終わり翌日を迎える。
長命族の森へと向かうに当たり、俺達は荷馬として鎧馬を1頭借りた。
海斗もソフィアも”収蔵”の魔法が使えるので本来なら荷馬など必要ないのだが、それだと身元がバレてしまう可能性があった。”収蔵”を使えるのは極めて限られた者だけだからだ。
長命族対策と言うだけでなく、この国で自由に動くためには出来るだけ身元は隠しておきたい。そのために荷馬を借りたのだ。
この鎧馬というやつは全身が鎧のような厚い皮膚で覆われている馬に似た生き物で、実を言うと魔物である。
元来、魔物としては大人しい性格だったものを手なずけて調教してあるのだ。
普通の馬もいるのだが、さすがに魔物が出るような場所へ連れて行くには少々不安がある。ヤツ等は存外臆病な性格なので、軍馬でもない限りすぐ逃げ出してしまうからだ。
その点、鎧馬は肝が据わっていると言うか、多少のことには動じない。今回のような場合には、まさにうってつけなのだ。
そうして3人と1頭、早朝に町を出てそろそろ陽が傾きかけた頃に俺達は目的の森へと到着した。
「これはまた……いかにもって感じだな。」




