事前の一服
2章突入!
九畳程の広さがあるほぼ正方形といっていいなかに、中央にアンティーク調の書斎机と木彫りの扉と床と天井以外の全ての面に木製の本棚が建て付けられた部屋。
魔法なのだろう。天井から吊るされたシャンデリアは、蝋燭の火ではなく光の球がガラスで作られた受け皿の上で輝き、クリスタルチェーンをキラキラと反射させている。
色合いが、家具の焦げ茶とカーペットの黒、そして天井の白という3色しかないせいか全体的に暗く感じた。
「ここ、何処?」
隣に立つアマーレンへ問いかけると、「書斎」という実に端的な返答をされた。
(アレンの家ってことかな)
彼の魔法で、直接城内へ行くのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
(まあ、それもそうか)
出入りが厳しく制限されている城内へいきなり連れて行くなど、一歩間違えれば他国の間者の侵入を手引きしたと疑われても仕方のない行動である。
アマーレンは、繋いだままの手を引いて歩き出す。
何かあるのだろうと彼に黙ってついて行くと、廊下に出てすぐにある1つの扉の前で止まった。
「取り敢えず、まずは風呂だ」
そう言って扉を開けた向こう側に見えたのは、机と椅子、壁際に設置されたタンスとサイドテーブル付きのベッドがあるだけのいたってシンプルな部屋だった。
アマーレンは部屋へ入ると、右側奥にある扉を開ける。
真っ白な空間に、これまたシミ1つない白色の丸いフォルムと金色の猫足を持ったバスタブが設置されていた。ぱっと見でそれなりの大きさだというのがわかる。大の大人が2人入ってもまだ余裕があるだろう。
バスタブから離れた場所には黒く毛足の長いバスマットが引かれ、その上には木製の大きな編み籠が置かれている。
「……僕って臭い?」
予想外の展開で、咄嗟に口から出た疑問に彼は「いや」と否定した。
「そういうわけではないが、着替えついでに湯を浴びるのも悪くないだろうと思ってな」
「はあ」
アマーレンは、僕をその場に残し入浴室から出たかと思うと、数分もしないうちにバスタオルと着替えを持って戻ってきた。
「おまえの分だ」
「あ、ありがとう」
僕が受け取ったのを確認すると、彼はバスタブに近づいてシャンプーや石鹸の説明をしてくれる。
この世界にはリンスーやトリートメントといった物がない。が、しかしそれらの成分はシャンプーの中に含まれているので髪がパサつくなんてこともないのだ。
種類は男女それぞれ1種類ずつしかなく、男はミントの香りがするもので女は濃い薔薇の香りのものだけだ。石鹸も同様に男女1種類ずつの男用ミント石鹸と女用薔薇石鹸しかなかった。
『私』の時は、女物のシャンプーがあまりにも香りが強すぎるといって男物を使っていた。
(あれは臭かった……)
香りは湯でいくら流しても数日の間は消えることがなく、自分から臭ってくる香りで気分が悪くなったのは一度や二度ではない。
同様の理由で、『私』は同性の集まりが嫌いだったことから、女性とは必要最低限の付き合いしかしなかったのだ。
それにひきかえ、男用シャンプーと石鹸は香りが控えめな上に、女の『私』が使っても髪がパサつくということもなかったことから、『私』はかなり気に入っていた。
当然、それは僕も同じで、今回ほど男に生まれてよかったと思うことはない。
(また、あの匂いを身にまとうなんてまっぴらごめんだ)
おしゃれのためなら「いい香りを通り越して臭いと思える匂い」をすすんで身にまとうこの世界の女性たちは素直に凄いと思う。
一通りの説明を終えて出て行こうとするアマーレンを見送りつつ、そんなくだらないことを考えた。
言い忘れたことでもあったのか、アマーレンが肩ごしにこちらを振り返る。
「終わったら食堂に来い。場所は、中央階段を降りてすぐのところだ。目印は大扉。脱いだ物は籠の中においておけ」
それに対し僕が「わかった」答えると、彼は手を振って後ろ手に扉を閉めた。
服を畳んで籠に入れる。バスタブに入り、シャワーの下に設置された水晶へ手を挿頭す。
シャワーヘッドが流れ出した少し熱いくらいのお湯が、体を芯から温めてくれて気持ちいい。
(さて、これからどうしようか)
頭や体を洗いながら、今後のことについて思考をはしらせる。
アマーレンの様子から、すぐに城へ連れていかれるということはなさそうだ。早ければ今日の午後、遅くとも明日中といったところだろうか。
保護された人間が城にいる期間は人それぞれで、講師となった者の課題を早く終わらせれば終わらせる程、城から出る時期も早まる。が、その分、城の人間からは優秀な人材を逃さないよう何かしらアクションを仕掛けてくる確率も高まってしまうだろう。
『私』の記憶によれば、保護された者で城に居た期間の最短は3年だったはず。光と闇の魔法は通常の魔法に比べて制御が難しく、力加減を覚えるだけでも最低1年は必要とされる代物だ。
そこから、実際の魔法として使いこなそうと思えば、習得までに4・5年は必要とされるらしい。その計算からいえば、通常は早くとも5年は必要ということになる。
(5年はちょっとなぁ)
この世界に来て半年と少し。それだけでも少々時間をかけすぎている気がするのに、年単位となると亀にも程がある。
僕がこちら側へ来た目的は「男の子たちの幸せな姿を見守ること」なのだ。正直、魔法の習得は2の次である。
(最悪、ある程度学んだところで城から抜け出せばいいとは思うけど……)
それをすれば、今まで世話をしてくれたアマーレンに迷惑がかかってしまうので、できればしたくない。
たった半年とはいえ、僕にとってアマーレンはもうこの世界での家族のようなものなのだ。彼に嫌われるようなことは避けたいと思う。
(目標は、最短記録の3年だな)
遅くとも4年で次の行動に移りたい。
それまでは、貴族の子どもであっただろう彼らの情報を、できるだけ多く仕入れるために諜報活動に勤しむことにしよう。
ある程度のことが決まったところで、体も十分に温まったことだし風呂から出る。
アマーレンが貸してくれた服は、上が野球やサッカーの選手がユニフォームの下に着ている様な黒のハイネックで体の線が浮き出る程ピタッとした長袖と、止めボタンがない白いチャイナ風シャツ。下は踝より少し上まである黒のスパッツと黒い膝丈ズボンだ。用意された物の中には靴下まであり、そちらは黒のアンクレットソックスだった。
全て無地というところにアマーレンらしさを感じる。
「彼の服にしては小さい気がするが、もしかしたら彼の昔の服なのかもしれない」などといった、どうでもいいことを思いつつ髪を魔法で乾かして部屋を出る。
アマーレンに言われた通りに進むと大きな扉が1つ。階段を降りてすぐ目の前にあったそれに手をかけた。
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