荷物とお願い
本好きには堪らない空間である書庫!
僕も大好きな空間です!
「テル」
朝凪の終わらぬ頃、朝食の用意に取り掛かろうと以前に作った干し肉を骨から削いでいると、魔法で移動してきたのだろうアマーレンが後ろから声をかけてきた。
「おはよう。今から朝ご飯を作るところだけど、アレンもいる?」
振り向かずに聞くと、彼から「よろしく頼む」と返事が返ってきた。
今日の朝食は、干し肉と山菜の炒め物に干し肉と山菜を煮込んだスープ、デザートには桑の実だ。
出来上がったものから順に土魔法で作った机へ並べていく。食器は木を風魔法で削って作った自然に優しい木製製品。
準備が終わり、僕が席に着くとアマーレンが手を合わせる。
「いただきます」
これはこの世界にないモノだったが、僕が日本にいた頃の癖でやっているとアマーレンもするようになった行動だ。
最初は見慣れないことに驚いていた彼は、僕なりの解釈でする意味を教えたところその意味に感銘を受けたらしい。
曰く「口に入れるものに対して、今まではそこまで気にしていなかったが、言われてから改めて考えてみると、俺たち人間はいろんなモノの命をもらって生かされているということに気づかされた。ならば、そのことに感謝するのは当たり前のことであるし、それを形にするモノがあるのならばソレをするのが当然の行動というものだろう」とのことらしい。
それ以来、アマーレンは共に食事をする時には必ず手を合わせている。
二人共そこまでお喋りではないということから、静かな中で食事を摂る。食後はすぐに食器の片付けへと移った。
彼は椅子に座ったままこちらを眺めている。先程、食器を持ってきたアマーレンが言った「美味かった」という一言に頬が緩みそうになる。彼はいつも食事を終えた時に呟くような小さな声で「美味かった」と言ってくれるのだ。それが、食器を片付けるついでとはいえ、今回は近くまで来て言ってくれたことに嬉しさが倍増する。
「準備はできているか?」
片付けが全て終わったタイミングでアマーレンが聞いてきた。
それに僕は「できてる」と答える。
「荷物は?」
「あれ」
そう言って、僕は玄関近くの壁際に置いた棕櫚の籠を指さした。
中には非常食用の木の実と少量の干し肉が入っている。そこへ、先程洗って乾かした包丁を入れれば完成だ。
「……他には? 持っていきたいものとかあるだろう?」
「いや、元々ここへも身1つで来たから、特に持っていきたいという物はないよ」
服は元から今着ている1着しか持っていないし、必需品と思う物もアマーレンから貰った包丁とナイフだけで、ナイフは常に腰ベルトへ引っ掛けてあるし問題ない。
念のために用意した非常食も、森に入れば狩りで調達だきるので本当は必要のない物だろう。
(あ、でも……)
「そんなことより、アレンに1つお願いがあるんだ」
「そんなことって……、まあいい。お願いとは?」
「ちょっとこっち来て」
僕がアマーレンを連れて行ったのは、地下へと繋がる木製の床扉だ。
「ほう!」
一瞬アマーレンが目を細めて反応したが、そんなことは気にも止めずに扉を開けて先に中へ入る。続いてアマーレンが入ってこようとしたが、何かに阻まれたようで彼は宙に浮くような形で立っていた。
「結界か……。テル、すまないがそちらから招き入れてくれないか?」
何かの上から降りてこちらを覗き込んできたアマーレンに「いらっしゃい」と声をかける。すると、今度は阻まれることなく入ってくることができた。
「特定の者以外には見つけられない『不可視』と、許可された者以外を拒む『入室拒否』の結界魔法か……。みたところ、二つともなかなか古い術式が使われているようだな」
(マジか!)
アマーレンの呟きで、そんなモノが施されていたことに初めて気づいた。
「その様子では、知らなかったようだな」
「今まで、ここには僕しか入らなかったからね」
『私』の頃にも入ったが、『私』は前世の僕であり、同一人物と言えないこともないので嘘ではない。
「おまえの知り合いだという、ここの持ち主は?」
「死んだ。この家は、その人から僕が受け継いだんだ」
これも嘘ではない。『私』が死んで、生まれ変わった僕がここに住む。『私』であった僕がここに住むと決めたんだ。
その言葉に、彼は「そうか」と言って黙り込む。
(たぶん、あの結界について考え込んでるんだろうなぁ)
そんなことを思いつつ薄暗い階段を、松明を片手にゆっくりと下りていく。すると、目の前に木製の扉が1つ、ポツンと建て付けられていた。
ドアノブを回し、中に入ってからアマーレンに「入っていいよ」と声をかける。
彼を招き入れたそこは、あの大量に本が置かれた書庫だ。
「本当はこの本たちも持って行きたいんだけど、それは無理だろうからさ。ここにアレンの印を付けて、いつでもここへ来れるようにしてほしいんだ」
そう言って彼の方を振り向くと、彼は目を見開き口をポカンと開けるという、普段では絶対に有り得ない姿で立ち尽くしていた。
「これは……、凄いな」
アマーレンはフラフラと歩き出したかと思うと、手近な本を取って目を通しだす。
今話しかけても、彼の耳には聞こえなさそうだ。
(気が済むまでほっとくか)
僕は本を手に部屋の奥まで行くと、以前に持ち込んで置いた椅子を引っ張り出して表紙を捲った。
この書庫は不思議なもので、その時に欲しいと思った本がいつも手前の本棚に置かれているのだ。そのため、この端が見えないほどに広い(広すぎると言ってもいい)書庫内を探し歩かなくて済んでいる。
パラリ、パラリと紙を捲る音だけが耳に響く。
「テル」
不意に聞こえてきた声の方へ顔を向けると、アマーレンが僕の手元の本を覗き込むようにして立っていた。
(気付かなかった……)
動揺が顔に出ないようポーカーフェイスを意識する。
「もういいの?」
それに対し、彼は「ああ」と肯定を返してきた。
「そう。それなら本題に入ろうか」
「いつでも来られるよう印を付けて欲しい、だったな」
大量の本を目の前に、ほぉけていたにしてはちゃんと話を聞いていたらしい。
「お願いできる?」とアマーレンを見れば、彼は「条件がある」と言ってきた。
「ここの本はどれも興味深いものばかりなのでな。自由に使用する権利がほしい」
(そんなに気に入ったのか)
未だにチラチラと本へ視線を向ける彼に、ここでダメというのはあまりにも可哀想だろう。
「持ち出さないって約束してくれるならいよ」
入口の結界然り、何となくだがここの物を持ち出すと良くないことが起きそうな予感がするのだ。彼が本を持ち出した時に起こりうるかもしれない諸々を考えれば、この場で読むに限るだろう。
なにより、そんなことでアマーレンが怪我をするのは嫌だし、折角の貴重な知識たちが駄目になるのも見過ごせない。
アマーレン自身も、その可能性は考えているのだろう。一拍の沈黙の後、空を睨んだまま「書き写すのは?」と聞いてきた。
「それは大丈夫」
彼自身が書いたモノは、ここの物ではないので規定範囲内から外れるはずである。
アマーレンは「交渉成立だ」と1つ頷くと、扉の方へ行き印を付け出した。彼の血で書かれた陣が扉へ溶けて見えなくなる。
「他にやり残したことは?」
こちらを振り向きながら聞いてきたことに、僕は「ない」と即答した。
「なら、そろそろ行くか」
玄関へ行き、荷物を取るとアマーレンが手を差し出してくる。
僕がその手を取ると、術が発動したのだろう。視界が一瞬だけ歪み、気づいた時には全く知らない場所へ立っていた。
評価してくださった皆さんありがとうございます!
これからも頑張っていきたいと思います。




