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フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


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第二百三話 それが間違いだとしても


「……ふむ」

 アリアの言葉を聞いたシオンは小さく頷くと、そのまま腕を組んで瞑目。どれくらいそうしていたか、やがて眼を開けたシオンは感情の籠らない瞳でアリアを見つめた。

「……理由は? ラルキアを、フレイム王国を干上がらせてしまう方策が最善と思う、その理由はなんだ?」

「最善とは言っていません。最良である、と言っているだけです」

「言葉遊びか?」

「いいえ。この方法が最も善であるとは私も言えませんので。そして、最も善である方法を私は思いつきません。ならば、取れる方法の中で最も良い方法を取ろう、と思っただけです」

「……」

「確かにこの方法には問題点が無い訳ではありません。ラルキアは莫大な人口を抱える、オルケナでも随一の千年王都です。完全に流通をストップしてしまう、というのは難しいのは存じ上げています。ですが、逆に莫大な人口を抱えているからこそ、ほんの少しだけでもその入り口を狭めてやれば、効果は大きいでしょう」

「アリア」

「先の戦争前のラルキア王国と同じです。普段手に入る卵が、牛乳が、パンが、少しずつ値上がりをする。別に性善説を否定するつもりはありませんが、人の性は基本、『悪』です。だってそうでしょう? 人に優しく出来るのは、自分に余裕があるからです。そして、そうなれば人は自らの『余裕』を求めて商店に並ぶ商品を買い漁るでしょう」

「アリア」

「そうなれば王都ラルキアは大混乱に陥ります。店は開いてはいるものの、商品がないんですから。そして、必要以上に商品を買い漁った人々と、商品にありつけなかった人々の間で確執が生まれます。そうなれば――」

「アリア!」

 まるでこの世の成り立ちを語る様、滔々と喋るアリアをシオンが制す。そんなシオンに、別段不満そうな顔を浮かべる事もなくアリアは視線をシオンに向けた。

「どうされましたか?」

「『どうされましたか』では無かろう。アリア、お前はそんな事、本気で言っているのか? ラルキアを、フレイムの千年王都を干上がらせて仕舞えと、本当にそんな事を思っているのか?」

「実現可能性をシミュレーションしてみました。この研究所の頭脳を総動員して全部で二百五十六通りです。そして、その内二百四十通りでは成功をする、と試算が出ています。失敗の可能性の内、五通りに関しては予期せぬ天災などの不確実要素が強いですので。成功率が九割を超える以上、やってみる価値はあるかと」

「そういう話では無い! 成功可能性が高い? それはそうだろうな! 流通を握るベッカーと、それに世界に名立たる海上帝国であるソルバニアがバックに付いているんだ! ラルキアを封鎖する事も可能だろう! だから、そんな事を言っている訳ではない!」

 そう言ってシオンはアリアを睨み。

「――人が、飢えるんだぞ? ラルキアの、私達が生まれ、私達が育ち、私達が愛した王都ラルキアの人々が、その人々が飢えるという事だぞ? 死人だって出るだろう。お前、そのアイデアが最良だと、本当に考えているのか?」

「……」

「それは、ロッテ翁の考える『皆が笑って暮らせる国』と、本当に言えると思っているのか、お前は!」

「……」

「……」

「……ふふ」

「……あん?」

「……ふふふ……プーックスクス!」

「……ほう? アリア、何がおかしい?」

 しばしの沈黙の後、楽しそうに笑うアリア。目の端に涙をにじませながら、心底おかしそうにその目尻を拭うアリアをまるで親の仇の様に睨みつけるシオンに一度頭を下げ、アリアは一息ついて口を開いた。

「ふふふ……失礼しました、お姉さま。いえ、別にバカにした訳では無いのですよ? ただ……ロッテおじい様が仰っていた『皆が笑って暮らせる国』なんて言葉が、あのお姉さまから出るなんて、と思うと……ちょっと面白くて」

「……やっぱりバカにしてるじゃないか!」

「してませんってば。なんというか、お姉さまがそんなにロッテおじい様を大事に思ってるんだな~って思うと……ほら、そこはかとなく気持ち悪いっていうか、ニヤニヤしちゃうっていうか」

「分かった、今のは確実にバカにしてるだろう!」

「失礼しました。でもね、お姉さま? 確かにこの方法では不幸な犠牲は幾らか出るかも知れません。ですが、別の方法を取っても犠牲は少なからず出ます。いいえ、むしろ犠牲の数は多いでしょう」

「多い?」

「王都ラルキアにフレイム『帝国』の軍靴の音を鳴り響かせたいのですか、お姉さまは?」

「……それは」

「政治や経済、或いは学問の事はともかく、軍事はド素人です。エリカ様にしてもコータさんにしても決して軍事方面に明るい訳では無いでしょう? 特にテラは私兵すらいない領地ですし。エミリさんが多少は明るいかも知れませんが……それにしたって、決して統制の取れた行軍とか、占領後の軍規の維持なんて無理だと思うんですよね」

「……まあな」

「正直、ラルキアに攻め入る方が簡単だ、とも思うんです。ノーツフィルトからお預かりした兵と、テラで集める兵、それにソルバニア辺りに頼めばもう少しぐらいの兵はお借り出来るでしょう」

「……だろうな」

「対して王都ラルキアに居る警備兵なんてたかが知れています。加えて、今のトップが怨敵と言っても良いウェストリアの王族と貴族ですよ? そもそも抵抗らしい抵抗があるかどうかすら怪しいです。なんせこちらにはリズ様、エリカ様と云うお二人の正統なフレイム王族がおられますし。フレイム王国に生まれた人間なら誰だって、フレイム王家に弓を引くのは嫌でしょう」

 所謂、錦の御旗、というヤツだ。幕末、およそ三倍の兵力差を覆した新政府軍の力の源は最新鋭の兵器でも、優れた指揮官でもなく、人間の精神に訴えたものだ、という所に歴史の面白さがある。

「……」

「まあ、そうは言っても小競り合い程度はあるでしょうし。そうじゃなくても、戦後の事を考えるとソルバニアに兵を借りる、なんて愚策も良い所でしょ? 下手したらラルキアが東西や南北に分かれて分割統治、なんて事にもなりかねませんし」

「慈善事業ではなかろうからな。そうでなくてもある程度の見返りを用意する必要はあるか。だが、経済を止めてしまっても同じことだろう? 力を借りる、という意味では」

「比較論の話ですよ、お姉さま。実際に血を流したモノと、金の流れを動かしたモノ、そのどちらが発言権が強いかの話です」

「金の方が人の命より重い時もあるのではないか? あの戦争の時、コータが不満そうな顔をしていたぞ?」

「それが全てですよ、お姉さま。本音はどうあれ、建前では人の命が重いんです。それこそ、コータさんが不満そうな顔をする様に」

「……」

「……」

「……対話」

「はい?」

「対話、という方法もあるのではないか? フレイム帝国、フレイム王国、その両方が並び立つという可能性も――」

「ありません」

「――模索……なに? 無いだと?」

「ええ、ありません」

「……そんな事は無かろう?」

「無いです。いえ、正確には方策としてはあるでしょう。ですがお姉さま? フレイム帝国とフレイム王国が並び立つという事はあの政権を認めてしまう、という事ですよね? ラルキアに居座り、我が物顔であの街を――お姉さまが、私が、リズ様が」


 ――ロッテおじいちゃんが愛した街を、と。


「――その街を占拠する集団を認めてしまう、という……そういう事ですよね?」

「……」

「……そんなの、リズ様が笑える筈がありません。いいえ、リズ様だけでは無いです。私だって」

 そう言って視線をシオンから切り、窓の外に向ける。

「……私だって、イヤです。殿下とは机を並べて学んだ仲です。嫌いでは――いいえ。不敬でしょうけど、大好きな友人と思っておりました」

「……私だってそうだ。可愛い弟子と思っていた」

「ですが、あのお方は私達を裏切った。私の大好きな街を、私の大好きな学術院を、私の大好きなロッテおじいちゃんを……その全てを奪った」

「……」

「……そんなの、許せる訳、ないじゃないですか」

 少しだけ、苦笑を浮かべて。

「……私は、私のしている事が決して正しいとは思っていません。お姉さまの言う通り、誰も傷付かない方法だってあるのかも知れません。皆が笑える方法だって、もしかしたらあるかも知れません。でも……でも、私は、私の大事なモノを奪ってしまったクリス殿下を許せるとは到底思えません」

 そうして、強い視線をシオンに向けて。


「――ならば、私はこの道を行きます。誰よりもただ、自分の為に。たとえ、これが間違っていたとしても」


 その意思の籠った瞳を、シオンも見返す。

「……そうか」

「はい。ラルキアに犠牲を生む結果になっても……これが、最良の道だと信じて」

 そう喋り、儚い笑みを浮かべるアリア。その姿を見つめ、シオンは大きく溜息を吐いて。

「……分かった。ならば何も言うまい。その代り、これはアリア、お前と――そして私、二人だけのワルダクミだ」

「……お姉さま?」

「お前にだけそんな道を歩ませるのは忍びないからな。それにロッテ翁の親族は私達だ。ならば、その責は平等に負うさ」

「で、ですが! お姉さまは反対では……」

「方法論として正しいとは言わん。言わんが……まあ、心情は分からんでもない。なにより、アリア、お前もやはり私の妹だと思っただけだ」

「……どういう意味でしょうか?」

「色々言っていたが、自らの『復讐』の為に周りを巻き込む、という事だろう? そんなの、誰がどう考えても」

 そう言ってニヤリと口の端を上げて。

「ただの、我儘じゃないか。私と一緒だ」

「……お姉さまと一緒なんて、すっごく不本意なんですか」

「……失礼なヤツだな、全く」

 そう言ってもう一度大きく溜息を吐くと、シオンはアリアに背中を向けてひらひらと手を振る。

「方針としてはそれで行こう。色々と問題もあろうがな」

「……エリカ様やコータさんへの説明は?」

「その辺りは私の仕事だ。お前は何の心配もせずに、方針を練れば良い」

「だ、ダメです! それは私がやります! お姉さまを悪者になんて出来ません!」

「悪者役はバウムガルデンのお家芸だろう? まあ、仮にエリカ様やコータに責められたら、王立劇場の前ぐらいで腹でも切って侘びにするさ」

「は、腹!? ダメですよ、そんなの!」

「それでもどうしてもお前が納得出来ないというなら、その時はお前も私と一緒に腹を切れ。別に私は望まんが……まあ、その辺りの判断は任せる。お前も子供では無いしな」

「……お姉さま」

「ま、その前にしっかりとした方策を立てろ。言っておくがアリア、私はその辺りで妥協するつもりは無いぞ? ワルダクミをする以上、完璧なモノを作れ」

 そう言ってもう一度ひらひらと手を振って室内を後にするシオンに、アリアは丁寧に頭を下げた。


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