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フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


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205/265

第二百四話 そして始まる、ワルダクミ

熱が下がりません(39度)

咳が止まりません(夜中に咳で目が覚める)

でも、仕事は休めません。


 ロンド・デ・テラ公爵邸の中の一室、浩太に与えられた執務室に浩太、綾乃、シオンの所謂『テラ年長組』が集まりシオンの持ってきた十枚一組の書類に目を通していた。コピー機なんて便利なモノの無いオルケナ大陸、一式しかない書類は一枚目を浩太が読むと直ぐに綾乃に渡し、その書類を読んだ綾乃がシオンに渡すという何ともまどろっこしい事をしながら、それでもこの方法が色んな意味で経費と時間の節約になるという事で不満――具体的には『読むのが遅い、浩太!』なんて綾乃が怒ったりしながらも何とか全ての書類を読み終えた浩太が疲れた様に目と目の間を揉んだ後、視線をシオンに向ける。

「……良くもまあ、あの短期間で此処まで仕上げましたね。流石シオンさん、能力は抜群に高いですね」

「『能力は』という所に若干の引っ掛かりを感じるが、まあ、いい。アヤノは読めたか?」

「ちょい待って……ん、大丈夫。読めたよ。浩太じゃ無いけど凄いね、コレ。良くもまあ、これだけ情報を集めたモンだ、って思うわよ」

 最後の一枚を読み終えた綾乃が手元の書類をシオンに渡す。机の上でトントンとその書類を揃えると、シオンは視線を浩太と綾乃の二人に向ける。

「お褒めの言葉を頂戴して何よりだ。まあ、尤もこの成果の多くはアリアと、そしてアリアの率いる研究所の力だがな。私のした事など、本当に微々たるものに過ぎん」

「ご謙遜を」

「バカな事を言うな。私が本当に自らの力で為しえた事なら謙遜などせん。堂々と、嬉しそうにドヤ顔で手柄を誇る」

「……そうですね。シオンさんですものね」

 一瞬、『そんな事は』と言いかけて思い直す浩太。良くも悪くもシオンはシオン、そんな事で謙遜する筈も無い事を思い直し首肯して見せる。

「まあ、そんな事はどうでも良い。それよりどう思う? このラルキア封鎖作戦は。現時点では最もリスクの少ない方法だと思うが?」

 シオンの言葉に小さく頷き、浩太は視線を綾乃に向ける。その視線を受けて、綾乃が口を開いた。

「封鎖作戦とか言うとベルリン勅令を思い出すわね」

「ナポレオンのか? でもあれ、どっちかって言うとイギリスとの貿易を行わせないためにした事だろ? これとは状況違うんじゃね?」

「まあね。こっちはどっちかって言えば兵糧攻めだし……でもさ?」

 そう言って綾乃は視線をシオンに向ける。

「ラルキアに通じる道がどれだけあるのか知んないけど、その全てを封鎖なんて出来るの?」

「全ての道はラルキアに通じる、なんて言うつもりは無いが、ラルキアの市街地に通じる道は無数にある。まあ、ラルキア臣民の腹を満足させるほどの大商隊が通れる大きな道となると東西南北の四つぐらいなものだがな」

「んじゃその四つは封鎖出来る?」

「いや、それもまず不可能だ。無論、ラルキアから少し離れた所で網を張って通る商隊全てを拿捕する方法も無いでは無いが……まあ、あまり現実的ではない」

「人気無くなりそうだしね、それ。何勝手な事をしているんだ! って商会からアヤ付けられそうだし」

「それもあるが、純粋に人員も足りんしな。加えてあまり目立つ事も出来ん。だからまあ、今回はソルバニアと……精々、ベッカー商会辺りが『自主的』にラルキアへ商材を卸すのを止めて貰う、という所だがな」

「ソルバニアとベッカー商会、ね。なに? その二つでラルキアの何割もの食材を賄ってる、ってワケ?」

『封鎖』と大仰な言葉を使う以上、せめてラルキアの二割程度の取扱高は欲しい。尤もと言えば尤もな綾乃の疑問に、シオンは首を左右に振って見せる事で応えた。

「いいや。ベッカーはそもそも造船や傭船を生業とする商会だし、ソルバニアの力は絶大とは言え所詮は他国だ。ラルキア向け輸出の取扱高なんて知れているさ」

「じゃあダメじゃん」

「ただ他国とは言えソルバニアは押しも押されぬ大帝国だし、ベッカーだって一定以上の影響力を他国に与える超名門商会だ。加えて、今我らが『帝国』と『王国』の動向はオルケナ中の注目の的と言っても過言ではない」

「……お追随する商会が必ずある、って事?」

「ラルキアは大都市だ。オルケナ大陸でも一、二を争う人口密集地でもある。そんなラルキアなら、消費のスピードも速いが、それを補うだけの供給を行っており……まあ、ざっくり言えばラルキアの住民は『飢える』事に慣れていない。言ってみれば、我慢が利かない」

 第四次中東戦争当時の昭和四十年代後半、日本では『トイレットペーパー騒動』と呼ばれる一種の『買占め』騒動が起こった。詳細は省くが、オイルショックと呼ばれる原油価格の引き上げを決定した事により、生産に原油を消費する紙製品の不足が懸念され大阪府を震源地として全国的に広がった買占め騒動の事である。

「……なるほど。つまり、沢山の人が物不足を背景に買占めに走る可能性が高い、と?」

「そう言う事だ。これにより富の二極化、つまり持てる者と持たざる者が出て来る事になる。そうなれば当然、不満も起こる。ひょっとしたら暴動に繋がるかも知れん。ラルキア王府は対応にてんやわんやになるだろうな」

 ちなみにこれに端を発し、前述のトイレットペーパーのみならず洗剤や石油そのもの、石油関連製品の価格も大きく上昇し、日本は戦後初めてにして最大のインフレを迎える事になる。ほんの三十年ほど前、戦時中は『欲しがりません、勝つまでは』を標榜し、糊口を凌ぐ様な質素な生活をほぼ全国民がさして文句も言わずに続けていたその同じ国で、大量生産、大量消費に慣れた国民が起こしたこの一種異常な事態は『狂乱物価』と呼ばれ、昭和の一時代を象徴するトピックになっていく事になる。

「意図的にその事態を引きおこす、と?」

「そう言う事だ。もっと言えば、流通がストップしてしまう必要性すら、本当はない。要は『モノが足りなくなる』という危機感を想起させさえすればそれで終いだ」

 結局、『足りないかも知れない』という不安心理さえ煽ればそれでよく、その為に必要な施策がベッカーなりソルバニアなりの力である、というだけの話である。

「……そんなに上手くいくの、それ?」

 シオンのその言葉に、懐疑的な眼差しを向ける綾乃。そんな綾乃の視線と言葉にシオンは肩を竦めて見せる。

「……どうだろうな。正直、成功確率は五分五分、といった所だ。ある程度、私の中で成功への道筋は見えているが……それでも後一声足りない、といった感じではある」

「後、ひと声?」

「そうだ。そして、それを実現する為に――」

 と、シオンがそこまで喋った所で部屋のドアがトントントンと三度、ノックされる。来客の予定が無い事に訝しみながら、それでも『どうぞ』の浩太の声に、部屋のドアが遠慮なく開いた。

「邪魔すんで~。なんや、三人さん揃い踏みで。どんなワルダクミの相談してんねん?」

「……陛下? え? どうして此処に?」

 ドアの外から顔だけを室内に入れてキョロキョロと室内を見回すその人物――ソルバニア王国国王、カルロス一世に浩太が驚きの声を掛ける。が、掛けられた方、即ちカルロス一世も浩太の言葉に同様にきょとんとした顔を浮かべて見せた。

「へ? いや、俺はコータの部屋に来いって呼ばれたから来たんやけど……」

「呼ばれた?」

「せや。俺はそこの」

 そう言って視線をシオンに向けて。

「シオン・バウムガルデンに呼ばれて来たんやけど?」

 綾乃、浩太、カルロス一世。何がなんだか分からない、そんな表情を浮かべる三人を満足げに眺めてシオンは一つ頷き。


「私が呼んだ。国王陛下を呼びつけての不敬は侘びよう。だがまあ、少しばかり相談があってな? この三人と――そして、陛下にしか出来ない事の為に」


◇◆◇◆


「……ふう」

 王都ラルキア、ラルキア王城内宰相執務室。元の部屋の主、ロッテ・バウムガルデンに代わってこのフレイム王国の頭脳にして心臓部の部屋の主となったエドワード・アルトナーは上がって来た政策案と予算案に決裁の判子を押すと決裁箱に放り込み、右肩をグルグルと回す。朝、まだ日が昇る前から続けていた仕事は太陽が西の空に沈むこの時間でようやく一段落だ。

「……エド?」

 と、執務室の扉が遠慮がちにギギギと音を立てて開く。エドが視線をそちらに向ければ敬愛する主君であるクリスティーナ・ウェストリア摂政殿下の姿が見えた。アップに纏めた髪に、オレンジのイブニングドレス姿のクリスのその姿に、エドの頬が緩む。

「これはこれは。どうされました、殿下?」

「いや……ほれ、今日はこれから王立劇場に観劇に行く予定じゃったじゃろ? 仕事、どんなもんかの~って思うての? 朝からエド、忙しそうじゃったし、終わったかな~って」

 少しだけ不安そうなクリスの言葉。そんなクリスに、エドは満面の笑みを浮かべて見せる。

「このエドワード・アルトナー、クリス様とのお約束を破った事などありませんよ?」

「それはそうじゃけど……今日は特別忙しそうじゃったし」

「……まあ、忙しいのは忙しいですがね。ですが、殿下? 私も殿下との『お出かけ』を楽しみにしておりましたので。その為なら仕事などさっさと片付けますよ。現にほら。わたしの今日の仕事はお仕舞ですので」

 そう言って決裁箱を指すエドワードの姿に、ようやくクリスの表情にも笑顔が浮かぶ。

「ほいじゃ……行けるんじゃな?」

「もちろんです。それでは――ああ、ですが殿下? 殿下がその様にお綺麗な格好をしているのに私がこれでは多少浮いてしまいますね。主君をお待たせして申し訳ございませんが、少しばかり着替えの時間を頂いても?」

「エドはそのままでも十分格好ええで?」

「勿体ないお言葉です。では、もっと殿下に褒めて貰えるように……そうですね、『格好良く』なりますので」

 芝居がかって一礼をして見せるエドに、クリスも楽しそうに笑いこくんと頷いて見せる。そんなクリスの姿に、エドは顔の笑みを深めて。


「し、失礼します!」


 と、部屋のドアが乱暴に開く。仮にもフレイム王国宰相の部屋にノックも無しに入って来た事と――それ以上、折角のクリスとの二人きりの時間を邪魔された事に不機嫌さを隠そうともせず、エドは入室して来た無礼な下っ端役人を睨む。

「……なんだ、騒々しい。此処を何処だと心得る」

「も、申し訳ございません! で、ですが、き、緊急の! 緊急の事態です!」

「……緊急だと?」

 普段ならこれだけ不機嫌さを隠そうともしないエドの言葉にすっかり萎縮しきるだろうその役人の、それでも切羽詰まった様子にエドが少しだけ眉根を顰めて。



「――せ、宣戦布告です! そ、ソルバニア王国が我が国に対し、宣戦を布告して来ました!」



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