第二百二話 とある姉妹のワルダクミ
フレイム王国宰相ロッテ・バウムガルデン暗殺と、それに伴う一連の『事件』或いは『事変』が起こっても、ラルキアはともかく一地方都市であるロンド・デ・テラでは何かが大きく変わる訳ではない。王都から馬車で三日掛かるこの領地、しかもある程度は発展したといえまだまだ田舎領地のこのテラでは余計にである。
「順調か?」
「あ、お姉さま。お帰りなさい」
テレビもラジオもインターネットもないオルケナ大陸では、それこそそこらの八百屋や魚屋の主人が『宰相暗殺』という不穏当な事件が起こった事すら理解すしていない。そもそも、今の宰相が誰だったかすら分かってはいない可能性だってあるのだ。そんなテラで宰相暗殺後の唯一の変化は、公爵屋敷の隣に面積だけはやたら大きい掘立小屋が急ピッチで作られた、ぐらいのモノである。そして、その掘立小屋の主が。
「いま帰ったぞ、アリア『所長』」
アリア・バウムガルデン。シオン・バウムガルデンの実妹にして、『天才』と呼ばれた学術院の研究員だ。そんなアリアは『所長』という単語に少しばかり嫌そうに顔を顰め、実姉であるシオンを睨む。
「止めて下さい、それ。そもそも、所長はお姉さまがすれば良かったじゃないですか! この『統合総力研究所』の! 発案者はお姉さまでしょ!」
そう言ってアリアは室内をぐるりと見まわす。土地だけは無駄に余ってるロンド・デ・テラ領内、公爵屋敷の隣という言わば一等地に『屋根と壁だけ』と言われる程の質素な木造のこの建物の中では、数十人単位の人間がひしめき合って今も机に齧りついている。そこかしらで筆を走らせる音、紙を捲る音が聞こえる空間に満足そうに頷き、シオンはニヤッとした笑みを浮かべて見せた。
「ごめん被るな。面倒くさい」
「……はぁ。まあ、お姉さまですものね? 仕方ないです」
イイ笑顔でそう言って見せるシオンに若干疲れた様な表情を浮かべて肩を落とすアリア。が、それも一瞬、手元の資料をシオンに渡して見せた。
「先日、エリカ様達から書状が届きました。ライム都市国家同盟は『帝国』側に付くことで決着です。これで、ラルキア王国、ソルバニア王国に続いて三か国目になります」
「ふむ……ん? この資料の此処、ローレント王国の所だが……」
「はい、クーデターが起きました。第一王太子であるアレクシスは廃嫡、第二王太子であるクリストフ殿下が正式に王位継承者となりました。アレクシス殿下は王城内で幽閉されておりますが、処刑は時間の問題かと」
「ソースは?」
「ニーザさんの商人仲間です。ローレント系の商会の方で、ローレント国内でもトップシークレット扱いですが……まあ、間違いは無いかと」
「それによるウェストリアの動きは?」
「次期国王に妻を送り込んだ形になりましたが、表立っての動きは今の所なし、ですね。まあ、あそこの諜報は優秀ですので恐らくある程度は情報もキャッチしているのでしょうが。それと、こちらは別件ですがウェストリアで戦争の準備が行われています」
「ソースは……ああ、ニーザだな」
「はい。こちらもある程度の信憑性があります」
「いつもの事だ。放っておけ」
「いや、放っておけって」
「どの道、我らフレイム帝国に軍事力は皆無だからな。その辺りの防波堤はフレイム王国にやって貰えば良いさ」
まるでぶん投げる様な、ある種無責任ともとれる言葉を吐いてシオンはアリアの机の上にある紅茶のカップを掴み、内容物を流し込む。『あー! それ、高い茶葉なのにぃ!』と非難の声を上げるアリアなんてどこ吹く風、すっかり飲み干してカップを置くと恨めしそうな視線を向けるアリアに向けて言葉を続ける。
「外交関係は分かった。内政はどうだ?」
「……謝罪も感謝もなしですか、そうですか……はぁ。内政に関しては『停滞』ですね。元々さして産業もある街では無いですしね、テラ。『あれ』のせいで色々ゴタゴタしていますから、やっぱりある程度は仕方ないのもありますが」
「……ふむ」
「ただ、ベッカー貿易商会からは内々にフレイム帝国に援助をしても良い、というお話は頂いております。その……場合によっては本社機能をテラに移す事まで検討する、と」
「…………ほう」
「ビアンカ様曰く、『その方が面白そうだしね! 第二のユメリアになってやんよ!』との事だとか……」
「くっくっく。流石『商聖』の血筋か。まあ、あそこはアロイスが頑張ればなんとかなるからな。ビアンカ嬢がテラで遊んでいても問題なかろう」
「いや、お姉さま? ビアンカ様だって遊んでる訳じゃないと思うんですけど」
「遊んでいる様なものだろう、彼女は。まあ、彼女の『遊び』は仕事に直結するがな。まあともかく、資金繰りの目途は着きそう、という所か?」
「幾らの援助になるかは分かりませんが、ある程度は。後、援助という点ではもう一点、ノーツフィルト家からも援助の申し出があります」
「エミリ嬢の実家のか? 有り難いが、あそこは余所に援助できる程の余力があったか?」
ノーツフィルト家は海沿いに領地を持つ子爵家。他の、例えば一時のテラに比べれば裕福ではあるが、よそ様に援助できる程蓄財がある訳では当然ない。そんなシオンの疑問に一つ頷きアリアが口を開いて。
「――軍事です」
「っ!」
「……帆船三隻と、兵士千人を貸与して下さる、と」
「……そうか。しかし、千とはまた剛毅な話だな」
「エミリさんの人徳……というかどうか微妙ですが、まあエミリさんのお陰ですね。ただ、実際に戦闘行為は避けたい所ではあります」
「……そうだな」
「ラルキアとテラの間に街が無い訳ではありませんし、そこを治める領主の許可なく軍隊を進めるのは」
「如何なものか、という感じか。だが、抑止力にはなろう?」
「それはもう。特に帆船三隻は大きいです。テラも海沿いですし、海上輸送で兵士を送って貰えます」
「だな」
そう言って手元の資料から目を上げるシオン。と、目をキラキラさせたアリアと目があった。
「……なんだ?」
「いえ……私もそりゃ、お姉さま程ではないですけど、それでも学術院の研究員です。市井の人並以上に、知識欲はあります」
「……それが?」
「凄いですね、この」
そう言って視線をぐるりと室内に送り。
「『統合戦力研究所』」
「そうか?」
「はい! 学術院の中だけでは到底得る事の出来なかった、数々の情報が『此処』に集約されるのですよ? 私はただ座っていながら、このオルケナ大陸の全ての事を知る事が出来ます。研究者として、興奮するなという方が無理でしょう! こんな組織を考案するなんて、流石お姉さまです!」
無邪気に、年相応の笑顔を浮かべるアリア。その姿に苦笑を浮かべながら、シオンは小さく首を振った。
「別に私の功績ではないさ。単純にエリカ様を始めとしたテラ領の首脳陣が必要と認めたから作った組織に過ぎん。私がしたのは多少のアドバイスだしな」
「いいえ! これは間違いなくお姉さまの功績です!」
そう言って薄い胸を張って見せるアリアに、シオンは苦笑の色を深める。
新テラ領――言い換えれば、フレイム帝国の帝都の首脳陣が他国に陳情に向かっている間に残された面々にも当然、する事があった。他国に散った面々が送って来た情報を取りまとめ、分析し、そして実行すると言った仕事が。
「そうか。それでは胸を張って自慢でもしておこうかな」
この仕事の責任者となったのは当然、シオンである。
忘れられがちだが、シオンは科学者としてオルケナ大陸随一の研究機関である学術院の主任研究員だし、親族にはロッテ・バウムガルデンという稀代の政治家にして王府という官僚組織を取りまとめた鵺みたいな人物まで居るのだ。分析は学術院の元スタッフが行い、実務は元王府出身の官僚という寄せ集めのフレイム『帝国』の中でシオンは良い意味での『神輿』に担ぎ上げやすい人材であったのである。尤も、『実務関係は面倒くさい』という理由でその雑務の殆ど全てをアリアに押し付けて自身は遊軍的な立ち位置を取る当たりがシオンのシオンたる由縁だが。
「そうですよ! 特にこの『情報の一元化』はお姉さまの力無くしては無理です!」
王府や学術院に限った話では無いが、何処の世界、何処の会社でも往々にして情報は縦のセクションでは行き渡り易いが、横のセクションには行き渡り難いものである。この問題にシオンは大胆なメスを入れた。
即ち、情報の共有と一元化。
王府と学術院を混ぜたこの『統合戦力研究所』は、学術院と王府の垣根を取っ払っい、互いに互いの情報を共有させ、一元的に管理する組織だ。末端に至る研究所員一人一人までが現在誰が、どのような問題を抱え、そしてそれに対してどうアプローチしていくか全員で考え、行動する組織である。所謂『縦割り行政』をぶっ壊したのだ。
「東通り火災ではてんでバラバラの行動をして被害も大きかったからな。権限は当然、権力に付随するべきではあろうが、別に責任者は一人で無くても良かろう。皆で考え、皆で責任を取ろうじゃないか」
仇敵、とまでは言わないまでも本来学術院と王府の関係は良好とは言い難い。官僚と学界が別に仲良しこよしじゃないのと同義だ。そんな往時を知るアリアから見ても、今のこの王府の人間と学術院の人間が机を並べて仕事をしている、という姿には若干クるものもある。ノスタルジックな話ではあるが。
「まあ、私の功績はどうでも良いさ。それよりアリア? この統合戦力研究所は戦力の研究をする為の場所ではあるが、戦力の『研究』だけをする場所ではない」
「分かっていますよ、お姉さま。集めた情報で――それによって導き出される『戦力』で、今後は我らが――『フレイム帝国』がどの道に進んでいくか、それを考えだすのだ私達の仕事で、そして義務です」
「上等。では、アリア? アリア・バウムガルデン統合戦力研究所所長殿? その集めた情報から、君たち統合戦力研究所はどういった答えを導き出す? 我ら、フレイム帝国が今後万難を排して――」
――フレイム『王国』を、駆逐する為に、と。
「取り得る方法はさして多くはありません。いえ、この言い方は語弊があります。取り得る方法自体は無数にありますが、現実に即し、そして我らが最も利潤を得る方法は一つしかありません」
そう言って視線をシオンに向けるアリア。その視線に首肯を返す事で暗に続けろと促したシオンにこちらも首肯を返し。
「王都ラルキアに流れる食料、嗜好品、金、その全てを、経済の流れをストップしましょう。王都ラルキアを経済的に封鎖して――かの地を干上がらせるのが最も得策かと」




