第二百一話 ボーイズ? トーク
「さ、コータ? 行こうぜ! こっちの界隈には可愛い踊り子がいる店があんだよ。ま、まだ昼間だからアレだけど、夜になったらそりゃもう、ものすご――」
「……待って! 待って下さい!」
「――い……んだよ、ノリがわりぃーな。嫌いじゃないだろ、お前も?」
「そ、それは――って、何言わせよーとしてるんですか!」
演劇都市、アバーテ。表通りは『如何にも』な紳士然とした劇場街――まあ、ある程度娯楽の街である以上、フレイム王国の王都ラルキア、或いは古都チタンと比べれば雑多な印象こそ受けるも、それでも普通の一都市に過ぎない印象を与える。
……表通りは、であるが。
人が多く住む街である以上、娯楽が『演劇』だけな訳はない。酒を好む人、博打を好むもの、それに『色』を好む人間だっているのだ。当然、アバーテにも同じように裏通りには各種の娯楽を取りそろえた店が並ぶ。
「……勘弁してください、閣下」
「閣下は止めようぜ、コータ。俺とお前の仲じゃねーか。アルベルトで良いぜ!」
そう言ってニカッと笑ってサムズアップ。元々が舞台俳優出身、しかも所謂『イケメン』で売り出したアルベルトのそんな姿はとても絵になる。絵になるが、流石に周りの風景、具体的には煽情的な踊り子の絵が描いてある看板の前でそんな姿をされても台無しと言えば台無しである。ある意味、似合いかも知れないが。
「……どんな仲ですか。それに、どんな仲でも真昼間から艶街に繰り出す事は無いでしょう?」
「そっか? 俺が若い頃にパルセナに舞台で行った時はそりゃもう、凄かったぞ? 基本、舞台は夜の部が多かったから、昼間から出演する俳優たちと――」
「もう結構です!」
なんだかどっと疲れる。何を思い出したか、ニヤニヤと下卑た、それでいて清潔感すら漂う笑顔を浮かべるアルベルトに盛大に溜息を吐いて見せる。
「……っていうか、『コータ』って」
「ん? ダメか? クラリッサに『閣下に小難しい話は難しいでしょうから、精々ロンド・デ・テラの魔王様と仲良くなってください』って言われたからな。仲良くなるんだったらそりゃ、名前の呼び合いから始めるべきじゃね?」
「……そういうものですか?」
エリカとクラリッサがふたりで連れ立ってお洒落なカフェに出かけた後、『んじゃ俺たちはこっちな?』とアルベルトに連れられて来たのがこのアバーテの裏通りである。そりゃ、表通りだってどっちかって言えば雑多ではあるが、それに輪を掛けた様な雑多な街並みに唖然とした浩太であったが、そんな浩太を引き連れまわしながら『んじゃコータって呼ぶわ。お前も俺の事、アルベルトって呼んでくれ!』と良い笑顔で言われたのが今から三十分ほど前の話。浩太の了承も取らずに勝手にコータ、コータと呼び付けるアルベルトにいい加減辟易して来た浩太はアルベルトから少しだけ距離を取る様に足を止めて、アルベルトを軽くにらむ。そんな浩太の視線に気付いたか、アルベルトも軽快に喋る口を止めて浩太に視線を向けた。
「おろ? どうした、コータ?」
「どうしたもこうしたも……っていうか、閣下? ほんとにライム人なんですか?」
「どういう意味だよ? 俺は生まれも育ちもライムのライムっ子だぞ?」
「いや、その……距離の詰め方が誰かに似てる気がして」
主に、どっかの海洋帝国の国王陛下とか、ちゃきちゃきの女商人とか。そんな浩太の表情の微妙な変化に気付いたか、アルベルトが『ああ』と何かに気付いた様に顔を綻ばせる。
「カルロスに似てるって言いたいのか?」
「へ? か、カルロス?」
「あれ? コータ、知らねーの? ほれ、ソルバニアの王様でいるだろ? カルロス一世、カルロス・ソルバニアって色男が」
「カルロス一世陛下は存じ上げていますが……え? 閣下もお知り合いで?」
「閣下は止めろって」
「……アルベルトさんも存じ上げておられるので?」
「そりゃ知ってるさ。コータ、俺だって一応国家元首だぜ?」
そう言われて、浩太もああ、と納得する。こんな感じではあるも、アルベルトはライム都市国家同盟の最高意思決定者である。国家の格の上での上下はあるだろうがそれでも国家元首同士での会談などもあるだろう。あるだろうが。
「……なんとなく、それ以上の関係の様に聞こえるのですが?」
幾らそうであっても、誰かに似てるで直ぐに『カルロス』の名前は出て来ないだろ。そんな浩太の疑問に一つ頷き。
「そりゃマブダチだしな、俺ら」
「…………は?」
とんでもない事を言いだした。
「俺がまだ俳優だったころ、ソルバニアで演劇披露した事があったんだよ。その時はまだ、アイツも先代国王の三男坊で好き勝手やってる時代だったからよ? 二人でよくソルバニアの飲み屋に繰り出したモンだ」
「……」
「アイツが国王陛下になってまあ、随分苦労したのも知ってるし……それで、あの国が良くなって行ったのも随分見てるさ」
そう言って少しだけ照れた様な表情を見せるアルベルト。
「俳優としてそこそこ成功はしたし、俳優の仕事も嫌いじゃ無かったんだけど……ま、アレだよな? 俳優じゃやっぱり人を幸せには出来ねーだろ?」
「……そんな事も無いと思いますが」
「あー……そうだな。ま、そりゃ良い芝居見せれば皆喜んで幸せになれるだろうけどよ。それでもそれってやっぱり、『一握り』の人だけなんだよ」
「……」
「自分で言うのもなんだけど、俺は人気俳優だったからな。俺の出る演劇のチケットは結構な高値で取引されてたんだよ。そのお陰でまあ、ソルバニアとかフレイム王国とかでも王族の前で演じる事も出来たから、それはそんなに悪い事ではないけど……それでもほら、やっぱり『幸せ』に出来る人は少ないんだよ、政治家に比べて」
「それは……まあ、そうかもですね」
「だろ? だからまあ、やっぱり色んな人を幸せにする為には、政治家になる必要があるかなって思ったんだよ。他ならぬ、カルロスを見習ってな」
「……」
「だからまあ、俺はこの国を『幸せ』にしたい。この国に居る人がハッピーに、笑顔になれる様な国にしたいんだよ。皆が笑える、そりゃ、何時でも楽しい事ばっかりじゃねーだろうけど、それでも幸せになれる、そんな国にしたいんだよ」
そう言って、少しばかり遠い目をして見せるアルベルト。
「……風の噂では、『もう止めたい』と言ってるとお聞きしましたが?」
「たはは! それはお前、そうだよ。俺、基本は働くの嫌いだし。つうか事務の仕事とか苦手だしな。カルロスもそういう所、あるだろ? アイツも未来を夢見るのは好きだけど、実務はからっきしだしな。あそこの宰相閣下がスゲー苦労しての知ってるか?」
「……ええ、まあ」
「ま、そう言う事だよ。だからまあ、俺はそろそろ後進に道を譲ってゆっくり田舎で隠居したいな~なんて思ってる。ま、流石に大統領まで務めた人間がプー太郎じゃ世間体も悪いってクラリッサが怒るから、農業でもしようかな~とは思ってるけどな。この国を良くしてくれる後輩政治家の手腕にあーでもないこーでもないって茶飲み話で愚痴を言いながら……それでも笑いながらな」
そう言って少年の様な笑みを浮かべて見せるアルベルト。
「……ま、そう言う事だからコータ、お前が一体どんな考えを持って今後『フレイム帝国』を運営していくか、それを聞いておこうかって思ってな。幾ら後進に道を譲るって言っても、流石に変なのを押し付けたら恨まれるからよ?」
視線に少しだけ剣呑な光を混ぜる。まるで切り付けられそうなそんな視線を受けながら、それでも浩太は綺麗な笑顔を浮かべて見せる。
「私は基本、アルベルトさんと同じ考え方ですね」
「……同じ?」
「はい。国民の笑顔、というのは国家として何物にも代えられないもの、と考えています」
「口ではなんとでも言えるわな?」
「……まあ、そう言われればそうかも知れませんね。確かに口ではなんとでも言えるでしょう。ですから、信用してくれ、とは言えませんね」
「そうだろ?」
「ですが……そうですね、恐らくフレイム王国の人々よりは信頼に足る、と思っています」
「そっか?」
「東通りの火災、お聞きでは無いですか?」
「聞いてるさ。ああ、なるほどな。そんな事はしていないから、ってか?」
「まあ、それもあります。ありますが……」
そう言って、一息。
「……そのお考え方、エリカさんと一緒なんですよ」
「……は?」
「エリカさん……正確には、エリカさんの師匠とも言えるロッテさんや、前国王陛下の正妻であったアンジェリカ様のお考えと一緒ですよ。皆が笑って暮らせる国、それを目指して国づくりを進めていますので」
「……あのロッテ閣下が? そんな風には見えないけどな」
「それは……まあ、私もそう思いますが」
そう言って苦笑を一つ。
「……ですが、今わの際のその瞬間までこの国と、この国の女王を心配しておられましたから。それなら本当かな、とは思います」
「嘘だったら? 政治家だぜ?」
「その状態ですら嘘を吐けるなら、もうそんな嘘なら騙されても仕方ないかと思いますよ」
肩を竦めてそんな事を言う浩太に、少しだけアルベルトも笑う。
「ま、それもそうだな。その状態でそんな嘘が付けるなら、騙されるのも一興か」
そう言って少しだけ真面目な表情を見せるアルベルト。
「俺の心情としてはフレイム帝国に味方をしたいと思ってる」
「……ありがとうございます」
「細かい所で相違はあっても、それでも同じ方向を向いて進めていけるならそれで良いと思ってる。この国だけではなく、オルケナに住まう人が皆笑顔になれる様な、そんな良い国になれば良いとな。概念的な話じゃあるけど、そんな無茶苦茶は言ってねーと思うぞ?」
「はい」
「だからまあ、そう言う事で行こうぜ。そもそも俺らとテラは同盟関係だしな。そりゃ、縁も所縁も無いフレイム王国と今更同盟結ぶのもおかしな話ではあるし」
「……ありがとうございます」
「ただ……お前らが道を踏み外したりしたら、俺らは直ぐに袂を分かつぞ?」
「それで構いません。少なくとも、私は――私達は、道を踏み外したりしませんので」
堂々と。
そう言って見せる浩太に、アルベルトは破顔して見せる。
「……ははは! そっか! それじゃ、お前らに賭けてみるか!」
晴れ晴れと笑い、アルベルトは浩太の肩に手を回して。
「うし! それじゃコータ! 同盟の祝いに行こうぜ、艶街!」
「はい! ――はい?」
「良いお姉ちゃんがいる店、あんだよ! さ、いこいこ」
「いや、行きませんよ! 何言ってるんですか、貴方!?」
「大丈夫大丈夫! エリカ陛下には黙っててやるから!」
「いや、そういう問題じゃ無くて! ちょ、ちょっと!」
アルベルトに肩を組まれたまま、夜の街に消える浩太がどうなったかは――ご想像にお任せしよう。




