第二百話 ガールズトーク
「こちらですね。こちらはココ最近、アバーテ一……いえ、ライム一と言っても過言ではない、人気のカフェです。申し訳ございませんが、私は然程体力に自信がある訳ではないですので……まあ、カフェからカフェの様になり申し訳ございませんがご了承ください」
「……」
「本来であれば……そうですね、最近人気の女性物の衣服を扱う商店などを巡って見るのも一興なのでしょうが……こちらも申し訳ございませんが、私は衣服に無頓着ですので。ああ、無論色合いなどは気を使ったりしておりますが、良い年ですので比較的大人しい服を選びがちでして。閣下からは『地味』などと言われてしまいますが、個人的には――」
「……ストップ」
「――服など着れれば問題はないと……はい? どうされましたか?」
そう言ってクラリッサは手でドアを押し開けたまま、自身の『デート相手』に視線を送る。そこには何とも言えない『もにょ』とした表情を浮かべるデート相手の――
「いや……そもそも私、なんで貴方と居るの?」
――デート相手、同性のエリカの言葉にきょとんとした顔をクラリッサは見せ、その後しばし考え事をするかの如く顎に指を置いて考え込む。
「なぜ、とは?」
「いや、さっき貴方、お互いのパートナーを変えてって言って無かったかしら?」
「そうですね。肯定です」
「それでなんで私と貴方が二人になるのよ! 此処はアルベルトと私、コータと貴方じゃないの!」
パートナーを変える、という意味では正しいエリカの言葉。そんなエリカの言に、クラリッサは少しばかり首を左右に振ってそのまま店内に足を進める。
「ちょ、ちょっと!」
「事情に関してはご説明させて頂きます。頂きますが……流石に店頭でする話でも無いでしょう? どうでしょう? 折角ですので美味しい紅茶でも飲みながら話す、というのは?」
ドアを開けたまま、そう促すクラリッサに不承不承エリカは頷いて歩みを進める。流れる様にパーテーションで仕切られた席に腰を下ろすと、その後をついて来たクラリッサが対面に座りメニューを差し出す。
「此処は私が出させて頂きますので、ご遠慮なくお好きなものを頼んで下さい」
「いや、自分の分ぐらいは自分で出すわよ」
「ご遠慮なさらず。どうせ接待交際費で落ちますので」
「……まあ、そうでしょうけど」
仮にも国王陛下を連れてのお茶会である。これ以上ない接待ではあるが、普通はそんな事を言わないであろう事まで無頓着に言い放つこの首席補佐官に少しだけ呆れた顔を見せて、エリカはメニューを開く。そこに並ぶ文字列に、自身の好きな紅茶の銘柄を発見し少しだけ心をスキップさせながらエリカはウェイトレスにオーダーを通す。同じものを、とクラリッサが頼んでしばし、シルバーに紅茶のカップとポットを乗せたウェイトレスの『ごゆっくり』の言葉に軽く手を振り、クラリッサは視線をエリカに戻す。
「さて。理由、でしたか?」
「そんなに慌てないで良いわ。紅茶、入れましょう?」
「私が」
「良いわよ、そんなに気を使わないで。それともそんな事も一人で出来ないお姫様だと思われてるかしら?」
「いえ、そうは申しませんが。ですが、陛下はピカピカのお姫様では?」
「妾の子供よ、私は。ピカピカって程でも無いわ」
そう言って自身のポットからカップに紅茶を注ぐと、もう一個のカップに紅茶を注ぎクラリッサの前に差し出す。明らかに狼狽したその仕草に――ライム大統領府の同僚が見たら驚いて二度見するほどの――珍しい姿を少しだけ堪能し、エリカはゆっくりと紅茶のカップを傾ける。
「……んー……やっぱりこの銘柄、美味しいわね。貴方もそう思わない、クラリッサ?」
「……他国とは言え、王族の方に入れて頂いた紅茶の味なんか分かりません」
「そんなに畏まらないでよ」
苦笑して手を振って見せるエリカ。その姿に観念した様にクラリッサは紅茶のカップを傾ける。味が分からない、なんて言って見せながら、それでもクラリッサも好みの銘柄。慣れ親しんだその味に目を細める。
「……それで? 私達が今、此処で二人きりでいる理由よ」
そんなクラリッサの姿を満足そうに見た後、エリカが心持低い声でクラリッサに問いかける。その言葉に、クラリッサも紅茶のカップをテーブルにおいて視線をエリカに向けた。
「理由としては先程申した通り、折角のチャンスですのでパートナーを交換し、よりお互いの相互理解を深めよう、という話です」
「それは分かる。私と貴方が、という点よ」
「大まかに分けて理由は四つです。一つ目、私は生物学的には女であり、陛下も女性です。こういった内緒話は同性同士の方が良い、と申しませんか? なんでしたか? が、が、……がるる?」
「……アヤノか」
「は?」
「なんでも無いわ。ようは女子会って事でしょ? ま、分からないでも無いわ」
頷くクラリッサに、エリカは小さく溜息を吐いて視線だけで続きを促す。
「二つ目、我が国家の最高指導者であるアルベルト・バルバートはこういった『内緒』の話を然程得意としていません。無論、政治家である以上ある程度裏を読んだり腹芸をこなしたりも致しますが……ですが、やはりまだまだ甘いですので。加えて、大統領閣下は気分が高揚すると安請け合いをしがちですので」
「……どういう意味よ?」
「有体に言えば、この様な大事な会談を閣下には任せられない、と申しているのです」
「……」
エリカ、言葉もない。ざっくり言えばクラリッサさん、『アイツ、役に立たないから私が出張る』と言っているのと同義なのである。
「……貴方、自分の国の最高権力者に良く言うわね?」
「我が国家の最高指導者ではありますが、最高権力者ではありませんよ。最高権力者は、この国のオーナーは何時だって民衆です。そして、私だってその民衆の一人ですので」
「……そんな事も言ってたわね。まったく……これだからライムは分かりにくいのよ」
「王制の、それも国王陛下からしてみればそれもそうでしょうが。我が国はこれが普通ですので」
「まあ、そりゃそうでしょうね?」
「はい。ああ、私は別に王制を否定している訳ではないですよ? むしろ、制度上は素晴らしい制度だと思っております」
「……へえ」
少しだけ驚いた様にエリカは視線をクラリッサに向ける。その視線を受け、それでも平然とクラリッサは紅茶のカップを傾けた。
「私は大学時代、ラルキアのラルキア王立大学で学びました。修業年限は四年と短かったでしたが、それでも有意義な時間でした」
「……ラルキア大学出身だったの、貴方」
「そうです。あの大学は……自分で言うのもなんですが、優秀であれば他国人と言えど簡単に門戸を開きますので。学ぶ意思と、入学試験をパスするだけの実力があれば。陛下、王立大学の運営費用は何処から出ているかご存知ですか?」
「国費、よね?」
「そうです。国費とはつまり、国の財産です。国の財産を切り売りし、それでも他国の人間を学ばせるなど、王制の国でないと出来ませんので」
「……そうなの?」
「わが国では間違いなく、不満が出ます。だってオーナーは国民ですから。懐の深い国王というオーナーの一存で、私達はラルキア大学で学ぶことが出来ました。そういう意味では先代――失礼、先々代の国王陛下であるゲオルグ陛下には感謝しかありません」
「……別にお父様が決めた制度、って訳じゃないわよ? 昔から、ラルキア大学は広くオルケナ大陸の若人に学ぶ場所を提供して来たんだし」
「そうですね。ですが、その制度を継続して下さったのはゲオルグ陛下です。その場で辞めてしまっても構わなかったのに、です」
「……そうね。それはそうかも知れないわ。何百年も前の私のご先祖様に感謝するよりマシかもね」
「そういう事です」
そう言って、クラリッサは紅茶をもう一口。その姿を見つめながら、エリカはおずおずと口を開いた。
「……どうかしら? その恩を恩と感じてくれるなら、私達に――フレイム『帝国』に着いてくれないかしら?」
「そのつもりです」
「そ、そうよね? 流石にすぐに――」
一息。
「――って……え?」
「無論、閣下のお考え次第ではあります。ですが、私はそもそもフレイム王国……というより、現状のクリス摂政殿下の摂政就任とその後の治政には些か不満も持っておりますので」
「……私は? 一応、国王陛下だけど?」
「ご本人の前で言うのは憚られますが……傀儡の国王陛下に何の責任もありません。また、その過程を考えるに傀儡にならざるを得ない理由も分かり過ぎるほどに分かりますので」
「……それは良かった、というべきかしら?」
「どうでしょうか? 傀儡で良い事など……まあ、そんなにありませんから」
「……そうね。でも、なんで?」
「なんで、とは?」
「現状、クリス殿下がライムに取って不利益のある存在では無いでしょう? ならば、別にそこまで毛嫌いする程の事は無いんじゃないかしら?」
「……」
「……クラリッサ?」
「……完全に私事ではありますが、先程も申し上げた通り、私はラルキア大学で学びました。四年という短い間ではありましたが、ラルキアの街は私の様な余所者でも温かく迎え入れてくれた。初めての自炊、何を買って良いか、何を作って良いかすら分からなかった私に作り方を教えて下さったのは東通りで八百屋を営むご主人でした」
「……」
「肉屋も、魚屋も、皆優しくて、そして大好きな人々でした。他国人の往来が多いからか……それともラルキア大学の存在からか、いい意味でラルキアは『鷹揚』な街でしたので。憚りながら、第二の故郷、とすら思っております」
「……憚る必要は無いわよ。ありがとう、クラリッサ。ラルキアを好きで居てくれて」
「いえ、お礼を言われる事ではありません。ともかく、私はラルキアという街が好きでした。いえ、私だけではなくラルキア大学で学んだ人間の多くはラルキアという街を好きでいます。少なくとも、ライム都市国家同盟内の政庁で働く人間の多くはこの度の東通りの火災に関しては大なり小なり憤りを感じております。だって、それはそうでしょう? 自分の好きな街を、第二の故郷と慕う街を業火で焼かれたんです。そんな実行犯を好きな人間、いる訳がありませんから」
「……」
「……失礼、少しばかり熱くなりました。ですが、そう言った意味では既にクリス殿下の方には大きなマイナスが付いております。同等程度のメリットデメリットならば、フレイム帝国側に付く、という程には」
「……なるほど。そう言う事ね」
「では、本当に同程度のメリット・デメリットがあるのか。これを見極める必要があります。流石に国家を滅ぼしてまで、フレイム帝国に無条件に付く訳には行きませんので」
「……そうね」
「話は変わりますが、テラの発展に鑑み、施策の多くは『魔王殿』の功績でしょう?」
「否定しないわ」
「で、あれば、今後の帝国の運営の、少なくとも要所の所で魔王殿が重用される可能性は高い。その方のお考えを、その方の気持ちを、その方の信頼性を、ある程度読み取る必要がありますので。難しい政治絡みは得意ではありませんが、そう云う所は長けているんですよ、閣下は」
「つまり……アルベルトとコータを二人きりにする為に私と貴方が二人でいる、って解釈でいいの? 私達は『余り者』って解釈で」
「……そうですね。その解釈で然程間違ってはいません。行ってみれば私と陛下は『余り者』です」
「言うわね、貴方も。流石に国王陛下を『余り者』は酷いんじゃないの?」
「失礼。ですが、陛下御自身で口にされた言葉ですよ? それに……この程度の軽口で怒る様な方だとは思っておりませんので」
暗に、この程度の軽口で怒る様な人とは親しく付き合えない、と言って見せるクラリッサ。王族、しかも国王陛下に対して失礼この上ないセリフであるが、交渉事は何時だって頼む方が弱いのだ。
「……分かったわ。纏めると、心情的にはライム都市国家同盟は帝国との……同盟に賛成。後は、コータがアルベルトに対してどれだけメリットが提示できるか、って話ね?」
「そうですね」
「それじゃ、それが終わるまで『余り者』の私達はゆっくりお茶でもしておきましょう、って事かしら」
「その解釈で結構かと」
「了解。それじゃ後はコータに任して――」
言いかけて、エリカは口をつぐむ。何かを考える様に首を捻り、そして自身が何に引っ掛かっているかに気付いたエリカはこくん、と首を傾げたまま口を開いた。
「……ねえ、クラリッサ?」
「はい?」
「理由は『四つ』って言ったわよね? 今までの理由だと三つしかないわ。最後の一個、なに?」
はてな顔でそう言って見せるエリカ。そんなエリカに、少しだけ気まずそうにクラリッサは口を開く。
「……これは別にお世辞でもおべっかでも無いのですが」
「はい?」
「エリカ陛下は見目麗しい淑女です。透き通る様な白い肌も、輝く金色の髪も、それに目鼻立ちもとてもお美しい」
「えっと……へ? そ、その……あ、ありがとう……?」
なぜ急に褒められているか分からない。そんな風に首を捻るエリカに、恥ずかしそうにクラリッサは顔を真っ赤に染めて。
「…………そんな人とアル、二人でデートなんて……イヤ、だもん」
「………………乙女か」
顔を真っ赤に染めてそんな事を言うクラリッサになんだか少しだけほっこりしてエリカは紅茶のカップを啜った。




