第百九十九話 僥倖
え? 次回で二百話!? 結構書いたな~……三十話で終わるって言ってたのにw
僥倖、という言葉がある。
思いがけない幸せとか、偶然得た幸運などという意味があるが、現在のエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムに最もしっくり来る言葉は『降って湧いた幸せ』、これに尽きるのでは無いだろうか。
「ど、どう? コータ? これなんか似合いそうじゃない?」
手に取った紳士服を浩太の体に合わせる様に近づく。かーっと真っ赤に染まる自身の顔の熱さを自覚し、それでもこの目の前の想い人が同様に顔を赤くしている事についつい口の端がもにょもにょしてしまうのは……まあ、仕方ないと言えよう。
「そ、そうですか? に、似合いますか?」
「そ、そうね! いつものそのスーツ姿も悪くはないけど、黒とか白ばっかりのイメージなんだもん」
「ダメですかね? 黒とか白は」
「ダメじゃないけど……なんかくらーいイメージがする」
昨今では然程そういうイメージは……まあ、無い訳ではなかろうが、一昔前に比べれば銀行も随分と『くだけて』来たのはくだけて来た。が、それでも入社早々『シャツは白、スーツは黒を基調』を徹底的に叩き込まれた浩太。プライベートは別だろう、という意見もあろうが、さしてお洒落でも無い浩太の選ぶ服はどうしても地味目なモノトーンになりがちではある。
「だ、だから! たまにはその……ちょっと違う色も試してみたらいいんじゃないの? 例えば……こ、これとか」
そう言って手に持った服――エリカのイメージカラーとも言えよう、青を基調としたシャツを浩太に手渡すした後、チラチラと自身のスカートと同色の帽子に視線を送る。それが意味するのが何かを気付いた浩太の顔が、更に熱を増していく。
「そ、その……え、エリカさんは青、好きなんですか?」
「へ? わ、私? あ、ああ、うん! 私は青が一番好きかな? ドレスとかも青が多いし、私服も青を基調とした色が多いかも。そ、その……こ、コータは青、き、嫌い?」
「い、いえ、私も青は結構好きですよ?」
「そ、そっか! え、えへへ……お、お揃いだね?」
そう言って嬉しそうに、そして締まりの無い笑顔を浮かべるエリカ。そんな姿に、思わず浩太も顔を笑みに形作り。
「胸やけしそうなんですけど、アル。なに、アレ? 『これ、あなたに、にあうかも~』って……いや、似合うと思うんならさっさと買えばいいのに」
「……お前、流石にそれは男前過ぎねー? つうか、そっか? こう、なんか無茶苦茶甘酸っぱい感じがしてアレはアレでありじゃね?」
「え? アレが『あり』なの? あんな脳みそ湧いてるんじゃないの? って会話が?」
「……毒舌過ぎんだろう、お前。まあ、いい年した男と女の会話には見えねーけどよ? なんだろう……ああ、私塾の生徒とかあんな感じじゃね?」
「そうね。五歳ぐらいなら微笑ましい感じもするけど……エリカ陛下ってお幾つだっけ?」
「えーっと……二十歳とかその辺じゃ無かったか? んで魔王様がその五か六か上だった様な気がするけど」
「……うわ」
「……『うわ』とか言うなよ」
「いや……だって、ねえ? 流石に痛々しすぎない、アレ?」
「……」
「……」
浩太とエリカ、二人してギギギと音が鳴りそうな感じで視線をアルベルトとクラリッサの二人に向ける。仲睦まじく――まあ、言ってる内容は大概酷いが――肩を寄せ合ってひそひそ話をしていた二人は、そんな浩太とエリカの視線に気付くと片手を差し出して。
「「あ、どうぞ、ごゆっくり」」
「出来るかっ!」
流石夫婦、と言わんばかりのシンクロを見せる二人の姿に、エリカの絶叫が店内に響いた。
◆◇◆◇
カフェでの話し合い(一方的な蹂躙とも呼ぶ)の後、ダブルデートが決定した四人は連れ立って小劇場に向かって観劇、『最近出来た大きな商店がある』というアルベルトの言葉に従って四人はショッピングと洒落込んだのが冒頭である。最初こそ緊張をしていたエリカと浩太だったが、笑いあり涙ありの演劇にすっかり最初の緊張も解け――そして、緊張が解けすぎてすっかり二人っきりの世界に入ってしまったのである。まあ、エリカの弁護をするならば、ある程度緊張感を持った人質生活を送っていた反動もある。
「ははは。その様な不満そうな顔をされず、エリカ陛下。いや、お二人とも初々しくて可愛らしかったですよ?」
「……ふん。小馬鹿にしてた癖に」
「いやいや、小馬鹿ではありませんよ。なんとも微笑ましいな~と思っただけですので」
「それが小馬鹿にしてるって言うのよ!」
「ああ、興奮されず。その様に大声を出すと、折角入ったこの喫茶店までも出ていかなくてはいけなくなりますから」
アルベルトの言葉に、『うぐっ』と声にならない声を上げ、叩きつけようと握っていた拳をゆっくりと解くエリカ。
「……悪かったわよ。私が大声出したせいで、あの商店追い出された事は」
「お気になさらないでください」
「……いいの? 貴方達も買いたいもの、あったんじゃないの?」
「私達は何時でも来れますので。それよりエリカ陛下こそ良かったのですか? あの青……プッ……あ、あの青い、ま、魔王……クック……様へのプレゼントは、買わなくて」
「一々笑わないでくれる!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るエリカの姿に堪らなくなったのか、腹を抱えて笑うアルベルト。そんな仕草を憤怒の形相で睨みつけるエリカに対し、紅茶のカップを傾けていたクラリッサが口を開いた。
「申し訳ございません、エリカ陛下。我が国の国家主席が非礼な行動を」
「……へ? あ、いや、そんなに素直に謝られると……って、よく考えたら貴方が一番ひどい事言ってた気がするんですけど!?」
「そうでしたか?」
噛みつく矛先をアルベルトからクラリッサに変えたエリカの言動もどこ吹く風、優雅に紅茶のカップから口を離し、クラリッサはソーサーの上にカップを置く。カチャン、と乾いた音が店内に響いた。
「……取りあえず『ダブルデート』という体で此処まで来ましたが……正直エリカ陛下のお可愛らしい所しか見た記憶が私には御座いません」
「うぐ! ま、まあ……そうね」
振り返ってみればエリカは殆ど浩太と二人で行動しかしていない。どちらかと言えばダブルデートと言うより二組のカップルがただ同じ場所に居ただけである。まあ、それもダブルデートと言えばダブルデートなのだろうが。
「流石にこの現状で明日の会談を迎えるのは如何なものか、とは思っております。ああ、勘違い為されないで下さいね? そもそも今日、こうして出逢ったのが降って湧いた幸運みたいなものですので、それ自体は別段不満も不安も御座いません。これで終わってしまっても別段構わないとも思います」
そう言ってじっと視線をエリカと浩太に向けるクラリッサ。一瞬だけ迷った表情を見せ、その後口を開く。
「……かといって、折角の幸運です。有効活用しないのは勿体ないとも思います。貴方がたフレイム帝国にとって……いいえ、むしろ私達ライム都市国家同盟にとって」
「……そうね。確かにそれはそう思うわ」
フレイム帝国サイドとすればライム都市国家同盟は味方に付けて置きたい。ライム都市国家同盟サイドとしてみれば、今後付き合っていく国家と国家元首が信頼に足る相手かどうか見極めておきたい。一見、お互いに対等な条件に見えるが、心理的にはライム都市国家同盟側の方が苦しい。フレイム帝国サイドとしては是が非でも味方になって貰いたい所だが、ライム都市国家同盟としては『どちら』を選ぶかの選択が必要で、そしてどちらも選ばないという選択肢が現状取れないからだ。なんせ戦争はほぼ必至、局外中立と言えば聞こえは良いが、日和見な態度を取っていると勝敗が決してからすり寄った所で相手にされない可能性は十分高く、『どちらか』の味方はしなければならないのだ。ようは、失うものが何もなく責めるだけのフレイム帝国と、ベットする相手によっては大きなものを失いかねないライム都市国家同盟側、どちらが心情的にしんどいか、という話である。
「そういう意味ではたった一日の会談で全てを見極めるのは難しい、という認識であったのでこのダブルデート案に乗りましたが……流石に、殆ど会話らしい会話も無い状態ではエリカ陛下や魔王様がどうお考えか分かりかねます」
「……そうね。それで? どういう考えか分かりかねる私達の……そうね? 『味方』は出来ないと、そう言う事かしら?」
そう言ってじっとクラリッサを見つめるエリカ。そんなエリカの視線を受けながら、クラリッサは優雅に紅茶のカップを手に取る。
「その様な事を申すつもりは御座いません。先程も申した通り、折角の『僥倖』ですので。ならば、今日一日を有効に利用するべきでしょう。幸い、まだ日も高いです。そこで、私から一つ提案があるのですが」
そう言って紅茶を一口啜り。
「――どうでしょう? これからはお互いのパートナーを取り換えてみる、というのは」




