第百九十五話 自由都市アバーテ
ライム都市国家同盟、アバーテ。
元々は自由都市同盟として『設立』したライム都市国家同盟に上下の区別はなく、即ちアバーテ、バッソ、カファロ、ダニエリ、エーコ、ファーノ、ガッダのライム都市国家同盟を構成する七つの都市は並列に存在するのだ、建前論としては。
各都市国家の代表が一票を持つとは言え、それぞれの都市には明確なパワーバランスもある。例えば『ライム都市国家同盟の雛型』と呼ばれ、オルケナ史上初の王侯貴族を置かない自由都市であるアバーテはライム都市国家同盟内でも一段格上とされ、政治、歴史、文化、経済の中心地でもある。日本でも『一票の格差』が問題になったが、ライムに取ってもそれは同じ、どうしたって『中心』であるアバーテ寄りの政策になるのは致し方ない。その証左に、現在は大統領府となっている執政官会議が開かれる自由都市公邸はアバーテにあり、エーコ出身であるアルベルトは大統領にも拘わらず大統領府に『出張』中なのだ。王が要る国ではその王の住まう都が『王都』として君臨するのとは違い……日本で総理大臣になったからと言って、その総理の地元が首都にならないのとまあ、感覚としては似たり寄ったりである。
「……つ……いったぁーーーーーーーーー!」
そんなライム都市国家同盟の『首都』とも呼べるアバーテの玄関口である馬車停留場を降りるや否や、エリカはうーんと伸びをすると同時に大きな声を上げる。ソルバニア王家の紋章入りの馬車、加えて出て来た美少女のそんな奇行に道行く人々が『何事か?』という視線を向けて来ていることに気付いたエリカははっと気づいた様に照れくさそうに頬を朱に染める。そんなエリカの姿を見ながら、口元に苦笑を浮かべた浩太がその後に続いて馬車を降りた。
「随分と大きな声でしたね、エリカさん? どうしました? 馬車の旅は窮屈でしたか?」
「う……か、揶揄わないでよ。だって、仕方無いでしょ? ずーっと狭い馬車の中だったんだもん。ようやく馬車から降りれると思ったら……その、つい……ね?」
恥ずかしそうにそう言って顔を伏せるエリカ。そんなエリカの頭をポンポンと撫で、浩太は視線を街中に走らせる。
「……凄いですね」
馬車二台が悠々と行き交える真っすぐに伸びるメインストリートのその両側には演目を伝えるイラスト入りの様々な看板が立ち並び、浩太の視線の中に入るだけでも大小五つの劇場が見える。
「……エリカさん、あそこの人が来ている服ってあの看板の人の衣装と一緒な気がするんですが……」
「ライムではお土産の一つとして、演劇で使ってる衣装の模造品も販売しているのよ。あれは……ああ、『フンデバルン公爵妃の憂鬱』の主人公、レイラ夫人の衣装ね」
「……分かるんです?」
「スカートの左に蝶の大きな刺繍が入ってるでしょ? あれ、レイラ夫人のトレードマークなのよ。面白いわよ、フンデバルン公爵妃の憂鬱。笑いあり、涙ありの名作だもん」
「詳しいですね」
「言ったでしょ? 演劇好きだったって」
そう言ってにこやかな笑みを浮かべるエリカに笑顔を返し、浩太は視線を街中に戻す。パルセナ、ソルバニア、そしてラルキアと、この異世界の幾つかの国の『王都』を見て来た浩太からしても、一種異様なその光景はまさに『異国情緒』にふさわしい。
「凄いですね。ライム都市国家同盟は何処もこうなのですか?」
「んー……ライム都市国家同盟はどの都市も大衆演劇が人気だけど、やっぱりアバーテは別格だからね。演劇発祥の地、って呼ばれてるし」
「そうなんですか? 演劇なんて……なんて、という言い方はアレですが、どちらかと言えば自然発生的な感じがするんですが。演劇の起源を主張しているんですか、ライム?」
「ああ、そうじゃないの。何かを演じるっていうのは当然、何処の国でもやってるんだけど……所謂『自由演劇』の発祥の地はやっぱりアバーテだから」
「……自由演劇、とは?」
「文字通り、自由な演劇よ。どんな演目をしても構わない。為政者の批判や、風刺、揶揄する様な言動も許される。それが、ライム都市国家同盟独特の形式である『自由演劇』なの」
「……ほう」
「チタン帝国時代は勿論、アレックス帝がオルケナ大陸を統一した当初はやっぱりアレックス帝を美化する演劇が多かったらしいの。為政者に媚びを売るって言ったらいい方は悪いけど……でもまあ、そんな感じ。そんな中、アバーテ郊外にあるボルーザで時のアレックス帝を揶揄する様な演劇を行ったらしいわ。それも、アレックス帝の目の前で」
「……それはまた……なんと言うか、命知らずな話ですね」
時の権力者の、しかもその権力者の目の前で当の本人を揶揄する演劇である。首が飛んでも可笑しくないそんな事態に、それでもエリカは笑って首を振った。
「アレックス帝、フレイア皇妃、それにユメリア、アレイアの四角関係を揶揄した演劇だったんだけどね? アレックス帝もフレイアもユメリアもアレイアも、皆笑って観劇したらしいわ。アレックス帝は苦笑いだったらしいけど」
「……」
「その演劇が終わってアレックス帝はアバーテに高度な自治と、高位な貴族や建国の英雄、皇帝自身を揶揄したり風刺したりする演劇のその全てを事前検閲なしで演じる許可を出したの。『文化は風刺から生まれる。遠慮はいらない、ただ、演じろ』とした帝国文化令と呼ばれる法まで作って、アバーテの演劇の保護を打ち出した。だから、ライム都市国家同盟では演劇が盛んに行われるの。遠慮なんかせず、ただ演じるのよ」
「……なんと申しましょうか……はい、凄いですね」
色々と。特に『アレックス書簡』を通読している浩太からして見たらその光景は手に取る様に分かる。きっとアレックスの側にいるユメリアやアレイアがニヤニヤした顔で囃し立て、フレイアは顔を真っ赤にしていただろうその想像はきっと、当たらずとも遠からずだ。遠慮はいらないとかただ演じろとかもきっとアレイア辺りが言わせたのだろうと当たりをつけ、浩太はもう一度溜息を吐いた。
「それで自由都市ですか」
「そ。フレイム帝国の一都市ならきっと遠慮も生まれるだろうから、アレックス帝はアバーテの自治を認めたの。運良く、オルケナ大陸を東西に結ぶアレックス大街道と南北に結ぶオルケナ街道が整備されて人々の往来が楽になったから、『皇帝が認めた自由演劇を一目見よう!』って風潮が高まったのよね」
お伊勢参りみたいなものである。
「だから、アバーテを始めとするライム都市国家同盟は演劇が生んだ街で、アレックス帝の言葉を千年経った今でも忠実に守り続けている国なのよ」
「なるほど。それで? 此処がボルーザですか?」
「ボルーザはもうちょっと北の地区かな。アバーテは結構大きいから、幾つかの地区に分かれるのよ」
「パルセナの北区と南区の様な感じですかね?」
「あー……まあ、そうね。市街地に中心部は文字通りアバーテ中心部だし、演劇の街であるボルーザとか、経済の中心であるアルエリとか、住宅街であるルカンビアとか、まあ『アバーテ』という街の中にいくつも小さな町があるって感じ……かな?」
「……なるほど」
シティ・オブ・ロンドンとグレーター・ロンドンの違いの様なものだ。言ってみれば、『大アバーテ』といった感じか。
「ま、そうは言っても今の分け方も取りあえず分けるなら、ぐらいな感じだしね。何処にでも演劇場のある街、ぐらいの認識で良いわよ」
「そんなものですか?」
「そんなもの、そんなもの。ま、色々言ったけど」
そう言ってエリカは浩太ににこやかに笑いかけ。
「取りあえず、私の説明よりも街中を歩き回った方が良いわよ! さ、コータ? 行きましょ! 自由都市公邸まではちょっと歩くし、いっぱい色んなものが見れるわよ!」
そう言ってエリカはにこやかに右手を差し出す。そんな右手を見つめて、浩太は小さく溜息を吐く。
「……街の中心部から随分離れた所で馬車を止めるな、とは思ったのですが……観光がしたかったのですか、エリカさんは?」
「いいじゃない、観光デート! 良いでしょ? 折角なんだから!」
そう言って差し出した右手を『ん!』と突き出す。少しだけ照れくさいのか、頬を赤く染めたエリカに、浩太は小さく苦笑を浮かべて。
「……仰せのままに、お姫様」
その手をしっかりと握った。




