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第百八十八話 此処に居ても、いいですか?


 目の前に広がる料理の数々。テーブル上に所狭しと並べられたそれの上に視線をあげれば『お帰りなさい、エリカさん』と書かれた横断幕が垂れ下がっている。思わぬ光景に右を見て、左を見て、エリカの視線とリズの視線が絡み合った。

「……ね? お姉さまは『要らない子』なんかじゃないんですよ」

 どちらかと言えば私の方が要らない子ですし、とペロッと舌を出した後、リズはゆっくりとエリカの背中を押す。

「さ、お姉さま? どうぞ中へお入りください」

 リズに促されるまま、一歩前へ。室内に入れば先程よりも鼻孔を擽る量の多くなったその美味しそうな香りに、昼食を抜いていたエリカのお腹が『きゅう』と可愛らしく鳴った。

「……ぷっ! な~に、エリカ? そんなにお腹空いてたの? 可愛らしいお腹の虫が鳴いてるわよ?」

 そんなエリカの姿に、ニヤニヤした表情のまま綾乃がエリカの側まで歩みを進めてその肩に手を回す。

「……エリカ?」

『し、仕方ないでしょ! 私だってお腹ぐらい空くもん!』とか『っていうか手! なに肩に回してるのよ!』なんて抗議の声が、顔を真っ赤にしたエリカから飛んでくると、確かに綾乃も思っていたのだ。思っていたのだが。

「……どうしたのよ? そんな鳩が豆鉄砲のマシンガン喰らった様な顔して?」

 何も反応せずに、ただただポカンと口を開けたまま目の前の料理を見つめるエリカに綾乃が訝し気な表情を見せる。そんな綾乃の後ろから、何時にないエリカの態度を心配したかのようにエミリがひょっこりと顔を覗かせた。

「え、エリカ様? どうなされました? も、もしかしてお体の調子があまり宜しくないのでしょうか……?」

「そ、そうなのですか! す、済みません、エリカ様。今日お帰りになったばかりで、お疲れですよね? わたくし、気が利きませんで……」

 エミリの隣から顔を出したソニアが、そう言ってぴょこんと頭を下げる。そんなソニアの頭を軽く撫でて、浩太がソニアの後ろからエリカの前に体を出した。

「……エリカさん? その……だ、大丈夫ですか?」

 心配そうな浩太の声音と表情。そんな浩太の言葉に、すっかり止まっていたエリカがようやく再起動を始めた。と、言っても、流石にまだまだ本起動では無いのだろう、電池の切れかかった電動式人形の様なぎこちない仕草で視線を浩太に向けて。



「……え? なんで?」



 自分でもびっくりするぐらい、無機質な声が出た。まさかエリカから『なんで?』という問いかけが来るとは想定もしてなかった浩太、思わず面食らった表情をエリカに向ける。

「え、ええっと……な、なんで? なんでとは……それこそ、なんででしょう?」

 意味も分からず首を捻る浩太。そんな姿に、エリカは室内を睥睨し。


「…………太ったって、言った」


「ぐぅ!」

 その視線を綾乃に固定。じとっとしたその視線に、綾乃の頬にタラりと冷や汗が垂れる。

「私より、エリーゼの捜索を優先した」

「え、エリカ様!? そ、それは……その!」

 続いてソニアを撃沈。慌てた様にワタワタと手を振るソニアを一瞥し、そのままその隣で珍しくおろおろしているパーフェクトメイドさんに視線を飛ばし。

「……まあ、エミリはお仕事してたし」

「え、エリカ様!」

「…………でも、エミリは私付のメイドなのに。もっと……もっと、こう……色々有ってもいいのに」

「え、エリカ様!? ち、違うんです! ちが――」

「……まあ、それは仕方ないな~って思うんだけど」

「――うん……え?」

 唖然とするエミリからゆっくりと視線を外し、そのままエリカはその視線を自身の目の前で心持視線を外す浩太に固定し。



「貴方に至っては私のこと、完全に無視したでしょう!!」



 広間に、エリカの絶叫が響く。至近距離での絶叫攻撃に、思わず浩太が両耳を抑えて見せる。

「お、落ち着いて下さい、エリカさん!」

「落ち着ける訳ないでしょ!? 皆して私に冷たいし! 『もう、私なんか要らない子なのかな……』とか思ったのよ! それが、なに? 『お帰りなさい』? なに、この料理の数々は! なんでこんなに大歓迎ムードなのよ!!」

「え、ええっと……い、いけませんでした?」

「良いに決まってるでしょ! 嬉しくて泣きそうよ! でも、意味が分からなくてこっちのが泣きそうよ!」

 ちょっと何言ってるか分からない状態。そんなエリカを呆気に取られた様に見つめた後、浩太が小さく溜息を吐く。

「その……はい、申し訳ございません。これは……なんと言いましょうか……」

「ごめん、エリカ! さっき言ってたの全部、私の『せい』なんだ!」

 言い辛そうに口を開閉させる浩太の言葉を取るよう、綾乃が浩太の前に体を滑り込ませその勢いのままエリカに頭を下げる。

「……アヤノのせい?」

「そ。いや……そのね? 折角エリカが帰ってくるんだし、こう『ぱーっ』とパーティをしたいなって思ったのよ。それで準備をしていたんだけど……流石に朝には間に合いそうに無くてさ?」

「……それで?」

「……ほら。こういうのって……まあ、サプライズの方がより感動を呼べるかな~とか思った訳でして。朝から『感動的な再会』をしたら、やっぱり夜の感動が薄れるかな~って……ね?」

「……」

「……ま、後は落として上げる、って方がより感動度は高いと思ってさ。あ、エミリちゃんやソニアちゃんは反対したから。『それはエリカ様がお可哀想過ぎます!』って。勿論、浩太も。それを無理やり押し通したのは私なの。だから、ごめん」

 もう一度頭を下げる綾乃。その姿に、エリカが少しだけ溜息を吐く。

「……綾乃はこう言っていますが、最終的に賛成したのは私も同じです」

「……でも、無視は酷くない?」

「……済みません。ですが、あの場でエリカさんとお話をすると、きっと抑えられなくなると思いましたので。申し訳ないとは思いましたが……はい、気付かないフリをさせて頂きました」

 そう言って今度は浩太が頭を下げる。

「エリカ様!」

「そ、その……も、申し訳ございません!」

 続いて、エミリとソニアも。四者四様、頭を下げる姿にエリカは小さく目を細めて。

「……許して差し上げたら如何ですか、お姉さま?」

「……リズ」

 そんなエリカの肩を、リズが優しく叩いた。

「……皆さん、悪意を持ってやった訳ではありません。お姉さまに喜んで頂こうと、あちらこちらに走り回っておられましたよ? 今のラルキアは……まあ、表向きは平和ではありますが、どうしても嗜好品の類は少なくなっています。流通も今まで通りという訳には行きませんし、贅沢品はそれこそ王城に流れますし」

「……まあ、ね」

「アヤノさんと松代様は物資を調達する為に周辺の領地に足を運んで買い付けを為されておりました。ソニア姫殿下はソルバニア外務局から嗜好品を分けて頂きました。今日の料理だって、エミリとアヤノさんのお二人で作られたんですよ? どれ程素晴らしい事か、お姉さまなら分かるでしょう?」

「……」

「皆、お姉さまに喜んで頂こうとされた事です。ね、お姉さま? 皆様を許して差し上げて下さい」

 リズからのお願いです、と頭を下げる。そんな姿をじーっと見つめた後、エリカは大きく溜息を吐いた。

「……頭を上げてよ、リズ。それに……皆も」

「……お姉さま」

「……そもそも、怒るとか怒らないの話じゃ無いのよね。私が勝手に寂しくなって……その……ちょ、ちょっとだけよ! ちょっとだけ……拗ねた、だけだから」

 皆の視線が自分に集まっている事が気恥ずかしいのか、エリカが声のトーンを一段高くして叫ぶ。

「だ、だから! 別に怒ってもないし……そ、その……こ、こんなに盛大に『お帰りなさい』をして貰って……す、凄く嬉しい」

「……エリカさん」

 顔を真っ赤にして下を向くエリカ。その姿に、申し訳なさと――それ以上の愛しさからついつい浩太が口を開く。そんな浩太を押し留める様、下を向いたままエリカが右手を前に出して浩太の動きを制した。

「ま、待って! だから別に怒ってはいないの! 怒ってはいないんだけど……そ、その……」

 そう言ってスカートの端をぎゅっと握りしめてその場でもじもじと足をすり合わせるエリカ。どれ程そうしていたか、やがてエリカが熟れたリンゴの様なその真っ赤な顔をあげる。

「そ、その……い、いい?」

「ええっと……いい、とは?」

「だ、だから! そ、その……」

 涙目で上目遣い。不安そうな、それでも期待する様な瞳を浩太に向けたままで。



「――そ、その……わ、私は……こ、此処に、皆の側にいても……い、いい?」



「「「「…………」」」」

「な、なに! え? だ、ダメなの!? わ、私、此処にいちゃダメなの!?」

 全員からの返答が無い事に殆どパニックになりながら涙目のままでエリカが吠える。そんなエリカにはーっと溜息を吐き、綾乃が首を左右に振った。

「……あんね? エリカが此処に居ても良いかなんて、そんな事聞くまでも無いでしょうが。貴方あってのテラでしょう?」

「そ、それは……で、でも、もう私、テラ公爵じゃないし……」

「エリカ様」

「え、エミリ?」

「例えエリカ様がテラの公爵で無くなろうが、国王陛下で無くなろうが、私は何時までもエリカ様のお側に居たいと思っております。ですので……『此処に居ても良いか』などと言わないでくださいませ……」

「そ、その……」

「……無論、私共に非はあります。責めは如何様にも受けますので……その様な……悲しい事を……」

 エリカ以上の涙目になりながら、その手を掴むエミリ。あれ? 別に私悪くないよね? なんて思いながら、エリカが慌てた様にエミリの頭を撫でる。

「ご、ごめんね、エミリ! もう言わない! もう言わないから泣かないで!」

「ううう……ぐす……エリカ様ぁ……申し訳ありません……」

「だ、大丈夫! 悪かった! 私が悪かったから! ちょ、ソニア! 助けて!」

「その……エリカ様? 本当に申し訳ございませんでした。まさか、そこまでお気に為されるとは思ってもおりませんでした。エリカ様が不要など、此処に居る誰も思っておりません! エリカ様は此処に居られるべきお方です!!」

「あ、貴方も!? 分かった! 分かっ――ひゃ! ちょ、なんで抱き着くのよ!」

「エリカ様……申し訳ありませんでした……ぐす……」

「うつった!? ちょ、ソニア! 貴方まで泣かないで!」

 エミリの涙にもらい泣き、ソニアは泣きながらエリカに抱き着く。まるでカオスなその状態に、エリカが助けを求める様に浩太に視線を向けて。

「……? どうしたのよ、コータ? そんな真っ赤な顔して?」

 視界の端に、顔を真っ赤にしながら口を抑えそっぽを向く浩太の姿が映った。

「え、ええっと……い、いや? なんでも無いですよ?」

「いや、なんでもない顔じゃないんだけど?」

「い、いえ、本当になんでも無いんです! なんでもないですから!」

「……」

「……」

「……また……隠し事?」

「うぐぅ!」

 じとーっとしたエリカの視線。その視線を受け、『あー』と『うー』とか言いながら、何とか誤魔化そうとして――そして、じとーっとした視線を捨てられた子犬の様なそれに変えたエリカに、敗北。諦めた様に小さく息を吐いた。

「ええっと……その、さっきのあるじゃないですか?」

「さっきの?」

「『此処にいても~』のヤツです」

「……それが?」

「その、ですね? こう、少しだけ自信なさげもじもじしたりするエリカさんを見てですね?」

 これを言ったらヤバいな、と思いながら。



「……ちょっと、可愛すぎるだろう……とか、その……思った訳でして」



 そして、時間が止まる。

「――――? ……? …………!? ……っ! こ、コータ! あ、貴方、ななななな!」

「す、済みません!」

「あ、謝らなくてもイイ! むしろご馳走様です!」

「むー! ちょっと浩太! なによ、それ!」

「ズルいです! エリカ様ばっかり! コータ様! わたくしも! わたくしにも!」

「……羨ましゅうございます、エリカ様」

 浩太の爆弾発言に、室内が蜂の巣を突いた様な大騒ぎの様相を――

「……なあ」

 ――様相を示す、前。部屋の隅で瞑目していたシオンがゆっくりと手を挙げた。

「…………その、なんだ? 『エリカ様に冷たくしよう』……作戦あるだろう? その作戦なんだが」

 たっぷり、二秒。全員の視線を集めた事を確認してシオンが口を開く。




「…………その『作戦』、私、聞いて無いんだが?」




 室内の時間、再びとま――



「あ、うん。シオンには言って無いもん」



 ――らない、あっけらかんとそういう綾乃に、シオンが目を剥いて怒鳴る。

「なぜだ!」

「百貨店の社長か。いや、だってさ? シオン、なんか腹芸苦手そうじゃん? 普通に作戦ばらしそうだし? ほら、よく言うでしょ? 秘密を守るなら、秘密を知る人間は少ない方が良いって」

「言うけど! 確かに言うけど! でもな!? それじゃ作戦が成功しないだろう!?」

「いや、実際大丈夫だったでしょ?」

「そうだけど! それは結果ろ――はっ! まさかアヤノ嬢、『どうせシオンと話しても感動なんかしないだろうな~』とか思ってたのか!」

「あー……まあ、それもちょっとはあるっちゃある。いや、別にシオンをディスってるとか、エリカが冷たい人だ~とか言ってるんじゃなくて……やっぱりさ? エミリちゃんとコータはエリカの『特別』じゃん? そういう意味では私やソニアやシオンじゃちょっと荷が勝ちすぎるかな~とは思ったよ?」

「うぐ……ふ、ふむ。まあ、確かにな。一理ある。だが、それならアヤノ嬢はともかく……なぜ、ソニア姫には話したのだ!?」

「だから、それは『ちょっと』だけなんだって。一番の理由はね?」

 そう言って綾乃はぐっと親指を立てて。



「私、信じてたから! シオンはデフォルトで失礼なヤツだ、って!」



「表に出やがれ、コンチクショ―!!」

 イイ笑顔を向ける綾乃にシオンの絶叫が響いた。


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