第百八十九話 サプライズ・プレゼント
シオンの叫びが響き渡って数時間後、少しだけ懐かしくなる様な、言ってみればそんな『いつも』の流れに苦笑を浮かべながら楽しくこのお帰りなさい会を過ごしたエリカと面々はあらかたテーブルの上の料理が片付いた所で額を突き合わせていた。
「……さて。取りあえずエリカも帰って来た事だし? 今後の話でもしよっか。まあ、今日する話でも無いかも知れないけど……ほら、ランチミーティングじゃないけど、ちょっと砕けた雰囲気の方が話やすい事もあるでしょ?」
エミリの淹れた紅茶を飲みながらそんな事を言う綾乃。その姿に、エリカも同様に頷いて見せた。
「……うん、私も構わないわ。まあ、何かを決めるって言うのは難しいかもだけど……それでも、今まで皆が何をしていたか、とかは聞きたいし」
「そうですね。わたくしも、王城がどのような感じかはお聞きしたいですし」
そう言ってエリカの言葉を肯定する様に紅茶を一口、ソニアは言葉を続けた。
「取りあえずは現状報告、という事で。エリカ様が何処までご存知か分かりませんが……我がソルバニア王国では父王であるカルロス一世が退位する事が既定路線となっております。後継は兄であるアロンソ王太子、即位後はカルロス二世となります。無論、今日退位して明日即位、なんてスピードで出来るモノではありませんので下準備に少しは時間が掛かるでしょうが……ですが、お父様ですからね。簡単にお兄様にポンっと王位を渡してしまいそうですが」
そう言って小さく溜息。
「……まあ、それはともかく。父の最後の大仕事は『フレイム帝国』の承認、となるでしょう。ああ、忘れていました。皇帝陛下御即位、おめでとうございます、エリカ様」
にこやかに笑って見せるソニアに、少しだけ照れくさそうにエリカは頬を掻く。
「……ありがと、って言えばいいのかな、この場合。まあ……うん、ありがと」
「現状ではソルバニア王国のみが即位に賛成の方針です。ライム都市国家同盟とラルキアは条件付きではあるも、承認はしてくれるでしょう」
「ラルキアには私も一報入れて置こうと思うわ。まあ、知らない仲じゃないしね」
ソニアの言葉を継ぐよう、綾乃が口を開く。視線が自分に集まったのを見て、綾乃が優雅に紅茶を口に含む。そんな綾乃に、エリカが声を掛けた。
「一報って……書状で?」
「流石に顔も見ずに手紙で済ますのは失礼かな、とは思ってるからさ? ちょっと行ってみようかなとは思ってるわよ」
なんでもない様にそういう綾乃。そんな綾乃に、浩太が心配そうな視線を向けた。
「……大丈夫かよ?」
「大丈夫? 何が?」
「いや、何がって……」
少しだけ言い淀み、それでも意を決した様に浩太が口を開く。
「……戦争が終わったけどさ? 皆が皆、戦争が終わった事に納得してる訳じゃないだろ?」
今わの際、ロッテが残した言葉――『犯人はラルキア王国の人間』という声が浩太の脳内に響く。綾乃が終戦の立役者である以上、綾乃は終戦の『戦犯』でもあるのだ。
「なんか奥歯にモノが挟まった様な言い方ね?」
が、そんな事、リズのいるこの場で言えるわけもない。黙ってしまった浩太をじとーっとした目で見つめ、綾乃は小さく溜息を吐いた。
「……まあ、実際問題どうなるかは行ってみてって所だけど……流石にけんもほろろに追い返される事は無いんじゃ無いかな、とは思ってる。知り合いだっているし」
「……そっか」
「……どうしても心配なら、ソニアちゃんにでも付いて来て貰おうかな? ソニアちゃん、暇?」
「……暇ではありませんが……まあ、そうですね。正直、大して仕事がある訳でもないのは無いですが」
「……いいの、ソニア?」
「いいですわよ、エリカ様。どのみち、後はお父様のお仕事ですし……」
ソルバニアとの交渉窓口がソニアである以上、事態の進展がカルロス一世に掛かっているこの現状ではソニアには特段急いでしなければならない用事もない。
「それに、急ぎの用事があれば、最悪マリアがなんとかしてくれるでしょう」
此処にはいない新たな子爵に想いを馳せながらソニアは素晴らしい笑顔を見せる。その笑顔の裏に『面倒くさい事はマリアに丸投げ!』という思惑が透けて見える様で、綾乃の顔が少しだけ引き攣った。
「……なんかソニアちゃんが開けちゃダメな扉を開けてる気がする」
「そうですか? アヤノさんだって仰ってたでは無いですか? 適材適所と。憚りながらわたくしはソルバニア王家の第十一子、ある程度『箔』は付きますし、連れて行く価値はあると思いますわよ? 少なくとも、マリアよりは。わたくし、アヤノさんの教えをちゃんとまもっておりますわよ?」
「……まあ、そうだろうけどね」
引き攣った笑みのまま『あはは』と笑い、後、溜息。そんな綾乃を若干嬉しそうに見やりながら、シオンが口を開いた。
「アヤノ嬢の教育の賜物だな?」
「……残念師匠の先達であらせられるシオンさんには言って欲しくないわね? っていうかアンタ、さっきまで隅っこの方でいじいじしてなかったかしら?」
「なんとでも言いたまえ。所詮は負け犬の遠吠えに過ぎんさ」
競っているラインが師匠の『残念度』という所が若干アレな感じではあるが、それでも少しばかり気を良くしたかのようにシオンが言葉を継いだ。
「適材適所、という点で何点か。学術院の残ったスタッフの幾らかはロンド・デ・テラ行きを熱望している。私が言うのもなんだが、学術院のスタッフは優秀だ。土木技術や建築技術、内政関連の専門家もいる。今のフレイム王国では彼らはいてもいなくても一緒だからな。そうならば、フレイム帝国の為に働きたいと言っている。感じが悪いのは百も承知だが、『私と一緒に働きたい』と言っている。人気者も罪だな」
そう言って紅茶をもう一口。
「ついでに言えば、王府の役人の多数はフレイム王国ではなくフレイム帝国に奉職したい、と言っている。こちらはピンからキリまでいるが……だがまあ、小役人は小役人の仕事も出来る。実務能力は抜きんでているしな。コータはファンデルフェンド領を受け継ぎ、ファンデルフェンド王になるんだろう? 王家直轄領の管理は王府だし、いきなり国王でござい、と乗り込むよりは幾らかマシだろう。マーシャルとユリウスは覚えているか、エリカ様?」
「マーシャルとユリウスって……内務局長と外務局長の?」
「元、だがな。マーシャル殿もユリウス殿もフレイム帝国の為に身を粉にして働く、と言っていたらしいぞ?」
「言っていたらしいって……何処からの情報よ、それ」
「ニーザだ。あいつ、無駄に顔が広いからな。当分の間は無給で構わんと言質も取って来たらしい。まあ、そうは言っても現物支給は必要だろうが……衣食住くらいはテラで賄えるだろう?」
シオンの言葉に頷き――そして、おずおずといった感じでエリカが口を開く。
「その……いいの? 学術院にしても王府にしても、結構な高給でしょ? マーシャルとユリウスはともかく、全員無給って訳にも行かないだろうし……その、そんなにテラには蓄え、無いよ?」
「人はパンのみで生きるのではないのだよ、エリカ様。自らの持つ能力を最大限活かす事が出来て初めて幸福を噛み締める事が出来るんだ。食べる為に生きるのでは動物と変わらんからな」
「……」
「まあ、そうは言っても流石にすべての人間が『そう』とは限らん。テラに奉職しても、その貧しさに閉口する人間もいるだろうな。だが、それはそれで良い。イヤなら辞めて貰えば良かろう。創成の時期に根性の足らん小役人は不要だからな」
「……学術院は?」
「あいつらはそもそも金を使う事が下手くそだからな。静かな部屋と紙とペンさえあれば、研究は出来るぐらいに考えてるさ。後は死なない程度に飯を食わせとけばよい」
まるでブラック企業の様な事をのたまうシオン。そんなシオンに少しだけ頬をひくひくさせながら、エリカは視線をエミリに向ける。
「……私の方からは貴族に関してです。今のフレイム王国に対して不満を持っている貴族ももちろんいますが、そのまま即、反乱を起こそうと思っている貴族は少数派です」
「……へえ。『少数』なんだ。ゼロかと思ってたけど?」
裏では不満を持ちながら、表ではニコニコ。フレイム貴族のお家芸と言っても良い面従腹背を皮肉って見せるエリカに、エミリが恥ずかしそうに眼を伏せた。
「その……我が実家、ノーツフィルト家が……」
「……ああ」
「『エリカ様の、何よりエミリの為!! 悲しむ姿などみておられるかーーーーー!』っと……父が」
「……変わり過ぎでしょう、フランツ」
「……『はしゃぎ過ぎてぎっくり腰になった』と兄から連絡がありました」
「……」
「で、ですが兄も……長兄の方ですが、長兄も同じ気持ちだと言ってくれました! 今は表立った行動は起こせないが、フレイム帝国建国の際は一兵卒として使ってくれて構わない、と」
心持嬉しそうにそういうエミリに、ついついエリカの頬も緩む。確実に実家との距離を詰めているであろうエミリに『妹分』としては喜びを隠しきれないように。
「……そう。それじゃ、遠慮なくこき使わせて貰うわ」
「……ふふふ。そうに御座いますね。遠慮なく、こき使わせて貰いましょう」
そう言って二人で笑い合う。そんな二人を愛おしそうに眺め、浩太が総括するように口を開いた。
「……現状報告はそんな感じですかね? 取りあえず、今は出来る事をやっていくしかありません。ラルキアを奪還、と言うと言葉はアレですが……ともかく、一日も早く元の状態にフレイム王国を戻そうと思ってもまずは地力を付けてから、という話になるでしょう。なので――」
「待った」
「――今はしばしの休息を……なんだよ、綾乃?」
浩太の言葉を遮る様、綾乃が『はーい』とばかりに手を挙げる。そんな綾乃に訝し気な表情を浮かべる浩太を見やり、綾乃は口を開いた。
「しばしの休息も悪くはないけどね? こういう時って結構スピード感が大事だと思うのよね」
「いや、そりゃ分かってるけどさ? でもな? 急いては事を仕損じるって言葉もあるだろう?」
「まあ別に急く必要は無いんだけど……でも、今はやる事だけはやっておかなきゃいけないでしょ? 特にエリカは」
「……まあね。確かに私もここでのんびりしてるのは性に合わないわ。やれる事はなんでもやりたいと思ってるわよ」
エリカの瞳に宿る強い意思の光。その光を認めてニヤリと笑い、綾乃は言葉を続けた。
「上等。それじゃエリカにやって貰うことがあるわ。私とソニアちゃんはラルキア王国に行く、シオンとエミリちゃんはフレイムの主に内政周りのお仕事。それじゃ、エリカに出来る事は?」
「……ライム都市国家同盟、ね?」
「正解。ライム都市国家同盟には大したパイプがある訳じゃないし、直に『皇帝陛下』がお出ました方が向こうだって木っ端が行くよりは歓待してくれるんじゃない? 皇帝になります、ハイどうぞ、という訳にも行かないだろうし、こっちもある程度譲歩が必要なら、最初から最高権力者が行った方が色々と話も早いだろうし」
「ちょ、おい! 何考えてんだよ、綾乃! 国家元首が一人で他国にのこのこ出向くなんて聞いた事――」
一息。
「――……まあ、無い訳ではないけど。それにしたって危険だろうが!」
「そっかな? 現状ではオルケナ大陸に目立った騒乱がある訳じゃないしさ? エリカが遠出しても危険じゃ無いとは思うよ?」
「それは……そうかも、だけど……でも!」
「それに、誰がエリカに『一人で』いけって言ったのよ?」
「……は?」
綾乃の言葉に、首をかしげる浩太。そんな浩太を面白そうに見やり。
「――アンタも行くに決まってんでしょ、浩太? だから一人旅じゃない、『二人旅』よ?」
え!? エリカと浩太が旅行に!?(すっとぼけ




