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フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


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第百八十六話 薄情者ども


 少しだけはにかみ、それでも溢れ出る嬉しさを抑えきれず、それでも淑女らしく歩みを進めたエリカはクラウスの前まで歩き、その足を止めた。

「……ご無沙汰ね、クラウス」

「……お待ちしておりました、陛下」

 折っていた腰を持ち上げ、笑顔を浮かべて見せるクラウス。その瞳に少しばかりの涙が浮かんでいる事になんだかちょっとだけ幸福になり、エリカも笑顔を見せた。

「貴方にはお世話になったわね。心から、お礼を言うわ」

「当ホテル・ラルキアは王家の定宿を自負しております。王家の危機は即ち我がホテル・ラルキアの危機、速やかに馳せ参じるのは当然です」

「有り難い話だけど、それは貴方自身が危険を冒す理由にはならないわ。だから、素直に受け取って置きなさい」

 そう言って笑い、エリカはスカートの端をちょんと摘まんで頭を下げる。

「ありがとう、クラウス。今の貴方に『私』の謝辞を受け取れと云うのは酷でしょうから、これは個人の、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムとしての謝辞と受け取ってくれるかしら?」

 慌てた様なクラウスの態度を肌で感じ取り、エリカは機先を制す様にそう言って見せる。その言葉にしばし絶句した後、クラウスはゆるゆると息を吐いた。

「……わかりました。それでは、個人の……『エリカ様』の謝辞として受け取りま――ああ、これを忘れていました。『お帰りなさいませ』、エリカ様」

「『ただいま』そして、そうして頂戴。ホントにありがと、クラウス」

 頭を上げて、綺麗な綺麗な笑顔を見せる。余りにも美しいその笑顔に、思わずクラウスも息が止まる感覚を覚えて。


 ……それがいけなかったのだろう。


「さ、それじゃクラウス! お邪魔するわよ!」

 なので、クラウスの対応が一歩遅れる。ドアまで固まるクラウスを横目にエリカがホテル・ラルキアの入り口の扉に手を掛けた。

「……? ……! お、お待ちください、エリカ様!」

 呆けていたのは、一瞬。その一瞬を縫う様に、エリカが扉を思い切り開けてホテル内にその身を滑り込ませ。

「………………ほえ?」

 ガラン、としたエントランスを見て、その動きを止めた。

「……あ、あれ? その……な、なに? だ、誰もいないの?」

 エリカの王城からこのホテル・ラルキアへの『帰還』を告げる使者が到着したのは今から三日前。王城から馬車が出発するときに、先ぶれの使者まで立てたのだ。

「……え?」

 ……まあ、なんだかんだ言った所で、それでもエリカは浩太を初めとした面々に取っての『命の恩人』でもある。それを抜いたとしても、『仲間』が敵地から帰還したのだ。

「……クラウス?」

「……そ、その……コータさんやアヤノさん、シオンなんかも……い、忙しいようでして」

 満面の笑みで迎え入れられても、おかしくはない。実際、エリカだって――まあ、本当にされたら照れくさいのだが、全員入口に並んで『お帰り!』『ただいま!』なんて、ちょっと感動的な場面を夢想もしちゃったりしたのだ。それが蓋を開けたらコレ、である。流石に、衝撃の大きさが半端ない。

「……そ、そう。皆、忙しいのね? そ、それは仕方ない……わ、ね?」

 ちょっと期待した分、恥ずかしさは倍増で押し寄せてくる。加えて、気まずそうなクラウスの視線に慌ててエリカは視線を逸らして。


「あれ? エリカじゃん」


 階段からトントンとリズム良く降りて来る綾乃と目があった。先程の気恥ずかしさもあって、およそエリカは彼女に対する表情の中では珍しい――まあ、嬉しかったのもあったのだが――満面の笑みを浮かべて見せた。

「あ、アヤノ! た、ただいま!」

 エリカの言葉とその笑顔に、アヤノの顔にも笑みが――

「あー、おかえり~。今日だったんだ、エリカ」

 ――浮かば、ない。

「あ、あれ?」

「ん? どしたの、エリカ? そんな鳩が豆鉄砲のマシンガンを食らった様な顔をして?」

「は、鳩が豆――な、なに?」

「そんなに驚いてどうしたの、って聞いてるの」

 どうしたのはこっちのセリフだ、と喉まで出かけてエリカはその言葉を飲み込む。流石に、『もうちょっと感動しろ!』とはエリカとて言えない。

「ど、どうもしないけど……?」

「そう? っていうか、エリカ? アンタ、ちょっと太ったんじゃない? 王城内で美味しい料理ばっかり食べてたんでしょ? 碌に運動もしないで、喰っちゃ寝喰っちゃ寝してたんじゃないの?」

「な! ふ、太ったって、貴方ね! 別に……」

 まあ、確かに軽い軟禁生活で運動はしていない。

「……」

「おろ? 否定の言葉が無いって事はビンゴ? あらら? おデブちゃんになっちゃった?」

「な、なってないわよ! スカートだってちゃんと入るし!」

「ま、油断したら直ぐよ? 十代はまだ良いんだけど、二十代を超えたら中々脂肪って落ちないからね~。禁、暴飲暴食!」

「ぼ、暴飲暴食って! そんなのしてないわよ!」

「はいはい……って、こんな事してる場合じゃ無かった! ごめん、エリカ! ちょっと急ぐからまたね~」

「う、うん、また――って、ちょ、ちょっと! アヤノ!?」

 エリカの静止も聞かず、その横をすり抜けて綾乃は戸外に飛び出す。エリカの伸ばした手が、なんだかむなしい。

「…………お、お忙しいんですよ、アヤノさんも」

「…………そ、そうね? 忙しいのは仕方ないもんね?」

 そうだ。忙しいのは仕方ない。そう思い、エリカは伸ばした手を戻して入口に向けていた視線をエントランスに戻して。

「あら? エリカ様ではございませんか」

「ソニア!」

 エントランスの最奥からひょこっと顔を出したソニアと目があった。

「ソニア、ただいま!」

「お帰りなさいませ、エリカ様。息災の様でなによりですわ」

「う、うん! ソニアは元気?」

「ええ、おかげさまで。ところでエリカ様?」

「ん? な、なに! どうしたの!」

「……なんでそんなに元気が有り余っている感じなんですか?」

「べ、別に有り余ってる訳じゃないよ!? そ、それよりどうしたの?」

「エル……エリーゼを見ませんでしたか?」

「…………へ?」

「エリーゼ・ブルクハルトです。どちらに居るか知りませんか? 先程から探し回っているのですが、見つからなくて」

「え、エリーゼ? み、見て無いけど……っていうか、私も今帰ってきたばかりだし」

「そうですか。もう少し……そうですね、地下の方でも探してみましょうか。それではエリカ様、ごきげんよう」

「あ、う、うん。ごきげんよう」

 優雅に頭を下げるソニアに、慌てた様にエリカも頭を下げる。そんなエリカの耳元に、カツカツと音を鳴らして去っていくソニアの足音が響いた。

「……は、ははは。ソニア様御自らお探しにならなくても、従業員にでも申し付けて頂ければ良いのに。ね、ねえ? エリカ様? そう思われませんか?」

「………………そうね」

 気落ちするように肩を落とすエリカ。その姿に、掛ける言葉も見つからないのか、クラウスが愛想笑いを浮かべながらそんな事を言って見せる。

「クラウ――ん? え、エリカ様? エリカ様じゃないか! なんだ、随分お早いお帰りだな!」

 そんなエリカの頭上に掛かる声があった。シオンだ。

「し、シオン!」

「使者の話ではもう少し遅くなるかと思ったのだがな。済まん、出迎えもでき――え、エリカ様!? なんで? なんでそんな泣きそうな眼をしているんだ!?」

 ようやく掛けられた『優しい』言葉に、エリカの涙腺もついつい緩む。そんな自身が照れくさいのか、エリカは少しだけ照れ笑いを浮かべた後で、にこやかな笑みを浮かべて見せた。

「た、ただいまシオン!」

「お帰り、エリカ様。お疲れ様と――それと、ありがとう。私を、私達を救ってくれて。ずっと、お礼を言いたかった――だ、だからエリカ様!? 何故泣く!?」

 シオンの言葉にエリカ、胸一杯。いや、一杯になるほど大した戦力を保持している訳ではないのだが、ともかくエリカの胸に温かいモノが溢れる。

「う、ううん、いいの! 皆が無事でよかった!」

「エリカ様のお陰だ」

「べ、別に私のお陰なんかじゃないわよ! そ、それよりシオン? 私も久しぶりだし、ちょっとお話でもしない?」

 そんなエリカの言葉に、少しだけシオンが気まずそうな表情を浮かべて見せる。

「あー……済まん、エリカ様。私も少しばかり用があってな」

「よ、用?」

「ちょっと仕事が立て込んでいるんだ。夜にでも話をしようじゃないか」

「う、嘘? し、シオンが仕事? う、嘘よね? 貴方は暇でしょう?」

「……失礼な人だな、エリカ様も。酷くないか?」

「だってシオンだもん!」

「どういう意味だ!? 私だってこう見えても忙しいんだぞ!」

「え? し、シオンが忙しい? 嘘だ! だってシオンよ? 絶対、『忙しいのは性に合わない』とか言ってサボってるはずだもん!」

「……貴方という人は」

 やれやれと言わんばかり、シオンが首を左右に振って見せた後、徐にエリカの肩にポンと手を置いた。

「いいか、エリカ様? 私は――まあ、うん……そうだな。確かに面倒くさい事はなるだけ避けたいし、自分のしたい事だけしていきたいとは思ってる。だがな? 私だって流石に今は非常事態だと理解している。そんなときに、仕事をサボろうとする怠惰な人間に見えるか?」

「見えるに決まってるでしょ!」

「失礼過ぎるだろう!」

「だって、シオンよ!」

「重ね重ねどういう意味だ! ともかく! 常識で考えろ! 私だって忙しいんだ! また夜にでもな!」

 すっかり機嫌を損ねたのか、肩を怒らせてシオンが入口のドアに向けてズカズカと大股で歩く。そんな姿を呆然と見つめるエリカに、少しばかり同情した様な視線がクラウスから注がれる。

「……クラウス」

「……はい」

「シオンに……『常識で考えろ』って……言われた」

「……心中、お察しします」

 シオンにだけは言われたくない。そんなエリカの微妙な表情と心中に、思わずクラウスも視線をそっと逸らす。と、そんなクラウスの視線の先にこちらに歩いてくるエミリの姿が映った。

「エミリ様?」

「え? あ! え、エミリ!」

「……エリカ様? ああ、お帰りなさいませ、エリカ様! お待ちしておりました!」

 満面の笑みを浮かべて早足で歩みを進めるエミリ。やがて二人の下に辿り着いたエミリは、エリカに対して深々と腰を折って見せた。

「お帰りなさいませ、エリカ様。お待ちしておりました」

「え、エミリ! た、ただいま!」

「はい……お帰り、お待ちしておりました」

「う、うん! 帰って来た! 私、帰って来たよ!」

「はい……!」

 万感の想いがあるのか、エミリの瞳に涙が浮かぶ。そんなエミリに、エリカの眼にも光るものが。麗しい師弟愛を目撃し、クラウスの頬も緩み――

「……済みません、エミリ様」

 ――緩まない。若干、引き攣った様な笑みを浮かべて、そしてちょっとだけビクビクしながらクラウスがエミリに声を掛ける。

「はい? どうしましたか、クラウス様?」

「その……た、大変申し上げにくいのですが……今日の当番はですね?」

「……ああ。今日の当番は私でございましたね」

「……は? と、当番?」

「はい。今、私達はこちらのホテル・ラルキアにご厄介になっている身です。あれ程の広い部屋を無償で貸与していただくのは心苦しいですので……当番制で、お手伝いをさせて頂いているのです」

「……私も、勿論義父も全然かまわないと申しているのですが……エミリ様の清掃も料理も一流品ですから、有り難さもあってお手伝いして頂いているのです」

「えっと……」

「ですのでエリカ様? 今日は私の手料理を振る舞わせて頂きます! 腕によりをかけますので、期待をしていて下さいね!」

 そう言って『むん!』と軽く力こぶを作って見せた後、にこやかに微笑んで一礼。そのままエリカに背を向けてエミリは食堂に歩みを進めた。

「………………」

 エリカ、果てしなく無言。もうそっちを見るのも怖くなったクラウスはただただ視線を背けるばかり。と、そんな二人の耳に、『ダン』という乱暴な音が響いた。

「クラウスさん!」

「あ、こ、コータさん?」

「済みません、ちょっと所用でソルバニア外交局のラルキア分局まで行ってきます! マリアさんが来られる予定になっていますので、私の部屋に通しておいてもらえませんか!」

「え、ええっと……そ、それは構いませんが」

「ありがとうございます! それではちょっと出てきますので、後はお任せしました」

 そう言って、クラウスとエリカの脇を走り抜ける。



 ――そう、クラウスと『エリカ』の脇を、だ。



「………………」

 ついに、気付いてすら貰えなかった。流石に、流石にこの扱いは酷いとそう思い、エリカはぎゅっと力強く、両手の拳を握りしめる。そんなエリカの所作を見て、クラウスは諦めた様に首を左右に振って、両手をそっと耳元に持って行って。



「――この、薄情者ぉおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!」



 エリカの絶叫を耳に当てた両手越しに聞きながら、クラウスは深い深い溜息を吐いた。




次回、薄情者どもの真意が!!

……って、煽る程のモノではないですが。

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