第百八十五話 女王陛下の帰還
新作を投稿しています。『異世界から転生した宰相閣下は、女子高生にくびったけ ~ロッテ・バウムガルデン奮闘記~』というタイトルで……まあ、アレです。ロッテさんのスピンオフみたいな感じです。お時間ある方は是非是非お読みいただければ幸いです。フレイム王国絡みだからここで宣伝してもイイよね!(震え声
石畳で舗装されたアレックス大街道を、一台の馬車がゆっくりと進む。見慣れた――そして、なんだかとっても懐かしいものを見つめる様な瞳で窓からのぞく街並みを見つめていたエリカに、この馬車のもう一人の乗客が声を掛けた。
「いや~。それにしてもエリカ様が皇帝陛下か~。なんじゃ凄い話になって来たの~。まさか私の眼の黒い内に皇帝陛下が生まれるとはの~。びっくりじゃで!」
クリスだ。そんなクリスの言葉に、街に向けていた視線を彼女に向けエリカは肩を竦めて見せる事で応えた。
「むしろ、私に取ってはそんな『大事』を簡単に裁可した貴方にびっくりなんだけど? しかも、コータ達の待つホテル・ラルキアまで――」
そう言ってもう一度視線を市中に向けて。
「――警護も何も付けずに、一台の馬車で送る、なんてね? 摂政殿下が同乗してまでする事なの、これ?」
心持胡乱な目を向けるエリカ。そんなエリカに、大儀そうに右手を振ってクリスは笑んで見せる。
「ホテル・ラルキアまでの道は、そうは言うてもソコソコ狭いけんの。何台も何台も馬車連ねて行ったら迷惑じゃろ、住民にも。金だって掛かるしの」
「……だからといって国王陛下と摂政殿下の乗る馬車よ? 普通は護衛ぐらい付けるんじゃないの?」
「逆じゃよ。私とエリカ様が乗っているから、護衛はつけんのじゃ」
「……どういう意味よ?」
「この街には三種類の人間しかおらんけん。私らが嫌いな人間か、エリカ様達が嫌いな人間か、どっちも興味のない人間か。私らが嫌いじゃいうのは、裏を返せばエリカ様が好きな人間じゃけんな。コータやシオンやアリアが、エリカ様まで危険に晒すような真似、する筈ないじゃろ? そもそも、そんなリスク取らんでも送り届けるんじゃし待っとればエエがん」
「……私を嫌いな人間は?」
「言い方がちょっと悪かったけど、エリカ様が嫌い、云う人間は、今のフレイム王国の国政に満足しとる人間じゃけん。そんな人間が私の不興を買う様な事はせんじゃろ、普通?」
「……」
「興味ない人間はそもそも興味も無いけんの。大体、アンジェリカ様だってコソコソ一人で抜け出して街で遊びょーったがん。ラルキアは平和な街じゃけん、大丈夫じゃって」
カラカラと笑って見せるクリスに溜息を吐きつつ反論の為に口を開きかけ、その口を閉じる。一理ある、と思ったのもあるが……何より、何を言っても無駄だと思ったからだ。
「……それで?」
「ん? それで?」
「惚けないで。貴方自身が言ったのよ? 『ご神体として、フレイム国王を担ぐ』って。言ってみれば体の良い人質でしょう? 良いの? そんな私を野に放つような事をして……貴方に、一体どんなメリットが、思惑があるのかしら?」
睨みつける様な視線でクリスを見つめるエリカ。そんなエリカの視線に、一瞬だけ鼻白んだ表情を見せた後、クリスはふぅーっと息を吐いて見せた。
「仮に思惑があったとして、言うと思うかの?」
「思って無いわ」
「ほんなら、聞くだけ無駄じゃろ?」
「そうね。でも、聞くのは『タダ』じゃない。知ってる、クリス? 『タダ』ってすごく貴重なの。お金が掛からないって素晴らしいのよ?」
「……王族の言葉じゃないで」
「『経営者』のつもりよ、私は。ロンド・デ・テラっていう領地を経営しているんですもの」
心持胸を張ってそう言い切るエリカ。そんなエリカにポカンとした表情を浮かべ、その後クリスは頬を緩ませる。
「……『経営者』、と来たか。流石、貧乏領主を経験した苦労人のエリカ様じゃな。リーゼ様がみたら泣くで?」
「お母様がこれぐらいで泣く訳ないじゃない。それに、おあいにく様。私はこの『苦労』すら愛しいわ。支えてくれる仲間が、信頼に足る仲間がいれば、苦労なんてむしろこっちからお願いするわ」
「……」
「……なによ?」
「いや……そんな性癖暴露されても、思うて。なんじゃ、エリカ様? 被虐趣味なん?」
「……は? ……っ! ち、違うわよ! 何言ってんの、貴方!?」
「『苦労するのが快感』ちゅう話じゃ――ああ! さっきから無い胸を張っとるのも、『そんなサイズで良く自信満々に張れるの~』って、私に突っ込んで欲しいからかの? どんだけ……」
「ち、違うって言ってるでしょ! シオンと一緒にしないでよね!」
「……さらっと人の性癖暴露するのはどうかと思うで、エリカ様」
此処にいないシオン、被弾。しかも、結構致命傷なヤツである。
「……はあ。まあ別に隠すほどの事も無いけんの。エリカ様とシオンの暴露に免じて話してもエエかの」
顔を真っ赤にしながら尚も言い募ろうとするエリカを制すよう、呆れた様な溜息を混ぜつつクリスが口を開く。
「ちょっとエリカ様は勘違いをされてるみたいじゃけどな? 私はエリカ様を『人質』として扱ったつもりは一度も無いで?」
「何を――」
「まあ確かに行動に制限は付けさせてもろうたけど。ほいでも、そんなに不自由な思いをさせては無いじゃろ? そもそも、『人質』って私は言ってないで? 」
「――……」
言われてみて、気付く。確かに部屋からの出入りに関しての制限は受けたが、それ以外は『人質』という待遇にしては余りにも好待遇だ。三食昼寝付、加えてクリス自身が話し相手になったり、服やアクセサリーのプレゼントもあった。
「……そうね。確かに、『人質』では無かったかも知れないわ」
「そうじゃ。私がエリカ様に求めたのは『人質』ではなく、『ご神体』じゃ。フレイム王国の正統な国王陛下としてのエリカ様じゃ」
「……」
「その国王陛下が、皇帝陛下になるんじゃで? ご神体の格が上がる以上、反対する理由は無いじゃろ?」
「……私が手元に居ないのよ? 貴方の……ううん、貴方たちのこの『政権』が盤石だとでも思ってるの?」
「思わんよ。ただまあ、ある程度『信頼』はされてると思うで? 特に、九人委員会の面々なんかは下にもおかん扱いじゃし。ロッテの治政が厳しすぎたんじゃろ。やり易い、言うてくれてるで? そんな私らを解任するんかいの、エリカ様? まだまだ荒れてるフレイム王国で、毒じゃと思うても私らを使っておいた方がエエんじゃないかの?」
白河の清き流れに~、というヤツである。緊縮財政大いに結構ではあるが、ある程度金を回す政権の方が、時代の古今、洋の東西を問わず人気になるのはまあ、当然と言えば当然ではある。
「これらは勿論、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム女王という金看板があってこそ出来た施策でもある。あるけど、それはある程度目星も付いたけんの」
「……用無し、って事かしら?」
「そうじゃないで? ただ、これ以上エリカ様の手を煩わせるのも申し訳ない、と思うただけじゃ」
毒気の抜かれる表情でにっこり笑って見せるクリス。その姿に、エリカが深々と溜息を吐く。
「あら。随分お優しい事ね? だから、『人質』にも自由を与えて上げるって事?」
「じゃけん、人質じゃないって。大体な、エリカ様? よう考えてみ? エリカ様のお母様、リーゼロッテ様じゃで? ほんで、育ての母親はアンジェリカ様じゃで?」
「……どういう意味よ?」
心底意味が分からないと云う表情を見せるエリカに、大きく大きく溜息を吐いて。
「お優しいけど苛烈なリーゼロッテ様と、自由奔放なんでもありなアンジェリカ様の『娘』に、従順な『人質』が務まると思うてるん? どれだけ面の皮が厚いんよ、エリカ様。よう言わんで」
半ば呆れた様にそう言って見せるクリス。その姿に口を開きかけ――そして、エリカは首を左右に振って開きかけた口を閉じる。
「……まさか『人質』の資質を問われると思わなかったわ、私も」
「エリカ様がラルキアにずっと居るんじゃったら、きっとコータ達が助けに来るじゃろ? その方が面倒じゃし……するつもりはないで? するつもりは無いけど、仮にエリカ様を『盾』にでもしようものなら、エリカ様、舌でも噛み切って死にそうじゃしな。そんな事になったら、向こうの士気が上がるのは目に見えとるじゃろ? ジェシカ様の時みたいに。あんなの、ライムとラルキア王国の戦争だけで十分じゃ」
「……」
エリカ、なんも言えない。『自分だったらやりかねない』と、切にそう思い、ふいっと視線を逸らす。そんなエリカに浮かべていた苦笑を引っ込めたクリスが言葉を継いだ。
「……ついでじゃけん、言うておくわ。もしエリカ様がテラに帰った後で、この王都ラルキアを奪還しようと兵を向けて来るなら、私らは私らの持てる力を持って全力で戦う。そうなれば、きっとラルキアは戦火に包まれるじゃろ。ラルキアに住まう民はきっと困窮するじゃろな」
「……」
「エリカ様のお父様やお母様、それにアンジェリカ様が眠るこの街を火の海に変えてしまいたいんかいの、エリカ様は?」
「……なるほど。ラルキア全体が『人質』ってワケ?」
「どう取って貰っても構わんわ。好きな様に解釈してくれたらエエけん」
そう言ってエリカから視線をそらし、クリスは窓の外の街並みに視線を送る。
「……まあ、私もこの街で暮らした人間じゃ。この街が好きじゃし、愛着もある。出来るなら、この街を火の海になんてしたくない。灰にしてしまうには……勿体ない程、思い出も沢山あるけんの」
「……」
「じゃけん、私から言えるのはフレイム帝国はフレイム帝国、フレイム王国はフレイム王国として仲良くやって行きましょう、ちゅう事じゃ。付かず離れずでやれるんじゃないんかの~ちゅう話じゃわ」
「……随分とムシの良い提案ね」
「そうじゃろうな、私もそう思うわ。ほいでもな、エリカ様? 無理からに私らと戦争、せんとあかんじゃろうか?」
「……」
「エリカ様はなんにも失ってないがん。領地であったテラにも戻れるし、公爵よりも上の皇帝陛下にもなれる。コータも、エミリも、ソニア殿下も、テラから来た人間は誰も居なくなってない」
「それは……」
「確かに、私らはロッテを暗殺した。でもな、エリカ様? 私らウェストリアの人間とフレイム王国の人間が、この何百年間でどれだけの戦争をして、そしてどれだけの殺し合いをして来たと思ってるん? それが正しいというつもりはないで? ないけど――」
一息。
「――殺された人間の数が『一』、増えただけじゃ」
「――っ! 貴方!」
「ただ、エリカ様やリズ様に取ってロッテが『大事』なだけじゃ。為政者じゃろ、エリカ様? 感情じゃなく、数で把握しようや。ロッテ一人の弔い合戦に、他の大多数の生活を犠牲にするんかいの?」
クリスの言っている事は、間違っていて、そして正しい。親しい者が亡くなれば悲しく辛いが、それでも為政者である以上、ただその親しい者の為だけに他の人を犠牲にして良い訳は無いのだ。
「……」
「……ま、納得いかんのは分かる。私だったら納得は出来んじゃろうしな」
「……なによ? 自分で言った癖に」
「エドの受け売りじゃけんな、この辺は。平和的な共存、言うのも出来ん訳じゃないじゃろって」
「……エドにだけは言われたくないわよ」
『お前のせいでこうなったんだろう』という意味と、『クリスが暗殺されても同じセリフが吐けるか』という、二重の意味で。
「まあ、その辺りの判断はエリカ様に任せるけん。ただ――戦うなら、私らも全力で『やる』という覚悟はあるのは覚えといて」
クリスの言葉と同時、馬車の車輪がキキキと音を立てて止まる。御者台から人が降りる気配の後、恭しくゴンドラのドアが開けられた。
「……さ、エリカ様。皆が待ってるけん、早く顔を見せてあげ」
にっこりと微笑みそう言って見せるクリス。その言葉に、少しだけ躊躇うような表情を見せた後、エリカは小さく頷いた。
「……貴方個人の事は嫌いでは無かった。幼馴染として、一緒に『悪さ』をして怒られたのも、一緒に勉強したのも、一緒にご飯を食べたのも……今となっては幼い頃のあの王城で暮らした日々、本当に楽しかったわ」
「……私もじゃ、エリカ様。人質として来た筈のラルキア王城なんじゃけどな。変な話、ウェストリアに居るよりもずっと楽しかったで」
「……次に逢うのは、戦場かしら?」
「……どうじゃろな? できれば、仲良く会食と洒落込みたいけどの」
難しいかもしれんの~、なんてまるっきり他人事の様な顔をして見せるクリスにエリカが苦笑を浮かべる。それも一瞬、座席から立ち上がると一歩、また一歩と出口に向かって歩みを進めた。
「……それじゃあね、クリス殿下」
「……それじゃあの、エリカ様」
交わした言葉は、それが最後。エリカは一度も振り返る事なく、ホテル・ラルキアの入り口の前で恭しく頭を下げるクラウス・ブルクハルトに向かって確かに一歩を踏み出した。




