第百五十六話 託すオモイ、受け継がれるネガイ
『っく……右目が疼くぜ……』と職場で中二病ごっこをしてました、どうも結膜炎です。違った、疎陀です。久々に『目ヤニで朝、眼が開かなくなって捨て猫の様になる』を体験しました。目を開けるときにパリパリ言うんですよ、パリパリ。普段コンタクトなんですが、眼鏡で一週間過ごしました、今週。耳痛いよ……
さて、来週ですがちょっと更新は難しそうです。なもんで来週はお休み頂戴します。でもまあ、区切りの良い所までは書けたんじゃないのかな、と思っております。楽しんで頂ければ~。
目を開けて、ロッテの瞳に最初に入って来たのはリズの泣き顔。その次に取得した情報は、そんなリズの肩に手を置いたまま、心配そうに自分を見下ろすエリカと、部屋の入口近くで腕を組み右手の人差し指を忙しなくトントンと動かすシオンの姿だった。
「っ! ロッテ!? 目を覚ましたのね! シオン、エミリに!」
「なに!? わ、分かった!」
エリカの驚いた様な表情と、続いてドアを開け『エミリ嬢! 医者を!』と叫ぶシオンの声にロッテはベッドの上で体を起こそうとして。
「ここ――っ! は!」
起こそうとして、失敗。
背中から腰に掛けて、ズンと響く痛みに顔を顰める。そんなロッテを慌てた様にエリカが制した。
「無理しちゃダメ! 待ってて、ロッテ! 今、医者を呼んでいるから!」
主君の前で不敬。そう思いながら、言う事を聞かない体に従う様、ロッテはベッドに再び体を戻す。
「ロッテ翁! 医者だ!」
体を戻すと同時、シオンが年老いた一人の男を連れて室内に飛び込んで来た。見知ったその医師の顔に少しだけ微笑を浮かべるロッテに医師は驚いた様な顔を浮かべた後、ゆっくりと彼の横たわるベッドに足を進めた。頑なにロッテから離れようとしないリズに困惑の表情を浮かべたのは一瞬、彼は自身の職分を優先する為にリズの肩をおそるおそる叩いた。
「……陛下、失礼します」
「…………はい」
存外に素直にその場を離れたリズに一礼すると、医師は視線をロッテに向ける。どうするのが正しいのか、悩んだ様に瞳を揺らしながら、医師は小さく溜息を吐いて口を開いた。
「……正直に申しましょう、驚いています」
「目を覚ましたのが、ですかな?」
「閣下が刺されてから、既に四日経っております。そして、現状では全く快方に向かってはおりません」
「まあそうでしょう」
「お分かりで?」
「自分の体ですからな。足の先は冷たいですし、手は震えております。意識自体はしっかりしていますが……ですが、これも何時まで持つか怪しいですな」
「……凶器は刃物ですが、相当、体の奥の方まで到達しておりました。また、出血量も多いです。即死でもおかしくありませんでした」
「……ふむ、なるほど。私は無神論者ですが……では、これは神の与えてくれた時間かも知れませんな」
「……その神の与えた時間にも限りがあります。どうか閣下、安静に」
「寝ていろと?」
「喋るという行為は今の閣下では体力を著しく消耗します。閣下には安静にして頂きたい」
「それは医者の理屈ですかな?」
「そうです」
「では、私は政治家の理屈でお返します。無理ですな」
「……喋るのが政治家の仕事ですか?」
「夢と未来を次代に繋ぐのが政治家の仕事ですよ、先生」
そう言ってロッテは視線をエリカに向ける。
「……エリカ様、大変申し訳ないのですが、松代殿をお呼び頂けませんか?」
「……ロッテ、貴方、先生の話を――」
「お願いします、エリカ様」
「――……ああ、もう! 分かったわよ!」
ガシガシと右手で髪を搔き毟った後、エリカが部屋を後にする。バタン、とドアが閉まってほんの数十秒後、先程とは逆の動きでドアが開き、エリカが浩太を連れて室内に戻って来た。
「……連れて来たわよ」
「ありがとうございます。松代殿? 少し、宜しいですか?」
「……はい」
掛け布団から出した震える手でちょい、ちょい、と浩太を呼ぶ。一瞬の躊躇の後、浩太は意を決した様にロッテの傍まで歩み寄った。
「……もう少し、近く」
「……はい」
まるで内緒話をする様に、浩太がロッテの口元にその耳を近づけて。
「――私を刺したのは、ラルキア王国の人間です」
ロッテの言葉が、浩太の耳朶を打つ。
「…………え?」
「ただし、国家としての関与については薄いと考えてよいでしょう。『ジェシー姉ちゃんの仇』と言っていましたから。下手人はまず、ラルキア王国の人間で間違いありません。恐らく、ジェシカ姫が出入りしていた孤児院の人間でしょうな」
あそこの『王族』は身分を偽って出歩くのが大好きですからなと笑って――そして、咳込む。
「ロッテさんっ!」
「ゴホ……失礼……まあ、事情は分からないでもないですが。折角のライムに『復讐』する機会を奪われたのですからな。逆恨みではあるでしょうが、恨んでも恨み切れない相手ではあるでしょう。その割には……ゴホっ……詰めが甘いと言わざるを得ないですが。その辺りを勘案しても、単独、もしくは小さな集団の犯行でしょう」
「ロッテさん! もうイイです! それ以上は喋ら――」
「……この『情報』の取扱、松代殿に一任します」
「――な……え? い、一任?」
「……ええ。この情報をどう扱うか、貴方に一任します。但し、リズ様にだけは喋らないで下さいませ。あそこの国王はリズ様の叔父に当たりますからな。叔父・姪での争いを起こさない様に、『巧く』取り扱って下さい。我がフレイム王国に、少しでも有利になる様に。松代殿、貴方ならそれが出来るでしょう?」
「……私に、ですか? それは……」
「外交局は優秀ですが、流石に『宰相暗殺』などの大口なディールを経験した事はありませんからな。ああ、貴方にも恐らく無いでしょうが……ですが、貴方の側にはおられるでしょう? 交渉人が」
「交渉人?」
「『ラルキアの聖女』」
「……あ」
「十分な切り札になると思料します。交渉の窓口は宰相のルドルフに。彼の御仁は恩には恩で、仇には仇で、そして過失には謝罪で返す事が出来る人間ですから。追い詰めすぎない様、譲歩し過ぎない様、巧く我が国に有利になる様に調整をして下さい。その辺りのバランス感覚には、私は貴方に一定以上の評価をしております」
「……」
「最初から最後まで、貴方には迷惑を掛け続けております。大変申し訳なく思っておりますが、何卒、お願いできませんか? 老い先短い年寄りの、最後の頼みですので」
「……その言い方はズルいですね」
「ええ。宰相とはズルいイキモノですから」
ロッテの言葉に、浩太は肩を竦めて溜息を一つ。
「……分かりました。誰よりも、貴方の大好きな『陛下』の為に頑張りましょう」
「……ありがとう、松代殿。やはり貴方は賢く……そして、優しい方だ。貴方を召喚してしまった事は当方の過失ですが……ですが、貴方の事情を考えずに言えば、私達は幸運です」
そう言って、にこりとロッテが笑う。そんなロッテの手を握る手があった。
「……では、その『幸運』は私の手柄だな?」
「……シオン」
「なんだ? ロッテ翁は殺しても死なないと思っていたのだが?」
「……まあな。まさか、私もこの様な形で最期の時を迎えるとは思っていなかったさ。アリアは?」
「今は研究室に籠って文献を読み漁っている」
「文献だと?」
「異世界から人を召喚できるんだ。死に掛けの老人を生き返らせる、そんな秘術だってあるかも知れないだろう? なに、心配するな、ロッテ翁。アリアは私と違って天才だ。きっと、ロッテ翁の傷を癒す妙薬の精製方法を発見する。だから、今はしっかり寝て体力を養っておくんだな。そもそも、医者のいう事は聞くモノだぞ?」
「……シオン」
「なんだ?」
「……お前も、『天才』だよ?」
「……なんだ、らしくない? いつも私を怒っていたじゃないか? 最後に、優しい言葉を掛けてポイントアップを狙うとは、ロッテ翁らしくないんじゃないか? そんなモノ、安い大衆演劇でも最近見ないぞ?」
「確かに、お前はアリアと違い、天才的な閃きは少ないかもしれない」
「そうだ。だから私は――」
「だがな? 本当の賢さとは、きっと物事に粘り強く取り組む事が出来る人の事を言うと私は思う」
「……」
「辛い事だってあっただろう。悲しい事だってあっただろう。逃げ出したい事だって、きっと、投げ出したい事だってあっただろう。なまじ、能力が無いと思っているからな、お前は。だが、お前は逃げなかった。放り出す事をせず、困難な問題にでも粘り強く取り組み続けた。私は、それこそが……それを出来る才能を持つ人間こそが天才というと、そう思う」
「……我儘なだけだ」
「天才は我儘なものだ。そして、その様な愚直な……『努力が出来る』という才能を持ったお前は、きっと天才なんだよ」
何かを懐かしむ様に、瞳を閉じて。
「……お前は小さい頃からそうだったからな」
「……やめろ」
「物事を、なんでも知りたいと願い、そしてその為に行動できる人間だ。殆どの人間が『ほどほど』で良いと諦めるのに、お前は最後まで粘り続ける」
「…………やめろ」
「……そして、私はお前のその能力に期待している。きっと、お前ぐらいの『天才』ならこのフレイム王国を良くしてくれる、とな? 先程お前が言った通り、このフレイム王国に『幸運』を招き入れたのはお前のその『才能』のお陰だ」
「………………やめろ」
「……頑張れ、シオン。お前のその才能で、この国をきっと良い国に――」
「やめろっ!」
閉じていた眼を、ゆっくりと開ける。
「……おねがい……だから……やめてよ……」
目の前で涙を流すシオンに、少しだけ驚いた様に表情を歪め――そして、苦笑を浮かべて見せた。
「……泣くな、シオン。人はいつか死ぬ。早いか、それとも遅いかの差だけだ。私は十分生きた」
「……だっ……て……そんなの……そんなの……イヤだよ……イヤだよ……ロッテ、おじいちゃん……」
「イイ大人が、情けないぞ?」
「イイ大人じゃなくていい! 天才なんかじゃなくていい! だから……だからっ!」
ただ、生きて。
「まだ……まだ、必要なんだよ……私には……私達には……ロッテおじいちゃんが……」
そう言って涙腺を崩壊させて泣き崩れるシオンの肩をそっと抱き、エリカが困ったような苦笑を浮かべてベッドの上のロッテを見下ろした。
「……困った人ね」
「私が、ですか? それともシオンが?」
「両方、かな?」
「それは失礼。私と……そして、私の『孫』の分も合わせてお詫びいたしましょう」
「イイわよ、別に」
「……そうですか」
「……ええ」
「……」
「……」
「……」
「……なにか」
「……はい?」
「何か、言っておくことがあるかしら?」
「エリカ様にですか? それともシオンに?」
「両方、かな?」
「シオンには十分話をしましたので結構。ですが、エリカ様? 貴方には謝罪をしなければなりません」
「……何に対して?」
「まだ親と過ごすべきだった年頃の貴方を、親元から追い出した事に対してです」
「……」
「立案したのは私です。フレイム王国の為に、フレイム王国の千年の繁栄の為に……何より、自分の為に、私は貴方をテラに追いやった」
「……」
「恨んで頂いても構いません」
そう言ってじっとエリカを見つめるロッテ。その姿を呆れた様に見やり、エリカはやれやれと首を振った。
「……お父様、お母様、リズ……それに、アンジェリカ様」
「……なんの呪文ですかな、それは」
「思い出したのよ、ロッテ。私の大好きな家族は、誰一人貴方の事を悪く言わなかったな、って」
「……」
「……最後まで『悪役』を演じる気?」
「……物語には悪役が必要でしょう?」
「いいえ。皆が優しいだけの物語があっても良いと思うわよ?」
「妄想です」
「失礼ね、幻想よ? そして、幻想は願えば叶うかもしれないでしょう?」
「……ははは。お強くなられましたな、エリカ様。そうですな。きっと、願えば叶うのでしょう。誰もが優しい、そんな『物語』も」
大きく息を一息。
「……幸せになって下さい、エリカ様」
「……十分、幸せよ、私は」
「もっとです。貴方はもっと、幸せになって良い。いや、ならなければならない」
「……」
「辛い思いをされた貴方には、皆を幸せにする力があります。貴方自身の手で、貴方を――そして、貴方の周りの人を『笑顔』にしてあげて下さい。シオンも、アリアも、松代殿も、聖女様も、ソニア様も、エミリ嬢も……そして、貴方の『妹』も」
「……うん、約束する」
「……ありがとうございます。最後に一つだけ、宜しいですか?」
「いいわよ?」
「不敬を承知で言わせて頂ければ……貴方も、『娘』の様に愛しいと思っておりましたよ、エリカ様」
その言葉に、エリカが唇を噛み締めて中空を睨む。どれくらいそうしていたか、やがて、瞳に涙を溜めたまま視線をロッテに戻したエリカの顔には笑みが浮かんでいた。
「……分かりにくいわよ、ばーか」
「失礼」
「でも、知ってた。分かりにくいけど……大事にされてるって、そう思ってたから」
ぐっと、涙を拭い、輝くような笑顔を見せて。
「……それじゃ、ロッテ? 貴方が一番『愛した娘』にも、声を掛けて上げて? 悔しくないって言うと嘘になるけど……でも、やっぱり貴方とリズはセットじゃないと」
ただ、呆然としていたリズの後ろに回り、その背中を押す。たたらを踏む様にロッテの側に歩み寄ったリズとロッテの視線が交差した。
「……リズ様」
「……あ……ろ、ロッテ……」
「……その様な悲しい顔を為されますな」
ベッドの中から手を伸ばし、リズの目尻に溜まった涙をそっと拭う。その震える手を、リズは力強く握りしめた。
「……ロッテ……」
「……貴方はその若さで国王という重責に立派に耐えておられました。私がリズ様の年頃には、まだまだ私塾の学生でしたからな。国政に関与するなど、考えてもいませんでした」
「それは……ただ、ロッテが……ロッテが居てくれたから!」
「いえ。古今東西、国王が『我儘』であった為に傾いた国など枚挙に暇がありません。ですが、貴方は違った。私がどれだけ尽くしても、響かない君主は響かない。ゲオルグ陛下、リズ様、二代に渡って英邁な君主に仕える事が出来たのはこのロッテ、生涯の誇りです」
「そ、そんなの、まだ分からないじゃないですか! ロッテが居てくれないと、私は悪逆非道の君主になるかも知れません! だ、だからロッテ! もっと生きなさい! 私を残してお父様やお母様の所に行くなんて、そんなの認めません!」
「ゲオルグ陛下やアンジェリカ様の下に行けるとは思えませんがな、私は」
「そんな事ありません! あ、い、行っちゃイヤだけど、で、でも、ロッテはきっと天国に行くんです! 行くに決まっています! だってロッテは! ロッテは――」
凄く優しくて、何時だって人の事を考えられる人なんだから、と。
「……果報者に御座います、私は」
「そ、そうですよ! 私は女王陛下なんですよ? 女王陛下に此処まで言わせるなんて、そんなに果報者な臣下は居ないんです! だから、ロッテ! こんな所で死ぬなんて許しません! 不忠者って、罵りますよ!」
「……この年になって何を望むかと思いましたが……そうですな。まだ私にも欲がある様です。それだけはご勘弁を、リズ様」
そう言って、小さく苦笑を浮かべて。
「……そうですな。貴方様に不忠者と罵られるのは辛いですな」
「……そうです。だから……だから!」
「不敬ですが、宜しいですか?」
「……許可します」
「私に取って貴方は、敬愛する主君でありました。それと同時、愛しい娘の様であり、愛しい孫の様であり続けました。ですので、最後に一度だけ、こう言わせて下さいませ」
そう言って、一つ息を吸って。
「――幸せであれ、リズ。ただ、幸せであってくれ」
ロッテがせっかく拭ってくれた涙が、もう一度溢れた。
「――私もです! 私も貴方の事を臣下としてだけではなく、父の、祖父の様に思っております! 何時でも私を導き、何時でも私を支え、泣いていたら慰め、怒っていたら宥め、笑っていたら共に喜んでくれるロッテの事を、どれだけ、どれだけ大好きだったかっ!」
「……本当に、果報者ですな、私は」
「だから! これからは私の『父』として、『祖父』として振る舞って下さって構いません! 敬語も要りません! 我儘を言えば叱って下さい! 泣いていたら情けないと怒って下さい! 楽しかったら、一緒に大笑いをしましょう! だから、だから!」
涙を流したまま、ロッテに縋りつくリズ。
「……済みません、リズ様。それは叶えられそうにはありませんな」
声は掠れ。
目は霞み。
手は震え。
話し疲れたか、それでもロッテはその右手をリズの目尻に置いて、もう一度その涙を拭う。
「……どうか、リズ様、笑って下さい」
「無理ですっ! 今、こんな時に笑うなんて、そんなの無理です!」
「そこを曲げて、どうか。リズ様、お願いします」
「イヤ! イヤイヤイヤ! 笑える筈なんて無い! 楽しい事なんて一つもない! それなのに、それなのに!」
震える右手を掴んで離さないと言わんばかりのリズに、優しい微笑みを浮かべて見せる。俯き、ただ滂沱の如く涙を流し続けていたリズが顔を上げる。
「……ロッテ」
涙で顔はぐちゃぐちゃ。
化粧は取れ、目は腫れ、およそ『美少女』の面影なんて、これっぽっちも残っちゃいない、そんな顔のまま。
「……ああ、それです、リズ様。私が『守り』たかったモノは」
それでも、美しい笑顔を浮かべるリズにロッテはより一層の微笑みを浮かべ。
「……リズ様」
残された時間が、少ない。そんな事、自分の体が一番教えてくれる。
「……リズ様、リズ様」
まだ、本当に伝えたい事が伝えられていない。
「……はい」
だから、ロッテ・バウムガルデンは最後の力を振り絞る。
「……私から申し上げる、最後のお願いに御座います」
伝えたい、ココロを。
「……良い、国を」
叶えたかった、キモチを。
「……皆が笑って暮らせる」
届けたい、オモイを。
「――そんな国を」
アンジェリカから受け取ったその『夢』。いつしかロッテの夢となった……そんな、『願い』を。
「…………そんな国に、どうかして下さいませ」
――その願いを、託す。
「……は……い」
瞳には、溢れる涙。それでもロッテの願い通りに笑顔を浮かべたままのリズに、小さくロッテも微笑みを浮かべ、ゆっくりと瞳を閉じた。
「……でも……でもですよ、ロッテ? その最後の願いは私だけじゃきっと、難しいんです」
「……」
「だから……きっと、ロッテの力がまだまだ必要なんですよ、私には」
「……」
「あ、あれ? 私、今、ロッテに丸投げしようとしているんですよ? ほら! いつもみたいに言って下さいよ? 『全く、陛下は』って! あの、困った様な、呆れた様な、そんな表情で言って下さいよ!」
「……」
「で、でもでも! 私、知ってるんですからね? そんな憎まれ口を叩きながら、それでも何時だって、何時だって、ロッテは最後は私を助けてくれるんですよね? 私、凄く感謝しているんですよ? い、いつもはホラ、ちょっと恥ずかしいんですけど……でも、本当に有り難いと思ってるんですよ? えへへ! ロッテ、大好きですっ!」
「……」
「も、もう! 無視はダメですよ、無視は! 恥ずかしいけど言ってみたんですよ? ホラ、いう事があるでしょ、ロッテ? 『……あざといです、陛下』とか、いつもみたいに小馬鹿にしてもイイんですよ? 今日だけ、許して上げますから! あ、勿論、さっきの仕事を手伝うんですよ? 皆が笑顔になれる国なんて、素晴らしいじゃないですか! ロッテ、貴方も案を出して下さいね?」
「……」
「ね、ロッテ? だから、まだまだ引退なんてさせませんよ? まだまだ、ロッテには頑張って貰わなくちゃいけないんですからっ!」
「……」
「……も、もう~! だから、ロッテ! とにかく、しばらくゆっくり休んで、またバリバリ働いて貰いますからね!」
「……」
「……ね、寝たふりなんていいんですよ、ロッテ?」
「……」
「……ろ、ロッテ?」
「……」
「い、イヤですよ、ロッテ? そんなの……そんなの、許しませんよ?」
「……」
おそる、おそる。
「……」
握っていた右手を離す。
「……」
重力に従う様、パタン、とベッドの上に右手が落ちる。
「――っ! ロッテ! ロッテ! ロッテ!」
そこまでが、限界だった。
堪らず、リズはその体を強く、強く揺さぶる。それでも目を開けないロッテに、リズがドンドン、と二度胸を叩く。それでも目を開けないロッテに、リズは――
「リズ! もう駄目! 止めなさい!」
「離して! 離して下さい、お姉様っ!」
そんなリズを後ろから羽交い絞めにするエリカに体の自由を奪われ、それでもなんとか体を捻りその呪縛から逃れようとする。伸ばしても、伸ばしても、届かない手に、リズは大きく声を上げて。
「目を開けなさい! これは勅命です、ロッテ! 目を、目を開けてよ!」
「……リズ」
「もうイヤなんです! お願いだから、ロッテ、もう、私を一人にしないで! 私に寂しい思いをさせないで!」
――ロッテ・バウムガルデン。
フレイム王国王都ラルキアのバウムガルデン商会、その三男として生を受け、ゲオルグ、エリザベートの二代の国王に宰相として仕えた稀代の忠臣は。
「ロッテ、ロッテ、ロッテ、ロッテぇーーーーーーーーーーーーーーー! いやぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
――この日、その生涯に幕を下ろした。
前書きと本編のギャップが半端ない。




