第110話 第四の門は、混ぜるためにあった
第109話では、貯水池の水位が再び急低下しました。
池底には人工的な円形石枠、通称「底の口」があり、そこから水が地下へ吸い込まれていました。
さらに石枠の内側から、草、雫、葦に続く第四の印が見つかります。
丸い水滴の中に、小さな炎。
それは、青火の水と季節水をつなぐ門の存在を示していました。
第110話では、その第四の門が何のために作られたのかを調べます。
貯水池の底で、また音がした。
ごん。
青火の水門で聞いたものと同じ、低い音。
リリィは池の縁から、水面を見つめた。
浮き板と麻袋の覆いは、まだ渦を弱めている。
だが、水は完全には止まっていない。
底の口から、ゆっくり地下へ吸い込まれ続けていた。
カナタは記録板を握りしめる。
「第四の印……。どうして貯水池の底に、青火の印があるの?」
シオンが吐き捨てるように言った。
「上の水と、青火の水を混ぜるためだろ」
「そんな危ない水を?」
「昔の人間が何考えてたかなんて知らない」
二人の声がまた険しくなりかけた。
だが、コピがすぐに割って入る。
「現時点で断定はできません。第四の門は、単純な混合ではなく、制御された接続であった可能性があります」
オルガが眉をひそめる。
「制御された接続って?」
「必要な時だけ、少量の青火水を季節水系へ通す構造です」
「危ない水なのに?」
「危ないからこそ、条件つきだったと考えられます」
カナタが小さく呟いた。
「三度沈め、七度測れ……」
第108話で見つかった言葉。
青火を草へ流すな。
青火を獣へ飲ませるな。
季節水と混ぜる時は、三度沈め、七度測れ。
つまり、混ぜること自体は禁止されていなかった。
ただし、厳しい条件があった。
リリィは言った。
「第四の門を見よう。でも、開けない」
「また見るだけ?」
シオンが言う。
リリィは頷く。
「うん。今は見るだけ。動かしたら、どこへ水が走るか分からない」
シオンは不満そうだった。
でも、反論はしなかった。
小型観測機が、浮き板の隙間から水中へ入った。
池底は濁っている。
泥と細かな白い粒子が舞い、視界は悪い。
それでも、観測機の灯りが円形石枠を照らした。
石枠の内側には、金属板がある。
半分は泥に埋まり、半分だけが見えていた。
そこに四つの印が並ぶ。
草。
雫。
葦。
そして、雫の中の小さな炎。
コピが解析する。
「第四の印の下に、古い文字があります。泥を払わず、光だけで読み取ります」
画面に文字が浮かんだ。
寒き年、氷閉じる時のみ開け。
青火を薄め、季節を起こす。
直接飲ませるな。
沈め、測り、草へ渡せ。
カナタが息を止めた。
「季節を起こす……?」
高原道の老人が目を細める。
「昔、雪解けが遅れた年に、青火の温かい水で凍った水路を起こした、という話を聞いたことがある」
オルガが顔を上げる。
「つまり、青火の水は毒水じゃなくて、使い方を間違えると危ない水?」
コピが頷く。
「その表現が近いです。温度と鉱物成分を利用し、凍結した季節水路を再起動する役割があった可能性があります」
ミラが通信で続けた。
『冷えすぎた雪解け水に、温かい青火水をほんの少し混ぜる。水路を溶かして流れを戻す。でも混ぜすぎたら、土や家畜に悪い』
リリィはようやく理解した。
第四の門は、危険な水を流すための門ではない。
止まった季節を、少しだけ起こすための門だった。
けれど今は、その仕組みが壊れ、条件も忘れられている。
誰かが中途半端に触れば、水は暴れる。
貯水池の水が吸われ、青火の水門が鳴り、谷下の地面が沈みかける。
全部、つながっていた。
カナタは画面を見つめたまま言った。
「だったら、今は開けちゃいけない」
シオンが振り向く。
「さっきまで水を戻せって言ってただろ」
「これは戻す門じゃない。混ぜる門。測らずに開けたら、上も下も壊れる」
シオンは何も言えなかった。
少し前まで、カナタは貯水池だけを見ていた。
今は、谷下と青火の水も見ている。
それをシオンも感じたのか、黙って画面へ視線を戻した。
コピがさらに観測機を進める。
金属板の奥には、狭い隙間があった。
そこから水が吸い込まれている。
ただし、門が開いているわけではない。
古い密閉部分がずれ、横から漏れている。
「第四の門は、閉じた状態です。しかし、枠の一部が変形し、漏水路ができています」
ミラが言う。
『つまり、門を開けていないのに、水が勝手に混ざる方向へ抜けてる』
「はい」
「塞ぐ?」
カナタが聞く。
コピは慎重に答えた。
「完全閉鎖は推奨しません。地下圧力の逃げ道を失う可能性があります。まず、漏水量を一定に保つ仮制御が必要です」
オルガが肩を落とす。
「止めない。開けない。一定にする。難しいなあ」
リリィは微笑した。
「でも、やることは見えてきた」
午後、観測塔で小さな確認会が開かれた。
第四の門について、カナタが説明する。
「第四の門は、青火の水を季節水に混ぜるための門でした。ただし、いつでも開けるものではありません。寒い年、凍った水路を起こす時だけ、少量を使う仕組みだったようです」
牧草地の代表が顔をしかめる。
「青火の水を混ぜるなど、危険ではないのか」
「危険です」
カナタはすぐに答えた。
「だから、今は使いません」
シオンが続ける。
「でも、底の口から漏れてる。放置すれば貯水池の水が減る」
カナタは頷く。
「だから、漏れを弱める。だけど完全には塞がない」
代表は不安そうに言った。
「中途半端に聞こえる」
リリィが答える。
「今は中途半端が安全です。全開も、全閉も危険です」
コピが方針を表示した。
一、第四の門は開けない。
二、底の口の漏水は仮覆いで弱める。
三、漏水量、水温、鉱物成分を毎時記録する。
四、青火の水と混ざった水は飲用・家畜用にしない。
五、貯水池の上澄みのみ、ろ過試験後に限定使用する。
六、第四の門に触った者の痕跡を調べる。
最後の項目で、空気が変わった。
誰かが触った。
それはもう、ほぼ確実だった。
青火の水門に「開放準備済み」の符号。
分水室の新しい操作痕。
貯水池底の足跡。
偶然とは考えにくい。
高原道の老人が低く言った。
「古い水路を知る者がいる」
シオンが拳を握る。
「そいつが水をめちゃくちゃにしたのか」
コピが冷静に返す。
「目的はまだ不明です。水不足を解決しようとした可能性もあります」
カナタが呟いた。
「でも、記録せずに触った」
その言葉は重かった。
善意でも、無記録の操作は危険になる。
午後の後半、リリィたちは池底の足跡を調べた。
水位が少し下がったおかげで、泥の上の跡ははっきりしている。
一人分ではない。
小さい足跡と、大きい足跡。
そして、引きずったような細い跡。
オルガがしゃがみ込む。
「道具箱かな」
コピが分析する。
「足跡は二名以上。片方は軽量。もう片方は荷物を持っていた可能性があります」
カナタが周囲を見る。
「牧草地の人たち?」
代表は首を振った。
「池底には近づくなと伝えていた。家畜が沈むからな」
シオンが泥の端を指差す。
「この跡、上へ行ってる」
足跡は貯水池の縁から、旧観測塔ではなく、北側の斜面へ向かっていた。
旧雪室群とも違う方向だ。
高原道の老人が顔をこわばらせる。
「北の斜面……古い測候小屋がある」
カナタが反応する。
「測候小屋? そんなの、今の観測図にはない」
「昔、雪と風だけを測っていた小屋だ。観測塔ができてから使われなくなった」
「また、記録にない場所……」
カナタは悔しそうに言った。
だが、すぐに記録板へ書いた。
北斜面、旧測候小屋。足跡の行き先候補。
リリィはその文字を見た。
カナタはもう、知らなかったことをただ悔しがるだけではない。
すぐに記録へ戻せるようになっている。
夕方、ファルコンが北斜面を上空から調べた。
古い測候小屋は、岩場の陰にあった。
屋根は半分落ちている。
だが、入口の雪よけ板だけが新しい。
「使われている」
ファルコンが告げる。
「最近、人が入った跡がある。煙突から、薄い煙も出ている」
カナタが立ち上がる。
「今も誰かいるの?」
コピが映像を拡大する。
小屋のそばに、小さな荷車があった。
その上に、古い水路図の写しらしきものが置かれている。
さらに、青白い鉱物で汚れた工具。
リリィは息をのんだ。
「ここで作業していたんだ」
シオンが低く言う。
「行くぞ」
オルガがすぐに止める。
「夜になる。小屋の周りの地盤も分からない」
カナタも拳を握っていた。
けれど、今回は走らなかった。
「明日の朝、行く」
リリィは頷いた。
「うん。準備して行こう」
その時、コピの端末が警告音を鳴らした。
「貯水池底部、漏水量が変化しました」
「増えたの?」
カナタが聞く。
「いいえ。急に減っています」
一瞬、全員が安心しかけた。
しかし、コピは続けた。
「同時に、青火の水門側の水圧が上昇しています」
リリィの表情が変わる。
底の口から抜ける水が減った。
つまり、どこかで詰まった。
その分、青火の水門側へ圧力が戻っている。
ごん。
遠くの谷から、低い音が響いた。
また、水門が鳴った。
今度は一度ではない。
ごん。
ごん。
続けて二度。
コピが厳しい声で告げる。
「青火の水門、圧力急上昇。明朝まで持つ保証はありません」
北斜面の測候小屋。
そこにいるかもしれない、古い水路を触った者。
そして、圧力を上げ始めた青火の水門。
次に動くべき場所は二つ。
だが、夜はもう高原へ降りていた。
第110話では、貯水池の底にある第四の門の役割が明らかになりました。
それは、青火の水を季節水へ少量混ぜ、凍った水路を起こすための門でした。
ただし、青火の水は危険な成分を含むため、沈殿と測定を重ねたうえで使う必要がありました。
現在は門そのものが開いているのではなく、枠の変形によって漏水が起き、貯水池の水が地下へ抜けています。
さらに、池底に残された足跡は、北斜面の旧測候小屋へ向かっていました。
そこには最近使われた痕跡があり、古い水路図や青火の鉱物で汚れた工具も確認されます。
一方で、貯水池側の漏水が急に減った代わりに、青火の水門側の水圧が上昇し始めました。
次回は、北斜面の旧測候小屋にいる人物を追うのか、それとも今にも危ない青火の水門へ向かうのか。
リリィたちは二つの緊急事態に挟まれます。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




