第111話 二つの警告
第110話では、貯水池の底にある第四の門が、青火の水と季節水を少量混ぜるための門だったことが分かりました。
本来は、凍った季節水路を起こすための仕組みです。
しかし現在は、記録も条件も失われたまま、誰かが古い水路に触っています。
池底の足跡は、北斜面の旧測候小屋へ続いていました。
一方、貯水池側の漏水が急に減った代わりに、青火の水門の水圧が上昇し始めます。
第111話では、リリィたちが二つの警告の間で判断を迫られます。
夜の高原に、低い音が響いた。
ごん。
青火の水門だ。
続けて、もう一度。
ごん。
観測塔の窓が、かすかに震える。
カナタは端末を見つめたまま、顔を青くしていた。
「水門の圧力、上がり続けてる」
コピが表示を確認する。
「青火の水門側、危険域へ接近。貯水池底部の漏水低下と連動しています」
シオンが机を叩いた。
「じゃあ、今すぐ水門へ行くしかない!」
カナタが北斜面の地図を見る。
「でも測候小屋にも誰かいる。そこが原因かもしれない」
「水門が壊れたら、下流が終わる!」
「でも、その誰かを逃がしたら、また別の場所を触られる!」
二人の声がぶつかる。
けれど、今回はどちらも間違っていない。
青火の水門は、今危ない。
旧測候小屋には、古い水路を操作した人物がいるかもしれない。
片方を追えば、片方が進む。
リリィは深く息を吸った。
「分けよう」
オルガがすぐに顔を上げる。
「二手に?」
「うん。でも、追跡班は接触しない。見るだけ」
コピが頷く。
「推奨します。水門対応を優先。旧測候小屋はファルコンによる上空監視と、遠隔記録に留めます」
ファルコンが翼を広げた。
「小屋は俺が見る。誰かが出たら追うが、近づきすぎない」
カナタは悔しそうだった。
「私も測候小屋へ——」
「だめ」
オルガが即答した。
「今の記録係が必要なのは水門側。圧力、水位、沈殿池、全部同時に見る人がいる」
カナタは反論しかけた。
だが、止まった。
自分が行きたい場所と、自分が必要な場所は違う。
それを飲み込むように、彼女は記録板を抱え直した。
「……分かった。水門側へ行く」
シオンも短く言う。
「俺も行く。谷下の水門だからな」
リリィは頷いた。
「行こう。今夜は開けない。壊させない」
青火の谷へ向かう夜道は、昼よりずっと長く感じた。
放水溝から流れる水は細い。
旧採石跡の一時沈殿池は、薄く青白く光っている。
しかし、その奥。
封じられた青火の水門の方角からは、重い音が続いていた。
ごん。
ごん。
カナタは走りながら記録する。
「音の間隔、短くなってる!」
コピが答える。
「圧力上昇が進んでいます」
オルガが言う。
「急ぐ。でも足元見る!」
青火の水門の前へ着くと、沈殿池の水位が上がっていた。
第108話で作った漏水受け溝には、白い鉱物が詰まり始めている。
水は流れにくくなり、その分、水門の奥へ圧力が戻っていた。
ミラの通信が飛ぶ。
『詰まりを全部取らないで! 急に流したら沈殿池があふれる!』
シオンが叫ぶ。
「じゃあどうする!」
『二本目の受け溝を作る! 一本を広げるんじゃなくて、流れを分けて!』
リリィはすぐに決めた。
「二本目を作ろう。水門は触らない。漏れている水だけ逃がす」
カナタが記録する。
「第一受け溝、鉱物詰まり。第二受け溝を追加」
オルガとシオンが石を動かす。
リリィは沈殿池の水位を見る。
カナタは圧力計と音の間隔を読む。
ごん。
ごん。
まだ音は強い。
シオンの手が焦って滑る。
石が崩れかけた。
オルガが腕を掴む。
「力任せ禁止!」
「分かってる!」
「分かってない顔してる!」
シオンは歯を食いしばる。
でも、今度は息を合わせた。
一つずつ石を外し、浅い溝を作る。
その間にも、第一受け溝の水は青白い光を強めていた。
コピが警告する。
「沈殿池、容量七割。八割を超えた場合、下流側への越流リスクがあります」
カナタが叫ぶ。
「あと少し!」
最後の石を外す。
第二受け溝へ、青火の水が流れ込んだ。
細い。
だが、確かに流れる。
水門の奥で、音が変わった。
ごん。
さっきより弱い。
コピが数値を読む。
「圧力上昇、鈍化。危険域への到達を遅延」
オルガが息を吐く。
「止まった?」
「いいえ。遅らせました」
「最近その言葉ばっかり」
リリィは水門の方を見る。
「でも、今夜を越える時間は作れた」
カナタは圧力曲線を見つめる。
上昇は止まっていない。
ただ、角度が緩やかになっただけ。
このままなら朝まで持つかもしれない。
だが、それは水門を守っただけだ。
水そのものの問題は残っている。
その時、ファルコンから通信が入った。
『北斜面の測候小屋に動きあり』
全員の動きが止まる。
ファルコンの映像が端末に映る。
夜の北斜面。
古い測候小屋の戸が開いている。
中から、二つの影が出てきた。
一人は背が高い。
もう一人は小柄。
二人とも外套を着ていて、顔は見えない。
小柄な影が、何かを抱えている。
古い巻物のようにも見える。
コピが映像を補正する。
「水路図、または記録筒の可能性があります」
カナタが食い入るように画面を見る。
「追って!」
ファルコンが答える。
『追跡中。ただし接近はしない』
二つの影は、測候小屋から貯水池ではなく、さらに北へ向かっていた。
山脈の方。
雪の残る斜面へ。
シオンが言う。
「逃げる気か」
コピが地図を重ねる。
「北側には、旧氷室道があります。雪室群よりさらに古い記録外の道です」
カナタが唇を噛む。
「また古い道……」
老人の通信が入る。
『北の氷室道は危険だ。昔、季節水の源を見る者だけが通ったと聞く』
リリィが顔を上げる。
「季節水の源?」
『山の雪ではない。雪の下で水が生まれる場所だと』
カナタが小さく呟いた。
「そんな場所、観測塔の地図にはない」
シオンが言う。
「でも、あいつらは知ってる」
青火の水門。
分水室。
貯水池の底の口。
北の測候小屋。
そして、旧氷室道。
誰かは、この高原の古い水の仕組みを知っている。
しかも、記録を持っている。
ファルコンの映像で、背の高い影が一度だけ振り返った。
その瞬間、顔が月明かりに照らされる。
老人が息をのんだ。
『……まさか』
リリィが尋ねる。
「知っている人?」
老人は震える声で答えた。
『あれは、死んだはずの雪室番の紋だ』
映像では、影の胸元に古い紋章が見えた。
雪の印。
水滴の印。
下向きの矢印。
旧雪室群で見つけたものと同じ。
だが、死んだはずという言葉が場を凍らせた。
オルガが低く言う。
「幽霊、って話じゃないよね?」
コピが即答する。
「人間です。熱反応があります」
「よかったような、よくないような」
カナタは老人へ詰め寄るように通信した。
「雪室番って何ですか!」
老人はしばらく沈黙した。
そして言った。
『観測塔ができる前、季節水を分けていた者たちだ。雪室、分水鐘、青火の水門を管理していた。だが、事故で途絶えたと聞いている』
シオンが険しい顔になる。
「途絶えてない。誰かが残ってる」
カナタは悔しそうに拳を握った。
「水を知っている人たちがいたなら、どうして出てこなかったの……」
誰も答えられない。
だが、リリィは一つだけ分かった。
これはもう、壊れた設備だけの話ではない。
記録から外れた人たちがいる。
消えた技術と、残された人。
その誰かが、今も水を動かしている。
青火の水門側では、第二受け溝が機能し始めていた。
圧力は、ゆっくり下がり始める。
完全に安全ではない。
でも、今夜すぐ破れる危険は遠ざかった。
コピが告げる。
「青火の水門、圧力低下を確認。応急対応は有効です」
カナタは記録した。
「第二受け溝、有効。夜間監視継続」
シオンが北の山を睨む。
「次はあいつらだ」
リリィは頷いた。
「でも、追い詰めるんじゃない。話を聞く」
シオンが不満そうにする。
「あいつらが水を狂わせたんだろ」
「まだ分からない。水を戻そうとして失敗したのかもしれない」
カナタが静かに言った。
「でも、記録せずに触った」
リリィは彼女を見た。
「うん。それは聞かなきゃいけない」
夜が明けるまで、リリィたちは青火の水門を見守った。
第二受け溝は何度か詰まりかけ、そのたびに少しずつ白い鉱物を取り除いた。
沈殿池の水は増えた。
だが、越流はしなかった。
貯水池の水位も、底の口から抜け続けてはいるが、急落はしていない。
谷下集落の井戸も、今のところ静かだった。
三つの危機は、細い糸でかろうじて止まっている。
朝。
ファルコンが戻ってきた。
「二人組は旧氷室道へ入った。途中で見失った」
カナタが顔を上げる。
「見失った?」
「道が雪の下へ潜っている。入口の奥に空洞がある」
コピが映像を表示する。
雪の残る北斜面。
そこに、黒い裂け目がある。
入口には、古い木札が立っていた。
文字は半分消えている。
だが、コピが補正すると、読めるようになった。
季節水源。
測らぬ者、入るべからず。
青火を携える者、戻るべからず。
カナタが息をのむ。
「青火を携える者、戻るべからず……?」
シオンが呟く。
「どういう意味だ」
リリィは、青火の沈殿池を振り返った。
青火の水は、凍った水路を起こすために使われた。
でも、季節水源へ持ち込んではいけない。
なぜ。
その時、コピの端末に新しい警告が出た。
「北斜面内部で温度上昇を確認」
「温度上昇?」
リリィが聞く。
「はい。旧氷室道の内部です。青火由来と似た反応があります」
カナタの顔色が変わる。
「あの二人、青火を持って入った……?」
コピは短く答えた。
「可能性があります」
北の雪の下で、何かが温まり始めている。
季節水の源で。
持ち込んではいけないはずの青火が。
第111話では、青火の水門の圧力上昇と、北斜面の旧測候小屋という二つの警告に対応しました。
リリィたちは、まず破損の危険が迫る青火の水門を優先し、第二受け溝を作って圧力を逃がします。
一方、ファルコンは旧測候小屋を監視し、そこから二人組が北の旧氷室道へ向かうのを確認しました。
彼らは、かつて季節水を管理していた「雪室番」の紋を持っていました。
つまり、古い水路を知る者たちが、今も高原に残っている可能性があります。
終盤では、旧氷室道の入口に、
「青火を携える者、戻るべからず」
という警告が残されていました。
しかし、その内部で青火由来と思われる温度上昇が確認されます。
次回は、季節水源へ青火を持ち込んだ二人組を追い、北斜面の旧氷室道へ向かいます。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




