第112話 季節水源の氷が鳴る
第111話では、青火の水門の圧力上昇に対し、リリィたちは第二受け溝を作って応急対応しました。
一方、北斜面の旧測候小屋から、二人組が旧氷室道へ向かう姿が確認されます。
彼らは、かつて季節水を管理していた「雪室番」の紋を持っていました。
旧氷室道の入口には、
「青火を携える者、戻るべからず」
という警告が残されていました。
しかし、その内部では青火由来と思われる温度上昇が確認されます。
第112話では、リリィたちが旧氷室道へ入り、季節水源で何が起きているのかを追います。
旧氷室道の入口は、雪の下に半分埋もれていた。
黒い裂け目のように開いた道。
入口の木札には、古い文字が残っている。
季節水源。
測らぬ者、入るべからず。
青火を携える者、戻るべからず。
カナタはその文字を何度も見た。
「青火を持って入ったら、戻れない……」
シオンが低く言う。
「脅し文句かもしれない」
コピが首を横に振る。
「警告と見るべきです。内部は氷、地下水、温度差が重なる場所です。青火由来の熱を持ち込めば、急融解や崩落が起きる可能性があります」
オルガがロープを手に取る。
「つまり、かなり危ない」
「はい」
「じゃあ、いつもより慎重に行くよ」
カナタとシオンが同時に頷いた。
二人とも、もう勝手に飛び出そうとはしない。
少しだけ、旅の中で変わり始めていた。
リリィは入口の奥を見た。
冷たい風の中に、ほんの少しだけぬるい空気が混じっている。
ありえない温度差。
「行こう」
旧氷室道の中は、青く暗かった。
壁は氷と石が重なり、ところどころに古い木の支えが残っている。
足元には薄い水が流れていた。
本来なら凍っているはずの季節水路。
しかし今は、ゆっくり溶けている。
コピが警告を出す。
「内部温度、周囲より高いです。青火反応、前方から検出」
カナタが記録する。
「旧氷室道、融解進行。足元に水流あり」
シオンが壁に触れようとする。
オルガがすぐ止めた。
「触らない」
「分かってる」
「手が伸びてた」
「確認しようとしただけだ」
「それを触るって言うんだよ」
二人のやり取りに、少しだけ緊張が緩んだ。
だが、次の瞬間。
氷の奥で、ぱきん、と音がした。
全員が止まる。
小さな亀裂が壁を走った。
コピが即座に言う。
「静止。振動を抑えてください」
誰も動かない。
呼吸の音だけが聞こえる。
数秒後、亀裂の進行は止まった。
オルガが小声で言う。
「……会話も控えめにしようか」
シオンも黙って頷いた。
進むほど、青火反応は強くなった。
やがて、通路の脇に落ちている小さな金属筒が見つかった。
先端に青白い鉱物が付着している。
カナタが顔をしかめる。
「これ、青火を運んだ道具?」
コピが分析する。
「青火水の加温成分を保持する携行容器です。中身はほぼ空ですが、残留反応があります」
リリィは金属筒を見つめた。
誰かは本当に青火をここへ持ち込んだ。
警告を知っていたかどうかは分からない。
だが、旧氷室道はすでに反応している。
さらに奥へ進むと、広い氷室に出た。
天井は高く、中央には凍った水の柱がある。
その柱の下から、細い水が流れ出していた。
まるで、氷の中から季節が少しずつ溶けているようだった。
そして、その柱の前に人が倒れていた。
小柄な影。
旧測候小屋から出た二人組の片方だ。
カナタが駆け出そうとする。
だが、すぐ自分で止まった。
「……近づいていい?」
オルガが周囲を見てから頷く。
「ロープ付きで。ゆっくり」
倒れていたのは、カナタと同じくらいの年頃の少女だった。
白灰色の外套。
胸元には雪室番の紋。
手には空の金属筒。
リリィが膝をつく。
「聞こえる?」
少女のまぶたが震えた。
「……水……止めないで……」
カナタが眉を寄せる。
「あなたが青火を持ち込んだの?」
少女は苦しそうに息をする。
「起こさなきゃ……季節水源が、凍ったまま……高原が、乾く……」
シオンが声を荒げる。
「そのせいで谷下が沈みかけたんだぞ!」
少女は目を見開いた。
「谷下……? 水、戻ってないの?」
「戻ってない!」
シオンの声が氷室に響いた。
直後、天井から細かな氷が落ちた。
オルガが鋭く言う。
「声、落として!」
シオンは唇を噛んだ。
少女は震える声で言った。
「そんな……葦の門を開ければ、湿原へ戻るはずだった……」
カナタが小さく呟く。
「あなたたちも、戻そうとしてたの?」
少女は頷いた。
「雪室番の記録に、そう書いてあった。青火を少し使えば、凍った季節水路を起こせるって……」
「でも、測らずに使った」
カナタの声は静かだった。
責めるというより、確認だった。
少女は目を伏せる。
「測る道具が、壊れてた。時間がなかった。水が来なければ、上も下も乾くと思った」
リリィは少女の手を見た。
凍傷しかけている。
青火の熱を扱いながら、氷室の冷気にさらされていたのだ。
「もう一人は?」
リリィが尋ねる。
少女は奥を指差した。
「兄さんが……源の扉へ……」
カナタが顔を上げる。
「源の扉?」
コピが氷室の奥を照らす。
凍った水柱の向こうに、丸い扉があった。
氷に覆われた石の扉。
その中央には、四つの印が刻まれている。
草。
雫。
葦。
青火。
そして、その上にもう一つ。
雪の結晶の中に、小さな芽。
コピが解析する。
「季節水源の主制御扉と推定されます」
オルガが嫌な顔をした。
「また扉?」
「はい」
「この高原、扉多すぎない?」
誰も笑えなかった。
扉の前には、背の高い青年が立っていた。
旧測候小屋から出た、もう一人の影。
彼はリリィたちを見ても逃げなかった。
ただ、凍った扉に手を当てている。
「遅かったな」
青年は静かに言った。
カナタが一歩前へ出る。
「あなたたちが水を動かしたんですか」
「動かした。止まった季節を戻すために」
シオンが低く唸る。
「戻ってねえ。谷下も上も壊れかけた」
青年の表情がわずかに揺れた。
「……葦鳴き谷は?」
「沈みかけた。でも、まだ残ってる」
少女が泣きそうな声で言う。
「兄さん、違ってた。水、湿原に出てない」
青年は目を閉じた。
その顔には、悪意よりも疲労があった。
「記録が欠けていたか」
カナタが拳を握る。
「欠けてる記録で、勝手に門を動かしたの?」
青年は振り向く。
「観測塔は、何年も季節水源を見なかった。牧草地は貯水池だけを見た。谷下は存在しないことにされた。誰も全体を見ていない」
カナタは言い返せなかった。
青年は続ける。
「なら、残った雪室番がやるしかない」
「でも、測らずにやった」
カナタの声が震える。
「それで、全部危なくなった」
氷室が静まり返る。
青年は扉から手を離した。
「だから、最後に直接開ける。季節水源の本流を戻せば、細い分水路の狂いは押し流せる」
コピが即座に警告を出す。
「危険です。現在の下流系は不安定です。本流を急開放すれば、貯水池、谷下、青火水門、すべてに急激な圧力変化が発生します」
青年は唇を噛む。
「それでも、このまま乾けば同じだ」
リリィは前へ出た。
「同じじゃない」
青年がリリィを見る。
「急に開ければ、選ぶ時間も逃げる道もなくなる。今なら、まだ止められる」
「止めてどうする。水は必要だ」
「開けないとは言ってない。測ってから、少しずつ開ける」
青年は笑った。
疲れたような笑いだった。
「測る道具は壊れている」
カナタが一歩前へ出た。
「私が測る」
青年の目が細くなる。
「観測塔の記録係が?」
「そう。今まで知らなかった。でも、今から測る」
シオンも横に立った。
「谷下も入れてな」
カナタは頷いた。
「入れる」
青年は二人を見た。
少しの間、何も言わなかった。
その時、氷の柱が大きく鳴った。
ぱきん。
今度は、さっきより深い音。
扉の上の氷に亀裂が走る。
コピが警告する。
「青火反応により、源扉周辺の融解が進行。主制御扉の自然開放リスクがあります」
オルガが叫ぶ。
「自然開放って、勝手に開くってこと!?」
「はい」
リリィは扉を見た。
青年が開けるかどうかではない。
青火を持ち込んだ時点で、扉はもう目覚め始めている。
コピが急いで計算する。
「開放までの予測時間、不安定。早ければ二十分以内」
カナタが息をのむ。
「二十分……」
少女が泣きそうに兄を見る。
「兄さん……」
青年の顔から、初めて強い焦りが見えた。
「止められるのか」
コピが答える。
「完全停止は困難です。ただし、冷却水を戻し、青火反応を薄めれば、開放を遅らせられる可能性があります」
シオンが叫ぶ。
「冷却水ってどこから!」
カナタが地図を広げる。
「旧氷室道の入口側に、まだ凍った支流がある。そこを少し割れば、冷たい水をこっちへ流せる」
コピが頷く。
「有効です。ただし、流しすぎると通路が凍結し、退路を失います」
オルガが頭を抱えた。
「流しても危ない、流さなくても危ない!」
リリィは短く言った。
「少しだけ流す。時間を稼ぐ」
青年は扉の前から離れた。
「……手伝う」
カナタは彼を見た。
「名前は」
「ユオ」
少女が小さく言う。
「私は、ネーヴェ」
雪室番の末裔。
ユオとネーヴェ。
水を戻そうとして、危機を広げてしまった二人。
でも今は、同じ氷室の中にいる。
リリィは全員を見た。
「ここで言い争う時間はない。ユオ、氷室の構造を教えて。カナタ、記録。シオン、冷却支流の場所を一緒に確認。オルガ、安全確保。コピ、開放予測を見て」
全員が動き出す。
第112話の終わりは、答えではなかった。
扉はまだ閉じている。
けれど、氷の亀裂は広がっている。
ぱきん。
再び音がした。
季節水源の氷が鳴っていた。
開けるためではなく。
もうすぐ、勝手に開いてしまうという警告として。
第112話では、リリィたちが旧氷室道へ入り、季節水源へ向かいました。
そこで見つかったのは、雪室番の末裔である兄妹、ユオとネーヴェです。
彼らは水を奪おうとしていたのではなく、凍った季節水源を青火の力で起こそうとしていました。
しかし、記録が欠け、測定道具も壊れていたため、分水路、貯水池、谷下、青火の水門に危険を広げてしまいます。
終盤では、青火の影響で季節水源の主制御扉が融け始め、自然開放の危険が迫ります。
開けるか閉じるかではなく、勝手に開いてしまうかもしれない。
次回は、リリィたちが冷却支流を使い、季節水源の自然開放を遅らせようとします。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




