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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第六章『商館』

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第七十七話:動き出した港

「――先の議題で出ていた、我がノルディアからの『魔石加工職人』の派遣の件なんだが……。すまないが、もう一週間ほど時間をくれ」


完成したばかりの亀山社中本館・会議室。磨き上げられた円卓を囲み、ノルディアの商会長ジハルドが申し訳なさそうに頭を掻いた。

円卓の進行役を務めるエリスが、手元の書類に目を落としながら、少しだけ眉をひそめる。


「こちらは一週間程度でしたら問題ありませんわ。ですが……やはり、新参のドランへ赴くという希望者が、思いのほか少ないのでしょうか?」


「いや、逆だ、逆!」

ジハルドは豪快に笑い飛ばした。

「行きたがる奴が多すぎて、人選が揉めに揉めて困ってんだよ! 今や職人たちの間じゃ、この亀山社中は『世界で一番熱い場所』だからな。みんな新天地への切符を狙ってやがる」


その言葉に、会議室の中にどっと笑いが起きた。


「微笑ましい限りですわね」

エリスはペンを走らせ、次の議題へと移る。

「続きまして、陸路の要となる『王都街道』の拡張工事ですが、先ほど父から、正式に許可が下りそうだと連絡がありました」


「重畳、重畳。ならば評議会も、それに合わせて船団の増強と、港湾設備への追加出資を前向きに検討いたしましょう」

ウィストリアの代表が、満足げに髭をなでる。

「エリオット殿のおかげで、懸念だった『海竜海路』の魔獣対策も安定しましたからな。動かせる金と荷の桁が違ってくる」


「ははは、そりゃあ助かるのう」

円卓の一角で、龍馬がのんきに茶をすすりながら笑った。

「もうじき北の海も凍るき。その前に陸からも海からも、ドカンと荷を引き込めるようにしておかんといかんきね」


ガヤルドを交えた地元商人たち、ウィストリア、ノルディア、そして亀山社中。

先日完成したばかりの「四つの席」は、早くもそれぞれの思惑を孕みながら、国家の壁を越えた巨大プロジェクトとして、当たり前のように凄まじい速度で稼働を始めていた。



----------------



会議室の窓の外、潮風が強く吹き抜けるドック(造船所)では、また別の怒号が飛び交っていた。


そこへ、海賊の襲撃を受けて命からがら逃げ延びてきたという、一隻の商船が入港してきた。

船体は至る所が焼け焦げ、マストは折れかかり、見るも無惨なボロボロの姿である。

着岸した船から降りてきた船長は、青ざめた顔で頭を抱えていた。


「クソッ、なんてこった……。これじゃ、このドランのドックを丸ごと借り切っても、修理にまる一ヶ月は掛かるか……。いや、それ以上か? 違約金で破産しちまう……!」


「――おいおい、誰が『一ヶ月』なんて気の長い話をしてるんだ?」


背後から響いた野太い声に、船長が振り返る。そこに立っていたのは、工具を肩に担ぎ、全身から油と鉄の匂いを漂わせた工廠責任者、ダリオだった。


「へ? いや、これだけマストも船腹もやられてるんだぞ?」


「だから何だ。ここは亀山社中のドックだぞ」

ダリオはフンと鼻を鳴らし、不敵にニヤリと笑ってみせた。

「三日で終わらせてやる」


「は……!? 三日、だと!?」

船長が絶句した瞬間、ダリオの背後に控えていた数十人の船大工や石工、鍛冶職人たちが、ドッと大歓声を上げた。


「おい、野郎共! 景気のいい金になる仕事が飛び込んできたぞ! 資材は充分だ! 腕の見せ所だぜ!」


「「「おおおおおおお!!!」」」


地鳴りのような咆哮とともに、職人たちが一斉に蜂の巣を突いたように動き出す。

足場が組まれ、火花が散り、一瞬にしてドックは熱気溢れる「鉄火場」へと変貌した。

かつて機能停止していた廃墟の工廠は、いまや世界有数の修繕速度を誇る、亀山社中の心臓部として完全に機能していた。



----------------



工廠から少し離れた『亀山医院』。

ここは、司祭セレナが統括する、怪我人と病人のための聖域だった。


窓から差し込む柔らかな光の中、セレナはテキパキと指示を出しながら、ベッドに腰掛けている大柄な船員の包帯を巻き直していた。船員は海での作業中に足を深く切って搬入された男だ。


「よし、これで良し、と。……あ、司祭様! 俺、もう動けますから、今日にでも船に戻ります!」

船員が焦ったように立ち上がろうとする。せっかちな海の男にとって、ベッドの上でじっとしているのは苦痛でしかないのだ。


「駄目です」

セレナは、極上の聖女の微笑みを浮かべたまま、しかし一切の反論を許さない冷徹な声で即答した。


「そんな! 傷口はもう塞がってますし、これくらいかすり傷みたいなもんで――」


「あと一週間は絶対安静です。神に仕える私を騙せると思わないでください」

セレナは船員の胸を、細い指先でトンと突いてベッドに押し戻した。

「そんなに身体を動かしたくて元気余っているのでしたら、裏庭で子供たちがやっている『洗濯』でも手伝ってくださいな。丁度、人手が欲しかったところですわ」


すると、部屋の扉から「こっちですよー!」「おじさん、こっちこっち!」と、かつて孤児院にいた見習いの子供たちが、大きな洗濯カゴを抱えて元気に顔を出した。


「えぇ……。俺、海賊と戦って名誉の負傷したんだぞ? なんで子供たちとシーツ洗わなきゃいけないんだよ……」

ガックリと肩を落とす船員の姿に、周囲の看護師や、他の入院患者たちから爆発的な笑い声が湧き起こる。

ただ病人を隔離するのではない。亀山医院は、この港ではたらく全ての人間が、安心して背中を預けられる強固な安全網として、温かく、そして厳格に機能していた。



----------------



夕刻。一日の労働を終えた船員や労働者たちが集まるのは、敷地内に併設された巨大な宿泊・酒場施設だった。


そこには、長旅の疲れを芯から癒やす、湯を並々と湛えた大浴場があり、湯上がりの男たちが大広間で豪快にジョッキを鳴らしていた。


「――ぷはぁぁ! 最高だな、おい! 亀山の風呂と飯は五臓六腑に染み渡るぜ!」

「全くだ。二週間も潮風に晒されて船に乗ってりゃ、まともな風呂が恋しくて狂いそうになるからな」

「昔のドラン港じゃ、荷下ろししたらすぐに次の出港まで船倉で雑魚寝だった。こんな美味い酒と、温かいベッドが用意されてるなんて、亀山社中様々だぜ」


男たちが皿に乗った大盛りの肉料理を突き合っていると、入り口から「おう」と、軽い声が響いた。

着物の裾をはしょった龍馬が、ふらりと大広間を通りかかったのだ。


「おんしら、えらい楽しそうじゃのう。酒は進んどるかえ?」


「おお! 噂をすれば亀山の大将のお出ましだ!」

酔っ払った船員の一人が、ジョッキを掲げて叫んだ。

「なぁ! 俺たち、いっつもここ使ってやってんだから、今日の飯代くらい、ちょいとまけてくれよ!」


「嫌じゃ!」

龍馬は一瞬で鼻で笑った。

「わしゃあケチな商人じゃき、銅貨一枚だって無駄にはせん。しっかりはたらいて、きっちり全額払っていきや!」


「ハハハ! 相変わらずがめつい大将だぜ!」

「よし、じゃあもう一杯頼むか!」

大広間は再び、地響きのような大笑いと活気に包まれた。身分も国籍も関係ない。はたらく者が、はたらいた分だけ報われる場所。それが、この宿泊施設の持つ空気だった。



----------------



一方、敷地の一角にある巨大な中央倉庫の事務室。

そこでは、夕刻の入出庫データを整理するルークの鋭い声が響いていた。


「そこ、数字を間違えるなよ。一つの桁の間違いが、船一隻分の損失に繋がるんだからね」


「はいっ、ルークさん!」

真剣な顔で帳簿にペンを走らせているのは、かつて西区の孤児院で、未来の行き先を失っていた子供たちだった。

今では、インクで指先を真っ黒に染めながら、立派な「事務員見習い」として、亀山社中の膨大な物流の裏方を支えている。


ルークが彼らの作成した書類を厳しくチェックしていると、ドアの隙間から龍馬が顔を覗かせた。


「……ルーク」


「なんです、龍馬さん。今、忙しいんですけど」

ルークが視線も上げずに答える。


「いやぁ、おんしも随分と、偉そうになったのうと思ってな」

龍馬がくっくっと肩を揺らして笑う。


「――誰のせいだと思っているんですか」

ルークは、ようやく顔を上げて龍馬を猛烈に睨みつけた。

「あなたが次から次へと、世界中からとんでもない量の荷物や利権を引っ張ってくるから、僕がこうして子供たちを叩き上げて、組織として大きくせざるを得なかったんですよ! 本当に、人使いの荒い代表です」


「ははは、すまんすまん。けんど、頼りにしてるき」

龍馬はそう言って笑いながら、真剣に書類に向き合う子供たちの頭を優しく撫でた。かつて縮こまっていた子供たちは、今、確かな責任と自信を持って、自らの手で未来の数字を刻んでいた。



----------------



青い空と蒼い海。

かつてガラン伯爵と並んで立った高台の崖の上に、今度は龍馬とエリスが並んで立っていた。


眼下を見下ろせば――。


何本もの桟橋が海へ伸び、船が並ぶ。


倉庫街には荷車が絶えず行き交い、


ドックでは火花が舞い、


医院には人が集まり、


宿泊棟からは笑い声が聞こえる。


そして、その全ての中心に『亀山社中』があった。


この港は、もう間違いなく「生き物」のように機能し、動き出していた。


「――本当に、完成しましたね、坂本様」

エリスは、その奇跡のような光景に、深く感動しながら呟いた。ほんの数ヶ月前まで、ここはただの死に絶えた廃墟だったのだ。


だが、龍馬は静かに首を振った。

「いや、まだじゃ」


「え……?」

エリスが不思議そうに振り返る。


「まだ、建物が在るただけじゃき」

龍馬は、麦わら帽子を脱ぎ、潮風を浴びながら、愛おしそうに眼下の港を見つめた。


「港を動かすがは、建物じゃない。そこで汗を流して働く職人や、必死に帳簿を追う子供ら、命を救う聖女様に、欲深い商人たち……。あの『人間』たちが動いて、初めて港に血が通うがじゃ。……亀山社中が本当に世界を動かすがは、これからじゃろうねえ」


龍馬は、悪ガキのように少しだけ不敵に笑った。その視線は、このドラン港のさらに先、まだ見ぬ巨大な世界の海へと向けられているようだった。



----------------



夜。本館二階の会議室。

昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った部屋の中央、四つの席が配置された楕円形の円卓の上には――。


昼間の余韻を跡形もなく吹き飛ばすような、凄まじい山をなした書類の束が、これでもかと積み上げられていた。


ウィストリア商業ギルドからの、次期穀物買付に関する『注文書』。


ノルディア商会連合からの、最新の魔石燃料の『発注書』。


ガヤルド率いるガラン有力商人たちからの、明日の『商談予約票』。


そして、領府から届いた王都街道の拡張工事に伴う『予算報告書』。


会議室に入ってきたエリスは、その机の上の光景を見た瞬間、魂が抜けたように呆然と立ち尽くした。あまりの量に、オーク材の美しい木目がほとんど見えなくなっている。


「……これ。これ全部、まさか、今週の処理ですか……?」

「ええと、ルークさんが、ほさかんさんに三日でお願いしますって伝えてくれって言ってました」

「あ…………そうですか」

たどたどしい少女の返しにエリスの声が、絶望に震える。


すると、彼女の後ろから、着物の懐に手を突っ込んだ龍馬が、実にお気楽な足取りで歩み寄ってきた。そして、エリスの肩をポン、と優しく叩く。


「動き出した港の書類じゃき、どれ一つとして止めるわけにはいかんからのう。……よし、エリス嬢、頑張れ!」


龍馬はそう言って、ニカッと爽やかな笑顔を残し、近くにいた見習いの少女へ握り飯を渡しながら、軽快な足取りで部屋を出ていこうとする。


「――ちょっと待ちなさい、坂本様ぁぁぁぁぁぁ!! あなたも手伝いなさぁああい!!!」


夜の亀山社中に、補佐官の全力の悲鳴が響き渡る。

四つの席が動き出した結果、始まったのは、世界を揺るがす経済の大激動と――そして、それを支える事務方の、あまりにも容赦のない「徹夜の嵐」だった。

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