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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第六章『商館』

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第七十一話:最初の関門

どん、と小気味よい音を立てて、ドラン港商業ギルドの受付カウンターに両手が突しつかれた。


「頼もう!」

「ようこそ、ガラン商業ギルドへ。本日はご用件を承ります」

龍馬の突撃を極上の営業スマイルで受け流した受付嬢。


「商館をやりたいがよ!」

「……失礼ですが、貴方は?」

「坂本龍馬っちいうモンじゃ」

「ちょちょ!龍馬さん違いますって!」

「あん?なんじゃい」

やっと追いついたルークが慌てて間に入った。さらに後ろに見えるエリスは息も絶え絶えだ。

「すいません。俺達は『ニッポン商会』です」

「ニッポン商会様――――っ。あぁ、あのガルガドで『テラダ屋』を経営なさってる」

「そうじゃ!」

「確か、前回はランセルさんが行商人登録をしにいらっしゃいましたよね」

「そうじゃそうじゃ」

「して、本日の御用件は」

「わしは商館を建てたいんじゃ!」

「宿屋ではなく」

「おうよ」

「行商に来たのでは」

「ないな」

「あぁ、そうでしたか」

「そうなんじゃ」

「それはそれは」

「うんうん」

「それでは、次の方、どうぞ「おまん等いっつも怖いぞ!」それは此方のセリフですっ!!」


どうやら聞き間違いでも言い間違いでも無いらしい。

で、あれば、と居住まいを正した受付嬢は、コン、と軽く咳ばらいをして

「失礼しました。少し取り乱しました」

「お、おう」

仕切り直す。

「えぇ、と、商館でしたね」

「おうよ! わしはここで、世界中の船と商いをする、誰も見たことがないようなでっかい『商館』をやりたいがよ!」


言うや手に持った図面をカウンターに広げると、それを受付嬢は一瞥。


そこには、本館、宿泊棟、巨大倉庫、ドック、市場、そして『亀山医院』までが緻密に網羅された、亀山社中の完成予想図が描かれていた。


満面の笑みの龍馬に対し、窓口の受付嬢は一切表情を崩さなかった。これぞプロと言わんばかりの、完璧に訓練された営業スマイルを浮かべ、流れるような口調で応じる。


「なるほど、畏まりました。それでは、国家間貿易商には王国発行の対外貿易許可証が必要です。こちらは王都行政府の外務省に申請して発行して貰って下さい。さらに海商を商うのでしたら海商組合への加入が必須になっています。造船や船の修繕業もおやりになる場合には造船業組合に共有ドッグ利用申請と鍛冶ギルドに火器魔具使用特別認可を申請のうえ発行して貰って下さい。あ、診療所?医院?まぁどちらでも結構ですが、医療施設が在る様ですね。それらを建築する場合には教会への寄付と祝福を受ける必要があります。教会から認可された医療機関には関税免除が適応されますので領都行政府財務省にその申請をお願いします。こちら失念してしまうと行政府と教会の関係に問題が生じる恐れが御座いますので必ず免除措置を受けて下さい。それとは別に王都行政府総監医局と領都医療局からそれぞれ防疫監査と設備監査が入りますので詳細な図面の提出をお願い致します。倉庫もお考えの様ですので、港湾事務局へ設計図の登録をしていただき建築基準をクリアしておいてください。それと港湾組合に運営する旨の話を通す必要もありますね。こちら制度上必須では御座いませんが無断で運営なさいますと後のトラブルの原因にもなりかねませんので話は通して置いた方がよろしいかと思います。あと、ガラン港内で人足を雇うに港湾労働組合への登録と賃金協定書の提出が必要です。あともちろん、宿泊施設も含んでいる様ですので宿泊業組合からの認可も必要になります。それから…………あの、ニッポン商会さん?」


息もつかせぬ速度で繰り出される、機関銃のような専門用語の嵐。

さっきまで威勢の良かった龍馬は、口を半開きにしたまま完全にフリーズしていた。


「……あの、 聞いておられますか?」

受付嬢が首を傾げる。


「お、おんしゃあ……よくそれだけ喋って、舌を噛まんのう……」

龍馬は冷や汗を流しながら、感心半分、恐怖半分といった様子で硬直している。


その背後から、ルークが深いため息とともに呆れ声を掛けた。

「だから言ったじゃないですか、龍馬さん! 夢を語るまでは簡単ですけど、それを現実に形にするには、こういう地獄のような書類手続きの壁が待ってるんです!」

「規則は規則ですので、一つずつ進めるしかありませんね。まずは貿易の許可申請から手を付けましょうか」


龍馬とルークのコメディのようなやり取りの横から、鈴を転がすような、しかし凛とした声が割り込んだ。

受付嬢がその声の主へ視線を向ける。


「……え?」


受付嬢の動きがピタリと止まった。


「? どうかいたしましたか?」

声をかけたエリスが、不思議そうに首を傾げる。


「え、エリス様……!? ガラン伯爵家の、エリス様ではありませんか!?」

受付嬢の悲鳴に近い声に、ギルド内が一瞬で静まり返った。職員や周囲の商人たちの視線が、一斉にエリスへと注がれる。


その騒ぎを察知したのか、奥にある重厚な執務室の扉が勢いよく開き、一人の男が飛び出してきた。ドラン商業ギルドのトップ、ギルド長である。


「何事だ、騒々しい……。っ!? な、なぜエリス様が、このようなむさ苦しい場所に!?」


ギルド長が狼狽える中、エリスは取り乱すことなく、淑女の完璧な一礼を返した。

「ご無沙汰しております、ギルド長。実は、父の命により、こちらの坂本様の『補佐官』を務めることになりまして、本日はその手続きに参りました」


「な……っ、補佐官!?」

ギルド長は驚愕のあまり、完全に真顔になった。ただの風来坊の商人だと思っていた龍馬の背後に、この領地を統べる権力者――ガラン伯爵の影がはっきりと見えたからだ。


「ほんで、わしはこれをここに建てたいがじゃ!」

龍馬が待ってましたとばかりに、先ほどの図面にドンと手を置く。


「……」

ギルド長は絶句して図面を見つめる。


「おう」

龍馬が促す。


「……」

ギルド長は動かない。


「なんじゃ? どこかおかしなところでもあるかえ?」


ギルド長はゆっくりとこめかみを指で押さえ、深い深い溜め息とともに頭を抱えた。

「……坂本殿。お前は、本当にこれを全部、一からやるおつもりですか?」


「全部じゃき。一つでも欠けたら、わしの創りたい『商館』にならんきね」


ギルド長は頭を抱えたまま、視線をゆっくりとエリスへと移した。

「エリス様。……この、あまりにも無軌道で壮大な計画の話は、伯爵様もご承知なのですか?」


「もちろんです」

エリスは毅然と胸を張った。

「父は、ドランの未来をこの事業に賭ける、とそう仰って私を坂本様の元へ送り出してくださいました」


部屋を重苦しい沈黙が支配する。ギルド長は目を閉じ、ガラン伯爵の意図を測るようにしばらく考え込んでいたが、やがてカッと目を開けると、勢いよく立ち上がった。


「――承知しました」


「?」

龍馬とエリスが、揃って目を丸くする。


ギルド長は、先ほど受付嬢が並べた「地獄のリスト」をなぞるように、恐ろしい速度で書類を仕分け始めた。

「貿易認可に関しては伯爵様にお話しして王都行政府に口添えを頂ければ

私の方で取ることが可能です。海商組合、宿泊業組合、造船、鍛冶師の各方面も問題無いでしょう。畏れ入りますがエリス様には教会の方に顔を出していただき話を詰めて頂ければ幸いです。事前に私の方から地ならしはしておきますのでご安心ください。あと問題になりそうなのは地元商会の組合や大手商会。まぁ市場関係者に関しては何度かこちらでも会合を設けますので悪い流れにはならないでしょう。大まかな許可や認可に関してはこれでクリアできると思います。問題が発生した際には随時、私か副ギルド長が対応致しま――――いかがなさいましたか?」


あまりの豹変ぶりに、龍馬は思わず身を乗り出した。

「――――っ!いやいやいや!おまんちょお待てや!」


「はい? 何か不都合でも?」

すました顔のギルド長に、龍馬が指を突きつける。


「さっきまで受付のお嬢さんが言いよったんは、手続きの地獄じゃったろうが! なんでおんしの一言で、全部『問題なし』になるんじゃ!」


ギルド長は呆れたように肩をすくめ、まっすぐに龍馬を見た。

「この都市の統治者であられる伯爵家が既に了承した以上、許可も認可も関係ありません。つまりは『取れ』という事です。で、あるからには『取る』だけなのですよ。言っておきますが、あ!な!た!が!前面に出てくるからややこしい事を云われるんです。いや、っ語弊がありますね。貴方でなくても誰でもです。こんな荒唐無稽な話を持ち込んですんなり「はい分かりました!」なんて言う職員がいたら即座クビです。それくらい出鱈目な話を正体不明の男が捲くし立てたんです。むしろ「頑張りましたね」と職員を褒めたい気分です」


「なんぞそれ。わしは何も怪しいことはしちゅうせんぞ」


「見ず知らずの、どこの馬の骨とも知れん男が突然現れて、『貿易をする!商館だ!』などと言い出せば、誰だって身構え、規則という名の盾で追い払おうとします」

「ですが、その、よろしいのですが?各方面の事をギルド長が即決してしまって」

戸惑い気味に話に入って来たエリスを、ギルド長は、静か見つめ。

「エリス様。確かに私達商業ギルドと他の組織は別組織です。ですがその権限は我々商業ギルドの方がはるかに大きいのです。言ってしまえば彼等の生業も我々が認可・許可しているから成り立っているのです」

「そうだったんですね」

「そして、我々がここガラン伯爵領に居を構える事が出来ているのも、これすべて伯爵様の許可の下に許されているのです。したがって、貴女様が伯爵様の『意を受けて動かれている』以上、私達にはそれを実現させるために『動く義務』があるとお考え下さい」


自分が龍馬の隣に立っているだけで、ガラン伯爵家そのものの信用と権威が、龍馬の荒唐無稽な夢に「公的な正当性」を与えている。自分がここにいる意味を、エリスはここで初めて、肌で理解したのだった。


「いやー! 助かったのう、エリス嬢! おんしを連れてきて大正解じゃ。地獄の門が一瞬で開いたぜよ!」


ギルドの重い扉を出て、ドランの街頭へと歩き出しながら、龍馬はのんきに笑った。


エリスは、まだ自分の役割の重さに少し圧倒されながら、自身の白い手を見つめた。

「……私は、何もしておりません。ただ、そこに立っていただけです」


「ははは。それでも皆が助かったじゃき」


「え?」

エリスが戸惑いの声を上げる。


「おんしがそこに居るだけで、頑固な連中が勝手に納得して動き出す。言葉も要らん、剣も要らん。おんし自身の存在が、伯爵家の積み上げてきた信頼そのものじゃ。そりゃあ、誰にも真似できん、立派な『力』なぜよ」


「立派な、力……」

エリスはその言葉を噛み締めるように無言になった。


しかし、感傷に浸る時間は長くは続かなかった。エリスの手元には、ギルド長から「これだけは形式上、三日以内に出してくださいね」と笑顔で手渡された、辞書のように分厚い認可申請書の束がしっかりと握られている。


ルークがその束を見て、気の毒そうに肩をすくめた。

「……まあ、手続きが簡略化されたとはいえ、書類仕事の山は消えませんからね。エリス様、頑張ってください。俺はユニオン号の経理に戻ります」

そう言って、ルークは先に歩いていってしまった。


エリスは、ずっしりと重い書類の束を見つめ、それから前を歩く龍馬の広い背中を睨みつけた。


「坂本様」


「なんじゃ?」

龍馬が振り返る。


「今なら少しだけ、お父様が仰っていた言葉の意味が分かります」


「ほう? 伯爵がなんと言いよった?」


エリスは書類の山をぎゅっと抱きしめ、盛大な溜め息とともに言い放った。

「貴方、本当に『災害』です。私の平穏な生活を、一瞬で消し飛ばしてしまいました」


その恨み言を聞いた龍馬は、一瞬きょとんとした後、天を仰いでドランの街中に響き渡るような大笑い声を上げた。


「ハハハハハ! そりゃあ最高の褒め言葉じゃき! よし、書類書き、わしも手伝うてやるきに!」


『亀山社中』は、領主家の信用という最強の翼を得て、現実の荒波を強引に突破し始めたのだった。

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