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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第一章『龍』

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第五話:売り物と、捨てられぬもの


朝の市場は、混沌とした熱気に満ちていた。

香辛料の刺激的な匂い、家畜の鳴き声、そして商人と客がぶつかり合う声の礫。スラムの淀んだ空気とは違う、剥き出しの「金の匂い」がそこにはあった。


龍馬は雑踏の端に立ち、人々の流れを眺めていた。


「人はおる。物もある。金も動いちょる。……けんど、流れが悪いのう」


龍馬は後頭部を掻き、呟いた。

喉元で何かが突っかかっているような、座りの悪さ。それがこの街の正体なのだと、彼は直感していた。


「……坂本、殿?」


背後からかけられた声に振り向くと、そこには昨夜の兵士が立っていた。伯爵家の紋章をつけた鎧が朝日に光っている。傍らには、馬車の中からこちらを窺うエリスの姿もあった。


「昨夜は……その、失礼をいたしました。閣下も、あのような態度を望んでいたわけでは……」


兵士は言葉を濁し、恐縮したように頭を下げた。無礼を働いた自覚があるのだろう。だが、龍馬はからりと笑って手を振った。


「気にしとらんき。飯は美味かったしのう。それより、お嬢さんも朝から精が出る」


屋敷を飛び出した男の言葉とは思えないほど、その声は軽やかだった。エリスは意外そうに目を丸くし、それから小さく微笑んだ。彼にとって、昨夜の衝突など、通り雨に降られた程度のことに過ぎないのだ。



その時、市場の一角で激しい怒号が上がった。

群衆をかき分けて進むと、そこには鉄格子に囲まれた「商品」たちが並んでいた。


「……あぁ、あれか」


龍馬は目を細めた。

檻の中にいたのは、自分が縛り上げた野盗たちだった。

だが、その姿は見るに堪えない。泥にまみれ、傷の手当てすらされず、ただの荷物のように地面に転がされている。


「こんなガラクタに値が付くか! 傷物じゃねえか!」


奴隷商が、野盗の一人を蹴り飛ばした。男たちはもはや反抗する気力もなく、虚ろな目で泥を舐めている。龍馬は、その光景を黙って見つめていた。



「……働かせる、ちゅう話やなかったがのう」


龍馬の胸に、冷ややかな違和感が走った。

彼が奴隷として売ったのは、それが社会の循環に寄与すると思ったからだ。だが、目の前にあるのは循環ではない。ただの消耗であり、廃棄だった。


使い捨ての道具として、ボロボロになるまで叩き、死ねば捨てる。

それは、商売あきないではない。ただの殺戮の延長だ。


「気に入らんのう」


龍馬は、溜息混じりに歩き出した。


「おい、旦那。そんな売り方じゃ損するぜよ」


龍馬は、奴隷商の前にぬっと立ちはだかった。

商人は胡散臭そうに龍馬を見上げた。「なんだ貴様は」という視線が突き刺さる。


「傷物だから値が付かん? 違うのう。あんたが『商品』の使い道を知らんだけじゃ。こいつらは腕っぷしだけはある。泥を洗って、食わせるもん食わせて、荷運びの組にでも放り込めば、今の三倍の値で売れるぜよ」

「この程度のクズは使い潰した方が早ぇんだよ」

「そりゃあ、ちくと短い商いじゃのう」

「…… 何を言ってやがる」


「わしに少し時間を貸しや。こいつらを『使える人材』に仕分けてやるき」


周囲の商人も、後ろで見守っていたエリスたちも、呆気に取られたように龍馬を見た。正義感で助けようとしているのではない。まるで、荷揚げの効率を語る港の差配人のような口ぶりだった。



龍馬は、檻の中の男たちに声をかけた。

 

「おい、おんしゃら。死んだふりはもうええ。……働き口が欲しい奴は、手を挙げえ。真っ当に汗を流す気があるなら、わしがこの旦那と交渉しちゃる」


野盗の一人が、龍馬を見てわずかに歯を食いしばった。

昨日、自分を叩きのめした男だと気づいたのだろう。自分たちを叩きのめした男の、あまりに現実的な提案。

龍馬は商人と掛け合い、男たちの「一部」を引き取る条件を取り付けた。龍馬が昨夜手に入れた銀貨を一枚。それを「先行投資」として。


「……理解できんな。なぜ、あのような連中のために」


兵士が呟いた。だが、結果として、市場の揉め事は収まり、野盗たちは「廃棄物」から「労働力」へと形を変えた。商人は利益の兆しに顔を綻ばせ、エリスは、龍馬という男の「正義ではない合理」に、一段と深い興味を抱いたようだった。


交渉が成立した直後、市場の向こう側から別の喧騒が押し寄せてきた。

悲鳴に近い叫び。駆け込んでくるボロボロの商隊。


「またかよ! 今度は北の村だ!」


「竜だ! 竜の供物として、また人が攫われた!」


市場の空気が、一瞬で凍りついた。

「竜」という言葉が、呪いのように人々の口から漏れる。それは、この世界の不条理そのものを象徴する響きだった。


「……竜に、人を食わせるがか」


龍馬は、露店で買った干し肉を口に運び、静かに問いかけた。


「生贄だ。あの北の山に住まう竜を鎮めるために、定期的に若い娘を差し出さねばならん……。この辺りの、変えられぬ掟だ」


兵士の言葉に、龍馬は肉を呑み込んだ。



「……掟、か。そりゃあ、ちぃと見過ごせんのう」


龍馬の瞳に、小さな火が灯った。

それは、義憤ではなかった。ましてや、ヒーローとして名乗りを上げる決意でもない。


ただ、この世界が「当たり前」として受け入れている停滞。

人が人を売り、挙句の果てに化物の餌として差し出す。

その「流れの悪さ」が、彼にはたまらなく鼻についた。そして何より——。


「龍の旦那に会うたばかりじゃき。竜っちゅうもんが、どんなツラをして人を食うちょるのか……ちぃと興味が湧いたぜよ」



龍馬は、逃げてきた商隊の男から北の山の情報を聞き出した。

腰にあるは竜馬の知る『龍の旦那』から貰った刀一振り。


エリスが何かを言いかける前に、龍馬は背を向け、雑踏の中へと歩き出した。


朝日を背に、笑うは坂本龍馬、対するは、天を統べる竜。

彼の新しい夜明けは、険しい山の向こう側にある。


「竜っちゅうもんを見てみようかのう。まさか実物を拝めるとは楽しみじゃが、人喰いっちゅうなら話は別ぜよ」



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