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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第一章『龍』

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第三話:合わんものは合わん

挿絵(By みてみん)


豪奢、という言葉では足りないほどだった。

天を衝くような白い石柱に、緻密な彫刻が施された大門。ガラン伯爵の城は、二つの月の光を浴びて、異世界の富と権威を象徴するようにそびえ立っていた。


「ほう、えらい立派な城じゃのう」


馬車から降り立った龍馬は、首を大きく反らせて屋敷を見上げた。

案内する兵士たちは、その無作法な立ち居振る舞いに眉をひそめるが、龍馬には萎縮という言葉がなかった。驚きはする。感心もする。しかし、それが自分の心を縛る理由にはならない。

彼はただ着物の裾を払い、ふらりと玄関へと歩み出した。



広大な食堂には、長いテーブルが設えられていた。

銀の食器が並び、見たこともない色彩の料理が皿を彩っている。背後には、微動だにせず控える使用人たち。


「うまいのう。こりゃあ、ええ」


龍馬は、差し出された肉料理を豪快に口へ運んだ。

作法もへったくれもなかった。手づかみこそしないが、出されたものを、ただ旨そうに食う。その姿には卑しさよりも、むしろ清々しさがあった。

 

エリスは、そんな龍馬を眩しそうに見つめていた。

だが上座に座る彼女の父、ガラン伯爵の目は鋭かった。彼は、娘を救ったこの男の底知れぬ「軽さ」に、得体の知れない違和感を抱いていた。



「さて、坂本殿と言ったか」


食事が終わる頃、伯爵が重々しく口を開いた。

 

「娘を救ってくれたこと、重ねて感謝する。礼として、望むだけの金貨と、望むならこの街での地位を用意しよう。我が軍の士官として迎え入れてもよい」


並の人間なら、椅子から転げ落ちて喜ぶ申し出だ。

だが、龍馬は口の端についたソースを指で拭うと、即座に答えた。


「いらん」


食堂の空気が、一瞬で凍りついた。

使用人たちの呼吸が止まる。伯爵の眉間に、深い皺が刻まれた。


「……何と言った?」


「金も地位も、いらんと言うたがじゃ。うまい飯を食わせてもろうた、礼ならそれだけで十分ぜよ」


伯爵は、龍馬の瞳を覗き込んだ。そこには、駆け引きも欲も微塵もない。

 

「……欲のない男だ。では、条件を変えよう。貴殿は剣の達人と聞いたぞ?どうだ、私の息子の剣の師に召し挙げよう。どうだ?」


それは、伯爵なりの最大級の譲歩であり、囲い込みだった。

しかし、龍馬は今度は少しだけ困ったように眉を下げた。


「すまんが断らせてもらうぜよ。……剣はな、『教えさせる』もんじゃないき」


「教えさせるものではない? 剣術とは磨き、伝えるものだろう」


「『磨く』んは己の為じゃ。『伝える』んは請うた者にじゃ。教えさせてやろう言うんは好かんぜよ」


「貴様、いい加減にしろ!」


控えていた騎士の一人が、たまらず声を荒らげた。

 

「伯爵閣下の慈悲を無下にするだけでなく、我が国の騎士道を愚弄するか! 身分を弁えろ、この流れ者が!」


男は腰の剣に手をかけた。食堂に、抜き身の殺気が満ちる。

龍馬は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。その動作には一点の澱みも、恐怖もない。


「ほう。身分ち言うか。ほいたら斬るか?」


軽く、笑いながら言った。

だが、その瞬間、屋敷中の空気が重く沈んだ。龍馬の背後に、巨大な龍の影が揺らめいたような錯覚。

激昂していた騎士が、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「……証明しろ、旅人よ」


伯爵が静かに言った。


「貴殿の価値観が、我が家の指南役より上であることを。ならば、不問に付そう」



月明かりの下の練武場。

対峙するのは、伯爵家最強と謳われる剣術師匠、バスカル。

バスカルは大剣を構え、龍馬は——やはり、刀を抜かなかった。


「抜かぬか、無礼者が」


「抜かんでも、勝負はつくき」


バスカルが吠え、風を切って突進した。

大剣が、龍馬の頭上から叩きつけられる。石畳が砕け、火花が散る。

だが、龍馬はそこにいない。

 

龍馬は、バスカルの懐に潜り込んでいた。刀の鞘を相手の脇腹に添え、わずかに力を込める。

 

「……っ!」


バスカルの体がいとも簡単に浮き、石畳を転がった。

力任せではない。相手の勢いを利用し、逃げ場を塞ぐ「合気」の理。

すぐさまバスカルも立ち上がれば、石畳を踏み弾いて縦横に剣を振るう。

大剣とは思えない程の剣閃に、龍馬は一度間合いを取る。

「いやいや。目にも止まらんちゃあ、よぉ言うたなぁ」

「ちょこまかと!」

一歩、踏み出した足は「どれ」と上げた龍馬の右腕に制止する。


右片手上段。


一刀の間合い。その域にバスカルが備えれば

「止まったのう」

「!」

バスカルの掲げた剣に真っ向から鞘ごと打ち据えれば、その重圧に片膝を付くに至った。


「剣はな、『教えてもらう』もんじゃ。……おまんらぁの言い様はちくと高いぜよ」


龍馬の声は、静かに練武場に響き渡った。


勝負はついた。

だが、龍馬の心は少しも晴れていなかった。

 

剣を収めるバスカルを見下ろす伯爵の冷ややかな目。屈辱に顔を歪める兵士たち。

そこにあるのは、強者が弱者を支配し、身分が全てを決定する、ガチガチに固まった古い社会の縮図だった。

龍馬は、この世界に漂う「臭い」を感じ取っていた。自分が捨ててきた幕末の土佐、いや、それよりもさらに閉鎖的で、冷酷な空気。


「……なんじゃかのう」


龍馬は独りごちた。

法があるのではない。身分があるだけだ。


「肌に合わんき」


龍馬は、引き止めるエリスの声を聞き流し、一礼もせずに屋敷の門をくぐった。

豪華な食事も、金の誘惑も、彼をこの場所に繋ぎ止めることはできなかった。



夜の街。

屋敷の喧騒が嘘のように、裏通りは湿った闇に包まれていた。

龍馬が露店で買った安酒を煽っていると、通りを歩く役人たちの会話が耳に入った。


「例の野盗ども、明日には市場オークションへ流す。あのような屈強な連中は、鉱山での需要が高いからな」


「死ぬまで働かせれば、良い金になる」


龍馬は、酒を飲む手を止めた。

自分が捕らえ、奴隷落ちさせた男たちの末路。

それは、彼が思い描いていた「罪を償う」という形とは、どこか決定的に食い違っていた。


「……妙な国じゃのう。ま、どこも似たり寄ったりじゃがな」


龍馬は空を見上げた。

二つの月は、冷たく、ただ黙って彼を見下ろしている。


龍馬は残る僅かな酒を飲み干して、酒を買った露店の親父に笑顔を見せる。



「ときに親父。わしゃあ今夜の宿を探しとるんじゃが、安宿でもええき、どっか教えてくれんかのう」


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