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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第二章『宿』

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第十七話:泥中の真珠

朝日が白亜の館に差し込み、埃の舞うロビーを白く照らしていた。龍馬は一人、逃げた三人が磨き残した床を黙々と磨いている。昨日の失敗には不思議と怒りは湧いてこなかった。

「……人を見るっちゅうのは、本当に難しいのう」

ポツリと漏らした言葉に、肩の上で欠伸をしていた皇帝龍が応じる。

『随分と静かだな』

「失敗したきのう……」

そこへ、外出用に身なりを整えたリサが現れた。

「行くよ、龍さん」

「……おまん」

「あんた一人じゃ、また同じ失敗をするからね」

リサの言葉には、世の中の清濁を併せ呑んできた者特有の重みがあった。今回は“現実を知る者”として、彼女が龍馬の隣を歩くことになった。



再び訪れた奴隷市場は、昨日よりも一層重苦しい空気を纏っていた。


「今回はどのような人材をお探しで?」

歩み寄る奴隷商に、龍馬が口を開きかける。「借金奴隷を――」

「犯罪奴隷の名簿も見せとくれ」

リサがそれを遮るように言い放った。奴隷商の目が、龍馬から“夜の街の女”としてのリサへと移る。

「……心得ております」

差し出された名簿を、リサの鋭い眼差しが追っていく。



「おまん、犯罪奴隷を買うがか!? あれほど恐ろしいと言っておったのに!」

龍馬が慌てて詰め寄るが、リサは動じない。奴隷商が横から口を挟む。

「借金奴隷より安価ですが、扱いは難しいですよ。使い捨てならば良いでしょうが長くお使いになるには不向きかと」

「待ちや店主、使い捨てじゃと?その言い草は好かんぜよ」

差別を何より嫌う龍馬には、このやり取り自体が耐え難かった。だがリサは、冷静に一つの名前を指差した。

「……この人でいいわ」

選ばれたのは、三十代半ばの男だった。無精髭を蓄え、生気のない姿をしていたが、その瞳の奥にある一点の光だけは、まだ死んでいなかった。罪状は『横領』。


「いやいやいや! 横領犯は流石に怖いがぜよ! 勘定を預けるわけにはいかん!」

龍馬はリサを物陰に引っ張り込むが、彼女は静かに語り始めた。

「元は大商会の番頭補佐だった男さ。妻が病気になり、その看病で仕事に穴を空けた。そこを上役に突かれたのさ。自分の損失をこいつに着せて、横領犯に仕立て上げて奴隷に落としたんだよ。夜の街じゃ、よく聞く理不尽な話さ」

「……冤罪じゃないか! そんなことが許されるがか!」

「大商会って言ったろ?デカい話なら別だろうけどね。人一人の奴隷落ち程度の話、看板とちょっとした小遣いでどうとでもなっちまうもんさ」

龍馬は言葉を失った。異世界の“制度の理不尽”が、鋭い棘のように心に突き刺さる。


男は、俯いたまま掠れた声を出した。

「……ご命令を」

「金貨五枚です」

奴隷商が提示した金額を聞き、龍馬は胸を締め付けられるような感覚に陥った。一人の人間の人生が、金貨五枚。


「今度こそ隷属契約(魔法)を。これがなければ、いつ背中を刺されるか分かりませんぞ」

奴隷商の提案に、龍馬は迷わず首を振った。「断る」

 呆れる奴隷商を余所に、リサが男の前に歩み出る。彼女は煙管をくゆらせたまま、男を射貫くような目で見つめた。

「魔法はかけな。ただし、この人(龍馬)あるじ。あたしが監督だ。逃げたら地獄まで追いかけるよ」

 男は初めて、その顔をわずかに上げた。


その時、龍馬の頭の中に一つの閃きが走った。

「…………ぅきん……っ!そうじゃ!給金じゃっ!」

「は?」

 その場の全員が耳を疑った。

「わしはおまんを買うっ!わしの宿の従業員として働いて貰う為じゃ」

 龍馬は困惑する男に畳みかけるように言った。

「衣食住は保証する。しっかり働いてもらう。その代わり、わしはおまんに給金を払う!」

 奴隷商は腹を抱えて笑い出した。「奴隷に給金? 冗談はやめてください。そんな話、聞いたこともありませんよ!」

 だが、龍馬はどこまでも真剣だった。

「リサ、店主、すまん。やっぱりわしは奴隷ゆうんがしっくりこんがぜよ。じゃがそれはわしの小っさい器の限界じゃちゆうんも分かった。じゃからわしは給金を払うっ。これがわしなりの折り合いなんじゃ」

リサは呆れを含んだ笑みを浮かべる。

「……ほんと、変わった人だねぇ」

龍馬は奴隷と向き合う

「月に銀貨五十枚払う」

「奴隷の私に……銀貨を?」

 男の唇が戦慄いた。

「それはおまんの金じゃ。どう使うたってええがよ。貯めたってええ」

「それは」

「ほうじゃ!おまんを買うた金貨5枚、おまんが貯めて、おまんがおまんを買い戻せばええんじゃ!」

「私を……解放すると……」

「違う!わしが解放するんやないき。」

 龍馬は男の肩を力強く叩いた。

「おまんが!おまん自身の力で、自由を勝ち取るがぜよ!!」

その言葉が届いた瞬間、男の瞳に宿っていた微かな光が、鮮烈な輝きへと変わった。



「その代わり、仕事は厳しいぜよ! なんせわしらは、この世界で一番の商いをするがじゃきな!」

龍馬は不敵に笑い、男を指差した。

「おまんは、わしの最初の投資じゃ!!」

奴隷商は口をあんぐりと開け、リサは「全く、これだから……」と呆れながらも笑っていた。

男は震える声で、初めて自らの意志で名乗った。

「……カイル、と申します。精一杯、働かせていただきます」

「よぉし!カイル!こっから忙しゅうなるがぜよ!!」

龍馬の明るい声が市場の重苦しさを吹き飛ばしていく。

『……騒がしい連中だ』

 

肩の上の皇帝龍が黄金の瞳を細めた。そこには、未来への期待が微かに映っていた。

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