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坂本龍馬、異世界商会記~宿屋から始めて交易で戦争を止めるまで~  作者: ダイちゃん
第二章『宿』

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第十六話:値札の付いた人生

正式に建物の権利を手に入れた翌朝。龍馬は日の出と共に起き出し、館中の窓をこれでもかと全開にした。


「よぉし! 磨くぜよおおおお!」

雑巾を片手にロビーで気合の咆哮を上げる。だが、現実は非情だった。

吹き抜けのロビー、数十の客室、巨大な厨房に大浴場、そして広大なテラスと廊下。一人で磨き始めたところで、一階の半分すら終わる気配がない。


その様子を、リサが呆れ果てた顔で見守っていた。

「……アンタ、本気で二人でやる気だったのかい」

「二人?」

龍馬が汗だくで振り返ると、そこにはふかふかのソファに埋もれて熟睡する子竜の姿があった。

『我を数に入れるな』

寝言のような念話が響き、龍馬はがっくりと肩を落とした。



龍馬はすぐさま街へ求人を出しに向かったが、現実はさらに厳しかった。

「あそこ?カラス(裏組織)がいた廃業娼館だろ。縁起が悪い」

「今は人材不足なんだよ。料理人も給仕も、大手の宿が囲い込んでるさ」

元娼館という悪評と、物流都市ならではの人材枯渇。

「ほいたら、給金を倍に上げれば――」

「やめな」

リサが即座に止めた。

「アンタが勝手に相場を壊してみな。今度は街中の小規模宿や食堂を全部敵に回すよ」

龍馬はここで初めて、自由競争の裏にある「市場」のバランスを知ることになる。


商業ギルドの職員は、悩む龍馬に平然と言い放った。

「奴隷を買えばいいじゃないですか」

その言葉に、龍馬の顔が露骨に歪んだ。

それは、土佐の厳格な身分制度を嫌った龍馬にとって、受け入れがたい選択だった。

「綺麗事だけじゃ店は回らないよ」

リサの言葉は重かったが、彼女は無理強いもしなかった。


奴隷市場へ向かうと決めた龍馬がリサを誘うと、彼女は静かに首を振った。

「……あたしは遠慮しとくよ。娼婦になるか奴隷になるか、あたし等にゃ縁起が悪い場所さ」

リサの横顔に差した暗い影を見て、龍馬は短く「……ほうか」とだけ返した。


龍馬は一人、鉄格子の並ぶ市場に立っていた。

首輪をされ、値札を付けられ、品定めされる人間たち。眉を顰める龍馬に、奴隷商が慣れた様子で声をかける。

「犯罪奴隷にしますか? 借金奴隷にしますか?」

「……犯罪奴隷は嫌じゃ」

龍馬が選んだのは、博打や商売失敗、身内の肩代わりなどで身を落とした「借金奴隷」だった。龍馬は自分の直感を信じ、その中でも健康そうで、どこか善人そうに見える男三人を選び出した。


「逃亡防止の隷属魔法は?」

「魔法で人を縛るんは好かん」

奴隷商は、まるで希少な変人を見るような目で龍馬を見送った。



館に連れ帰った三人を見て、リサは一瞬だけ彼らの目を確認したが、「……あぁ、その手合いをねぇ」とだけ呟いた。

その日、掃除は劇的に進んだ。三人は大人しく雑巾を持ち、窓を拭き、龍馬と共に汗を流した。

「ほぉら! 回り始めたぜよ!」

活気づく館に、龍馬は明るい未来を見ていた。


だが、翌朝。


館は妙に静まり返っていた。

龍馬がロビーへ降りると、そこには放置された掃除道具と、半分だけ磨かれた床、そして開きっぱなしの裏口だけが残されていた。

「……なんでじゃ」

逃げられた。龍馬は怒りよりも、純粋な困惑で立ち尽くした。


「あいつら、借金奴隷だったろ。博打打ちのチンピラさ」

リサが煙管をくゆらし、冷徹な現実を突きつけた。

「借金奴隷だから真面目とは限らない。むしろ逃げ癖があるから、あんな所まで落ちる奴も多いんだよ。だから、みんな魔法で縛るのさ」

龍馬は深く、静かにショックを受けた。



「……次は、あたしも行くよ」

沈黙の後、リサが静かに言った。

「おまん……」

「“見る”なら、ちゃんと見な。アンタの目は綺麗すぎて、泥の中にいる人間が見えてないんだよ」

リサの言葉に、龍馬はゆっくりと顔を上げた。


ロビーに差し込む朝日は、半分だけ磨かれた大理石を虚しく照らしている。

『学んだか?』


ソファの皇帝龍が問いかける。


龍馬は静かに雑巾を拾い上げた。その瞳に絶望はない。ただ、異世界の深淵を正視しようとする、新たな覚悟が宿っていた。



「……人を見るんは、難しいのう」


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