第十五話:抜け道の理(ことわり)
翌朝。商業ギルドの重厚な扉が、昨日にも増して勢いよく跳ね飛ばされた。
「道が見つかったぜよ!」
高らかに宣言し入ってきた龍馬の姿に、受付嬢は深々と頭を抱えた。
「……また来た。いえ、昨日お帰りいただいたばかりですよね?」
龍馬の後ろには、諦め顔の元娼婦が煙管をくゆらせながら立ち、肩の上では子竜の皇帝龍が半眼で龍馬を睨んでいる。
『嫌な予感しかしないがな』
龍馬は受付カウンターへ一直線に突き進み、身を乗り出した。
「わしゃ宿はやらん! 宿泊業組合の許可も、新規参入も、もう一切合切いらん!」
「……はあ? 昨日あんなに熱弁していたのに、一晩で廃業ですか?」
「違わん! わしは“一晩部屋を貸す”だけじゃ!」
ギルド内の空気が凍りつく。龍馬は嬉々と持論をぶちまけた。
「わしは自分の家の部屋を貸す! 寝るも寝ないも、そこにおるのも、全部客の勝手ぜよ! ほうじゃから、これは宿泊業じゃない。一晩限りの『賃貸業』ぜよ!」
「ち、賃貸……業?」
受付嬢の口から、魂が抜けたような声が漏れた。
ギルド内は大混乱に陥った。職員たちが集まり、分厚い法典をひっくり返す。
「短期賃貸? しかし実質は宿では……」
「用途区分はどうなる?元娼館を個人宅にするのなら、居住用物件としての貸し出しは……」
「待て、宿泊税はどうするんだ?」
法と屁理屈の境界線上で、大人たちが顔を真っ赤にして議論を戦わせる。その横で元娼婦は笑い出した。
「くくっ……あはは! いやぁ、アンタ本当に頭おかしいねぇ。法を味方につけるんじゃなくて、法の隙間に家を建てる気かい」
「褒めちょるのか、それは。呆れているようにしか聞こえんが」
騒ぎを聞きつけ、昨日の厳つい組合長が再び現れた。
「またお前か……。今度は何を喚いてやがる」
「宿はやめたぜよ! だから組合に入る必要も、おまんの許可もいらん! わしはただ、自分の家を間貸しする大家になるだけじゃ!」
組合長は眉間を指で強く押さえた。怒るというより、「なぜこんな発想が出てくるのか」という困惑が勝っている。
「……貴様、人を寝かせる事実は変わらんのだぞ。どこまでが宿で、どこからが私邸だというんだ」
「それを決めるんが、おまんらの仕事じゃろう?わしはただ、空いちょる部屋を有効活用したいだけぜよ」
組合長は返答に詰まり、唸り声を上げるしかなかった。
結局、商業ギルドの上層部まで引きずり出された末、結論が出た。
「……現行法において、個人の私有地を短期貸付することを一律に禁ずる条項はない。ただし!」
商業ギルドのサブマスターが、釘を刺すように厳しい条件を読み上げる。
「『宿屋』を名乗らないこと。組合加盟店と誤認させる看板を出さないこと。何が起きても自己責任。問題が起きた場合はギルドの規則に従う……いいですね?」
「十分じゃ! 恩に着るぜよ!」
龍馬は満面の笑みで握り拳を作った。組合長は最後まで渋い顔で吐き捨てた。
「……絶対揉めるぞ、これ。近隣の宿屋が黙っちゃいねぇ」
「揉めたらそん時に考えるぜよ!」
「考えてから始めろ馬鹿野郎!」
怒声と笑い声が混じり合う中、龍馬は大博打に勝ったかの様な足取りでギルドを後にした。
夕暮れの街を歩きながら、龍馬はふと思い立ち、隣の女性を見た。
「のうおまん。わしの宿で働いてみんかよ。おまんは頼りになる!どうじゃ!きちんと賃金は支払うき」
「ふぅ――ま、良いよ。あんたと居ると楽しめそうだからね」
仕方ない、という素振りの割に、見せる笑顔を楽しそうだった。
「そういやぁ……わし、おまんにこがぁ世話になっちょるに、名前をまだ聞いちょらんかったのう」
女性はぽかんとして足を止めた。
「……今さら? あんだけ振り回しておいて?」
「おまんを見りゃあおまんと分かるき、不自由はしなかったがよ」
「意味分かんないねぇ……。あんたみたいな男は初めてだよ」
彼女は一度視線を落とし、煙管をくわえ直した。
「……リサだよ」
「リサか。ええ名前じゃのう」
「ふん。アンタ、口説き文句だけは一人前だね」
「口説いちょらん。これからしっかり働いてもらうがじゃき」
「……最低だよ、アンタ」
毒づきながらも、リサの口元には微かな笑みが浮かんでいた。
正式に廃娼館の購入が成立し、龍馬の手には古びた巨大な鍵が握られた。
埃だらけのロビー。止まった噴水。静まり返った館。
だが、龍馬がロビーの中央で鍵を掲げると、そこには未来の活気が重なって見えた。
「今日からここは、わしらの城ぜよ!」
『埃と蜘蛛の巣だらけだがな』
皇帝龍がソファの隙間に沈み込みながら野次を飛ばし、リサが苦笑する。
「ほんと、とんでもない男に捕まっちまったよ……」
二人(もしくは一人と一匹)の言葉などまるで聞こえていない龍馬は、ただ目を輝かせる。
「ほいじゃ 明日から早速開店準備ぜよ! 磨いて磨いて、ピカピカにするがじゃ!」
龍馬が鼻息荒く宣言すると、リサが真顔で一言放った。
「……で、人は?」
龍馬の動きが、ピタリと止まった。
広いロビー。客室は数十以上。
現在の人員――龍馬、リサ、トカゲ(皇帝龍)。
「…………」
「…………」
沈黙の中、龍馬の額からタラリと冷や汗が流れた。
『我は寝るぞ』




